(111)広島と「長崎」原爆PTSD
プロフィールに両方の原爆被害者PTSD患者を診たと書いてありますが発表したのは広島一つ(東京大空襲も経験された)ですが未発表症例に何故か広島で診た長崎の人が一人 います(広島はなお多数)。あちこちから圧力かかって発表できませんが。性暴力被害者も論文未発表ですが多数経験。5月29日の 発表はそのうちの一人です。
広島原爆放射線医科学研究所(原医研)さん「黒い雨」被爆PTSD再再調査するなら先行論文「東京大空襲被災と広島原子爆弾被爆の両方を経験し複雑性PTSDを呈した一例」(広島医学2006)を勉強しなさいよ。
広島原爆放射線医科学研究所(原医研)さん「黒い雨」被爆PTSD再再調査するなら先行論文「東京大空襲被災と広島原子爆弾被爆の両方を経験し複雑性PTSDを呈した一例」(広島医学2006)を勉強しなさいよ。
(110)ミャンマーサイクロン被害と米兵の広島少女集団レイプ事件(66)とJSTSS、原医研
死者が一万人に達するようで日本PTSD学会(JSTSS)は活気ずく?でしょうが悪意のない自然災害をいくら相手にしても、悪意の塊のレイプ事件の被害者一人救えないJSTSSに存在感はないでしょう。広島が町ぐるみでもみ消そうとした事件に泣き寝入りしなかった勇気ある少女を守ろうとする精神医療の動きはありません。精神医学の素人集団ながら「黒い雨」被爆PTSD再再調査を宣言した広島大学原爆放射線医科学研究所(原医研)も沈黙しました。彼らのPTSDは原爆のみで生じ集団レイプでは起きないそうです。
(109)広島原爆放射線医科学研究所の「黒い雨」PTSDの再再調査の失敗は予定通り
広島原爆放射線医科学研究所の山間部で「黒い雨」を浴びた被爆者を含む被爆者PTSD調査は2002年と2005年に失敗した手法を(悲哀反応レベルの対象者への解離症状を考慮しない機械的な質問法)また使うのだから2008~2009年の失敗も予定済みです。独創性に欠けるJSTSS初代会長金吉晴の協力があっても同じ。しかし被爆者の苦しみを癒すため、わたしに診断法を学びにきてでも救おうとは絶対にしないでしょう。この国が日本だから。
(108)交通事故被害PTSD担当 松岡豊
彼とは十年前に一緒に働いたことがありますが今風の勝手な若者という以上の印象はありませんでしたが、 いつの間にかどうやってか今の ポストにいて、金吉晴と同じ才能をもっているようです。昨年春に「広島の名を言ってはいけないあの人」が二回だけ目立たないようにPTSD講演会を広島で開いたときに(水面下で出てこい出てこいと誘いがありましたが)彼は講師で来ました。事情を知らないわけないでしょう。彼が今のポストにいても交通事故被害者の悲しみが癒えないことは保証できます。
(107)独創性とは発想の柔軟な転換から生じる
ビタミンCの不足によるヨーロッパの船乗りの壊血病(パン食によりビタミンB1不足なし)とビタミンB1不足による日本人の脚気(漬物の多食によりビタミンC不足はなし)は無数の死者を出して「何か毒があるからではなく、何か大切なものが足りないから」という発想の転換まで何百年もかかりました。例により日本は海軍の高木兼寛の「とりあえずよくわからないが麦飯を食べよう」を陸軍の森鴎外が邪魔し鈴木梅太郎のビタミンB1の発見を日本中の医者が邪魔しました。「うつ病が治らないのではなく、うつ病でないから治らない」「主な精神障害とはうつ病と統合失調症であるという発想自体が間違っている」と発想の転換が行われるまでにどれだけの自殺者の山が築かれねばならないのでしょう。
(106)JSTSS初代会長金吉晴と PTSD薬物治療アルゴリズムの無意味さ
金吉晴がなぜPTSDの権威とされるのか?彼が初代会長をした日本PTSD学会(JSTSS)は薬物治療の無効を宣言しましたが、彼は薬物治療アルゴリズムを訳しています。アルゴリズムとは小学生でもわかるマニュアルで当然のように治療の役には立ちません。SSRIとSDAが暗示によりラポールが形成された後に記憶に作用するという原則を発見した私でさえ臨床応用には無数のバリエーションに悩まされています。こういう無益なマニュアルでも誰かが 代表して訳すことになっていて、そういうポジションについた人を独創的研究がなくても権威と呼びます。そういうポストにつきたい人はたくさんいますから大変だったでしょう。彼にはそういう才能はあるのでしょうが、医学とか科学とかとは関係ない才能です。彼の人生最大の負の業績はPTSDの真の薬物治療法と原爆PTSDの同定という私の業績が社会に知られないようにしたことです。PTSDに関するあらゆる情報を吟味する義務のある学会を自称するJSTSSも同罪です。
(105)独創的な研究は不肖の弟子たちに恩師さえも無視させる。
広島大学精神科教室初代教授小沼十寸穂の最大の業績は日本最 初のPTSD、原爆PTSD論文である「原爆後遺症の間脳症性苦訴並びに症候の理解について」(長崎医学会誌1961)であることを発掘したのですが(61)、直弟子であることを自認されている老先生方は広島市内に多数まだ御存命中ですが、この業績は全く無視されています。同門会(教室同窓会)名の「丘門会」は初代教授の精神分析への興味から名付けられたそうです。
兵庫県こころのケアセンター副所長の加藤寛さん。厚労省の研究費で設定したJSTSSのホームページのデータベースは稼働してますか?
精神医学の素人集団ながら「黒い雨」被爆PTSD再再調査に名乗りをあげた広島大学原爆放射線医科学研究所のみなさん。広島市内米兵集団レイプ事件被害者の少女の面倒も診てあげてください。
兵庫県こころのケアセンター副所長の加藤寛さん。厚労省の研究費で設定したJSTSSのホームページのデータベースは稼働してますか?
精神医学の素人集団ながら「黒い雨」被爆PTSD再再調査に名乗りをあげた広島大学原爆放射線医科学研究所のみなさん。広島市内米兵集団レイプ事件被害者の少女の面倒も診てあげてください。
(104)日本精神神経学会の祖である三浦謹之助は催眠術の専門家であった
狭い範囲の精神医学関係者に読んでもらうために短い精神医学エッセイを書いて いますが、自衛隊がイラク派遣に際してとったPTSD対策に関しての文章(50)(53)は色々反響を聞きました(日本の現役臨床精神科医がそんなものに関心をもつこと自体珍しかったのでしょう) 。しかし、日本精神神経学会の創立者二人のうちの一人である東京大学医学部教授三浦謹之助が催眠術の専門家だったという一文には、ピタリと誰からも声が聞こえなくなりました。彼はヨーロッパ留学中に最初の科学的ヒステリー(PTSD)・催眠術研究をしたパリのシャルコーの直弟子だったのです。この事実を読んだ全ての精神科医は「催眠術」のところで反射的な嫌悪感が生じ、どうしても専門医資格が欲しいから無視するわけにいかない「日本精神神経学会の祖」のところで馬鹿にするわけにもいかなくなったので絶句したのでしょう。
(103)国がほろびかけても独創的研究を認めない日本
現在でも民家の屋根にみられるテレビ用アンテナ、八木アンテナを開発したのは八木秀次博士でした。最初の電子戦となった第二次大戦ではレーダー技術の開発に各国が血相変えて取り組みました。マニアならドイツ夜間戦闘機の機首に林立する八木アンテナをご存じでしょう。敗戦まで交戦国の中で八木アンテナを全くものにできなかったのは日本のみです。日本軍のシンガポール攻略の際に技術兵から押収した資料に「YAGI」の文字が頻出し翻訳できなかった日本側が書いたイギリス軍捕虜を連れてきて聞いたら、日本人の名前だと答えられたのは笑えないエピソードです。
(102)東京大学教授でも独創的研究は認められない日本の医学
山極勝三郎は東京大学医学部教授 でしたが結核を患いながらも地道な研究を続け、世界で初めて癌の発生メカニズムを発見しました。しかし、国内では今に至るまで評価されていません。当時の日本の医学界はノーベル賞を受賞した外国の別の学説に夢中だったからです。後にこの学説は間違いだったと否定され、後にノーベル賞は本来山極に与えるべきであったと選考委員が謝罪に来日しました。日本PTSD学会が実は古めかしいEMDR(ただの催眠術)やテレビゲームと変わらない暴露療法を外国のものだからとありがたがるのと変わりありません。