(52)雅子さまとPTSD
最初にことわっておくなら私は皇室に敬意を表する立場です。 少し前にオーストラリアの下品なライターが書いた本に雅子さまはうつ病であると書かれ、慶應大学精神科の主治医団が適応障害であると反論しました。うつ病も適応障害も精神障害の心理的原因(PTSD)を否定して遺伝を重視したドイツ精神医学の産み出した概念です。ドイツ精神医学も精神障害の心理的原因を全否定するのは心苦しかったとみえて、遺伝的要素がない障害として適応障害という疾患概念を形成しました。しかし、適応障害というのは寝てれば治るという意味で誰の目から見ても 長期化した雅子さまの病態からするとおお外れです。日本人なら誰もが知ってるが、無意識に否認しているからこそ雅子さまのトラウマにあたる事実。雅子さまのご実家の小和田(豪)邸は水俣病の原因を作りだした 株式会社チッソの会長だった雅子さまの祖父(最近亡くなったことも報道された)のものです。聡明な雅子さまが少女の頃からそのことを苦にされてなかったと考えるのは不敬というものです。PTSDの原因のトラウマは自分の頭で素直に考える習慣のない周囲の人間には目の前にぶら下がっていてもわからないのです(もちろん患者は別)
(51)認知症と高齢者PTSDの見分け方
高齢者PTSDは記憶力の低下で内科を受診し、CTで脳が萎縮しているから(高齢者の脳が萎縮しているのは当たり前だ)認知症ですという医学とは無縁の診断を受けています。CTでみるべきなのは高齢者PTSDに共通して基底核のラクネ(中心部分の小梗塞、黒い穴が抜けて見えます)がほとんどないことです。○アリセプトに全く反応しない○排泄など日常生活能力が落ちない○年単位経過しても進行しないなどが診断の参考になります。決め手は戦争当時の話を聞けば生き生きと記憶がよみがえることです。認知症も初期なら昔のことを忘れにくいといいますが年単位の経過後ははっきりPTSDと差がつきます。
(50)自衛隊とPTSDと朝日新聞
イラクに派兵した自衛隊隊員が帰国する時にわざと船舶を利用したことは一般には報道されませんでした。フォークランド紛争でイギリス軍がPTSD対策で同じ手段を用いた(第二次大戦時には船舶で帰した米軍がベトナム戦争でいきなり航空機で帰したことがPTSDの増加につながったと考えられている)ことを防衛省の技術官僚(テクノクラート)が真似たのでしょう(防衛医科大学精神科教室に知人がいますが彼の研究活動から推測すると自衛隊の精神保健対策とはリンクしていないようです)。ネットで検索してみると船舶で帰したことはぼかしてありますが、1部隊だけ民間航空機を利用して帰還しPTSD対策は念頭にない表面的な批判を浴びています。実験的な要素があったのでしょう。朝日他の新聞も帰還後に隊員に自殺者が出たことは自衛隊の発表通り機械的に報じていますが、イラク派兵との因果関係については専門家のコメントも深い考察も避けています(統計的に派兵隊員の自殺率が非派兵隊員よりも高いと報じながら)。平和問題については何でも政府、自衛隊にかみつくイメージの朝日新聞にしては奇妙な馴れ合い感覚が感じられます。なぜJSTSSは自国の軍隊のPTSDについて発言しないのでしょう!
(49)PTSD患者と新型安定剤(SSRI・SDA)と暗示(プラセボ効果)
患者が歯みがき粉を薬だと思い込んで 飲めば実際に効果があるプラセボ効果は有名です。一種の自己暗示ですが、与える側が強く思い込んでも同じ現象が起きます。現代の薬品開発はこのプラセボ効果を排除するため二重盲検無作為法という複雑な評価法を採用しています。実際の臨床治療ではこのプラセボ効果を排除することはできませんが、仮にそれが存在しても不安定な一過性の効果と考えられてきました。しかしわたしの研究ではPTSD患者に意識的に暗示をかけた後に新型安定剤を投与した時にのみ持続的で安定した効果が確認できるのを発見したのです。
(48)PTSDと解離と催眠術
PTSDの中核病理現象である解離を理解 するためには催眠術の原理を理解することが不可欠です。なぜなら解離は天然の催眠現象であり催眠術は人工的に作り出される解離現象だからです。わたしのPTSDの新型向精神薬(SSRI・SDA)による薬物治療における理論と実践の中核にも催眠の原理が極めて重要な概念として存在します。催眠・暗示により形成される人間関係「ラポール」がなければ新薬は治療的に働きません。
(47)行政(広島県・広島市)、マスコミ、医療のPTSD否認のための三位一体
2005年に広島県は精神科医の常駐するDV・児童虐待総合対策施設を多額の予算を投入して建設。これを記念した朝日新聞の特集記事は精神科医(私も昔からよく知っている人)のコメントを掲載しました。「お母さんとかで『うつ病』になった人を診ます」2006年11月の広島市報でDV対策特集をしましたが「弁護士」「行政職員」のコメントはありましたが「精神科医」は出てこず「PTSD」の文字も記事のどこにもありませんでした。「名を言ってはいけないあの人」に遠慮する日本人特有の沈黙の体制が広島では完成したのです。その波紋は2007年には日本精神神経学会も飲み込みました(精神科専門 医が診るべき疾患としてのPTSDの除外)。しかし2007年暮れから広島原爆医学研究所(通称原医研)が原爆「PTSD」再調査に言及し、2008~2009年に専門家(JSTSS初代会長金吉晴)と組んで調査すると宣言したのは、正義が巻き返したからではなく、権力構造内部の矛盾と対立が表面に吹き出しただけと思われます。うつ病と誤診されるPTSD患者さん。PTSDと診断されても有効で効率的な薬物治療が受けられない患者さん。医療は決して患者のために動いているわけではありません。残念ながら。
(46)日本政府公認のPTSDの生物学的、薬物治療研究の責任者は誰だったのか?
日本PTSD学会(JSTSS)(初代金吉晴会長)は薬物治療の無効を宣言しましたが、もともとJSTSSが担当していたのは心理療法のみでした。PTSDの生物学的基礎研究・薬物治療研究を担当していたのは厚労省から平成15~18年に4800万円の研究費を受領していた機関であり、それは二人の人物が中心です。これは厚労省のホームページで簡単に確認 できます。この研究は予定より早い17年に終了し、研究費3600万円を使用して終了しました。結論として「広島の名前を言ってはいけないあの人」に よって、ストレス障害とは全て「うつ病」でありPTSDなる病気は存在しないと締め括られました、精神神経学会誌上で(2007年9月号)。 原爆「黒い雨」被爆PTSD再再調査に名乗りをあげた広島大学原爆放射線医科学研究所(原医研)とどう話をつけているのか、つけていないのか?東洋の神秘です。
(45)あいりちゃん殺害事件とPTSD専門家のJSTSS初代会長金吉晴
2005年に広島市であいりちゃん(当時小学一年)が性犯罪の被害者として出稼ぎペルー人に殺害されました。現在市内の小学校ではこの日が追悼日になっています。当然公の義務として傷ついた地域社会に精神保健対策を施さねばなりません。新聞にもさまざまな専門家の記事が掲載されました。一つの共通点として「地元の専門家が皆無」だったことがあります。2006年1月28日に日本PTSD学会(JSTSS)初代会長金吉晴は広島市内で講演会を行いました。「演題からPTSDという言葉が慎重に省かれていた」「こころの傷とこころの回復」のが特徴です。なぜ鑑定などしたことがない金吉晴が歌織容疑者をPTSD無罪と鑑定したのか?原爆PTSD研究などタッチしたことがない彼が突然原爆PTSDの調査に広島に乗り込んでくるのか?
2006年当時マスコミと金吉晴が隠したかったものは何か?突然積極的に活動を始めた金吉晴の真意はどこにあるのか?
2006年当時マスコミと金吉晴が隠したかったものは何か?突然積極的に活動を始めた金吉晴の真意はどこにあるのか?

(44)広島市と広島原爆放射線医科学研究所(原医研)と中国新聞と金吉晴と原爆PTSD
2002年に広島市と広島原爆放射線医科学研究所(原医研)は長崎大学医学部精神医学 教室の協力で原爆PTSDの調査をしましたが国は広島被爆者の精神面に援護するに足る障害 が生じているとは認定しませんでした。地方新聞中国新聞は2008年~2009年「PTSD専門家」の協力をえて再調査を開始すると報道しましたが、当然金吉晴である専門家の名前をなぜか報道しませんでした。中国新聞は何に遠慮しているのでしょうか?もちろん2006年に広島県内 6千人の医師に配布されたわたしの原爆PTSD論文に触れるものは広島原爆放射線医科学研究所(原医研)も含め誰もいません。広島市内にはもちろん国立総合大学 がありますが、なぜ2002年の調査を長崎大学が行い、再調査を戦争PTSDに言及したことなど一度もない金吉晴が行うのでしょう?
(43)歌織容疑者、土浦事件鑑定、岡山駅突飛ばし殺人事件
どの事件か知りませんが鑑定で精神障害で責任能力なしとされた被告を有罪とした高裁判決を最高裁は差し戻しました。今回歌織容疑者の鑑定は無視されたわけですが、次は土浦事件容疑者の鑑定を始めるそうです。岡山駅事件の容疑者はどうなるのでしょう?彼は震災被災者であり犯罪的いじめの被害者でもあります。犯罪と精神障害の関係は混乱を深めるばかりです。