2017年に日本SF大賞を受賞した小川哲の『ゲームの王国』を読んだ。
先に直木賞を受賞した『地図と拳』を読んだが、デビュー当時はSF小説を書いていたことを知り、『ユートロニカのこちら側』に続いて、図書館で借りた。
『ゲームの王国』は、1970年代と現代のカンボジアを舞台に、「ゲーム」という概念を通して権力・思想・暴力・情報操作を描いた上・下合わせて、730頁の長編小説。
サロト・サル(後のポル・ポト)の隠し子とされるソリアと、タイ国境に近い貧村に生まれたムイタック。二人はクメール・ルージュが迫るパタンパンで出会い、お互いがゲームとなぞなぞで、それまで味わったことがない敗北を味わう。
革命による混乱と大量殺戮が生んだ、復讐の誓いとふたりの決別から半世紀が経った。政治家となったソリアは、理想とする<ゲームの王国>を実現するために権力の頂点を目指し、ムイタックは脳波測定を利用したゲーム<チャンドック>の開発を進めていた。
運命に翻弄されてきたふたりは、偶然にも<チャンドック>で再戦を果たすことになり、迎えた結末は・・・
読みごたえのあるSF小説だった。
カンボジアのクメール・ルージュの時代には興味があったし、カンボジアのアンコール遺跡群があるシェムリアップを是非訪れたいと願っていて、2011年12月に訪れ、内戦の銃弾の傷跡も見たので、臨場感を持って楽しめた。
<追記>
この記事を書いた直後、タイミングよくBSで、カンボジアを舞台にアメリカ人記者とカンボジア人ガイドの友情と悲惨な内戦を描いた『キリング・フィールド』を放映していた。
これを観て、クメール・ルージュの不条理を再認識した。
カンボジア人ガイドがタイへ逃亡する途中、アンコール遺跡群を通る。




