データベース制圧の精神科医ブログ、長崎広島原爆・福島原発・第二次大戦・児童虐待・DV・レイプ複雑性PTSDの薬物療法 -4844ページ目

(81)南京虐殺の加害兵士の外傷記憶

「民間人を主とした30万人の虐殺」という中国側の宣伝が合理性に欠けるという反論は多数なされてきました。「虐殺はなかった」という意見も良心に欠けると思います。最近日清戦争に参加した労働者が旅順での虐殺に触れた日記も新書ででました。「南京で消えた数万人の捕虜」が虐殺されたのは間違いなく、長命した当事者がついにテレビの前で告白した場面を見ました。告白直後に当人が自らの心理状態をどう把握したらいいのかとまどっていましたが、加害者としての外傷体験が表面が化石化しながら中身は60年の歳月を越えて生々しさを保っていた例でした。

(80)歌織容疑者と金吉晴と短期精神病反応とPTSDの幻覚症状

激増するPTSD患者が元気がないと言えば自動的にうつ病と誤診されますが幻覚があると言えば統合失調症と誤診されます。それがわかっているから幻覚症状を隠しているPTSD患者が多数います。元々ドイツ精神医学が統合失調症という病名を生み出した途端に診断名が変わったヒステリー(PTSD)患者が大半だったのです。統合失調症を定義づけようとする過去百年の試みは全て失敗しました。一番確実なのはPTSDを除外しつくした残りが統合失調症です(それらしき人はわずかしかいませんが)。セレブ妻バラバラ殺人事件の歌織容疑者に認められた幻覚をJSTSS初代会長金吉晴は短期精神病反応と呼びました。精神病とは統合失調症のことです。臨床経験に乏しい金吉晴は幻覚と言えば統合失調症という言葉に引き寄せられ「幻覚はPTSD(解離性障害)でも生じる」と言い切る経験と自信がなかったのです。

(79)風見しんごと悲哀反応(適応障害)とPTSD

深刻なPTSDの治療から日本の精神医学が撤退し心理学と一般人の間だけで口にされるようになった結果、単なる日常挫折体験をPTSDと自称する人間が増え矢幡洋のような反PTSD派を調子づかせています。深刻な外傷体験を経験し、強い悲しみに苦しめられても全ての人がPTSDを発病するわけではありません。PTSDを否定したドイツ精神医学の言う適応障害または悲哀反応がこれにあたります。しかし、時にはPTSDと変わらぬほどつらい悲哀反応があります。 交通事故で長女を失ったタレントの風見しんごの「えみるの赤いランドセル」を読めば悲哀がいかに深刻かわかります。「どんなに悲しくても時間がたてば笑顔になれる・それは悲しみが減ったとか忘れたというのでなく穴の開いた心と折り合いをつけてなんとか付き合えるということに過ぎない」
忘れてられるわけない悲しみを忘れようとしたとき悲哀反応はPTSDに変質します。

(78)激増するPTSD=ヒステリー=解離性障害≠うつ病

外傷体験が明らかな場合でも、現実には大概「忘れなさい」「あなただけがつらいわけじゃないんだから」という悪化するだけの助言を得ます。外傷 を忘れさすために大量の安定剤が処方されます。本当の治療は全てその逆をやります。 そして治療の最終的な目標は自分は無力だと失っていた自信を取り戻すこと、孤立により失っていた自分を愛する人とのきずなを回復させることです。医師は常に治療が診察室の中だけに限定固定されないよう注意しなければなりません。

(77)激増するPTSD患者=ヒステリー=解離性障害≠うつ病を実際にどう診断し治療するか

精神科外来を訪れる患者の多数が何の根拠もなく自動的にうつ病と診断されます。するとなぜ発病したと思うかと質問されることは皆無です。仮に原因が想定されても職場の人間関係などという漠然とした空っぽな情報しかえられません。実際に突っ込んで聞いてみると、肉親の自殺とかDVといった話がポロポロ出ます。聞かれない限り何十年も言わない人はザラです。

(76)激増するPTSD=ヒステリー=解離性障害≠ うつ病を実際にどう診断し治療するか

日本の精神科診察で最も軽視されるのが記憶障害です。記憶障害が主訴の高齢者PTSDは自動的に認知症と診断され過去の記憶をあれこれ問われることもありません(過去の記憶が鮮明ならPTSD)。若い患者なら例え患者自身が記憶力低下を訴えても物忘れか向精神薬の副作用で片付けられます(恥ずかしながら私もそうでした)。アメリカのパトナムが開発したDES(解離体験尺度)を使用すればうつ病と診断されている患者の99%が解離性障害と診断されるでしょう。患者の中には解離性健忘による記憶力の低下に苦しんでいても、精神科医師と話すに値する話題と想像もできず 黙っている人もいます。また記憶力の低下を非常に恐れていて黙って いる人もいます。治療の重要な問題として話す価値があるし、解決が可能であるとはっきり告げるだけで「ラポール」(催眠術によって生じるような極めて率直で親密な関係)が形成されることがあります。

(75)日本PTSD学会(JSTSS)の新商品 「暴露療法」

広島の「名前を言ってはいけないあの人」に裏切られ薬物療法(あの人が用意してたものもたいしたことはないが)抜きの片肺飛行を続けるJSTSSの新商品は「暴露療法」。EMDRがたいした成果をあげれないから目先を変える必要があったのでしょう。パチンコ屋の新装開店みたいですね。米軍が各地の復員兵病院に置いた機械みたいなのですかね、ゲームセンターにありました、そっくりのテレビゲーム。
外傷的な状況を何度も体験して慣れる。実際の臨床場面ではSSRIで外傷記憶が想起されても、そこからが難しい。そう都合良く何度も直面できるわけではないし、それでも治療は可能です。

(74)EMDR と催眠術

EMDRの Eは eye(眼球)の略です。PTSDの決め手になる治療法などと、もてはやされています。催眠術という名前を造語 したイギリスの外科医ブレイドが、目を疲れさせたら自分で自分に催眠術をかけることもできるのを発見しました。定型催眠術です。糸で吊るした五円玉だろうがペンライトだろうが水晶玉だろうが同じです。テレビつけたままじゃないと眠れない人も原理は同じです。日本の精神医学は催眠術をいかがわしいものとして忌み嫌ってきました。EMDRなんてネーミングからして催眠術以外の何者でもないのに、新しく輸入したと思ったら大喜びするのはブランド好きのギャルと変わりありません。しかし、実際にはそれで治るわけないのですから日本PTSD学会(JSTSS)は別のキーワードの輸入を始めました。

(73)とんでも本「危ない精神分析」矢幡 洋

この本についてしゃべると自分が汚ならしいものに変わっていく感じがするという意味では、本そのものが外傷みたいなものですが、もう一言だけ言っておきたい。そもそもPTSD研究決定版の「心的外傷と回復」を書いたハーマン女史とPTSDへの批判を内容の中心にしているのに(インターネットから片寄った情報だけをよりだして継ぎはぎしているだけですが)、題名には「精神分析」を使用している。フロイトが産み出した精神分析の流れは、むしろPTSDという疾患概念を否定してきた歴史経過がありながら、考え方の底流には複雑にからみあう部分があるのに、そんなこと無視して一緒のもんだとごっちゃにしている。わかっていないというより頭の中にメタンガスが詰まっているというレベルなんですこの馬鹿は。






(72)広島県内では PTSDは禁句

広島市民病院精神科医長の人事権は広島大学ではなく岡山大学にあります。最近長く勤務した医師が退職してから、定期的に岡山大学から派遣されるようになりました。昨年暮れに心身医学学会が広島市内でありました。岡山からきた市民病院医長の発表演題名に「EMDR」の文字はありましたが「PTSD」の文字はありませんでした。EMDR(眼球運動による脱感作と再処理)は最近はやりのPTSDの治療法ですが、私に言わせれば定型催眠術の単なる亜種です。この医長は軽い悲哀反応相手に治療の真似事をしていたのでしょうが、「郷に入らば郷に従え」、部外者みたいなものなのにこういう点だけはすぐに順応したみたいです。PTSD治療者に最も必要なのは傷ついた患者を守る立場に立つ勇気と正義感です。この医長の演題名を見ただけで、彼にその資格がないのは明らかです。
もっとも「黒い雨」被爆PTSD再再調査するとわめいている広島原爆放射線医科学研究所(原医研)に正義があるわけでもありません。