瀕死の双六問屋 忌野清志郎 小学館文庫 RCサクセション
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好きな寿司のネタは?
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好きな寿司のネタは??
普通の人は、マグロなんでしょうが、自分はひねくれているので、カツオです
そして、もう一つは穴子(アナゴ)
7月5日は「穴子の日」だそうです
7(な)と5(ご)の語呂合わせと、穴子は夏が旬であることから、大阪市の水産加工品販売会社が制定したそうです
穴子は鰻(うなぎ)同様にビタミンAやカルシウムが豊富で、夏バテの予防効果も期待できるそうです
(メルマガより)
自分の故郷は広島ですが、「穴子めし」が有名です
瀬戸内海で捕れる穴子はおいしい!
個人的には、あじろやの穴子めしが一番好きです
昔は、うなぎをよく食べさせられましたが、今は穴子の方が好きかもしれません
回転寿司でも、穴子に手が伸びることがあります
そういえば、最近、脱外食になって、回転寿司も行って無い…
もう、何年、穴子を食べていないだろう
あーあ、あなごが食べたい!!
忌野清志郎著の「瀕死の双六問屋」の中の清志郎さんの言葉を紹介します
まるでジョンレノンの言葉だね
自分は特にコメントしません
瀕死の双六問屋(忌野清志郎)
日本国憲法第9条に関して人々はもっと興味を持つべきだ 没原稿その二
(前略)
地震のあとには戦争がやってくる
軍隊を持ちたい政治家がTVででかいことを言い始めてる
国民をバカにして戦争に駆り立てる
自分は安全なところで偉そうにしているだけ
阪神大震災から5年
俺は大阪の水浸しになった部屋で目が覚めた
TVをつけると5か所ほどから火の手がのぼっていた
「これはすぐに消えるだろう」と思ってまた眠った
6時間後に目が覚めると、神戸の街は火の海を化していた
この国は何をやってるんだ
復興資金は大手ゼネコンに流れ、神戸の土建屋は自己破産を申請する
これが日本だ
私の国だ
とっくの昔に死んだ、有名だった映画スターの兄ですと言って返り咲いた政治家
弟はドラムをたたくシーンで僕はロックン・ロールじゃありませんと自白している
政治家は反米主義に拍車がかかり、もうあと戻りできやしない
そのうち、リズム&ブルースもロックも禁止されるだろう
政治家はみんな防衛庁が大好きらしい
人を助けるとか世界を平和にするとか言って、実は軍隊を動かして世界を征服したい
俺はまるで共産党員みたいだな
普通にロックをやってきただけなんだけど、
そうだよ、売れない音楽をずっとやってきたんだ
何を学ぼうと思ったわけじゃない
好きな音楽をやっているだけだ
それを何かに利用しようなんて思わない
せこい奴らとは違う
民衆をだまして、民衆を利用していったい何になりたいんだ
予算をどう使うかっていうのはいったい誰が決めているんだ
10万円のために人を殺す奴もいれば、10兆円とか100兆円とかを動かしてる奴もいるんだ
いったこの国は何なんだ
俺が生まれて育ったこの国のことだ
君が生まれて育ったこの国のことだよ
どーだろう、…この国の憲法第9条はまるでジョン・レノンの考え方みたいじゃないか?
戦争を放棄して世界の平和のためにがんばるって言ってるんだぜ
俺たちはジョン・レノンみたいじゃないか
戦争はやめよう
平和に生きよう
そして、みんな平等に暮らそう
きっと幸せになれるよ
(おわり)
忌野清志郎著の「瀕死の双六問屋」の中の清志郎さんの言葉を紹介します
まるでジョンレノンの言葉だね
自分は特にコメントしません
瀕死の双六問屋(忌野清志郎)
生まれながらのサラリーマン野郎 第五十二話
(前略)
人々は時として夢を語ったりするというものだ
夢を実現するためにいくつもの階段を経てきた
それは苦労だったとも言えるし、楽しい出来事だったとも言えるだろう
小さな夢を手に入れて、あとは老成した公務員のようにおとなしく暮らす人間もいるだろう
人それぞれだ
細く長く生きたい人、太く短くを選ぶ人、いろんな人がいて当然だ
一生誰かの下で働きたい人、いつかは自分で何かをやりたい人、
でもね、誰も一人では生きられないんだ
どんな人でも誰かを説得して力を借りたいときがあるはずだ
そんなときに何も本心を話さないで、つまらないジョークだけで一生のうちの通過点を切り抜けられはしない
たまにはマジメに自分の考えを発表しないと誰にも相手されなくなるのさ
もしも何かやりたいことがあるとか、自分は何かになりたいんだとか、つまり「夢」があるんなら、なおさらだ
上っ面のくだらないジョークだけじゃ説得力はどこにもない
(後略)
瀕死の双六問屋(その7)へ
忌野清志郎著の「瀕死の双六問屋」の中の清志郎さんの言葉を紹介します
まるでジョンレノンの言葉だね
自分は特にコメントしません
瀕死の双六問屋(忌野清志郎)
グレイハウンド・バス 第四十六話
(前略)
さて、私はこの居心地の悪い場所を離れ、また旅に出ることにしよう
ここは昔ながらの居心地だ
もう、とっくに世の中も、仕事のシステムも変わろうとしているのだ
それに気づかない人々がいつも素っ頓狂なことを言ってみたりする
想像力の欠如 実は俺は前しか見ていない
運は君に向いてるかな?
風は君に吹いているのか?
部下の人たちをひっぱっていけるのかい?
俺は君の心配なんかしたくない
心配というのなら、俺はいつも自分のことが心配だと言っておこう
みんな自分の生活で手一杯じゃないか
誰にも本当は余裕なんかないのさ
君が何か考えて、うまくいくなんてことはないと思ったほうがいい
それより、君が何をしたいんだってことのほうが大切だ
想像力だよ
イメージ・トレーニングだ
自分でイメージをふくらまして、それを実現するために努力するんだよ
それはとても難しいときもあるけど、自分の抱いたイメージが本物だったら簡単だよ
そのためだけに努力すればいいんだから
(後略)
瀕死の双六問屋(その6)へ
忌野清志郎著の「瀕死の双六問屋」の中の清志郎さんの言葉を紹介します
まるでジョンレノンの言葉だね
自分は特にコメントしません
瀕死の双六問屋(忌野清志郎)
ユーモアが必要さ、僕らの間には 第四十一話
(前略)
しかし、いつからだろう?
いったい、いつからユーモアが通じなくなってしまったんだろう?
キツイ言葉の辛辣な言い回し、イギリス人や江戸っ子や大阪人みたいなそんなユーモアがもう通用しなくなってしまったようだ
教育の問題かも知れない
わかりやすいだけのテレビの影響かも知れない
無能な政治のせいかも知れない
それとも食物か電磁波のせいか…
でも、ユーモアが通じない、誰も笑わないってことは、意味が通じないってことだろ?
何か言うと誰かを狂わせたり怒らせたりしてしまいそうで怖い気もする
何も言わないでベンチャーズみたいなかっこいいインスト・バンドでもやるかな?
YMOとか…
おっと、こんなことを言っているとまた誰かが頭にきちゃったりするんだろうな
まいったなー、こりゃ動きがとれないぞ
インターネットでもやって顔のないアクセスでも繰り返すか…
しかし、それもメンドクサイ
あー、おっとこんなことでまた頭にくる人がいるのかも…
取り消すよ
そして陳謝する
とりあえず謝っとくよ
芸能界からホサれたり、放送局から出入り禁止になったり、レコード会社から発売中止にされたり、30年ほどの間にいろいろ経験した
そして今、インディーズの世界で同じ経験をしている
メジャーと同じ体質を見せつけられている
俺の人生っていったい何なんだ?
誰か教えてくれ
ユーモアを知ってしまった俺の罪なのか!?
へルマン・ヘッセも書いている
ユーモアが大切なんだ
ユーモアのわからない人間が戦争を始めるんだってね
でも俺はみんなに感謝してる
いろんな経験をさせてもらって、とてもうれしい
誰も俺の歌や言葉で傷つかないで欲しい
本当にありがとう
君がいつも幸せであるように…
やれやれ、何という世の中だ
いつからこの国はこんなにもセコイ人間の集まりになってしまったんだ
あっ!
また誰かがムカついたかな?
瀕死の双六問屋(その5)へ
忌野清志郎著の「瀕死の双六問屋」の中の清志郎さんの言葉を紹介します
まるでジョンレノンの言葉だね
自分は特にコメントしません
瀕死の双六問屋(忌野清志郎)
50年以上も戦争のなかった国に生きている 第十八話
せちがらい世の中でござる
「日の丸」「君が代」の問題とは、いったい何なのでござろうか
白地に赤丸、よいではないか
よいデザインではないか
ちなみにバングラデシュの国旗は緑地に赤丸でござるが、拙者はこの旗もとても好きでござる
まるで色盲テストのようだが素晴らしい旗である
思えば日の丸というものはかわいそうな旗でござる
悲惨な歴史を背負わされてしまった
戦争によっていろいろな意味が生じてしまったのでござる
「君が代」も同様だ
あの意味不明の歌の出だしの「君」という言葉に関して、政治家どもが国会で議論をしておるとは…
何ともくだらぬことだとは思わぬか
問題はそんなちゃちなことではないわ
音楽の問題ではないのか?
いや、歌の問題ではないのか!
歌としてどーなんだ、ということだ
子供が聴いても意味がわかるのか、現代人にとって何を言っとるのかわかるのか、歌としていい歌なのか…そのような議論がなされるべきではござらんのか
だいたい「君」という言葉を聞いて、天皇を想う人間がどれほど存在するのであろうか
「君」は「あなた」である
「You」である
ほとんどの日本人はそのように解釈しておるのだ
「君が代」の歌詞を英訳してみればよい
Your GenerationとかYour Worldとか…どうせ、そんなもんだろ?
そのことは想像してごらん、つまりラブ・ソングにもなりえるということだ
人々はかくも過去の史実に翻弄されるものなのであろうか
しかも100年以上も法制化されていなかった旗や歌をなぜ今法制化しようとしているのかもわからん
50年以上もの間、戦争のなかった国は世界でも珍しいのだ
その点だけでも日本は素晴らしい国ではないか
100年でも200年でも戦争なんかするべきではない
そろそろ戦争で儲けたい奴が出てきているのか?
何しろ不景気だからな
軍需産業はそうとう儲かるらしいからな
なぜ今法制化したいのだ?
俺が歌ってやろうか?
巷にある歌を俺がどんなアレンジでどんな歌い方しようが自由だろ
まさかそのくらいの自由はゆるされているんだろうな
俺はロックン・ロールとリズム&ブルースしかやったことがないんでね
はっきり言っておこう
俺はこの日本に生まれて、ずっとこの国で育ってきた
日本国籍を持っていて国民年金も払ってる
脱税もしてない
話すのも考えるのも日本語だ
日本文化に敬意を持っている
俺の好きなロックやブルースを歌ってもいいんだろうな?
俺が「君が代」を歌ってRCサクセションの「COVERS」の二の舞になったらお笑い草だぜ
これはますます歌いたくなってきたな
各地で「君が代」の公聴会とやらが催されているらしいがヤラセみていだな
それで民主主義のつもりなのか
一つの歌がシングルとして、どれくらいのパワーがあるのか、いつも俺たちは考える
レコード会社もプロダクションもバンド・メンバーも作家も音楽と歌について議論をするんだ
それが当たり前のことだろう
だが、公聴会とやらには音楽家の顔ぶれが見られない
一つの歌を国歌にするのかどうかという議論に音楽家が参加していないのは、これまた不可思議なものではござらんか?
旗や歌に関してはデザイナーやミュージシャンの意見も聞くべきではないか
「かたはらいたい」とはこのことじゃ
では今回はこれにて失礼いたす
瀕死の双六問屋(その4)へ
胸騒ぎがして以前書いた記事をもう一度
「地震の後には戦争がやってくる 清志郎の言葉、いま響く(朝日新聞デジタルより、2014年8月)」
2009年に亡くなったロックシンガー、忌野清志郎(いまわのきよしろう)さんの文章が、インターネット上で読まれ続けているらしいと言う記事でした
作詞家の湯川れい子さんがツイッターなどで紹介したものが、少しずつ広がっていることを述べていました
今はどうでしょう?
時代を見通すような内容に、湯川さんは「今こそ、多くの人に読んでほしい」と言っています
さっそく、図書館で借りて読んでみました
ロックな文章は、清志郎さんらしくほとんどぶっ飛んでいましたが、その中で、シリアスな分が多数あり、思わずうなってしまいました
忌野さんのバンド「RCサクセション」が原発を批判する歌を発表したのは80年代
震災で原発事故は現実となり、閣議決定による集団的自衛権の行使容認、そして、安保関連法案の可決
憲法の意義は揺らいでいる今
震災後の世情の変容に湯川さんは「幸せに生きるために、人は生まれてくる。「存在の自由」が脅かされかねないことを、考えてほしい」と語っているようです
RCサクセションは好んで聞いていたわけではないですが、でも、強烈な個性の持ち主である清志郎さんはいつも気になる存在でした
歌と言うより、ドラマをよく見ていてたかも…
もし、清志郎さんが生きていたら、今の世にどんなコメントを残し、どんな歌を歌っただろうか?
そんな、清志郎さんの言葉を以降、数日かけて、今年も紹介します
自分は特にコメントしません
瀕死の双六問屋(その2)へ
以前、アップした記事を引用してもう一度…
「<木の上の軍隊>井上ひさしさん未完の戯曲を作品化(毎日新聞より、2013年6月)」
この記事の「木の上の軍隊」については、以前、自分でもブログの中で触れましたが、12年前(2013年)、NHKの特集として、報道されていました
この「木の上の軍隊」は、太平洋戦争末期の沖縄戦で、木の上で2年間隠れて過ごした2人の日本兵の実話を基に、作家の井上ひさしさんが構想を練った戯曲でした
タイトルとメモだけが残された未完の戯曲でしたが、12年前(2013年)、劇作家の蓬莱(ほうらい)竜太さん(当時37)の手によって完成しました(この完成までの過程をNHKで放送していました)
沖縄本島北部の北西約9キロにある伊江島
伊江村教委によると、1945年4月16日に米軍が上陸して21日に占領するまでに、島民約1500人、日本兵約2000人が死亡したと言われています
狭い島に逃げ場はなく、集団自決に追い込まれた住民もいたそうです
戯曲「木の上の軍隊」の原作となった人物は、沖縄県美里村石川(現うるま市)出身の佐次田秀順(さしだ・しゅうじゅん)さんと宮崎県小林市出身の山口静雄さん
伊江村史によると、2人はガジュマルの木に登り、下から見えないように枝で擬装
暗くなると下り、米軍のごみ捨て場から食糧や衣服を集めたそうです
2人が終戦を知り、木を下りたのは1947年3月だったそうです
つまり、樹上で2年を過ごしたのです
藤原竜也さん主演の舞台「木の上の軍隊」がNHKのBSで放送されることがあったので、ようやく見ることができました
そして、時がたち、映画化された「木の上の軍隊」が沖縄県で先行上映中で、7月25日から全国で公開されるそうですね
日本軍の少尉役を堤真一さん、新兵役を山田裕貴さんが演じるようですね
見て見たいなあ
一度、起こしてしまった戦争はなかなか止めることができない
わかっていても…
今起こっている戦争を見てごらんなさい
だから、絶対、戦争を起こしてはならない
6月23日は、沖縄慰霊の日でした
平和ボケした本土の日本人は忘れていないだろうか?
「「戦争いや」女性たち結集 安保法制に抗議、各地で声(朝日新聞デジタルより、2015年6月)」
「瀬戸内寂聴さん:「戦争に近づいている」安保法案に反対(毎日新聞より、2015年6月)」
2015年の記事ですが、日本の女性達が、日本の行く末に危機感を感じ始めていることでした
これを感情論だけと考えていいものだろうか?
今はどうだろうか?
いまだに男社会である日本が男の頭だけで、事を進めようとしていませんか?
「日本はいま、戦前と同じ道を歩んでいるのか? -作家 浅田次郎(プレジデントオンラインより、 2015年4月)」
最新刊『日本の「運命」について語ろう』(幻冬舎)で、近現代史を学ぶ大切さを説いた浅田次郎氏が、本書を通じて伝えたかったことと、歴史小説家の目に映る現代の日本について語っています
10年前、この本は読んでみました
「いま日本は戦前と同じ道を歩んでいるのか」という危惧に対して
(浅田氏)「明治維新から昭和の戦争まで約70年だ。その間に日本という国家は急速に膨張した。しかし成長には相応のリスクが伴うものであり、危機感を持つ人もいた。1941年の日米開戦時には「それ見たことか」と考えた人も多かった。今年は終戦から70年。戦後、経済成長を遂げて先進国の仲間入りをしたという点でも、かつてと時代状況が似ている。違うのは、豊かになりすぎて感覚が麻痺しているのか、反動への危機感がないことだ。いまこそ歴史を学び、同じ轍を踏まないようにすべきだ。」
自分は、学生時代、日本史や世界史が大嫌いだった
年号ととの出来事の羅列に、何も興味が無かった
でも、実社会では、その歴史の内容を理解していないと同じ過ちを起こしてしまう可能性がある
日本についても世界についても近代史は大事だということに、この年になってわかる
何とも情けないことだ
歴史認識が浅い人が多いために周りの国からねじ曲げられた歴史観を押しつけられても、言い返すことができない日本人
自国の歴史を説明出来ない日本人
自分も平和ボケしてしまった一人なのだろう
今からでも遅くない
知らねば、また、恐ろしいことが始まる
若い人たちよ、君たちの未来を踏みあやまらないために嫌な勉強もしておく必要がある