「キルビル」の元ネタだっていうからDVD買って観た。

そこにはカンフー映画の「精神」があった。

っていうか、そんなこと自分が言うのもおこがましいけれど、
このカンフー映画作る人たちってのは素敵。

もうこの映画の作られる時点で、もうかなりネタに詰ってしまって困ってる
のがなんとなく伝わってくる。
それでもこんな映画しゃあしゃあと作っちゃうんだから素敵。

このおふざけ映画を自覚的に作ってるというその精神。
カンフー映画制作の歴史の深さ。
そういうことを考えさせられる。

この映画、全体的には言うなれば「パンクロックな精神」がただよってる。
だいたいタイトルで流れてる主題歌というかミュージックが、
かなりイケテル。
素敵。

こういうカンフー映画出てる人たちっていうのは大半が本物の武術家だし、
そういう人たちって技や自分の流派に自信もってる。
必殺技だってある。(と思う)
でも映画っていうのは架空のエンタテインメントで、それを作るとき、
けっこうマジ入ってやってると思う。
それに、こんなふうにできたらすごいぞ、とか、練習しだいでは
こんなこともできそうだ、とかけっこうまじめに考えていたりすると思う。
だから、こういうかなりアイデア先行型な映画に見えても、実はかなり
リアリティを感じながら作ってるんだと思う。
そこがすごい。

そんな気持ちで日本人が格闘映画を作れるだろうか?
作れはしない。きっと。
アクションそのものはなんとか近いものは出来ると思うけれど、
絶対になにかが違ってしまっているし、なにか足りないものがあるはず。

カンフー映画って、ほんとに独特の世界。
これって傑作!

「ガンカタ」。最高...。

「型(かた)」って日本語じゃねぇの?
って突っ込み入れるなんてやぼなまねはできない!
だってかっこいいもん「ガンカタ」

これ観て
「あぁ~!やられちゃったぁ~!」
って思ったクリエイターはおそらく数え切れないはず。
そんな「ガンカタ」。

格闘技といえば最近は総合系がはやってる。
これはレスリングというか柔術なわけで、
打撃でいうと流行のもとはボクシングであり、空手でありムエタイ。
リングの上で見られるものはこれらがいりまじった「ショー」。

古伝の武術としてはやはり「型」を重視する。
これはカタチに凝り固まってる、という見方は逆に浅はかで、
「型には意味がある」と考えなければいけない。
実際深い意味があって、習得にも時間がかかり、実戦に用立てるには
さらに時間がかかるという。
それが「型」。

「カタ」ってカタカナで言うのは外人さんだと思うけど、
日本人が空手に抱くイメージって「極真」のイメージが強く、
あれっておたがいにあたまくっつけあってボディにパンチしこたまもらいながら、相手の動きを見てるらしい。そこに「合わせ」の効くパンチを混ぜていく技法。
これも一見フリーにやってるようでいて、実はそのような「技法」なわけだから、そういう教え方もあるしマニュアル化だって可能だと思う。
そういうもののもっと有効で効率的で技術的に高度なものが古くから伝わる
「型」の中に入っている。

さて、「ガンカタ」だが、もうめちゃくちゃかっこいい!
「型」という日本語を「カタ」という片言ではあるけれど、概念を尊重している外国の人たちは、なにか目線が素朴でいいな、と思うし、
実際それが正しい。
これは好み(笑)。

浅野忠信が「牛若丸」というより、「遮那王」という呼び名で
自分の中ではかなりしっくりはまってしまった。

設定が定説とは逆転している映画で、それでも
「なんかこんなのも有りうるかな....」
と思える(自分は)。

お話の中のエピソードをばらばらにして、ダークサイド寄りに再構築して
「すげぇかっこよい遮那王」を作ろうとした映画だと思う。

牛若丸が橋の上で笛吹いてないところがいい!
弁慶のイメージを変えてしまった。
この映画、いままでのそういったキャラクターのもつ古びたイメージに
挑戦して、変えることに成功している。

やりたかったことは実はそこにあるんじゃないかな?
とすら思える。

邦楽っぽい感じの今までの古い義経は、この映画でヘビメタっぽく
暗闇でぎらついて魅力的だ。

しかしかなりジミな映画で、台詞がかなりぼそぼそ聞き取りづらい。
それもまた雰囲気で、まあ、そんなことはいいんじゃないかと思う。

それよりも、いままでの義経のイメージ、弁慶のイメージを、
あざやかに変えてくれた。
そういうところに価値のある映画。
これは深夜テレビにて観た。

偶然はじまりから観られてよかった。

じみ~な感じで始まるから、ついひきこまれて観続けておしまいまで観てしまった。

ヴァネッサパラディっていうのはむかしCDで歌をよく聞いていて
よく知ってるけれど、お話最後まで気がつかず、
「な~んか、いい声の女優さんだよな~。」
とか思いながら見入ってしまった。

モノクロの映画だし、フランスっぽいし眠くなったら寝よう、
と思っていたけれどぜんぜん面白く、最後まで。
それで最後にちょろっと役者の名前が出て、そこではじめて納得。
「え!そうだったんだ~!」って感じ。

これはホラーでもなんでもなく「純愛映画」なんだね。
いや、別にふれこみで「ホラー」ってあったわけではなくて、
だってナイフ投げのシーンがいちいち怖いんだもん。
怖がりなひとにとっては効果としては「ホラー」と同じよこれは。

それが「ナイフ投げ」のシーン。

そしてそのひと時がこのふたりの時間、ということだけど、だからどうだ、
というよりも、その表現を映画の構造としてばっちり描ききってみせて、
しかも淡々と。

これは好みなのかもしれないけれど、
自分の中ではこのくらいのシンプルさを丁寧に強烈に(映画的に)
つくり込む人の、そのスタンスに、ものすごく自然に好感を覚える。

というか有名な監督さんらしい。
自分はやみくもにてあたりしだいに映画をむさぼり観る人間ではないので、
かなり不勉強で申し訳ないけれど、有名な人らしい。

あと、相手役の男もキャラクターいいね。
ヴァネッサとこの男の二人のキャラクターもなかなか(淡々とではあるが)
立っていて、ここも実は丁寧な作りこみの世界なのだなぁ、と感じられた。

全体として品格あるものに価値を見出せる。
そういう人にはとてもうってつけな映画だった。

これって絶賛に近い。

ただ言えるのは、自分は映画をあまり観ない。
だからこの偶然観られた映画がこんなにいいなんて、
きっとまだまだ他にもたくさんすばらしい映画ってごろごろしてるんだろうなぁ~。って思える。

でもきっとこれ比較論ではなくて、この映画いい映画だよ、きっと。
かなり前にDVDで。

黒澤の影響下にある映画だと知った。
「羅生門」と「どですかでん」あたりが表面的にも認識できるところ。
真実を追究する手法に複数のストーリーを絡ませるやりかたと、
シーンの極端な色による差別化というアイデアに色濃く出ていると思う。
自分はそういう映画は黒澤しか知らないからそう思ってるだけかもしれないけれど、チャンイーモウ監督とて一監督として黒澤はチェックしているはずだ。
発想はどこにあれ、類似点を自ら指摘できるのではないかと思う。

でもテレビCFとかでは、弓矢がどばっと飛んでくるCGの印象しか得られず、映画館まで行ってまで観よう、という気をそがれた記憶があるので、予告編制作会社は、もっと内容がちゃんとわかるように予告を作ったほうがいいと思う。この映画は今流行りの映像のテクニックだけで構成されているような映画ではなくて、自分もいい意味で期待を裏切られて、すがすがしかったので、予告編って大事だな~と思わされた作品。

結局時間をおいて2回見たけれど、2回目も楽しめた。
DVDでは特典映像で衣装担当のワダエミさんの話も聞ける。
これだけ聞くと、シーンを色分けするのにも、なかなかクリエイティブな意識が働いているのがわかって関心する。単なる「影響」とか「ぱくり」に終わっていないので、参考にもなった。

ジェットリーとドニーイエンのコメントの差もおもしろい(編集の結果だろうが)。
チャンツィイーのコメントはさすがにかわいい!
トニーレオンのスタンスもなかなか好感がもてる。

とにかくこの映画はいろんな意味で観る側の見方が問われているような感じ。
でも一般の人は予告編しか情報が無いわけで、それをたよりに映画館までアシを運ぶんだから、テレビの映画のCFってのは問題ありだと思う。