船が島に着くと、「青の洞窟」と書かれた看板を持った客引きのおじさんが、「早く、早く」という感じで呼び込んでいる。
私も、ホテルを出る前に、「青の洞窟」というイタリヤ語だけは覚えてきたので、大きな声を出して「グロッタ・アズ-ラ?」と訊き返してみた。
そのおじさんは急げ急げとばかりに「シー、シー!」と答える。たしか、「シ―」は、イタリヤ語の「イエス」だったなと思いながら、急き立てられる様にして、私はその船に乗り込んだ。、
一時間くらいかけて、島の周りを遊船するらしい。
たまたま、ドイツ人の団体さんが乗り合わせていたので、私にはアナウンスのイタリヤ語はわからないながら、横に座っていた人に久々のドイツ語を使って、訊ねてみたのだ。
そのうち、何かのアナウンスがあって、周りにいた人達が一斉に慨嘆するため息が聞こえた。
隣のドイツ人によると、「天候の関係で、青の洞窟には入れないと言っている」と教えてくれた。
確かに私も、「青の洞窟の中に入れるか?」とは訊ねなかったしな、と自虐的に自分に言い訳をした。
島に戻って、ゆっくりと周りを見渡すと、「インフォメーション」という看板が見えた。
そうだよな、と思いながら中に入って順番を待つ。
私の番になると、案内のお姉さんが「アオノ、ドークツ、シマッテル!」と、私の顔を見て、即座に日本語で言う。
気勢をそがれた私は、瞬間的に「why?」と訊ねてしまった。
「ナミガ、タカーイ!」
そうか、しまっている、というのは、closed の直訳なんだな・・。
島の高台には、カプリとアナカプリという街があって、其処へはフニクラ、と呼ばれるケーブルカーで昇れるらしく、乗り場には沢山の日本人も並んでいた。
何の目的もない私は、まずは最後尾に並んでみた。
カプリという街は、歴史が古いらしかったが、詳細は忘れてしまった。
堅い岩盤でできた様な島の頂上にある小さな街。
記憶に寄れば、中心に広場があって、そこから環状道路の石造りの道が続いていた様に思う。
その道を歩いていると、だんだん郊外といった雰囲気になってきて、そのうち小学校の横に出た。
宗教画に出てくる天使の様な、巻き毛の可愛い子供たちが校庭で元気に遊んでいた。
観光地で、生活空間に出会うと、その土地にちょっと入り込めた気がして、何となく嬉しい。
もう一つの街、アナカプリという名は、ドビュッシーの前奏曲「アナカプリの丘」というタイトルに使われていて、馴染のある場所の名前である。
是非行ってみたかったのだが、カプリからの連絡バスが一日に数本しかないそうなので、断念した。
朝、主人が仕事に出かけた時には、まだカプリ島へ行く予定はなかったから、もし夜までにソレントへ戻れなかったら、私の所在を知る人は誰もいないのだ・・。
小さなカプリの街で、まずはゆったりとランチで休憩をして、その後ははるか下に見える波の高い紺碧の海を眺めたり、小学校の横で子供達を眺めたり・・。
午後は、少し早目に港のある低地に降りてきて、帰途の船に乗り遅れる事のない様に、乗船場の近くで時間を過ごした。
今度の船は大きくて、フランス語を話す若い団体と一緒になった。
何となく聞こえてくるフランス語の中に、「モントリオール」という単語があったので、もしやと思い「カナダの方ですか?」と訊いてみた。
「以前、オタワに住んでいた事があるので・・」と言うと、ノリの良い彼らはみんなに「ねえ。この人はオタワに住んでたんだって・・」と仲間に紹介。
最近のカナダ人は大体英語と仏語のバイリンガルなので、さっと英語に切り替えた見知らぬカナダの若者たちと、楽しい時間を過ごしながら、私の長い一日は終わったのだった。