ファニーポッターと賢者の意志 -22ページ目

好きなものや嫌いなものについて語る場合生じ得る問題

 

真面目に考えると結構問題かもしれないような気がしないでもない

 

例えば、世間一般的に考えた場合

 

趣味というのは然程大きな事ではないかもしれない

 

人を判断する上で、然程重要な判断基準には考えられないかもしれない

 

けど、僕は、趣味ってのがどれ程重要か、知っている

 

その人が好きなもの嫌いなもの…そこからどれ程の事が窺い知れるか

 

思ってた以上に、その判断精度は高いと、今ならわかる

 

 

「このバンド好きな人って絶対面倒事に巻き込んでくれるよなぁ…」

 

ただの思い込みかと思ってた、たまたまそんな事が続いただけかと

 

けど、流石に、あれだけ証明されると偶然とは思えなくなった

 

一見して好みとかって、何かおまけのような気もするけど

 

性格とか人間性とかと比べて、端っこにあるおまけ程度にも思えるけど

 

そもそも、何故それを好むのかって、それって、その人の本質に基づいているはずだよな

 

だとすると、そこから、好みから、その人の人間性を判断できるってのは、強ち間違いじゃあないように思える

 

友達に教えてもらって?好きだった人が好きだったから?思い出補正?

 

まあ、あるだろうね、そういうのも

 

けど、それでも、好きになったって事は、受け入れられたってことだ

 

受け入れた上で、仮にも好きになったって事は、それと親和性が高いはずだ

 

その好みは、どう考えても、やはり、無視できない判断基準になり得る

 

好きなものも、嫌いなものも、重要だ、重要な要素だし、重要な判断基準だ

 

好みとかって、その人を印象付けるものでもある

 

「これ好きな人はこういう人」…結構当たり前に浸透してる考え方かもしれない

 

だから、その「こういう人」と思われたくなくて好きって言い辛い好きなものもあったりする

 

逆に、特定のキャラ付けの為に、自分の好みを偽ったりする者も居る

 

凄く面倒だろうと思うし、プライドとか信念とかないのかって思うけど、居る

 

好きなもの嫌いなものって、思って以上に大事

 

そこに差が有り過ぎると寂しくなったりもする…かもしれない

 

自分の好きなものと、誰かの嫌いなものとが重なってしまうかも―逆も然り

 

考え出すと、なかなか…

 

どうしよう、どうなんだろう

 

 

仲良かったり、好きだったり、そういう相手だからって同じ物を無理に好きになろうとするのってあまり好ましくは思えなかったりする

 

自然に同じ物好きになるのは全然良いと思う、寧ろ良いと思う

 

けど、好意を寄せる相手の好み聞き出して自分をそれに寄せてく人とか、軽蔑する

 

だから自分はそうなりたくない、なれない

 

けど自然に同じ物好きだったりしたら、感覚を共有できたら、どんなに良いだろうって思う

 

映画音楽漫画…そういうものの中でいくつかが共通って事は、いくらも有ると思う

 

けど、一番好きなものが共通だったり、偏った好みが共通したり

 

そんなのって、かなりレア…ウルトラレアどころじゃない

 

逆に、どうでもいい人と、偏った好みが被ったら、凄く嫌

 

・・・・・・

 

上手くいかないものね、そういうのって

 

なんでもそんな上手く噛み合ったら何の問題も無い

 

 

 

 

 

 

もう3日だけどあれは7月1日だった

 

感謝しています、本当に

 

本来なら、一度目か二度目のごちゃごちゃでとっくに切られてる

 

なのに、理解しようと、受け入れようと努力してくれるなんて

 

…なんとか、なんとかしたい、なんとかをなんとか、そこをなんとか

 

 

 

 

初めは、ああいう概念自体持ち合わせていない人だと思ってた

 

あんな事を、直接的でなくとも、感情を匂わせただけで拒絶されると思ってた

 

そもそも会話してくれるとは思わなかった

 

実は一度コメントしたことあった

 

…実は、なのか?

 

どうやったんだっけ…ここってアカウントなくても良かったっけ?

 

ログインしなきゃコメントできないとかだったら、表示されてたはずだよな

 

あれ、どうだったっけ…

 

わかるかな、覚えてるかな

 

 

 

 

連絡を取り合うという事に関してなんやかんや

 

とりあえず概要的な事
なんとなく上から感があるように思えるかもしれないけど、そうではなくて
「こういう奴が居たとして、じゃあどう考えるかどう対処すべきか」を客観的に考えたので
他人の事のように書いた結果こうなった…という感じ


まず、連絡手段とそれによって生じる問題とその原因、それに対する主な対策


■電話・メール・LINEの場合

問題:集中の難化・圧迫・罪悪感


原因:集中したい時に通知が来たりすると集中切れる
・毎日しなきゃいけない感じ等、義務にになるとプライベートな時間を圧迫される
・上記の問題を回避する為、無視や後回しといったことをしてしまうと罪悪感に苛まれる
・特にLINEの場合は顕著で、あれは「リアルタイムで返すのが当たり前」感がある為、尚更罪悪感を強める
 ・充分に罪悪感が蓄積された状態だとそもそも何かに取り組むという事自体困難になる
 

対策:一番簡単なのはこれらの手段を使わない事
・電話の場合はいきなりでなければ問題無いので先に断りを入れる、予約しておく…等が有効
・メール・LINEの場合は返信できる時間帯を明確にしておく、複数用件がある場合は一通にまとめる、頻度を抑える
・LINEならばその性質に合った使い方をする(一言言いたい時、緊急連絡、呼び出し等)
   

■SNS上のDM等の場合

問題:罪悪感・圧迫・不安


原因:返信が遅くなると遅くなった分だけ罪悪感を負う事になる

・それが日常的に積み重なると日常的に罪悪感と付き合わなければならなくなる
・派生して、日常的に待たせたり我慢させたりしているという意識は「うんざりされる・見限られる」という不安を肥大させる
・義務的な空気になってくるとプライベートな時間を圧迫されていると感じるようになる
 

対策:返信できる時間帯を明確にしておく、どれくらい待たせても大丈夫だという了承を得る、頻度を抑える(抑えるのは返信可能時間内のみ=返信できないと把握できている時間帯に一方的に送りつける等は無問題)

   
■ブログ等で間接的に意思疎通を図る場合

問題:不安・(場合により)圧迫
原因:取り決めが有る場合書く事がないと申し訳ない・つまらなそうに見えると不安
対策:取り決めしないで自由に勝手に書けば良い、私は書く、たまに、たぶん


■上記全てに共通の問題と対策


電話やリアルタイムでのやり取りの場合、切るタイミングというのが非常に難しい。時間を決める、最後の言葉を決めておく(それ以降は返信なくても凹まない勘ぐらない対策)等の対策が必要。また、最終的な気分・感情を信号機的な3段階とかでも良いので表しておくと余計な誤解や不安を残す危険性を回避できる…はず。
連絡を取る事全般への対策としては、頻度を抑える、たまには敢えて放置する、身勝手な方向に振り切る、不満があったら遠慮なく言う罵る…等が主要と思われる。








連絡とかに限ったことではないけど、一番大きい問題は罪悪感だと思われる。
返信を待たせる・連絡の取れる時間を制限する・そもそもそういったルールに付き合わせる…全てが罪悪感に繋がる。
罪悪感が蓄積されるとバランスが崩れる、平静で居られなくなる、冷静な判断ができなくなる。

なら何故、そうしなければならないか、何故理解してもらわなければならないのか…

元々の性格―神経質だったり強迫観念に囚われがちだったり―も勿論だけど、人と上手く関わるのが苦手、人とリズムを合わせるのが苦手、長い事人と関わる事を避けてきた…といった理由により、更に「人と関わる上で自分のバランスをとる」という事が難しくなってしまった…のだと思う。
昔は孤独に対してかなり弱かった、孤独を恐れてすらいた。けど克服(と言っていいのかわからないけど)できてからは寧ろ一人で居る方が余程安定安心できるようになった。
人と関われば、独りでは発生しないような問題に多く見舞われる。「独りでも良いのに、何故面倒と向き合ってまで興味のない相手と関わらなければならないのか」…と強く思うようになってから、SNSも殆ど使わなくなり、自分からは勿論、人から声をかけられても極力避けるようになった。
仮に関わることになっても、自分の都合を優先し、メール等も気が向いたら気が向いたように返す…程度。身勝手とも言えるが、そもそも合わせる必要がない、僕は関わる事を望んでいないのだから、当然の対応とも言えると思う。(勿論相手には自分がそういう考えである事を断った上での事)
その程度の適当な付き合い方でなければ、自分のバランスが取れない、それ以上の深い関わり方なんて到底無理な事になっていた。
その間、人と関わる事を避けていても、当然ながらストレスや悩み失望絶望といったものは湧いてくるし向き合ったり対処しなければならない。その主な対処法が独りの時間に没頭する事になった、他人を巻き込むよりずっと良い。
しかしそうしていると次第に、その時間を充分に確保できない事が自分を崩す原因になってきた。問題の発生源を確保しなければならないという馬鹿げていながらも笑えない状況になってきた。
そうなるともう、完全に「人と関わるべきではない人(人というのもおこがましいが)」だ。
にも拘らず、どういうわけか、そんな状態になってからも多少人と関わる機会というものはあった。それがいけなかった。
そうした結果、尚更人と関わるのが嫌になった。更に問題が増えた。マイナス思考や被害妄想が強化され、より人と関わる事が困難になった。
―平行して、自身の内面の問題も増えたり悪化していったように思う。より神経質になり強迫観念に取り付かれやすくなった。
だから…だ。流石にもう、関わる事はないと、二度と関わってはいけないと、関われないと、そう思っていた。当然今まで以上に関わりを避けた。そうすべきだし、そうしなければならないと思った。
―その結果が、今の状態。

そもそも人と関われるような人間ではないのだ。色んな意味で。悪い意味で。
そんな奴が人と関わろうとするとどうなるか…面倒な問題が山積みだ。
自分の時間を確保しなければならないし、相手にとって不十分な対応が当たり前で…そうなれば罪悪感を無視できるわけがない。
なんとか理解を得て上手くやれないものかと考えても、それは相手からすればかなり身勝手な話だ、仮に理解してくれたとしても納得してもらえるか、納得してもらえたとしたら尚更罪悪感を負う事になる。
…つまり、どうしたって罪悪感は避けられないし、どうしたって自分が身を退くべき状況にしか思えないわけだ。
しかし、もし、僕の問題を、欠陥を、殆ど苦もなく理解納得できる人が居たら…無理なく受け入れてくれる人が居たら…
もし有り得るなら、可能なら、赦されるなら…まず説明しなければならない

きっと説明したとして
「お前如きが自分の時間なんぞ確保して、一体何をしようってんだ?え?俺が相手してやろうってのに、それを差し置いてまで一体どんな大層な事があるってんだ?なめてんのかクソが…っておい、聞いてんのか、もしもーし!」
と思われるのがオチだ。それが普通だと思う、当たり前だと思う。
こんな状態で、こんな僕が、関わろうと思えるなら…その人より優先すべき事なんて無いだろう、あろうはずもない、本気でそう思う。
しかし、そうじゃない、優先順位とかそういう事じゃあない。
自分を保つのに必要なんだ、それが。そして、自分を保つ事は、関わりを、繋がりを保つ為に必要だ。
…やはりどう表現しても、身勝手な事にかわりはない、事実だ。
ただ、「自由でありたい」とか、「勝手気ままにさせて欲しい」だとか、そんな理由じゃない事だけは断言させて頂きたい。
クズのくせにと思われて当然だが、実際は「クズだから」だ、それくらいのハンデがなければ最低辺の人間として自己を保つことすらできないクズだからだ。

きっと、このブログにも、その事実を把握するのに充分過ぎるくらいのクズの思念が垂れ流されている。
恥でしかない。恥と後悔しかない。が、こんなクズが人と関わるには、せめてどれほどのクズなのか、判断できるよう情報を開示しておくべきだ。
それがこれだ、こういう場だ。だから恥を垂れ流してもそのままにしているのかもしれない。





…なんか、そもそもの趣旨から大分逸れた気がする

意味があるのかどうか…ちょっとわからない



 

.

.

.

中途半端だからいけないのかもしれない

どうせこんなふうにしかいられないならできないなら

振り切った方がまだマシなのかもしれない

でもそんな事したらもっとあっさり切られるかもしれない

けどきっとあんなの繰り返されたら鬱陶しさ増すの確実だし

だったらまだそっちの方がマシなのかもしれない

どうしたって結局そうなるなら

でもそうなったら

わからない

きっと出だしから間違ってた

どうしてたらどうだったんだろう

わからない

.

迷惑しかかけてない脚引っ張ってばかり馬鹿の一つ覚えみたいに謝ってばかり気持ち悪い鬱陶しい苛々する役立たず少しも面白くないなんの魅力もないなんの得もないこんなだってわかってたら関わりたくなかった…て思われてるかもきっと不満しかない不満しかないはず何の役にも立ってない何の足しにもなれてないあんなの理解してもらえるわけない理解してもらえたとしても納得してもらえるわけない優先順位とかじゃないそういうことじゃない全部必要でバランスとらないと自分を保てない自分を保てないと一緒にいられないだけどこんなのどう説明したらいいかわからない説明できても納得してもらえない全部見せられたらいいのに見せられないから何も納得してもらえない全面的に自分が悪い自分が悪いのにまだ言葉を欲しがってる案芯させて欲しいっていちいち全部否定して欲しいって大丈夫って安心させて欲しいって思ってたクズすぎる自分は何も与えられないくせに求めてばっかってあのクズどもと同じだきっとあのクズどもと同じように見えてるだからだ同じだから同じだ気持ち悪いそっか棄てた後知られてたら面倒だものね大丈夫なのにいくら未練あっても付き纏ったりそれ以上疎まれる度胸無いそうなったらただ元に戻るだけ一方的にただ想い続けるだけ想われる側は気持ち悪いだろうけどそんな事知る事すらない思い出すことすらないこんなのに感けてなければいくらもマシなのが寄ってくるだろうしこんなのと関わってなければ今頃私なんかより全ての面で優れた汚らわしいクズ野郎と上手くやっていたはずかもしれない私みたいに面倒くさくないし包容力もあって頼りがいがあって才能もあって面白くて優しくて容姿も優れていて趣味ももっと合うかもしれないきっと幸せ幸せになれてたかもしれないこれからなるのかもしれないそいつと出会うのかもしれない死ねばいいのにそんな奴血も流せないくせにでも私の血なんか汚いだけ血なんか流せなくても私なんかよりずっと優れてるからそんな必要もないそんな奴死ねばいいのに過去のそいつらも全部死んで死ねばいいのに初めから死んでたらいいのに私こそ死んでたらいいのにでも嫌だそんなの他の汚らわしい奴になんか触れさせたくない言葉すら交わさせたくない関わって欲しくないほんとはまだ期待してる勘違いかもってもしかしたらまだ大丈夫かもって赦してくれるかもって赦されたいもし許されるならまだ見捨てないでいてくれるなら罰が欲しい痛めつけて欲しい傷つけて欲しい赦されたい罰を受けて赦されたいけどそんな事言ったら自分の為だって見透かされて余計軽蔑されるかもでも軽蔑された方がいいのかも軽蔑されたい見下されたいごみを見る眼で見下されたいごみみたいに扱われたいそしたら安心できるかもしれないそしたらそれ以上疎まれなくて済むかもしれないそしたら棄てられなくて済むかもしれない赦されたい死ねばいいのに関わらなければこんな事なかったのに欲しいなんて思わなった死んどけばよかったけどそしたら今頃汚らわしい奴らがそいつらが全部死ねばいい死ねばいいのに

.

きっと僕じゃなければこんな事話し合う必要すらなかった
あんな事聞いたってストレートに言えるわけない
ただ困らせてるだけ
「こんな奴ならやめときゃよかった」って思われて当然

その時が来るのが怖い
身の丈に合わない事望んだ罰だ
 

問題の解決方法がわからなさすぎる

 

一番簡単なのは、身の程を弁える事

諦める事

 

そうしないで、そうしないようにするには

嫌な話をたくさん重ねなければならない

僕はいい、必要ならそれも仕方ないと思う

けど、そんな事繰り返される方はどう思うだろう

考えるともう…

 

自分に問題が多過ぎる

愛する者がかつて愛した者を赦し受け入れるという事の気持ち悪さと屈辱

 

相手の事は何でも知りたい―と思うのが当たり前かもしれない

 

けど、他人との過去を知りたいとは思えない

 

想いが強い程何でも受け入れられる―それは一理ある

 

しかし、「誰かとの過去」というのは、その第三者の物でもある

 

逆に、思いが強い程受け入れ難い事っていうのもある、それが事実だ

 

状況や内容によると思う

 

すんなり許容できる事もあれば、血管ちぎれそうになる事もあるだろうし

 

殺したくなるかもしれないし、悪い意味で

 

たぶん、その事実にギャップがあるほど受け入れるのが難しくなる

 

容易に予想できるような事ならすんなり受け入れるか受け流せるはず

 

あと、大した過去はないみたいに言っておきながら聞いてみるとかなり大した過去があったりすると不信感も芽生えそう

 

 

 

 

好きなものがもし過去に関わった何者かの影響だったら…とか考えてしまう事がある

 

「○○な人が好き」や「○○されるの好き」は、かなりはっきりと他者の存在を匂わせる

 

考え出すと芋蔓式に嫌な妄想が湧いてくる

 

そういう事実があるという事はつまりこういう事もあってだとすればその時こういう感情があってああでこうでそうなるとつまりこういう事もあったりしてそれってつまりそういうことでじゃあそうだとしたらこれは

 

だから頑張って抑える、考えないようにする

 

 

過去の他人との関わりについて聞かされると、大分して2つの問題が付き纏い始める

 

1.相手の記憶や過去に居座るその誰かの存在や残した影響を丸ごと飲み込まなければならない、もしくは完全に目を背けなければならないという事

 

2.その関わりに於けるあらゆる評価を超えなければならないという不明瞭且つ(恐らく)非常に困難な課題、そして常にその評価と比較されている(そういう意識の有無に関わらず)という重圧緊張恐怖屈辱…に耐え克服し凌駕しなければならないという事

 

僕のような者にとっては、余程ハードルが低くない限り不可能ではと思える問題だ

 

 

 

しかし、知らなくても事実はそこにある、常にある

 

かくれんぼで自分の視界を覆って隠れた気になっている子供と同じ

 

本当は「自分が知らなければ見なければいい」というものではない

 

人と関わるというのは、そういった問題全てを乗り越えるという事かもしれない

 

…だからこそ僕は避けてきたんだ、人と関わる事を

 

 

 

 

20200701

 

何度も言っているはずだ

私の前で過去をチラつかせるのはやめてくれないか

私が他人の過去を好ましく思わないのは知っているだろう

…いいや、違う、それは違うぞ

君の中を覗き込むのと、君の過去を見知るというのは、全く別の事だ

いいか、君の中は君の色をしている

君の血と肉、細胞ひとつひとつが形成する色だ

これらは全て、間違いなく、君のものだ

しかし、過去というのは、余さず他に侵犯されているものだ

君だけのものではないし、私が介入する事も適わない

悪性の腫瘍のように都合良く切除する事もできない

そして、反物質的過去は未来を侵食する危険性を孕んでいる

私たちの未来は何者にも邪魔されてはならない

契りを交わした以上、君には、私から過去を隠し通す義務がある

過去は凶器だという事を忘れてはならない

 

 

 

 

 

 

昨日はいっぱい悪夢見た

 

全然眠れなくて、やっと眠れたと思っても数分毎に眼が覚めた

 

あんな小刻みに目覚めるってのは初めてかも、変なの

 

今日はちゃんと寝よ

 

 

 

 

 

やっぱり、ちゃんと考えるべき…だろうな、と、思う

 

何一つまともにできない

 

何一つ誇れるものがない

 

引け目に付き纏われるのは嫌だ

 

とはいえ、何をどうしたらいいのか、ちょっとわかんないけど

 

生きる事を放棄してきた時間が長過ぎる

 

…気が遠くなる

 

…しまった…口だけって言われる

 

言ったら実行しないとか…

 

 

どうしよう