先日、演奏会があった。
友人と二人の、「二台ピアノの演奏会」
彼女は、年齢こそ二歳下なのだが、普段から判断力があって、頼り甲斐のある性格で、一緒に遊ぶ時も、一緒に弾く時も、何処かお姉さん的な安心感をもたらせてくれる相手なのである。
今回の演奏会も、チラシからプログラムまで、彼女が一手に引き受けてくれて、手作りで完成させ、私は練習さえしていればよいという、全く楽な役回りだったのだ。
演奏会は、彼女の故郷でもある当地で開いたのだが、前日に現地入りした彼女から、プログラムを東京の家に置き忘れてきたという、「世も末・・」、と言った感じの連絡が入った。
今回の演奏会は、そもそも彼女が楽譜を片づけていたら、我々がウィーンで師事していた先生の作品、「二台ピアノの為の曲」の手稿の楽譜が出てきた、というのが発端であった。
その楽譜が手元にあるいきさつは、全く覚えてないそうで、でもせっかくだから一緒に弾いてみようか、というのが演奏会を企画をした始まりであった。
演奏会の本番では、曲の合間のトークで、前日に急ごしらえをした簡易なプログラムの説明と、先生から楽譜を戴いたものの、すっかり忘れていたと、といったお話もした。
幸い、客席の皆様が温かく聞いて下さり、笑いの空気すら醸し出して下さったので、ちょっと胸をなでおろした我々だったのだが・・。
休憩が終わって、第二部のはじまりの曲は連弾だった。
お辞儀をして、椅子に座って、さて弾き始めようかと思った瞬間、横にいる彼女が「あっ!」と小声を出して、私の方を見た、その時の表情は、ちょっと忘れられない。
そして彼女は、「眼鏡を忘れてきた・・」と言うなり、舞台裏へと駆け出して行ったのである。
団塊の世代の演奏会だから、二人とも楽譜を見るためには、眼鏡が必需品なのだ。
まあ、これが生の舞台というものなのだろう。
お客様には、重ね重ねの失礼ではあったけれど、正直なところ、私個人としては、普段とは違った友人の行動に、とても癒されたのだった。