September 2006

江國 香織
冷静と情熱のあいだ―Rosso

辻仁成版に引き続き、江国香織版も読んでみた。
こちらは同じ話をヒロイン側から見たお話。

まず思ったこと。ヒロインのあおいが無為に、というかある意味怠惰に生活してたってのが結構意外だった。
ヒーロー役・順正の方は修復士という仕事に対する思い入れがすごくあって、結構打ち込んでいる様子が書かれていたので、あおいも何らかの夢を持ってがんばっているのだと思っていた。
企業家の恋人と同棲しているため、仕事は週三日のパートタイム。読書以外はは取り立てた趣味もなく、のんびりと生活している。
順正も今のあおいの恋人も、なんであおいのことが好きなのかがよくわかんなかったなぁ。。。
ぴもーがあこがれる女性像とは違うからか。女はやはり外見か(笑)?

でも逆にあおいが順正のことを好きになる気持ちはすごくよく伝わってきた。
順正のことを「動詞の宝庫」と表現していたけど、うん、そういう人素敵です。
どんなことにも熱心に耳を傾け、どんなことも熱心に話す。
どちらかというと順正の方がrossoで、あおいの方がbluのイメージ。

あとは、学生時代に付き合っていて別れた理由というのも、これを読んでわかったような気がした。
事実としての理由ではなくて、気持ちの上での理由。
言葉でうまく言えないけど、うーん、ぴもーもそういう状況ならそうするかもしれぬという風には感じた。
映画、辻仁成版、そして江国香織版を読んで、引っかかってた事柄たちがだんだんクリアになってきたかなー。

この本の中で気になったタームは次の二つ。
「所有は最悪の束縛」「人の居場所は誰かの胸の中にしかない」
これって相反するものだよね。
ぴもーは前者の立場に近い気がするけど、でも後者のように考えられたら世界はぐるっと変わる・・・かな(笑)?
そして逆に、自分の心を誰かの居場所にさせてあげる心の余裕はあるかな(笑)??
恐竜と哺乳類に学ぶ死の意味


日経サイエンスの八月号を今頃読んだ。その中の記事でおもしろいものを発見。適当に要約してみる。

*************************************************************************************
恐竜は大きいもので体長40mにもなるものもあったらしい。なぜここまで大きくなれたのか?
簡単に言うと、骨のまわりにある気嚢が酸素を効率よく取り込めたから。気嚢システムは吐くときも吸うときも新鮮な空気が肺を通過するので、空気と血液が接触する機会が増えるそうだ。

気嚢がなかった哺乳類(初めはネズミみたいなのばっかり)は大きくなれなかった。
また、恐竜が闊歩していた時代の哺乳類は、恐竜の動きが鈍る夜に活動するものが多かった。
夜行性のために進化したのは聴覚や触覚、嗅覚。それに伴ってあらゆる情報を統合する脳が発達した。
また、太陽光で体を温められない夜に活動するためには高代謝と内温性が必要だった。脳は高代謝を必要とする贅沢な臓器。
そして哺乳類は高代謝を維持するために多くの餌を必要とした。同じ大きさなら、哺乳類は爬虫類の10倍の量の餌を必要とするらしい。
でも巨大な恐竜に占められていたので、哺乳類に体を大きくする余裕はなかった。

しかし、この体の大きさこそが哺乳類が驚くべき進化を遂げた理由のひとつらしい。
体の大きさと寿命は関係があり、体が大きくなるほど寿命は長くなる傾向がある。この頃の哺乳類は体が小さく、寿命も2~3年だった。
つまり世代交代のスピードが速く、それが進化を促進し、脳の肥大化がスピードアップした。

・・・死はいつの時代も進化を促すそうな。
同じ種の中に限らず、個体の死が積み重なることで別の命が空白の地を手に入れ、その後に生き続ける。
目の前の命にもその歴史が息づいている。
****************************************************************************************

記事がすべて正しいと思ってはいけないとは思うが、なんだか哲学的だと思って書き留めたくなってしまった。
自然科学は気持ちがいい。自然の営みを純粋に見つめることで、こんなにも素敵なことがわかる。
自然とは、本当にいろんな感動を与えてくれるものだと思う。
ぴもーは数式や難解なグラフは苦手だけど、こういう記事にはそういうものはあまり載ってなくて、非常にわかりやすく書いてくれてある。
「はー、そうかー。生命ってすごいなー。」とひたすら感心してしまう。

「死はいつの時代も進化を促す」
死がすべての終わりではなく、生命の進化に役立っているのだと考えるのはおもしろい。
でもだからと言って早く死ぬ必要はない。死は必然だから。
それよりも偶然の結果が生み出した目の前の命を大事にしなければいけない。自分の命にも。
September 2006

辻 仁成ˆ
冷静と情熱のあいだ €•Blu


一ヶ月くらい前にビデオを観たのがきっかけ。
友達が選んで来たビデオで、ぴもーは全然中身を知らずに昔やってた恋愛ドラマだろうと思って臨んだら、舞台がイタリアでびっくり。
ぴもーが去年行ったミラノのドゥオモやサンタ・マリア・デ・グラツィーレ教会も出てきてうれしかった。

主人公の順正は大学時代に付き合っていたあおいのことを7年越しで忘れられずにいる。
30才の彼女の誕生日にフィレンツェのドゥオモで会おうという、約束ともいえないような約束のことをずっと考えている・・という内容。
(かなり適当なあらすじです)
内容的には、「そんなに長いこと一人のことが気になるもんかなー」ということがとても引っかかった。
そして登場人物がみんなぶるじょわじーで、まぁ自分とは遠い世界の人だわな、という冷めた目で見ていた。

その後、友達が小説も貸してくれて読んだのだけど、小説の方が好きかなー。
ストーリーも結構違ったけど、以前の彼女のことが気になりながらも別の人と付き合うことの葛藤とかがちゃんと書いてあった。
安心したというか、理不尽に感じていたのがややなくなったという感じ。
映画の方を先に観ていてよかったかも。。。

それに順正の修復士という仕事への思いがちゃんと書かれているところがいい。
修復士という仕事をこの作品で初めて知った。
過去に向き合って、未来へ伝える作業。
芸術家というよりは技術者。

キーワードは過去・現在・未来、そしてもちろん冷静と情熱。
過去と関わる事は冷静であることと関連している。
情熱がないと未来へは何も動かない。
「冷静」であることに何よりも重きを置いていると、一番大事なときに動けなくなる。
何が一番大事かってわかんないけど、恋愛に限らず仕事もきっとそうなんだろうなぁ。
そこはひけないって時にとっさに反対意見を言うだとか、今がチャンスだと思ったら責任どうのこうの関係なく契約しちゃうだとか、支離滅裂であってもアクションを起こせるかどうか。
人間って本能的な一瞬の判断能力がかなり衰えていそう。

この作品はあおい側から見た作品もあって、そっちは江国香織が書いている。
・・・って、まぁ有名なんだろうけど。
なかなかおもしろいアイディアだなー。そっちも読んでみたい。
あおいという人物が謎めいていて気になる。
でも自分の期待していた人物像と違ってがっかりするかも。

September 2006


珍しく外国文学。しかもロシアンです。
マイナーなのかな?いつも通りアマゾンのリンクを貼ろうと思ったら見つからなかった(x_x)

思っていたよりも読みやすく、一週間くらいで読み終わった。
ロシア文学というとどうしても重たいイメージがあるけど、これはわりと若さの愚かさや恋愛の切なさといったわりとありがちなテーマで、結構気楽に読めた。

前から思ってたけどロシア文学って作者の気持ちが織り込んであって、話と関係のないことも脱線して書き綴ってたりする。
批評家への皮肉やら、自分が書きたいことについての説明やら、自分のそのときの境遇やら。。。
こういうのが入ると冗長になって気持ち悪いし、読者への言い訳のように感じてぴもー的にはあまり好きでない。

内容を簡単に言うと、主人公オネーギンは豊富な財産を持ちながら夢も野望も持たず投げやりな生活を送っている。ある時オネーギンがかつてこっぴどく振った少女ターニャが数年後に美しく気高い貴婦人となって将校の奥方になって偶然現れる。それを見てとてつもなく後悔するが、ターニャは毅然とした態度で動揺ひとつ見せない。それがかえってオネーギンの心を揺さぶる・・というところ。

死にそうな思いで告白をした少女に、侮蔑を押し隠した冷静な心で諭すようにターニャを振った上、自分の友人への当てつけにターニャの妹を口説いてみたりしたオネーギン。

オネーギンがターニャを振った理由は結婚が自由の足かせにしか思えなかったから。(この当時は告白=付き合う=結婚みたい。)
オネーギンの考え。「自らわが身を不自由にして何がうれしいのか。」
愛やら結婚というものに夢を抱くことに胡散臭さや偽善・自己満足を感じてしまい、そういうものにあこがれる人間をあざ笑うような気持ち。
・・・それってぴもーの中にもありそうだ。。。

でも結局オネーギンは自分の愚かさに気づき、深く後悔する。

この文章の中でリフレインされている言葉は、「○○の人は不幸せである。××の人は幸せである。」という言葉。
これが結構重みがあるし、語感としてもいいリズムを作っていて記憶に残った。

この定義によると明らかにぴもーは不幸せの要素ばかり持っている。
調子に乗ったオネーギンのようになってしまっている。
ちょっとしたことで友人を攻撃したり、いたずらに人の心を揺さぶってみたり、自分の心に余裕がない。
人の心を軽んじている。側にいてくれる人のありがたみを理解していない。

・・・警鐘はもらった。さてどうするか。

人間は「津波が来る」と聞いても8割以上の人は逃げないらしい。
「まさか自分が」という意識が非常に強いのだ。

第二のオネーギンになりたくはないが。。。
世界人気ナンバーワンスポーツ

先日友人とサッカー観戦をして来た。
全然サッカー知らない&ワールドカップも観なかったのに、やはり生では一度観ておこうと思い、行ってきた。
グランパス対ジュビロで、どちらを応援するかも決めてなかったけど、席がわりと空いているジュビロの方にまわることにした。
友人も大して知らないらしく、こんな適当な観客も珍しかろう。

選手の声が聞こえたり、ゴールキーパーの反射神経とか、それぞれの選手の運動能力の高さに感動した。
それに野球と違ってノンストップで目が離せないので、結構ドキドキしておもしろかった。
一瞬でグランドの反対側にボールが渡ってピンチだと思ってたらいきなりチャンスになって興奮したり、逆になかなかボールが縦に進めなくてやきもきしたり、シュート打てそうなのに何してんだよー!とか、ド素人のくせにめちゃ勝手に盛り上がりました。
展開の速さがこのスポーツの一番の売りかな。あとは一対一になった時のボールの攻守。
あういう時って何かしゃべってるのかなー?
マンガだったら甲「とれるもんならとってみな!」乙「フッ。じゃぁ遠慮なく」みたいなセリフあるじゃん(笑)?

もっと選手の名前やポジションもわかるようになりたいと思った。

それからサッカーの応援はやっぱり熱い☆
サポーターも大変だねー。
応援リーダー的な人が身を乗り出して怒声(?)を響かせていた。
彼の理論によると、選手はずっと走り回ってるんだから俺らも立って応援しようぜ!
ってことらしい。サポーターの鑑!
でも応援の指揮をとるのでいっぱいいっぱいで試合はあんまり観てないのでは。。。と思ってしまったのも事実。

次回はもうちょっと知ってる人と観に行っていろいろ教えてもらおう。