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言わなければよかった一言   

いつ頃、周りの人に妊娠を言うか   

 

 

「私は、自分以外の誰かに彼氏ができたり、結婚したり、子供ができたりしたとき、いつもおめでとうって言って祝福してきたよ。そりゃ、結婚できたり、子どもができたりしたこと自体は羨ましかったよ。だけど、自分とは関係ないことじゃん。その人が結婚したから、私が結婚できなくなったわけじゃない、私には私の問題があるからできなかっただけで、その人は関係ないよね。だから落ち込むことはなかった。アンちゃんはその近くに座っていた人が私の結婚を聞いて落ち込むと思うの?関係ないでしょ。聞こえても、へえ、よかってねーって思って無視するのが関の山じゃないの」

 

アンちゃんは何も言わない、のをいいことに私はさらに言った。

 

「しかもさ、“行き遅れ”っていうけど、そもそもその人たちは独身なわけ?独身だったと仮定したとして、結婚したかったわけ?別に誰もが結婚したいわけじゃないでしょ。しかも結婚は幾つになってもできる。私は子どもが欲しかったからタイムリミットを意識していただけで。人によって状況違うよね」

 

それはそうかもしれないけど……とアンちゃんが言いかけたが、私は止まらなかった。

 

「だいたいさ、昼にさ、友達とランチに行ってさ、その中で婚約を喜んで言うのがそんなに悪いわけ?仲間内で言っていて、しかも、私以外はみんな彼氏もできるし、結婚も決まっていて。私はさ、今まで一度たりとも彼氏できたことがなかったんだよ?初めてできたのに仲間内ですら喜んじゃいけないの?だいたいさあ、傷ついてたらどうするのって言ったけど、じゃあ、その人たちは今までの時間をどう過ごしてきたわけ?そんなに結婚したきゃ、今すぐ結婚相談所に登録して、年収だとか学歴だとか身長だとか希望をつけず、会えるやつ全員に会えって言うわ。結婚相談所なんて余り物しかいないとか言った時点でそいつに未婚を嘆く資格はない。休みなくお見合いをこなせ、その体力がなければ一日3キロ走るところから始めろ。それで200人に会っても誰とも出会えなかったって言うんなら、初めて“傷ついた”って苦情を認めてやる」

 

婚活は苦痛に満ちたものだった。

自尊心なんてものは秒で吹き飛ばされた。

あるブログを書いている元婚活戦士は婚活を“血の海を泳ぐ”と例える。

その例えを私は過剰表現だとは思わない。

 

アンちゃんに反撃しているあいだ、私はすっかり興奮していた。

何もしてないやつの嘆きなど許さんと思うほどだった。

月に20人、10ヶ月続ければやっと200人。それでも出会えないかもしれないと不安に怯えた日々。

嫉妬なんて許さないし、主張を認めるなどもっての外だった。

やることやってから言えや!!!実際には誰も私の結婚を非難なんてしていないのに、存在しない仮想敵に対して私は吠えた。

つまり、私は自分の結婚が非難されることを心から恐れていたのだ。

その恐れが爆発した瞬間だった。

 

「けいちゃんがそんなに結婚したかったとは知らなかったよ……」

 

最後、アンちゃんが疲れ切った声で言った。

 

なぜ彼女が私にやる気がないなどと思っていたのかは謎だ。

アンちゃんにだって“誰か紹介してほしい”と恥を偲んで頭を下げたことはあると言うのに。

結果、リンちゃんには紹介しても、私には紹介しなかったわけだが、私にやる気がない、努力していないとアンちゃんは勝手に思い込んでいたということだろうか。

 

私は自分の事をここまで100%正当化できたことがなかった。

苦痛を乗り越えた経験が自信につながっていた。

だからアンちゃんに言い返すことができた。

今までは、嫌なことを言われても言われっぱなしで、言い返すことなんてほとんどできなかった。

陰で愚痴って終わりだった。本人に直接言ったほうがいいとわかっていても、言うことができない自分の弱さが嫌だった。

 

バイバイと言って別れたあとの、彼女の能面のような顔色を私は鮮明に覚えている。

怒りでも、後悔でもなく、疲れが一番近そうに見えた。

虚無、という表現がピッタリの表情だった。

なぜ彼女がそんな表情をするのか理解できなかった、からこそ強烈に記憶に残った。

 

妊娠した今では、あの時彼女は安定期だったとはいえ、私からの集中業火はキツかったのかなと思う。

しかし同時に、妊娠しているんだから、それが本人なりには正義感のつもりであったとしても、わざわざ自分から他人を攻撃するなよ、とも思う。

自分が傷つけられたから戦うならまだしも、代理戦争なんて、平時であってもロクな結果を産まないものだ。

 

私はこの出来事を自分の成長の証だと思っていた。

 

だから、後からどうしてアンちゃんは“私たちそんなに仲良くないよね”と言ったのかや、彼女の気持ちを気にする余裕ができた。

思えば、会の最初からちょっと様子がおかしかったのだ。

気を使え云々は別として、彼女には彼女なりの苦悩があったのかもしれないと思うようになった。

バタバタして気がつかなかったけれど、私は彼女の妊娠を祝うための行動ができていただろうか?リンちゃん、ユメちゃん含め誰も自分の人生をこなすのに一生懸命で彼女の妊娠を十分に祝福できていなかったのではないか。

 

何かお祝いをしたほうがいいのではないかと考え始めた。

 

彼女が臨月に入ったとき、女子会もあった。

そのときの女子会はアンちゃんオンステージだった。

会陰切開など妊娠に関する知識を披露していた。

また何か言われたらどうしようと構えていた私は何事もなく会を終えることができてホッとした。

 

しかし、妊娠をしたことで一気に抱く思いが変わってしまったようだ。

 

私は恐ろしい。

彼女に私の妊娠を非難されるのが怖い。

彼女に妊娠の事実を知られるのが怖い。

妊娠したことを責められたくはない。

その恐怖は婚約のときの比ではない感じなのだ。

 

妊娠と結婚では妊娠の方が問題としてクリティカルであるように私は思う。

結婚自体は生きている限りすることはできる。多くを望まない限り、時間に限りはない。

けれど、妊娠は違っていた。

明確なデッドラインが存在した。

婚活よりもさらに努力が入り込む余地が少なかった。

物量作戦、不妊治療、いくつかやれることはあるけれど、やったからといって報われるわけではない。

理不尽だった。

ただただ運なのだ。

 

そんな中で、今回は私が最後ではないのだ。

アンちゃんになんて言われるかわかったものではなかった。

 

アンちゃん自身はもう子どもを産んでいる。

しかし、彼女の非難は彼女の状態に関係なく行われるのだ。

全員が妊活をしている中で自分だけが先に妊娠し、そのことについて語るなんてことを彼女がしていたとしても、私は彼女の目から見れば許されないかもしれない。

女子会で彼女は妊娠するための努力をしたことを私たちに語っていた。

努力した“私”は成功を誇ってもいい、きっと彼女の中で自分がしていることについては正当化が完了しているのだ。

 

怖い。

リンちゃんになんて妊娠のことを言えばいいのだろう。

言わないということはできない。

けど、告げたことで、アンちゃんに話が伝わり、何か言われたら?

言い方が悪いって言われたら?

完璧な妊娠報告のやり方を私は知らない。

 

どうして私が先に妊娠してしまったんだろう。

いや、私だって余裕なんてなかった。

本当はあと少し、もう少し夫と二人で過ごしたかった。でもそんなことをしていて、妊娠できない体になっていたら?

1ヶ月、1ヶ月が勝負なのだ。

卵子は生理が来るたびに減っていくのだ。

時が経てば経つほどに不利になっていく。

だから、1日も早く妊娠できることを望んでいた。

 

それでも。

 

もし、私の今回の妊娠が流れたとしたら、私の妊娠は許されるのだろうか。

それだけ不幸になれば、誰も私を攻撃しないでいてくれるのだろうか。

 

もう、このまま、何もなかったことにして、私丸ごと全部消えてしまいたかった。