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南阿蘇の山小屋ブログ

「水の生まれる里」熊本県阿蘇郡南阿蘇村の山小屋より、UFO(?)や空模様などの情報を発信しています。また、温故知新の精神で熊本県内での身辺雑記や自然との出会い、簡単な読書と映画の感想も書いているブログです。

昨日の南阿蘇村の

梅雨の晴れ間です。


子牛も気持ちよさそうでした♪





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旧町名である桜井町(さくらいちょう)は江戸時代に「桜の井戸」(現在の熊本市中央区上通り5丁目)にちなんでつけられた名称です。



残念ながら熊本の桜井町の名称はなくなりましたが、「桜の井戸」や「桜井」の名称は全国的に名水の井戸としてその地名を残しています。高知市桜井町、大阪府富田林市桜井町、愛知県安城市桜井町、奈良県桜井市などです。



東京都千代田区永田町にある「桜の井戸」は江戸時代の初め、肥後熊本藩主加藤清正公が居住していた屋敷前にあります。桜田濠堤下にある柳の井戸とともに江戸の名水として有名だったそうです。







南阿蘇の山小屋ブログ-桜の井戸-1


南阿蘇の山小屋ブログ-桜の井戸-2


南阿蘇の山小屋ブログ-桜の井戸-3


南阿蘇の山小屋ブログ-千代田区の「桜の井戸」
千代田区の「桜の井戸」












初対面の「かなばあちゃん」は、南阿蘇の地産地消キャラとして登場したようです。

もうすぐ90歳で、フラダンスが趣味で、得意料理が「なすびのひこずり」(これ私、知りません!)で、好きな曲は水前寺清子の「365歩のマーチ」らしいです。可愛いおばあちゃんでした。





次は孝女白菊です。





阿蘇の山里 秋ふけて

眺め寂しき 夕まぐれ

いづこの寺の 鐘ならむ

諸行無常と 告げわたる





とはじまる孝女白菊の物語詩は明治21年国文学者、落合直史が井上哲次郎博士(東大教授)の漢詩を新体詩として書き直したものです。





歌詞が長編で内容がロマンチックな孝女の物語なので、家庭小説の読み物として構成され続々出版されました。また、ドイツ語、英語にも翻訳され世界的にもダンテの神曲に迫るほど素晴らしいと讃えられた名作です。





この詩は3章からなり七五調の詩形としては非常に長いもので552行にも及び、おそらく世界最長の詩と思われるそうです。





明治、大正から太平洋戦争前にかけて全国的に一世を風靡した懐かしい孝女白菊の物語、その舞台がこの南阿蘇一帯とされ、ここ(南阿蘇村白川)に眠る「妙喜尼」が、白菊のモデルといわれています。









南阿蘇の山小屋ブログ-かなばあちゃん

かなばあちゃん










南阿蘇の山小屋ブログ-孝女白菊像(南阿蘇村久木野)
孝女白菊像(南阿蘇村久木野)




南阿蘇の山小屋ブログ-「孝女白菊」富田千秋(著)

「孝女白菊」富田千秋(著)



自宅の近所にひっそりとしたたずまいで、小さいけれど、とてもレトロないい雰囲気の郵便局があります。熊本東海学園前郵便局です。


その建物には「建物の由来」というプレートがあり、



そのプレートには、「この建物の建築様式は、明治35年(1902年)当時としては、県内最初の洋風による宇土郡役所として、三角町大字三角浦に建築されたものです。

その後、三角町役場として使用され、昭和21年(1946年)東海大学総長 松前重義先生により、終戦後 世の中の荒廃を憂い、郷里 熊本に最初の中学校として、『有明中学校』を創立し使用された由緒ある建物であります。

ここに 松前重義先生の教育者・科学者としての多大な功績を称え再現されたものであります。

1989年7月吉日」


と書かれています。


帰宅して、宇城市のホームページで宇土郡役所を調べてみると、

「(前略)大正15年、郡制が廃止されると、三角町役場となりました。昭和18年、陸軍の暁舞台の拠点となり、昭和21年には有明中学校となりました。昭和22年、学制改革により中学校が義務教育となったため、わずか1年で閉鎖されました。(後略)」


とありました。


この旧宇土郡役所跡のデザインを模した可愛い郵便局には、ただのレトロ調ではない深い熊本の歴史が刻まれていたわけです。






南阿蘇の山小屋ブログ-東海学園前郵便局-1





南阿蘇の山小屋ブログ-東海学園前郵便局-2





南阿蘇の山小屋ブログ-東海学園前郵便局-3





南阿蘇の山小屋ブログ-旧宇土郡役所跡
旧宇土郡役所跡






ファグナのワンコインで晴耕雨読

第21回

「ナゲキバト」

ラリー・バークダル(著)

父母を亡くした9歳の少年が、祖父の下で生活を始めます。そんななか銃を使ってみたくなった少年は、雛のいるナゲキバトを撃ってしまい・・・。

そこから物語は始まり、祖父の愛情の深さの理由がラストで明らかになります。非常に読みやすいのですが、聖書の引用などの重たい部分もあります。

しかし、結末には胸をなでおろし、さらには胸が熱くなりました。

127ページのよくできた物語です。

この本を読むまで、ナゲキバトという鳩の存在を知りませんでした。悲しげな鳴き声なのでこの名前がついたようですね。




南阿蘇の山小屋ブログ-ナゲキバト


南阿蘇の山小屋ブログ-ナゲキバトの写真
ナゲキバト






昨日はまた、梅雨の合間を縫って晴れました。

雲一つない晴天とは言えませんが、いい天気でした。




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UFO(未確認飛行物体)写真№12、13


2012年6月10日(日)午前10時17分と20分、南阿蘇村にある「蘇対国王者居館跡」付近での撮影です。②南阿蘇村の物体拡大(右)は、今までにない異様な形に見えるので鳥だと思います。その他はUFOではないかと・・・。


とくに、②南阿蘇村の写真は、6月11日のブログに掲載した4枚目の写真の1~2秒前に撮影したものです。ということは、②南阿蘇村の物体は1~2秒で姿を消したことになります。なぜ覚えているのかというと、②南阿蘇村の写真の右下に小屋が写りこんだのが見えたので、連写的に撮り直したのが6月11日のブログに掲載した4枚目の写真だからです。


蘇対国王者居館跡とはその碑に、

「史学者の説では、この山下尾羽根は邪馬台国の傍らであって、蘇対国の王者の居館跡であろうといわれている。このことを立証するにたる幾つかの石器・土器が付近一帯から出土し、県文化課の調査の結果6000年前の縄文後期から弥生後期のものであることが判り、このことよって原始時代から既にこの地に館があって生活を営んでいたことが立証されている。



山下尾羽根の名は御神人と仰ぐ阿蘇山の真下にあることから付けられたと察せられる。今では道路が通って尾羽根の主要部分を失ったが、昔から頂上は整地され一部には土手や溝も作られ眺望絶佳、王者の居館にふさわしい所である。」

とあります。


縄文時代からUFOは飛来していたのでしょうか?真実はまだわかりません。しかし、南阿蘇村が古代のロマンを感じさせる巨大なパワースポットである可能性を感じます。





南阿蘇の山小屋ブログ-①南阿蘇村(12年6月10日撮影)№12
①南阿蘇村(12年6月10日撮影)

№12




南阿蘇の山小屋ブログ-①南阿蘇村の物体拡大

①南阿蘇村の物体拡大




南阿蘇の山小屋ブログ-②南阿蘇村(12年6月10日撮影)№13
②南阿蘇村(12年6月10日撮影)

№13




南阿蘇の山小屋ブログ-②南阿蘇村の物体拡大(右)
②南阿蘇村の物体拡大(右)




南阿蘇の山小屋ブログ-②南阿蘇村の物体拡大(中)

②南阿蘇村の物体拡大(中)


南阿蘇の山小屋ブログ-②南阿蘇村の物体拡大(左)
②南阿蘇村の物体拡大(左)




南阿蘇の山小屋ブログ-「蘇対国王者居館跡」の碑

「蘇対国王者居館跡」の碑







10日(日)の南阿蘇村は梅雨の合間を縫って、とてもいい天気でした。



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「いいとも 友達の輪」見つけました!




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茶室の仰松軒(細川家墓所)



茶室の仰松軒(こうしょうけん)は、茶の湯を千利休から学んだ細川家二代忠興公の原図により、大正12年に復元されたものです。忠興公は武人でありながら、当時茶道にかけては国内随一といわれていました。


また、ここの石灯籠と手水鉢(ちょうずばち)は忠興公が京都で愛用していたもので、とくに手水鉢は秀吉や千利休も使用したと伝えられている由緒ある品だそうです。また、歴代の細川藩主はこの石灯籠と手水鉢を参勤交代の道中にも持参して、宿ごとに茶をたてていたそうです。スゴイ!



ここは仰松軒を含めたすべての建造物が、ひっそりと風景に溶け込んでいる癒しの空間でした。





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嘉島町(かしままち)にあり、正式な名称は浮島熊野坐神社といいます。坐という字は「マス」と読みます。



嘉島町の説明書きには、「遊水池の一角にある神社と森がまるで湖面に浮いているように映る姿から、この池一帯を浮島さんと呼び、面積は約3ヘクタール、湧水量は1日約13万トンで、平成20年に国の『平成の名水100選』に選定されています」とあります。



実際、浮いているように見えました。




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