データベース制圧の精神科医ブログ、長崎広島原爆・福島原発・第二次大戦・児童虐待・DV・レイプ複雑性PTSDの薬物療法 -4842ページ目

(101)日本人の独創的科学研究を認めない日本の学会・医学界

荻野久作医師はオギノ式避妊法で知られていますが、かれの発見を勝手に避妊法 にしたのはコンドームを使用しない避妊法を探していたローマ法王庁です。かれが発見したのは産科医学最大のテーマだった。「排卵はいつ起きるのか?」という謎の答えでした。テレビでの再現では自転車をこいで往診し患者さんからデーターを集めていました。夫婦の性生活の内容など秘密のデーターを集めるのだから人格的にも立派で信頼されてなければなりません。医学上もっとも重要なテーマの一つを日本人が解決したのだから世界に誇るべきですが、娘さんの話では若い頃は荻野の名が出るたびに恥ずかしい思いをしたそうです。新潟の開業医だった先生の業績を日本の医学界が内外に正当に評価しなかったからです。これが今精神医学においても行われているのです。

(100)野口英世の成功とドイツ精神医学(うつ病・統合失調症二元論)の失敗

(84)でも述べましたが野口英世の偉大な発見である進行性麻痺(脳梅毒)の原因発見は初めて精神障害の完璧なモデルを提供しました。しかし、この例外的なモデルを追求したドイツ精神医学はうつ病と統合失調症の存在の証明を百年かけても失敗したのです。現在もMRIなどの幼稚な画像診断や遺伝子研究が失敗への反省なしに性懲りもなく行われています。問題は今でもマンガになってまで伝記が出ている野口の真の業績が進行性麻痺の原因発見だと読んでもわからないということです。おかげでうつ病・統合失調症の証明失敗もわからないということです。これは学歴のなかった野口を日本の医学界が正当に評価しなかったからです。

(99)同じ失敗を重ねても記憶していない多重人格症(PTSDの一形態)

統合失調症と診断されている長期入院患者の中に多数認める多重人格症は頻繁に夜間興奮しトラブルを起こしたりします。朝になると職員がいきりたち何らかの処置(警告、薬の増量、行動の制限)を医師に求めます。診察に呼びこちらから何も言わずに「何があったんだい?」と質問すると、実際には当人は何も覚えていないのです。その様子には責任を回避しようとする意図は全く感じられません。

(98)長期入院患者の中の多重人格症(解離性同一性障害:PTSDの一形態)の見分けかた

DES(解離体験尺度)を考案したアメリカのパトナムは刑務所や精神病院長期入院患者の中に統合失調症と診断された多数の解離性同一性障害患者がいることを指摘しました。わたしの簡便な見分けかたとして異常気候の利用があります。近年の温暖化の影響か「観測史上初めて」の強風や集中豪雨、大雪などが頻繁に認められます。その後に診察して回り何気ない話題として「大変だったねえ~」とひっかけます。高度の解離性健忘を認めるPTSD患者(多重人格症)は翌日でも答えることができないのです。「あの天気に気がつかないなんてことがあっていいんだろうか!」と記憶障害に病識を集中させることで、あなたは解離性障害だという暗示をかけていきます。

(97)「ラストサムライ」主人公にみるPTSD像

主人公がPTSDに犯されているというパターンの映画がおびただしく制作されたためか、アメリカ映画に一種のパターンとして定着したのでしょうか?トムクルーズの演じる軍人役も騎兵隊員としてインディアンの女子供の虐殺に関与したがために病み、悪夢にうなされ(外傷記憶の侵入)酒が手放せません(過敏性への自己処方)。まともに平和な仕事にもつけず(麻痺)、機会があれば再び傭兵となって戦場にもどる(外傷の再演)のです。

(96)シルべスター・スタローンの「ランボー」原作に見るPTSD患者の「二重思考」

優れた創作作品は調査と思索を重ねた科学的精神医学の出す結論としばしば重なります。ベトナム帰還兵を描いたランボー原作「一人だけの軍隊」が書かれた時期は戦争PTSDの精神医学的見解が社会一般にまだ広く浸透はしていなかった時期だと思われます。作家の想像力が産み出したラストは児童虐待の被害者の「二重思考」と気味悪いほどの一致をみます。ランボーも対決する警察署長も自分たちの人生を台無しにした戦争の「暴力」が自分 たちにとどめをさす瞬間に強い「愛」を感じるのです。「怖いけど好き」「憎いけど愛している」PTSD治療開始初期にみた患者の二重思考にわたしも強く当惑させられたのです。

(95)広島の精神分析医たちと原爆PTSD

日本精神医学の主流はドイツ精神医学の惨めな末裔であったため、ナチスドイツが追い出したフロイトの精神分析学は細々としか流入しませんでした。広島市内には地方には珍しく精神分析のサークルがあり、わたしは平成13~14年にそこで講習を受けました。直感的に様々な事象の背後にあるフロイトの考えが一番重要であると考えました。精神分析が主流であった北米ではハーマン女史がPTSDの範囲を戦争被害から虐待・性暴行被害に拡げるとき、PTSDを否定するフロイト派の考えと対決せざるをえませんでした。しかし今やPTSD研究の先駆者であるピエール・ジャネの発想とフロイトの考えが合わさって初めて外傷と精神障害の関係が把握できるのです。2004~2007年の間 広島県内6千人の医師がフロイトの名をもっとも多く目にするのは私のPTSD論文においてでした。原爆PTSDの発見に至る過程において沈黙を続けたという点では分析サークルもJSTSSと同じでした。

(94)岩国大空襲が原因の晩発性PTSD患者の希死念慮とSDA リスパダール内用液

偶然に当時十代の少年で岩国大空襲を経験した患者を診ました。数年の治療経過で「うつ病」「統合失調症」「認知症」という病名が重なってついていました。抗統合失調症薬と呼ばれるSDAのリスパダール液剤単独で数日で強い自殺念慮が消失しました。私が5月29日に日本精神神経学会で発表するのは抗うつ薬と呼ばれるSSRIのパロキセチンで幻覚妄想が消失したPTSDです。PTSDの薬物において抗うつ薬、抗精神病薬という分類自体が無意味なのです。
精神医学の素人集団ながら「黒い雨」被爆PTSDの再再調査を宣言したガッツのある広島原爆放射線医科学研究所(原医研)さん。山口県まで出張して調査してくれませんかね。

(93)太平洋戦争敗戦前日の山口県岩国駅大空襲とPTSD

敗戦前日の昭和20年8月14日になお全国数ヶ所がBー29爆撃機に空襲されました。米軍基地の二倍拡張で話題になった岩国駅周辺は空襲で千人の死者を生じました。子供の頃から市内中心部が広い畑地のままで不思議に思っていた一角がありました。世紀末に父親が初めてそこで空襲の被害者の遺体が火葬 にされたことを教えてくれました。今そこには住宅やマンションが建ちました。岩国大空襲の碑が建てられたのはほんの数年前です。米軍が邪魔したわけではなく岩国市民の集団PTSDがPTSD特有の外傷記憶の回避をやめるのにそれだけの歳月を要したのです。
精神医学の素人集団ながら「黒い雨」被爆PTSDの再再調査を宣言したガッツのある広島原爆放射線医科学研究所(原医研)さん。山口県まで出張して調査してくれませんかね。

(92)PTSD治療でEMDR を選択する非科学性と薬剤性催眠術を選択する合理性

PTSDを治療研究するために催眠術を経験することは絶対に必要です。催眠術単独で治療するためではなく、PTSDの中核病理である「解離」を体感するためです。経験の有無により人間の精神構造と疾患病理への理解が桁違いに向上します。SSRI、SDAの真の薬理効果を引き出すにも必要です。特殊な才能を必要とするEMDR(普通の催眠術)よりも薬剤性催眠術の方が多数の精神科医師のトレーニングが可能になります。薬剤性催眠術が廃れたのは薬剤に頼りすぎて暗示の本質を見失ったためと戦争PTSDの概念が定着しなかったからで、アメリカが普通の催眠術に後退したのは薬剤性催眠術を忘れたからです。催眠術を忌み嫌う日本の精神医療がEMDRなら拒絶しないのは新しい(と思う)舶来品だからです。