データベース制圧の精神科医ブログ、長崎広島原爆・福島原発・第二次大戦・児童虐待・DV・レイプ複雑性PTSDの薬物療法 -4845ページ目

(70)PTSD患者への暗示の原則 禁句

PTSD患者との交流は相手を信頼する態度などの非言語的な要素(暗示)が大切ですが、治療契約は常に肯定文でなければいけません。「リストカットしてはいけ『ない』」ではなく「あなたは自分のからだを大切に『できる』」としなければいけません。
禁句は 「過去の外傷体験は忘れなさい」です。朝日新聞投書欄に少女時代にレイプされたことを家族に隠している女性 がどこの精神科医もカウンセラーも「忘れろ」と言うと書いていました。

(69)広島市新交通システム(アストラムライン)橋桁落下事故の個人的思い出

当時大学病院で研修医をして いました。外来に強い 興奮状態の男性がかつぎこまれ、複数の医師が上から折り重なるようにして押さえつけ鎮静剤を注射しました。付き添っていた奥さんと小さな子供さんまでが必死の形相だったのが印象に残りました。それは慢性の発症で徐々に悪化したために家族に心理的な準備ができるような病態ではなく、急性症状を意味したからです。当時の自分に急性ストレス障害のような疾患概念はありませんでした。後から聞いたのはアストラムライン事故の担当部署の広島市職員だったそうです。 精神医学の素人集団ながら「黒い雨」被爆PTSDの再再調査を宣言したガッツのある広島原爆放射線医科学研究所(原医研)さん。市民のため調査したらどうですか。

(68)広島市新交通システム(通称アストラムライン)橋桁落下事故とPTSD

日本のPTSD研究が阪神大震災という大規模災害から始まったため、尼崎JR事故のような事件で犠牲者が出ると、日本PTSD学会(JSTSS)では関心が高まります。震災前の平成三年にアジア大会に合わせた都市改造で新交通システムが建設されました。高架を走るゴムダイヤの電車です。交通規制なしで高架の据え付け作業中に62トンの鉄塊が11台の自動車を押し潰し、作業員5人を含む14人が死亡しました。遺族関係者に間違いなく多数のPTSD患者が発生しているはずのこの事故は精神医学的調査が一度も行われないまま、たった17年で風化しています。精神医学の素人集団ながら「黒い雨」被爆PTSDの再再調査をすると宣言した広島原爆放射線医科学研究所(原医研)さん。この事故も広島市民のために調べてはどうでしょう。

(67)朝鮮戦争時の博多市内における米軍集団脱走レイプ事件とPTSD

中朝軍と国連軍が激戦を繰り広げていた朝鮮戦争最盛期。軍事基地であった板付空港(現福岡空港)から黒人兵士集団(この頃は黒人のみで部隊が編成されもっとも危険な死地に送り込まれていた)が武器を持ち出し脱走しました。その夜博多市内の民家に侵入した彼らは集団レイプを行い、裁かれることなく戦線に投入されました。(児島襄の「朝鮮戦争」より)日本の独立が回復する前に闇に葬られたこの事件の被害者でPTSDを発病した患者はおそらくまだ九州各地で存命していると思います。被害者の精神医学調査を行えないものか!こらJSTSS!

(66)岩国基地米軍海兵隊員による広島市内における少女集団レイプ事件

沖縄中学生レイプ事件直前に広島市中心部で19歳少女が米兵に集団レイプされました。しかし、広島の政治、行政、大学、マスコミ、医療全てが無関心で警察は捜査を打ちきり、検察も起訴しませんでした。藤田知事は「夜に出歩くほうが悪い」とセカンドレイプ発言をしました。集団レイプと言えば反射的にPTSDついて言及すべきですが、2005年以来、行政・マスコミ・医療の三位一体でPTSDが封印されている広島県内では全くそのような意見はありませんでした(原爆PTSD再調査に名乗りをあげた原医研も沈黙)。沖縄事件直後に米軍は先手をうち、容疑者四人を逮捕。軍法裁判にかけました。被害少女は米軍法廷で泣きながら、兵士一人とはセックスに同意していたが、他の容疑者にレイプされたことが恥ずかしくてはっきり言えなかったと証言。私は次の被害者の発生を抑制する少女の勇気ある証言に敬意を表したい。米軍の起訴で黙っておれなくなった広島マスコミは渋々この事件を取り上げました。アナウンサー「なぜ日本で起訴されなかった事件を米軍が起訴するのか?」広大法学部教授「無罪になる可能性が高いから」

(65)厚労省の五分間ルール(リタリン騒動の反省から?)(PTSDのリタリン依存治療)

4月からまた厚労省から奇妙な通達が来ました。「精神科外来診察は最低五分かけること」この奇妙な通達の根拠は何だったのか?リタリンはナルコレプシー、ADHD患者以外には遅効性覚醒剤としてしか作用しないのは常識でしたが主要国では例によってわが国でのみ野放しでした。恒例の一部の医療機関での不正処方事件に続いて、極めて異例ながら迅速に一般処方が禁止されました。一部の医療機関の不正では説明できないリタリンの大量出荷・処方を厚労省が把握したのです。放置すればリタリン依存症患者の激増を意味しました。多数の精神科医療機関で同時多発的に治療行為としてのリタリン処方が激増したのです。通常の薬物治療の方法論では歯が立たないうつ病(と誤診されているPTSD)患者の激増に患者と治療者が共通して到達した錯覚が「リタリンがもっとも治療効果がある」でした。ベトナム帰還兵の自己処方によって生じたアルコール、ヘロイン依存を日本の精神科医療機関が 再現しようとしたのです。厚労省と癒着した朝日新聞すら記事の最後に申し訳程度に精神療法を軽視した薬物療法の失敗とコメントしました。その反省に基づく?通達 だったのです。

(64)JSTSS初代会長金吉晴 検察の精神鑑定依頼合理化に貢献(笑)

セレブ妻バラバラ殺人事件の精神鑑定で検察側鑑定医(金吉晴)と弁護側鑑定医が同じ資料を元にPTSD無罪という鑑定結果を出した(常識的におかしいですよね)ことに当惑した検察は、今まで個人的なコネに頼っていきあたりばったりで依頼していた(そうだったんだ)精神鑑定を調整する担当者を決めるそうです。新聞報道より。JSTSS初代会長金吉晴としては日本の精神医学界で消滅寸前のPTSDの存在感を誇示することさえできれば判決はどうでもよかったのでしょう。今までまともに考えたこともないのに、わたしの先行論文も無視して、いきなり手を出す原爆PTSD調査も同じでしょう。

(63)広島原爆放射線医科学研究所(原医研)の原爆PTSD調査再開 「黒い雨」の秘密

精神医学の素人集団である広島原爆放射線医科学研究所(原医研)が2002年に行った原爆被爆者PTSDの無効な調査を臨床の素人JSTSS初代会長金吉晴の協力を得て、山間部「黒い雨」被爆者に拡大し2008~2009年に繰り返すわけですが、彼らは同じことを2005年にも朝日新聞の全面的な協力を得て行っていました。その結果は精神医学史に何の痕跡も残しませんでした。彼らが自らの方法論の致命的な欠陥に気がつかない限り今回も同じ結果になるでしょう。
PTSD研究は戦争というストレスから児童虐待や性暴力被害のストレスとの同質性が理解されてから一層の発展がありました。彼らが岩国基地海兵隊員による少女集団レイプ事件に沈黙を守ったことは彼ら(今回協力するJSTSS初代会長金吉晴も含む)がPTSD研究を行う道義的な資格を欠いていることを意味しています。

(62)日本のPTSD研究の正統性を引き継ぐ私のPTSD薬物(SSRI・SDA)治療研究

小沼の論文もリフトンの著作もわが国では忘れ去られていました。現代精神医学の到達点であるSSRIとSDAを用いた広島被爆者の複雑性PTSD治療記録であるわたしの「東京大空襲被災と広島原子爆弾被爆の両方を経験し複雑性外傷後ストレス障害を呈した一例」(広島医学2006)こそが小沼、リフトンの研究を真に継承する現代精神医学の頂点なのです。
少なくとも「黒い雨」被爆PTSDの無意味な再再調査をする広島原爆放射線医科学研究所(原医研)が異端なのは確かです。

(61)日本のPTSD、原爆PTSD研究の元祖 小沼十寸穂教授

国立広島大学 医学部精神医学教室初代教授小沼十寸穂 の「(広島)原爆症後遺症の間脳症性苦訴並びに症候の理解について」(長崎医学会雑誌1961)が日本人精神科医による最初のPTSD研究論文です。被爆者の症状が「器質性障害という基礎の上に」「神経症性心的機制という上屋」が乗り「単なる心因性」ではないというPTSDの本質が看破されています。広島被爆者の調査に訪れた若き日のリフトンと対談した模様がリフトンの大著「死の内の生命」に描かれています。リフトンは広島での調査で「繰り返し侵入してくる」外傷記憶の本質を理解しベトナム帰還兵にも同じものを見いだしてPTSDの概念を確立しました。
広島原爆放射線医科学研究所(原医研)さん「黒い雨」被爆PTSD再再調査するならリフトンと小沼から勉強し直しなさいよ。