愛犬愛猫と話してペットロスを防ぎ、病気の予防と問題行動の改善につながる!動物との3つの話し方・見た目でわかるペットの気持ち! -11ページ目

愛犬愛猫と話してペットロスを防ぎ、病気の予防と問題行動の改善につながる!動物との3つの話し方・見た目でわかるペットの気持ち!

ペットサインは、見た目でペットの気持ちがわかる動物行動学に基づく新しいアニマルコミュニケーションです。誰でもできるペットサインは、一般の飼い主さんや獣医師、ドッグトレーナー、トリマー、ペットシッター、アニマルミュニケーターの方にオススメです。

思考にかけられた設定・損得勘定にとらわれる理由とは?

 

おはようございます。

 

ペットサイン協会の田村です。

 

今日から始まる「思考の設定」シリーズ。

 

私たちの思考にかけられた設定についてのお話です。

 

これは、ちょっとわかりにくい分野ですね。

 

社会システムなど外側の設定ならまだわかります。

 

しかし、内側にかけられた設定に気付くのは、さらに困難です。

 

いわば、設定学の上級編です。

 

 

人類が思考を持っているのは素晴らしいことです。

 

思考が現実を創造します。

 

私たち自身の思考が世界を作っている。

 

まさに「思考は現実化する」(ナポレオン・ヒル)ですね。

 

ところが、この思考そのものが操られるのです

 

その結果、悪い現実が創造される。

 

このカラクリを知らなければなりません。

 

 

物事をどうらえるか。

 

どう考えるか。

 

それが、現実創造の鍵だと言われます。

 

なるほど、そうかもしれません。

 

 

しかし、私はここで「待てよ」と考える。

 

私は、ちまたで言われていることに疑問を挟むのが好きなのです(笑)。

 

報道されていること、エライ人が言っていること。

 

そんなものには特に突っ込みたくなる。

 

単に天邪鬼(あまのじゃく)なのかも知れません。

 

特に常識や定説というものが大嫌い。

 

なぜなら、誰かが「設定」したものだから。

 

誰かが作った「設定」に唯々諾々(いいだくだく)と従うのが嫌いなのです。

 

他人に踊らされることになるからですね。

 

私の「設定」嫌いは、筋金入りなのです(笑)。

 

 

もちろん、すべての「設定」が嫌いなわけではありません。

 

主に三次元世界における「設定」がターゲット。

 

なぜなら、悪い意図で「設定」されているからです。

 

高次元の「設定」はむしろ好き。

 

真善(まことぜん)に基づいた「設定」だからです。

 

 

三次元は、相対の世界。

 

分離の世界。

 

葛藤の世界です。

 

 

本来一つのものを二極分化させる。

 

二つの相反するものを設定して片方を選ばせる。

 

そして、葛藤させる。

 

争わせる。

 

この「設定」に従うと、すでに負けが確定したも同然です。

 

 

勝ち負けすらも「設定」なのですが、ここではあえてその表現を使います。

 

設定にまみれた三次元世界では、二元論的に説明した方がわかりやすいからです。

 

だから、あえて三次元世界の用語を使いますね。

 

 

勝ち負けにこだわった時点ですでに負けなのです。

 

損得にこだわった時点ですでに損しているのです。

 

成功と失敗にこだわっている時点で、すでに失敗しているのです。

 

 

このカラクリがわかりますか?

 

 

これこそが、分離と葛藤の設定です。

 

負けるべくして負けている。

 

損するべくして損している。

 

失敗すべくして失敗しているのです。

 

 

そのような土俵(設定)になっているのですね。

 

 

一刻も早くこのワナに気づかない限り、負け続けます。

 

損し続けます。

 

失敗し続けます。

 

この土俵(設定)において、勝者はありません。

 

勝者は、常に土俵を設定した者なのです。

 

 

その設定において、勝ち負けはセット。

 

損得もセット。

 

成功と失敗もセットなのです。

 

片方を取った時点でもれなく相棒がついてくる。

 

そんな仕組みです。

 

 

目先の勝ちは、長い目で見たら負け。

 

目先の得は、長い目で見たら損。

 

目先の成功は、長い目でみたら失敗。

 

 

必ず反転します。

 

勝ちも得も成功も一時的なもの。

 

必ず反対がやってきます。

 

 

しかも、勝ち負け、損得、成功失敗に執着すればするほどそうなります。

 

自分が取りたくなかった反対側の側面が大きな波としてやってくるのです。

 

片側に執着すればするほど反対側のエネルギーも大きくなる。

 

これが「設定」の原理です。

 

 

勝ちは他人に譲ってやりなさい。

 

損して得を取りなさい。

 

失敗は成功の元。

 

などという言葉を聞いたことがあるでしょう。

 

これらは真善(まことぜん)の真理です。

 

 

損か得か計算してはダメです。

 

どっちが得かと算盤を弾いてはダメです。

 

その時点でワナにハマります。

 

目先の得を取ってはダメなのです。

 

あとで取り返しのつかない損をします。

 

小さな局面で得を取っていると大きな局面で損をするのです。

 

本当に面白いほどそうなります。

 

 

人類がやってきたことがまさにそうですね。

 

目先のメリットや便利さという得を取ってきた。

 

今さえ良ければいい。

 

自分さえ得をすればいい。

 

他人の損はどうでもいい。

 

ましては、他の生物の損など眼中にない。

 

 

その結果、どうなりましたか?

 

毎年、数万種類の生物種が絶滅しています。

 

毎年、九州と四国を合わせたくらいの面積が砂漠化しています。

 

やがて、酸素が足りなくなることに気がついたときは、もう手遅れです。

 

酸素を高額で買わなければならない時代がやってくるでしょう。

 

地球生命圏がガタガタになり、人間自身も生きられない時代はもうすぐです。

 

 

まだ気が付きませんか?

 

まだ目先のことしか考えませんか?

 

まだ自分のことしか考えませんか?

 

 

人類自体が絶滅危惧種だとまだわかりませんか?

 

みんなが目先の損得にとらわれてきたからです。

 

目先の得を取りあとで取り返しのつかない損を被る。

 

今、多くの人や動物が、病気や絶滅という形で大きな損を被っているのです。

 

いずれも目先の得がもたらした大きな損ですね。

 

 

目先の損得勘定にとらわれるのはもうやめましょう。

 

損か得か算盤を弾くのをもうやめましょう。

 

 

損得を考えるなら、もっと大きな視点で考えるのです。

 

地球単位の損得を。

 

すべての生きとし生けるものの損得を考えるのです。

 

なぜなら、その方が回り回って私たちの大きな得になるからですね

 

 

人類が損得計算してやっていることは、決して得にはなってない。

 

目先の損得勘定は、長い目で見ると地球にも自分にとっても得にはなりません。

 

 

負けたと思ったとき、あなたは勝っているのです。

 

損をしたと思えるとき、あなたは得をしているのです。

 

失敗したと思えるとき、あなたは成功しているのです。

 

 

勝ち負け、損得、成功失敗など、二元論にとらわれないこと。

 

どうせとらわれるのなら、より大きな視点で考えること。

 

 

自分だけ勝っても、それは勝ちとは言わないのです。

 

自分だけ得をしても、それは得とは言わないのです。

 

自分だけ成功しても、それは成功とは言わないのです。

 

 

他人に勝たせることです。

 

他人に得させることです。

 

他人に成功させることです。

 

もちろん、ここでいう他人には生きとし生けるものすべてが入ります。

 

 

あなたは、それを利他の精神と考えていませんか?

 

そこがそもそも違うのです。

 

利他の精神が自分にとって最大の勝ちなのです。

 

最大の得なのです。

 

最大の成功なのです。

 

 

利他の精神こそ最大の利己精神なのですね。

 

逆もまた真なりです。

 

 

そもそも利己愛と利他愛を別物としてとらえていること自体が「設定」です。

 

利己精神と利他精神のバランスを取るという表現がよくされます。

 

かくいう私もそういう表現をするときがあります。

 

しかし、それは二元論の世界でわかりやすく表現しただけなのです。

 

本当のところ、利他精神と利己精神は別物ではありません。

 

コインの表と裏のようなものです。

 

 

どうしたらワナから脱出できるのでしょうか?

 

いつもと違う発想をしてしましょう。

 

同じ商品で自分が買ったものより安いものを見つけた。

 

損したと考えるのではなく得したと考えられませんか?

 

もし、考えられないとすれば、あなたは三次元的な損得勘定にとらわれています。

 

目先の得だけが得なのだと考えています。

 

自分の得だけが得なのだと考えています。

 

自他を切り分けて、自分目線でしか損得を考えていない。

 

大きな得、長い目で見た得に目がいってないのです。

 

 

すべてのものはつながっているのです。

 

損をしたと思えるときには、何か得したことはないか考えてみましょう。

 

あなたが損をしたとすれば、誰かが得をしたのです。

 

あなたが負けたすれば、誰かが勝ったのです。

 

誰かとはあなたのことでもある。

 

あなたは、宇宙銀行に貯金したのかもしれません。

 

のちのち大きな得となって帰ってくるのです。

 

目先の単位で考えてはいけません。

 

この世は、二重三重の詐欺構造になっています。

 

 

「自分自身を大切にすることが何より重要だ」

 

「自分の波動を高くしていれば、世界は良くなる」

 

「将来のことを心配せず今ここに生きることだ」

 

などとよく言われますね。

 

 

それは、真実です。

 

 

ところが、ここに巧妙な詐欺が入り込んできます。

 

いつの間にか概念がすり替えられてしまう。

 

ここが「設定」の巧妙なところ。

 

 

我良し(自分さえ良ければいい)を肯定する言い訳に使われてしまうのです。

 

一度だまされた人に、それを救いにきたかのような顔をしてまただます。

 

次なるトラップがしかけられている。

 

すなわち、二重三重の詐欺構造になっているのです。

 

 

そして、誰もがワナに陥っている。

 

もっともらしい話をしながら、詐欺師は近づいてきます。

 

善人のふりをして彼らは近づいてくる。

 

世の中の自己啓発、スピリチュアル、成功法則など、みな同じワナにはまっています。

 

 

自分だけの成功。

 

自分だけの幸せ。

 

自分だけの悟り。

 

 

「我良し」を肯定するための言い訳に、今ここや利己愛が使われてしまうのです。

 

それは、偽の今ここであり、歪められた利己愛です。

 

 

勝ち負け、損得勘定は、分離の意識から生まれています。

 

意識の分断統治策にやられてしまっているのです。

 

勝ち負けがあるという幻想。

 

損得があるという幻想。

 

成功と失敗があるという幻想。

 

 

部分的に見れば、それらはあります。

 

というか、あるように見える。

 

しかし、全体を見渡せば、そんなものはないのです。

 

部分だけ切り取るから、あるように見えているだけなのです。

 

 

そもそもそんなものはないのです。

 

あるかのように見える「設定」がされている。

 

その「設定」を無自覚に受け入れたうえで、勝ち負け、損得、成功失敗などと躍っている。

 

 

 

いったい何の勝ちでしょうか?

 

いったい何の得でしょうか?

 

いったい何の成功でしょうか?

 

 

もういい加減、二元論の世界から足を洗いましょう。

 

勝ち負け、損得、成功失敗の尺度で物事を測るのをやめましょう。

 

 

本来、宇宙にない概念に踊らされるのはやめましょう。

 

勝ち負けないのです。

 

損得ないのです。

 

成功失敗ないのです。

 

そんな概念に悩まされるのはやめましょう。

 

 

生まれたときから、そう刷り込まれてきた。

 

教えられてきた。

 

人と競争して勝たなければならない。

 

損しないように気をつけなさい。

 

同じ失敗を繰り返すなと。

 

 

もし、勝たなければならないものがあるとしたら、「設定」です。

 

この世の「設定」をした者たちです。

 

つまり、マトリックスを作った者たちには、反抗しなければなりません。

 

でなければ、支配・洗脳・コントロールを許すことになってしまいます。

 

 

「設定」のやり口をおさらいしておきましょう。

 

本来不可分なプロセスに切れ目を入れて分離させる。

 

分離させたものが、さも独立して存在するかのように錯覚させる。

 

どちらか一方の側につかせる。

 

二極化、相対化させて、両者に葛藤を引き起こす。

 

 

生と死もしかり。

 

両極に見えるものは、より大きなプロセスの一局面です。 

 

 

私たちは、本来存在しない敵を作られて戦いを強いられています。

 

仮想敵を作ることこそ、分断統治の要決です。

 

私たちは他人が設定した土俵の上で踊っています。

 

設定された土俵の上で、成功法やら自己啓発やら引き寄せの法則とやらを競い合っている。

 

設定によって病気やペットロスを作っておいて癒そうとする。

 

 

もう設定者の思惑に踊らされるのをやめませんか?

 

他人が設定した土俵の上で踊らなくてもいいのです。

 

設定は、自分自身で作るものです。

 

我良しの設定ではありません。

 

地球や生きとし生けるもの全体と調和する設定を作りましょう。

 

自分の損得ではなく、全体が得するようなことを考えましょう。

 

全体の得とは、調和のこと。

 

それが私たちにとって最大の得となるのです。

 

 

今日はこの辺で。

 

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地球生命圏のためになる「設定」を一緒に作りませんか?

 

 

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※同じ日に次のセミナーを開催する場合があります(新時代の健康学セミナー、ペット食育講座、アニマルレイキセミナー)先にリクエストがあったものを優先開催しますので、お早めにリクエストしてください。

時間:10時〜16時、11時〜17時、12時〜18時(開始時間、終了時間は希望により調整します。時間短縮も可能です)

開催形式:リアル会場(江東区内)、オンライン(zoom)のどちらでも参加可能

講師:ペットサイン協会代表・田村和広他

受講費:5,500円(5月までは再受講無料です)

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9期は、6月(26日)からスタート予定です。

 

あなたにかけられたペットロスの設定を超える方法とは?

 

こんにちは。

 

ペットサイン協会の田村です。

 

 

今日のお話は、「ペットロスの設定を乗り越える方法についてです。

 

「設定」が何かわからない方は、過去記事からチェックしてみてくださいね。

 

 

私たちの社会システムには、さまざまな「設定」がされています。

 

お金も政治も医療も教育も科学も学問もすべてにおいてです。

 

社会だけではありません。

 

個人の思考パターンや物事のとらえ方などもしかり。

 

思考のありよう自体が「設定」されているのです。

 

こうした「設定」は、社会のありとあらゆる分野に渡っています。

 

私たちの心身に染み付いているのです。

 

 

この「設定」があらゆる問題を生み出しています。

 

搾取・支配・コントール。

 

争い・戦争・テロ。

 

貧富の差。

 

いじめ・差別

 

悩みと苦しみの源泉は、こうした「設定」にあります。

 

この設定を乗り越えれば、すべての問題を終わらせることができるのです。

 

 

動物分野にもありとあらゆる分野に「設定」がインストールされていますね。

 

問題行動しかり。

 

健康問題しかり。

 

ペットロスしかり。

 

コミュニケーションしかり。

 

すべての問題は起こるべくして起こっています。

 

偶然ではないのです。

 

ある条件が整うと発動する。

 

そんな仕掛けでありワナです。

 

この構図に早く気が付かないといけません。

 

 

設定の仕組みはこうです。

 

本来一つのもの、分離不可能なものを二つに分離させる。

 

分離したものを相対的な両極関係に配置させる。

 

両極がお互いに独立して存在するかのように錯覚させる。

 

そして、この両極の間に葛藤を引き起こさせる。

 

これが、すべての争いや悩み・苦しみの原因です。

 

 

生と死もしかり。

 

成功と失敗もしかり。

 

健康と病気もしかり。

 

 

両者とも一体不可分のもの。

 

本来切り離せないものです。

 

昼と夜を切り離せるでしょうか?

 

それはより大きなプロセスの一つの局面であるにすぎません。

 

山があるから谷がある。

 

谷があるから山がある。

 

昼があるから夜がある。

 

夜があるから昼がある。

 

 

生と死は巡る輪のように(エリザベス・キュープラーロス)

 

生と死はより大きなプロセスの一局面に過ぎません。

 

その一局面だけを取り出してフォーカスするから悩みが起こる。

 

谷のあとには山が来るのに、谷ですべてが終わると考える。

 

夜のあとには朝が来るのに、夜がすべての終わりと考える。

 

こうしたとらえ方からペットロスが起こるのです。

 

全体の絵が見えていない。

 

生と死が別物だととらえるからです。

 

 

生と死は局面が変わっただけ。

 

霊的には何も変わりません。

 

肉体をまとった霊が私たち。

 

肉体を脱いだ霊が霊人(れいじん)というわけです。

 

動物だって同じです。

 

肉体の衣を脱いで新しいプロセスに入っただけ。

 

 

どうして全体の中の一つの局面しかとらえないのでしょうか?

 

どうしてより大きなプロセスを見ないのでしょうか?

 

 

私たちの存在が今生突然始まったのだと思いますか?

 

それ以前もあったはずです。

 

感覚を研ぎ澄ませば、過去の生があったことを感じられるはずです。

 

たとえ過去生の内容までわからなくても、命が続いていることがわかるはず。

 

それがわからないくらいあなたの心の目は曇っているのですか?

 

 

今生が終わっても命は続きます。

 

素直に心の奥底に問いかけてみてください。

 

私の存在は、死と共に終わるのか?

 

そうではないことがわかるはずです。

 

数々の旅を重ねてきた魂の声が聞こえるはず。

 

何事もシンプルにとらえてみればわかるのです。

 

思考にとらわれればわかりません。

 

思考そのものに二元論的な設定がされているわけですから。

 

 

こんな話を聞いたことがあります。

 

末期がんの夫を必死と助けようとする女性がいました。

 

合理的思考を持っている夫は、常々こう言っていたのです。

 

「死んだらすべて終わりだよ。死後の世界なんかあるわけがない」と。

 

夫は理系大学を出たエンジニア。

 

非科学的な話はとうてい信じることができなかったのです。

 

そんな彼の死期が迫ってきました。

 

彼自身もそれを悟ります。

 

旅立つ一週間前のこと。

 

夫は妻にこう言いました。

 

「僕の命はもうすぐ終わることがわかった」

 

そんなこと言わないでと泣き叫ぶ妻。

 

しかし、彼が発した次の一言は驚くべきものでした。

 

「でもねえ、死んだ後もそのまま存在し続けることもわかったんだ」と。

 

これまでの発言と真逆のことを言い始めたのです。

 

そして、彼の言葉通り一週間後に夫は亡くなりました。

 

心の支えを失って抜け殻のようになった妻。

 

ただ、死後も夫が側にいてくれているような気がしていました。

 

しかし、自分の妄想だと否定するしかありません。

 

そんなとき知人のAさんから電話がかかってきたのです。

 

すごく久しぶりの電話でした。

 

Aさんは、不思議なことを言い始めました。

 

「あのね、あなたの旦那さんから電話してやってくれと頼まれた気がして電話したの」と。

 

抜け殻になった彼女を夫が心配していると感じたそうです。

 

不思議なことがあるものねと二人は話しました。

 

しばらくして、別のBさんからも電話がありました。

 

なんとBさんは、Aさんとまったく同じことを言ったのです。

 

あなたのご主人が頭に浮かんで電話してやってくれと言われた気がした」と。

 

これはさすがに偶然とは思えません。

 

この話にはまだ続きがあります。

 

まったく同じことが3件立て続けに起こったのです。

 

妻は確信しました。

 

そして、夫が死の間際に言ったことを思い出したのです。

 

「ぼくは死んでも存在し続ける」

 

彼女は確信しました。

 

「彼は確かにいる。私の側にいる」と。

 

 

人は死ぬ一週間前にはすでに死んでいると言います。

 

肉体を離れる準備をする期間なのです。

 

私の父も亡くなる前にこんなことを言っていました。

 

「自分が空中に浮かんで病床に横たわっている自分が見える」と。

 

 

あなたの存在は死後何一つなくなりません。

 

動物も同じです。

 

姿が肉眼で見えなくなっただけ。

 

あなたが魂の目を澄ませば見えるかもしれません。

 

見えなくても、いるのです。

 

次のステージへと旅立つ準備をしています。

 

それ以前は生存していた場所の周辺にいることが多いようですね。

 

海外旅行に旅立つとき空港の出発ロビーで待っている旅人のようなものです。

 

 

死は次のプロセスへの旅立ちです。

 

卒業式です。

 

感謝して笑顔で見送ってあげようではありませんか。

 

これから次の旅路に着くのです。

 

私は、父の告別式でこう告げました。

 

「お父さん、ありがとう。あなたの息子に生まれてよかった」

 

「これからの旅路に幸あらんことを。道中ご無事で!」

 

 

ちょっと目を閉じて想像してみてください。

 

無数の光の球(魂)が宇宙を旅している。

 

それぞれの行き先がある。

 

到着ロビーで次の生を準備している人もいる。

 

出発ロビーで旅立ちを準備している人もいます。

 

みんな旅人なのです。

 

さまざまな体験を重ねながら、成長していく旅人です。

 

 

動物の旅立ちも笑顔で送り出してあげようではありませんか?

 

あなたが悲しみに暮れるのは自由です。

 

しかし、それは自分自身に矢印が向いているだけ。

 

本当に相手のことを思っているなら別の態度も取れるはずです。

 

どうして感謝して動物の旅路に幸あらんことをと祈ってあげないのですか?

 

 

宇宙を旅する無数の光たち。

 

悪人も善人も貴重な経験を積み重ねて旅している。

 

その旅路に幸あらんことを祈りましょう。

 

ある人は、今生で悪の学びをしたかもしれません。

 

でも、同じ命です。

 

あなたも過去悪人だったかもしれません。

 

今悪人である人も同じなのです。

 

次の生では目覚めて幸せになってね。

 

そう言ってあげられませんか?

 

もし、言えないとしたら、あなたは存在の一部分にとらわれているのです。

 

壮大な旅の全体像が見えないからです。

 

 

生と死は表裏一体。

 

コインの表と裏のようなもの。

 

大波の山と谷のようなもの。

 

大きなプロセスの一局面なのです。

 

 

生と死を事分けた(わけて考える様にさせた)のも「設定」です。

 

本来一つのもの。

 

分離不可能なものを二つに分けた。

 

生は存在の一局面です。

 

そして、死もまた別の一局面なのですね。

 

 

生の中に死がある。

 

死の中に生がある。

 

 

存在は巡る輪のように続いていくのです。

 

生から死へ。

 

死から生へと。

 

この時代に同じタイミングで生まれただけでも奇跡的なご縁です。

 

犬も猫も鳥も虫も魚も木も草も。

 

 

あなたにも石だった時代がある。

 

あなたにも魚だった時代がある。

 

あなたにも草だった時代がある。

 

あなたにも動物だった時代がある。

 

そうして、命は神の元へと帰っていきます。

 

 

生を抱きしめましょう。

 

死も抱きしめましょう。

 

生には生の独自の美しさがある。

 

死には死の独自の美しさがある。

 

生には生の尊い役割がある。

 

死には死の尊い役割がある。

 

吸って吐く呼吸のようなもの。

 

吸うだけ、吐くだけでは、呼吸とは言いませんよね。

 

 

生きているときは生を謳歌しましょう。

 

死ぬときは死のプロセスを楽しみましょう。

 

生も死も美しい。

 

生も死も愛おしい。

 

それが命を賛美するということです。

 

それが命を味わうということです。

 

 

父は息子に、母は娘に命のバトンを渡します。

 

そして、動物は飼い主に渡すのです。 

 

命のバトンをしっかり受け取りましょう。

 

地上に落としてはいけませんよ。

 

愛犬愛猫からの命のバトンは、あなたの中で生き続けるのです。

 

 

何一つ失ったものなどないのです。

 

形が変わっただけ。

 

水が水蒸気に変わったようなものです。

 

その形態変化を嘆きますか?

 

 

ペットロスという言葉がいけません。

 

ロスなんかしてないのです。

 

存在はなくなりはしないのです。

 

あなたの視界からいなくなっただけ。

 

しかし、魂の視界にはいるのです。

 

思考にとらわれず素直な心で感じてみてください。

 

 

死をお祭り騒ぎでお祝いする国もあります。

 

死は遠い国ではないのです。

 

あなたの隣にある身近な国。

 

死が悲しいのは当然ですか?

 

それはあなたの心の目が曇っているのです。

 

命の本質を見極められないからです。

 

生と死を分離して別物だと考えさせれたからです。

 

 

今こそ真実を見る目を取り戻しましょう。

 

生と死の真の姿を見つめましょう。

 

 

ペットサインマスターカレッジ9期がいよいよ始まります。

 

オンライン学習、動画学習もできますので、いつからでも参加可能です。

 

費用的に参加しやすいサブスク形式もできました。

 

まずは入門講座を受けてみてくださいね。

 

 

今日地球上で亡くなった命にも幸あらんことを!

 

あなたの旅路にも幸あらんことを!

 

道中ご無事で!

 

 

ペットサイン入門講座&アニマルメンタリスト養成カレッジ(ペットサインマスターカレッジ)9期説明会


開催:6月24日(金)25日(土)7月3日(日)9日(土)10日(日)16日(土)など

※開催予定日のため実際に開催されない場合がありますが、申し込みをいただいた場合は、基本的に開催します。

※同じ日に次のセミナーを開催する場合があります(新時代の健康学セミナー、ペット食育講座、アニマルレイキセミナー)先にリクエストがあったものを優先開催しますので、お早めにリクエストしてください。

時間:10時〜16時、11時〜17時、12時〜18時(開始時間、終了時間は希望により調整します。時間短縮も可能です)

開催形式:リアル会場(江東区内)、オンライン(zoom)のどちらでも参加可能

講師:ペットサイン協会代表・田村和広他

受講費:5,500円(5月までは再受講無料です)

申込みページ


参加特典 レイキ、アニマルヒーリング無料体験

ペットサインマスターカレッジ9期の説明会も開催します。

9期は、6月(26日)からスタート予定です。

 

宇宙には善も悪もないという話は本当か?

 

こんにちは。

 

ペットサイン協会の田村です。

 

 

今日のお題は、善悪についてのお話です。

 

スピリチュアル界隈でよくこんな話を聞きます。

 

「この宇宙には良いも悪いもないんだよ」と。

 

あなたは、どう思いますか?

 

 

それは、真実です。

 

でも、真実が真実とわかるためには、段階があるのですね。

 

真実には階層があるという表現もできます。

 

 

神(天使)と悪魔。

善と悪。

正と邪。

 

最近のメルマガで、この二極構造こそが「設定」であるとお話してきました。

 

さまざまな問題の根源。

 

発生源でもあります。

 

多くの人は、この設定の上で踊らされている。

 

 

そもそも、どうしてこのような「設定」が存在しているのでしょうか?

 

神も仏もいないんでしょうか?

 

そうではないのです。

 

 

こういう人がいます。

 

そもそも神などはいないと。

 

「神がいるんなら、こんなに悪い世の中にはならないじゃないか」

 

「悪魔が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)している時点で全能の神ではない」と。

 

 

なるほどもっともに聞こえますね。

 

しかし、これこそ二元論にとらわれた発言です。

 

 

悪魔は、神の働きの一部です。

 

悪魔は、神が生み出したものです。

 

「えっ、何でそんなことするの?」

 

そう思われたかもしれませんね。

 

 

悪は働きです。

 

善も働きです。

 

悪がなければ善もありません。

 

悪を知らなければ善を知ることもありません。

 

悪は宇宙の働きの一部なのです。

 

そもそも必要があるから生み出されたもの。

 

宇宙に不必要なものは何一つありません。

 

どんなに悪く思えるものでも、それぞれ必要があって生み出されたもの。

 

それがお役(働き)なのです。

 

 

では、悪の働きとは何でしょうか?

 

それは善を知らしめるための働きです。

 

悪を知らないと善も知らないことになります。

 

それは相対的なものだからです。

 

悪の働きを知ってはじめて善の働きを知ることができるのです。

 

 

死を知ってはじめて生の価値を知ることができる。

 

病を体験してはじめて健康のありがたさを知ることができる。

 

悪もとてもありがたい存在なのです。

 

悪に感謝できたとき、悪の役目は終わります。

 

悪の働きを深く知らなければ、悪を乗り越えることはできません。

 

悪に感謝できたとき、あなたは始めて善の働きを深く知ることができるのです。

 

 

「この世に良いも悪いもないんだよ」と言えるのは段階があります。

 

幼稚園クラスの人類にとってまだ先の話です。

 

人は悪の働きを学んで本当の善を知ることができる。

 

それ以前の善は、表面的なもの。

 

善のつもり。

 

成りすましのようなものです。

 

深みがない。

 

それでは善の働きが浅くなるのです。

 

偽の善、つまり偽善になってしまう。

 

真善(まことぜん)を知るためには、悪の働きを熟知していなければなりません。

 

だから、この世の「設定」、悪の意図を知らなければならないのです。

 

 

善と悪を抱き合わせる。

 

善も悪も知る。

 

両者の働きを見極める。

 

ここに至って次の段階に進めます。

 

善も悪もない世界。

 

善も悪もある世界。

 

善の働きと悪の働きが調和した世界です。

 

 

この世は、良いも悪いもある世界です。

 

いえ、良いと悪いを学ぶ世界です。

 

だから、最初から「善も悪もない」などと言ってはいけない。

 

小学生が大学のカリキュラムを聞きかじって、知ったかぶりをしているようなものです。

 

 

そういえば、かつての私がそうでした。

 

小学生の頃。

 

将来の夢は天文学者でした。

 

そこで、分厚い専門書「天文学事典」を購入して、パラパラと眺めていました。

 

中身を深く理解したわけではありません。

 

雰囲気を味わっただけです。

 

何だか天文学がわかったつもりになっていかのかもしれません。

 

 

あなたが悪の働きを深く知ることで、始めて真善の働きを知ることができます。

 

この世の「設定」が悪意に満ちていることを知らなければ、それを変えることなどできないのです。

 

 

悪の学びなくして「この世には良いも悪いもないんだよ」というのは、お花畑です。

 

三次元世界の構造がまるでわかっていない。

 

「神がいるんなら、そもそもこんなひどい世の中になってない」

 

という人も同じです。

 

三次元世界の学びを理解していないことになります。

 

 

良いと悪いをしっかり学びましょう。

 

悪の働きをしっかり学びましょう。

 

 

では、善の働きとは何か?

 

悪の働きとは何か?

 

 

あなたはわかるでしょうか?

 

 

善とは、調和の働きです。

 

それぞれ違うものが集まって全体を最適化する働きです。

 

一つ一つ個性豊かな世界。

 

違いがある世界。

 

生物多様性の世界です。

 

 

一方、悪の働きとは、調和を壊すこと。

 

葛藤と争いをもたらすもの。

 

自由という詐欺概念で我良し(自分さえ良ければいい)を助長する働き。

 

不調和な世界。

 

平等という詐欺概念で世界を均質化しようとする働き。

 

個性を消し去り規格化しようとする。

 

まさに今の教育がやっていることですね。

 

悪自由、悪平等の世界です。

 

 

悪の働きを見極めなければ、真善はわからないのです。

 

悪の働きを知らなければ、善意から発して悪に加担してしまう。

 

偽善になってしまうのです。

 

 

悪には悪の尊い働きがあります。

 

この世は、悪の働きによって作られてきました。

 

悪の働きが社会基盤を作ったのです。

 

科学、学問、政治・経済、医療、教育、金融、衣食住・・・

 

すべて彼らの働きです。

 

なんとあっぱれな働きでしょうか。

 

感謝しかありません。

 

 

その一方で悪は、武器、戦争、テロなど、さまざまな争いを産んできました。

 

しかし、彼らの働きによりこの世は作られたのですね。

 

戦争などの争いが科学を発達させてきた側面があります。

 

悪科学ではありましたが、さまざまな恩恵をもたらしたのも事実なのです。

 

 

この世界の多くのシステムが、悪意によって作られてきました。

 

科学がその典型です。

 

悪の働きに支配されたこれまでの科学は、汚染・破壊・殺戮・病をもたらすものでした。

 

まず、その事実をしっかり見極める必要があります。

 

悪の仕組みを知ることによって、それを善の仕組みに変えることができる。

 

悪の仕組みを知らなければ、真善の仕組みに変えることなどできないのです。

 

破壊の科学から調和の科学へ。

 

真善の科学にひっくり返すことができるのです。

 

 

お金もそうですね。

 

搾取システム、支配のシステムとして生み出されたのがお金です。

 

現実を見ればわかります。

 

富の分配がうまくいっていません。

 

それどころか、ますます寡占化しています。

 

お金はハッピーなものなどではありません。

 

ごまかしてはいけません。

 

お金を生み出したのは悪の働きなのです。

 

しかし、それを真善の仕組みに変えることもできる。

 

悪を悪だと知るから変えられるのです。

 

悪を悪だと知らなければ、悪の構造を知らないうちに維持・強化することになるのです。

 

 

基盤を悪の働きが作ってくれた。

 

ここからは真善の出番です。

 

お膳立てしてくれたのは、悪魔たち。

 

本当に天晴れなお働きです。

 

悪が真善の働きを導いてくれたのです。

 

真善が花開く世の舞台を作ってくれた。

 

これが悪の働きの役割です。

 

お役目です。

 

 

ここに至って始めて「この世に善も悪もないんだよ」と言える。

 

その資格ができるのです。

 

それ以前ではありません。

 

 

でも、これでも言葉足らずなんですね。

 

より正確に表現するとこうなります。

 

・この世には、善も悪もある。

 

・善にも悪にも役割がある。

 

・それぞれのお働きがある。

 

善も悪も含めた働きが神なのだと。

 

 

最悪の末期がんから生還された方の話をご紹介しましょう。

 

私の故郷山口県にお住まいのSさんです。

 

Sさんは、とある大手保険会社で働いていたバリバリの営業マン。

 

寝る間を惜しんで仕事に打ち込み大きな成果を上げました。

 

出世コースを爆進。

 

やがて、営業本部長となって本社の役員会議に出席することになりました。

 

しかし、役員会議で信じられない出来事に遭遇します。

 

Sさんは、会社でもトップクラスの成績。

 

胸を張って役員会議に臨みました。

 

さぞや会社の幹部からその業績を誉めていただけるのではないかとの期待に胸も膨らみます。

 

 

ところが・・・

最高幹部の会長からは信じられない一言が。

 

誉められるどころか叱責されたのです。

 

まさに晴天の霹靂でした。

 

頭の中は真っ白。

 

どうしてこんなことになるかわけがわからない。

 

茫然自失状態です。

 

見るに見かねたある役員が、会議終了後に耳打ちしてくれました。

 

なんとSさんの上司がSさんの業績を横取りして自分の業績として報告。

 

会社の幹部にSさんのことを悪く報告していたのです。

 

それを知ったSさんは、怒りに震えました。

 

「なんで、俺がこんな目に遭わなければならないんだ」

 

「こんなに会社に尽くしてきたのに、この仕打ちか」

 

愚痴とやけ酒の日々が続きました。

 

しばらくして、会社の健康診断を受診。

 

担当医師からすぐに来るように呼び出しがありました。

 

医師が深刻な顔をしてSさんに告げたのは・・・

 

末期がんでした。

 

余命宣告されたのです。

 

しかも、極めて悪性度が高く進行が早いがん。

 

生存率がもっとも低いがんです。

 

「ここまで会社に貢献してこの仕打ち。あげくは末期がん」

 

「俺は、なんてついてないんだ。最悪の人生だ」

 

Sさんは、どん底に落ちました。

 

しかし、Sさんには奥さんが娘さんがいました。

 

「このまま死ぬわけにはいかない」

 

気を取り直したSさんは、できることは全部やろうと決意しました。

 

毎朝、がんが治って生還した姿をありありとイメージしながらウォーキング。

 

「Sさん、治って本当によかったねー」

 

職場の仲間から笑顔で祝福されている姿を思い浮かべました。

 

奥さんや娘さんと抱き合って泣きながら回復を喜んでいるシーン。

 

それもありありと脳裏に浮かべました。

 

あるとき、Sさんの口から思ってもみなかった言葉が出ます。

 

「がんさん、ありがとう」と。

 

涙が頬を伝いました。

 

最悪と思ったがんに心から感謝できたのです。

 

「ああ、おれは自己中で傲慢な人間だった」

 

「俺が会社のみんなを食わしてやっているんだ。俺が家族を食わしてやっているんだ」

 

そんな傲慢な心にとらわれていた。

 

それなエゴをがんさんが、治してくれた。

 

気づかせてくれた。

 

「がんさんが気づかせてくれなければ、俺は一生傲慢な人間で終わっていた」

 

「ああ、ありがたい。がんさんありがとう」と。

 

それからしばらくして、検査を受けたSさん。

 

医師が興奮した顔で駆け込んできました。

 

「Sさーん、びっくりです!がんが消えてます!無くなってますよ!」

 

Sさんは、号泣しました。

 

そのとき、がんの役割は終わったのです。

 

がんは、お役目だったのですね。

 

 

病気は悪いものではありません。

 

お役目なのです。

 

悪もお働きです。

 

悪の働きがあるから真善に目覚めることができる。

 

それに気づいたとき、悪魔にすら感謝できるようになるのです。

 

そこに至って、善悪二元論を超えることができる。

 

「良いも悪いもない」ことが心の底から理解できる。

 

善も悪も働きだったと。

 

善も悪も神の愛なのだと。

 

悪が学ばせてくれた。

 

悪が気づかせてくれた。

 

偽善ではなく真善の世界を。

 

 

すべての生きとし生けるものが調和した世界。

 

違いを認めながらそれぞれのお役を果たせる世界。

 

さまざまな働きが全体を最適化させる世界。

 

 

悪には悪の働きがある。

 

悪には悪の役割がある。

 

悪魔もまた尊い存在なのです。

 

 

この世をしっちゃかめっちゃかにしてくれた悪の働きよありがとう

 

 

かと言って、悪を野放しにしてはダメですよ。

 

悪には立ち向かうのです。

 

悪に立ち向かうのが善の働き。

 

悪に対峙し悪を糾弾することが、悪の働きを尊重することになるのです。

 

それぞれのお役なのですから。

 

お役を全うしなければならないのです。

 

悪者は悪者ならしく。

 

いいもんはいいもんらしく。

 

悪い人が中途半端に良い人だったら勧善懲悪の時代劇も面白くないですね。

 

悪代官は思いっきり悪くないと善人は活躍しようがないのです。

 

 

悪は外側にもある。

 

しかし、何より内側に悪のボスがいます。

 

善も悪も人の心の中に働きとしてあるのです。

 

何よりも自分の中にある悪を認め立ち向かうことが大切ですね。

 

自分の中にある悪の働きを見つめることが自分を真に愛することにつながります。

 

善も悪も尊い働きだと気づいてはじめて真の愛に目覚めることができる。

 

かくいう私自身もまだまだ。

 

善も悪も楽しんでいきたいと思います。

 

時には悪代官のように(笑)

 

時には水戸黄門のように。

 

 

悪を存在せしめているのも高次元の設定。

 

悪にやりたい放題させてきたのも神の計らい。

 

私たちが目覚め成長するためなのですね。

 

なんとありがたい仕組みなのでしょう。

 

そう思えるかどうかが魂の成長の物差しです。

 

私も道半ばですが、がんばります!

 

 

今日はここまで。

 

今日は7,000字台でした。

 

少しずつ短くしていきたいなと思っていますが、どうなることやら。

 

 

ペットサインマスターカレッジ9期の開講が間近となってきました

 

まだ入学間に合いますよ。

 

気になる方は、ご連絡くさいませ。

 

 

ペットサイン入門講座&アニマルメンタリスト養成カレッジ(ペットサインマスターカレッジ)9期説明会


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※開催予定日のため実際に開催されない場合がありますが、申し込みをいただいた場合は、基本的に開催します。

※同じ日に次のセミナーを開催する場合があります(新時代の健康学セミナー、ペット食育講座、アニマルレイキセミナー)先にリクエストがあったものを優先開催しますので、お早めにリクエストしてください。

時間:10時〜16時、11時〜17時、12時〜18時(開始時間、終了時間は希望により調整します。時間短縮も可能です)

開催形式:リアル会場(江東区内)、オンライン(zoom)のどちらでも参加可能

講師:ペットサイン協会代表・田村和広他

受講費:5,500円(5月までは再受講無料です)

申込みページ


参加特典 レイキ、アニマルヒーリング無料体験

ペットサインマスターカレッジ9期の説明会も開催します。

9期は、6月(26日)からスタート予定です。

科学の正体とは?擬似科学問題を考える

 

こんにちは。

 

ペットサイン協会の田村です。

 

 

今日は、科学の正体と似非科学について考えてみます。

 

さっそくですが、科学とは何でしょうか?

 

科学的であるとは、どういうことなのしょうか?

 

 

現代において、科学は人類のスタンダードになっています。

 

科学が人類の発展のベースとなってきた。

 

科学は世界に幸福をもたらしてきた。

 

科学は人類の進化を導いてきた。

 

科学は病を癒してきた。

 

そう信じますか?

 

科学的であることは、一種のステータス感をもたらします。

 

科学者は、エライ人です。

 

尊敬される人として扱われます。

 

 

ですが、実際は真逆です。

 

そのことについて、少しずつ論じていきましょう。

 

 

その前に、擬似科学という言葉をご存知でしょうか?

 

科学的である人が、非科学的な人を非難、嘲笑するときに使われる言葉です。

 

少し長いですが、wikipediaから引用しますね。

 

擬似科学(ぎじかがく、(英: pseudoscience)とは、科学的で事実に基づいていると主張しているにもかかわらず、科学的方法と相容れない言明・信念・行為のことである。似非科学(えせかがく)や偽科学(にせかがく)などとも呼ばれる。疑似科学は、矛盾、誇張、反証不可能な主張、確証バイアスへの依存、他の専門家による評価への開放性の欠如、仮説形成時の体系的実践の欠如、および疑似科学的仮説が実験的に否定された後も長期間に渡って信奉されていることなどを特徴とすることが多い。

科学と疑似科学の区別は、哲学的・政治的・科学的な意味がある。科学と疑似科学を区別することは、医療・鑑定・環境政策・科学教育などの場合は実用的意義を持つ。気候変動の否定・占星術・錬金術・代替医療・オカルト信仰・創造科学などに見られる疑似科学的信念と科学的事実や理論を区別することは、科学教育とリテラシーの範疇である。

疑似科学は危険な影響を及ぼす可能性がある。たとえば、疑似科学的な反ワクチン運動や、病気の代替治療としてのホメオパシーの推進は、健康上の効果が実証されている重要な医療行為を人々が放棄することになり、不健康や死につながる。さらに、伝染病に対する正当な治療を拒否する人々は、他の人々を危険にさらしかねない。人種や民族の分類に関する疑似科学的理論は、人種差別や大量虐殺につながっている。

疑似科学という言葉は、不正確に、あるいは欺瞞的に科学として提示されているものであることを示唆しているため、特に疑似科学を支持している人々からは軽蔑的に捉えられることが多い。したがって、疑似科学を実践・擁護している人々は、この表現に異議を唱えることが多い

 (引用ここまで)

 

 

この文章をどう思われますでしょうか?

 

もっともだなと感じられましたか。

 

 

実は、擬似科学批判には、二重三重の詐欺構造が含まれています。

 

あまりにもつっこみどころが多くて、一日セミナーができそうです(笑)。

 

似非科学として、切り捨てられているものは多くあります。

 

あなたも一部は親しまれているかもしれませんね。

 

・ホメオパシー

・フラワーレメディ

・波動機器

・水からの伝言

・マイナスイオン

・電磁波(が危険だという言説)

・ワクチン(が危険だという言説)

・進化論を否定する言説

・瞑想

・ヒーリング

・気

・代替療法

・スピリチュアル

・一部の宗教

・多くの陰謀論

 

など多数あります。

 

こうしてみると、私は擬似科学ばかりやってきたのだなと苦笑します。

 

 

波動、瞑想やヒーリング、気、スピリチュアルなどは、それ自体が現次元科学と合い入れるものではありません。

 

ただ、問題なのは、それらの現象を科学的に説明しようとする姿勢ですね。

 

数字やデータ、科学的に見える説明知を持ち出してきて、無理やり科学的に説明しようとする。

 

だから、擬似科学などと言って、切り捨てられるのですね。

 

嘲笑されてしまう。

 

そんなことはする必要がないのです。

 

科学で扱えない領域を無理に科学的に説明しようとする。

 

その姿勢こそが問題なのです。

 

そうした人は、科学がスバラシイもので世の中のスタンダードになっているということを受け入れているわけです。

 

科学に従属している。

 

もっといえば洗脳されている。

 

科学者も擬似科学を信奉する人たちも同じ穴のムジナです。

 

どっちもだまれている。

 

五十歩百歩。

 

どっちもどっち。

 

目くそが鼻くそを笑うようなものですね。

 

言葉が悪くてすみません(笑)。

 

 

ただし、擬似科学批判者には、参考になる点や耳を傾けるべき点も多くあります。

 

擬似科学の側にもトンデモの部分が多々あるからです。

 

陰謀論を唱える人とそれを否定する人の関係と似ています。

 

陰謀は確かにあります。

 

しかし、陰謀論者もどうしようもない。

 

お前がいうか!

 

と言われそうですね(笑)。

 

 

そもそも陰謀という言葉自体が問題です。

 

陰謀ではなく正々堂々と実行されています。

 

計画もあからさまに公表されています。

 

あまりにも堂々と実行されているために、誰もが悪だくみだと気がつかないだけです。

 

 

科学者も擬似科学と評されるものをやっている人も実は同じ土俵の中で戦っています。

 

どちらも同じ「設定」の中で踊っていることに多くの人が気づいていません。

 

 

ただ、私は擬似科学批判者からも学ぶべきものがあると思っています。

 

実際、同意できることも多いのです。

 

常に反対側から学ぶという姿勢は有益なものですね。

 

なぜなら、両方のサイドを見て、はじめて全体の「設定」が見えてくるからです。

 

片方だけに同化していては、全体が見えないのですね。

 

両方を見てはじめて全体の絵が見える。

 

構造が見える。

 

これが視座の高さなのです。

 

 

科学の側も擬似科学(といわれるもの)の側も反対を否定します。

 

そうすることで、盲信者になってしまうのです。

 

 

「それって宗教じゃない?」と擬似科学のことをバカにする人も多いですね。

 

無理もありません。

 

確かに盲信者、狂信者になってしまう危険性が大です。

 

 

しかし、それと同じくらい普通の科学も宗教なのです。

 

科学という名の宗教を盲信している人が大多数。

 

科学教の信者が圧倒的多数です。

 

科学教の信者は、自分たちが宗教を信じていることに気づいていません。

 

世の中は、宗教だらけです。

 

宗教という名前がついてないだけ。

 

 

だからと言って反対側に走るのも別の宗教に走ることになるだけ。

 

やっていることは変わりないのです。

 

宗教の多数派か少数派かの違いだけです。

 

 

宗教とは全体を見ないことを意味します。

 

自分たちの教義だけが正しいと主張して他の教義を否定する。

 

まさにその姿勢こそが、宗教の限界なのですね。

 

どの教義もどの言説も部分的、限定的です。

 

世界の真実や宇宙の法則を言葉で説明したとたん、二元論に分離するのです。

 

 

「それって宗教じゃない?」という人たちの感覚は案外正しい。

 

しかし、そういう人も別の宗教にとらわれていることに気づいてない。

 

 

宗教も設定です。

 

科学も設定です。

 

擬似科学も設定です。

 

陰謀論も設定です。

 

 

特定の主張を信じている時点で、部分に分裂することに気づかなければなりません。

 

真実は、両方を統合した先にあるのです。

 

両極を超えたところにあるのです。

 

何かを信じている時点で宗教にとらわれています。

 

それが科学であろうが、擬似科学であろうが同じこと。

 

報道されたニュースであろうが陰謀論であろうと同じことなのです

 

 

視座を上げましょう。

 

高い視座から全体を見てみましょう。

 

両方とも一部なのです。

 

両極にわかれているだけなのです。

 

 

科学に問題があるからといって擬似科学に走ってはダメなのです。

 

世の中が不正だらけだといって陰謀論に走ってはダメなのです。

 

反対側にも同じワナがあることに気づかなければなりません。

 

答えはどちらの側にもないのです。

 

答えは両者を統合した上の階層にあるのですね。

 

 

こうした基本認識の上で、科学という宗教を論じていきますね。

 

いかに悪い宗教であるかをです。

 

 

まず、もたらされた結果をシンプルに見ましょう。

 

この姿勢が大事です。

 

 

こういう声が聞こえてきそうです。

 

「科学が悪いんじゃない。科学が悪用・誤用されただけなのだ」と

 

それは違うんですね。

 

現次元科学は、悪の意図で作られたものです。

 

またまた陰謀論にしか思えないことを言ってしまいました(苦笑)

 

こういう表現しかできないことに歯痒い思いがします。

 

しかし、言葉自体に限界があるので、誤解も仕方ないかなと思っています。

 

多分100パーセント誤解されるだろうなと思いながら、お話ししますね(笑)。

 

 

もう一度いいます。

 

結果をシンプルに見てみましょう。

 

 

世の中に科学によって生み出された有害物質がどれだけあるかご存知でしょうか?

 

私は、かつてある企業で環境安全部門を担当していました。

 

科学によって膨大な数の有害物質が生み出されています。

 

数百、数千の単位です。

 

一部は、法律で取り締られています。

 

製造当時は有害性がわからなかったのかもしれません。

 

しかし、その後、人体や環境への悪影響が判明したものが多数あります。

 

PCBやアスベストなどが有名ですね。

 

その他山ほどあります。

 

というか本当は有害性に留意しなかっただけなのですが。

 

科学には犠牲がつきもの(らしい)。

 

人体や環境への影響度を考慮していては、科学は発展しないのです。

 

各法令で規定されている有害化学物質一覧

 

 

科学が生み出したものが病気を生み出しています。

 

水俣病やイタイイタイ病など、無数の公害が人類や生物を苦しめてきました。

 

多くの生物が死滅しています。

 

これも科学の恩恵なのでしょうか?

 

 

有害物質に指定されていない有害物質もたくさんあります。

 

農薬、化学肥料、除草剤、食品添加物などがその一例です。

 

 

国によって有害物質の定義が異なるのも変ですね。

 

日本は、さまざまな規制値がズブズブに緩いのもよく知られた事実です。

 

海外では禁止されている除草剤などが、ホームセンターで普通に売られていて小学生でも変える。

 

 

日本では食品添加物の種類も海外と比べ桁外れに使われていますね

 

一つ一つは安全が確認された?としても、それらが組み合わされたときの複合作用は、わからないのです。

 

複合要因については、変数が多すぎて科学的に検証できないのです。

 

こんなサイトを見つけました。

 

「科学的な実験などを用いてヒトへの影響を確かめているので、食品添加物だからといって気にしすぎる必要はありません」(サイトより)

 

それなら、なぜ、海外では日本で使われている多くの食品添加物が禁止されているのでしょうか?

 

海外の基準がおかしいのでしょうか?

 

 

有害物質ではなくても有害なものを放射するものもありますね。

 

放射線などが一例です。

 

チェルノブイリや福島原発事故など、多数の原発事故があります。

 

これも科学の産物です。

 

 

その他、まだ規制されてないものがたくさんあります。

 

電磁波や電波などが一例です。

 

これについては、各国で規制値が大幅に異なります。

 

電波の規制値については、もっとも厳しい国に比べると、日本は60万倍もゆるい。

 

 

そもそも安全に対する考え方が国によって違うのです。

 

多くの国では、安全性が確認されないものは、リスクがあると考えて使用を規制する。

 

しかし、日本では危険性が証明されてないものは、安全だと考えて使用を許可する。

 

どちらが国民の健康を考えているのか言わずもがなです。

 

 

薬害の問題もありますね。

 

現在の医薬品のほとんどは、石油から精製された副産物です。

 

薬を生み出した人たち自身は、薬を使っていません。

 

擬似科学と言われる代替療法で治しています(笑)。

 

抗がん剤の専門医である腫瘍内科医のほとんどは、自分や家族ががんになったとき抗がん剤は使わないのです。

 

代替医療で自分のがんを治療している腫瘍内科医もいます。

 

誰よりも抗がん剤が有害な細胞毒であることを知っているからです

 

 

科学は、人間や他の生物にとって有害なものを無数に生み出してきました。

 

もっとも有害なものは兵器化されています。

 

戦争を引き起こす兵器も科学の産物ですね。

 

地雷、火炎放射器、戦車、ミサイル、戦闘機、さまざまな爆弾から核兵器まで。

 

化学兵器や生物兵器、電磁波兵器もあります。

 

地雷や枯葉剤などの化学物質によって、戦後も多くの人が苦しんでいます。

 

科学が大量破壊、大量殺戮を可能にしてきました。

 

 

核兵器は、地球上の人類を35回以上全滅させるだけのものを保有しています

 

なぜ、35回分も必要なのでしょうか?

 

作ったものは消費したくなるのが、経済の原理です。

 

いずれどこかで使われるのでしょう。

 

 

太平洋戦争末期、日本は降伏の意志をすでに連合国側に伝えていました。

 

核の人体実験を実地でやりたかった連中は、急いでウラン型とプルトニウム型という別の種類の原爆を広島・長崎に投下しました。

 

正式に降伏をしてしまわれると、原爆を使う口実がなくなるからです。

 

戦争を終わらせるために必要な投下だったと主張していますが、完全な嘘だったことがすでにバレています。

 

科学者や為政者は、人体実験をしたかっただけなのです。

 

 

現在では、気象兵器や地震兵器もすでに完成しています。

 

現在の科学力をもってすれば、十分可能なのですね。

 

地を揺らし雨を降らせ嵐を引き起こす。

 

 

遺伝子をいじり自然の摂理を操作する。

 

いったい何様のつもりなのでしょうか?

 

神様にでもなった気分なのでしょうか。

 

 

多くのパンデミックも、もともとはウィルス研究に起因していることは海外の情報空間では周知の事実です。

 

これも科学の生み出したものですね。

 

 

環境問題も深刻です。

 

工場排水、煤煙、自動車の排気ガス。

 

海洋ゴミやマイクロプラスチックなどの問題もあります。

 

産業廃棄物も環境に悪影響をもたらしていますね。

 

 

これくらいにしておきましょうか。

 

これでも科学は人類に幸福をもたらしたのでしょうか?

 

科学は人類に健康をもたらしたでしょうか?

 

 

シンプルに考えてみましょう。

 

 

人類だけではありません。

 

地球上の生物にとってどうでしょうか?

 

 

科学の成果によって、毎年、九州と四国を合わせたくらいの面積の緑が消失。

 

猛烈な勢いで砂漠化が進んでいます。

 

そのうち、地球は砂の惑星になるかもしれません。

 

 

毎年、500億匹の動物が、科学的手段によって殺されています。

 

大量殺戮の手段は、科学がもたらしたものです。

 

 

毎年、数万種類の生物種が絶滅しています。

 

毎日100種以上の生物種が地球上から姿を消している。

 

これもまた科学の成果です。

 

 

「いや、科学にもいいことがある。便利になったし快適な生活がもたらされたじゃないか」

 

まだそう言い張りますか?

 

目先の便利さにとらわれて、取り返しがつかないくらいの損失を被っていることにまだ気が付きませんか?

 

 

科学によって生み出された銃火器で、毎年多くの人や生物が殺されています。

 

アメリカだけでも銃による死亡者数は、年に2万人を超えています。

 

それでも銃を持つことは、アメリカ人の正当な権利だと宣う(のたまう)。

 

敵国の民衆や生物を殺す兵器を持つことを正当な防衛手段だと宣う

 

銃火器がスマホより安い国もあるそうです。

 

身を守る権利として(人を殺す権利として)手軽に手に入る銃火器。

 

 

「それは科学が悪いんじゃない。科学を使う人間の問題なのだ」

 

そういう声が聞こえてきそうです。

 

私はそうは思いません。

 

科学自体に大きな問題があると考えています。

 

全体の絵を見ると、科学は悪い意図で作られたものだということがわかる。

 

現在の科学にかけられた「設定」がわかります。

 

人も悪いが科学も悪い。

 

悪い人間が生み出す科学は悪い結果をもたらすものにならざるをえません。

 

悪い人間がいるのではなく、人類全体のありようが悪いのです。

 

視座を高くして、地球レベルで物事を見るとわかること。

 

目先のメリットや利便性にとらわれてはいけません。

 

 

科学は、人間を害してきました。

 

科学は、人間を病気にしてきました。

 

科学は、環境を破壊してきました。

 

科学は、多くの生物を殺戮してきました。

 

科学は、多くの生物種を絶滅に追い込んできました。

 

 

人は楽しみのために科学が作り出した銃火器を使って生物を殺します。

 

 

これでも科学的であることが良いことなのでしょうか?

 

現在の科学は、悪の科学なのです。

 

自らを科学的であると優越意識を持ち、科学的でないものを擬似科学であると差別する。

 

擬似科学と批判されるものをやっている人も同罪です。

 

科学の権威に媚を売り、虎の威を借ろうとしているからですね。

 

科学的なものも非科学的なものも同じ土俵で踊っているのです。

 

 

さて、ここからが大切な話です。

 

では、科学はやらない方がいいのか?

 

原始生活に戻る方がいいのか?

 

ということです。

 

 

そんなことはありません。

 

 

三次元科学は今後終焉を迎えます。

 

もともと分離の世界が生み出した科学だからです。

 

科学・非科学ではなく、両者を統合したより上位階層の科学があります。

 

それこそが未来の科学です。

 

高次元の科学とでも言いましょうか。

 

三次元科学は分離の世界がもたらしたもの。

 

害獣、害虫、病原菌、種々の敵などを分離するから戦いや排除の構図ができあがるのです

 

現次元科学は、分離と排除の科学なのです。

 

それに対して、統合された世界が高次元。

 

陰陽、善悪、正邪に分かれるのではなくそれらを統合して調和させる。

 

それがこれからの科学です。

 

 

高次元科学の特徴があります。

 

使えば使うほど、個人ばかりでなく全体が健康になっていくものです。

 

全体とは、地球生命圏や地球環境そのもの。

 

全体が良くならない科学は、悪の科学です。

 

個人だけがメリットを享受する。

 

個人が利便性を享受することで全体を害してきた。

 

これが三次元の悪科学です。

 

その反対に個人も全体も調和に導くもの。

 

全体を健康と繁栄に導くもの。

 

それがこれからの科学です。

 

 

自分だけが健康になる。

 

それは健康とは言わないのです。

 

自分だけが幸福になる。

 

それは幸福とは言わないのです。

 

自分がだけが成功する。

 

それは成功とは言わないのです。

 

自分だけが繁栄する。

 

それは繁栄とは言わないのです。

 

 

自分だけの健康、目先の成功を追いかけていると、やがて取り返しのつかない巨大なデメリットを被ることになります

 

いや、すでに被っていることにまだ気が付きませんか?

 

 

全部つながっているのです。

 

切り離すことなどできないのです。

 

それを切り離して、自分だけの健康を追い求める。

 

自分だけの幸福を追い求める。

 

自分だけの成功を追い求める。

 

自分だけの繁栄を追い求める。

 

全体が見えない愚か者です。

 

タイタニック号(全体)が沈んでいることに気づかない近視眼です。

 

 

もうそろそろそんなことはやめにしませんか?

 

高次元の科学はもうすでに地球上にもたらされつつあります。

 

偏見や先入観を持たず、子供のような澄んだ目で見渡せば、あなたにもわかるはずです。

 

 

個人の健康だけを追い求めているものか?

 

個人の幸福、個人の成功、個人の繁栄のみを追求してているものか?

 

それとも全体の健康、幸福、成功、繁栄を考慮しているものか?

 

それがポイントです。

 

 

もしそうした視点が欠けているとしたら、それは悪の健康学です。

 

悪の成功法です。

 

 

その技術を使うことで全体が健康になりますか?

 

環境が蘇りますか?

 

生きとし生けるものが幸せになりますか?

 

それが新時代における科学のあり方の指標です。

 

 

私はいくつかそのような高次元の科学技術に出会っています。

 

あなたが我良しの心を卒業すれば、こうしたものに出会えるかもしれません。

 

 

関心のある方は、新時代の健康学の門を叩いてみてくださいね。

 

個と全体(地球)の健康を融合する新時代の健康法説明会

 

随時開催中です。

 

リクエストをいただければ、日程調整して開催します。

 

 

ちなみに、ペットサインマスターズ勉強会では、愛犬愛猫だけでなく全体とともに健康になる新時代の健康学や成功学もお伝えしています。

 

今のところ一番総合的、網羅的に新時代の科学が学べる場になっています。

 

興味がある方は、こちらもコンタクトしてみてくださいね。

 

 

ペットサイン入門講座&アニマルメンタリスト養成カレッジ(ペットサインマスターカレッジ)9期説明会


開催:6月23日(木)25日(土)

※開催予定日のため実際に開催されない場合がありますが、申し込みをいただいた場合は、基本的に開催します。

※同じ日に次のセミナーを開催する場合があります(新時代の健康学セミナー、ペット食育講座、アニマルレイキセミナー)先にリクエストがあったものを優先開催しますので、お早めにリクエストしてください。

時間:10時〜16時、11時〜17時、12時〜18時(開始時間、終了時間は希望により調整します。時間短縮も可能です)

開催形式:リアル会場(江東区内)、オンライン(zoom)のどちらでも参加可能

講師:ペットサイン協会代表・田村和広他

受講費:5,500円(5月までは再受講無料です)

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参加特典 レイキ、アニマルヒーリング無料体験

ペットサインマスターカレッジ9期の説明会も開催します。

9期は、6月(26日)からスタート予定です。

 

現実は存在しない!

 

おはようございます。

 

ペットサイン協会の田村です。

 

 

一昨日は、ペットサインマスターズの勉強会でした。

 

この世界の設定について、100個近くお話ししました。

 

医療、政治、教育、金融、衣食住からペットまで、ありとあらゆる分野の設定です。

 

この世界はどのような構造で作られているのか。

 

三次元世界の設定についてお話ししました。

 

マトリックスがどのようにして作られているか?

 

これを知ってしまうと、とても暗い気持ちになってしまいます。

 

私たちが、いかに他人が設定した土俵の上で踊っていたのか。

 

他人の思惑で動かされていたのか。

 

ということを知って、何をやったらいいのかと途方にくれるかもしれません。

 

でも、大丈夫なのですね。

 

こうした設定に対して、ちゃんと上位階層の設定があります。

 

オセロゲームのように黒い石を全部ひっくり返す設定です。

 

時間の関係で上位設定のお話ができませんでしたが、今後の楽しみにとっておきました。

 

 

さて、これから二つの矛盾する話をします。

 

一見、矛盾する話なのですが、実は矛盾していません。

 

どうして矛盾しないのか、ちょっと考えてみてください。

 

 

一つは、現実をよく見ましょう。

 

設定を見極めましょう。

 

というお話です。

 

これまでもしてきましたね。

 

 

で、もう一つは、「現実は存在しない」というお話です。

 

これを今日お話しします。

 

かたや現実があって、その設定をよく見なさいという。

 

そして、もう一方では、現実はないという。

 

このように一見矛盾することが矛盾しなくなったとき。

 

あなたはかなり世界の真相がわかりかけたことになります。

 

 

では、後者の話をしていきますね。

 

「現実は存在しません」

 

現実というものがあると思っていますが、現実は存在しないのです。

 

いや、明らかにあるじゃないか。

 

という声が聞こえてきそうですね。

 

それでもないのです(笑)。

 

 

現実はない。

 

あるのは、現実に対する解釈があるだけなのです。

 

この言葉は自己矛盾を抱えています。

 

前者では現実があると言っているね。

 

後者では現実に対する解釈があると言っている。

 

結局、現実はあるんじゃない?

 

そう思われるかもしれません。

 

 

こういうことです。

 

モーフィアス「現実とは何だ?“現実”をどう定義する?感じるとか、匂いをかぐとか、味わうとか、見るとかを現実とするなら、現実とは君が脳で解釈した電気信号にすぎない

 

映画「マトリックス」の名台詞ですね。

 

 

まさにそういうことです。

 

仮に現実というものがあったとしても、あなたは決して直に触ることはできません。

 

あくまでも五感を通してしか、現実を認識できないのです。

 

五感はすべての現実をキャッチできるわけではありません。

 

五感は現実の一部を切り取ります。

 

目を考えてみましょう。

 

当然ながら顔の後ろにあるものは見えませんね。

 

正面を向いた場合、標準的な人で上が60度、下が70度、左右が100度しか見えません。

 

左右の目を合わせると200度です。

 

色によっても見える範囲(視野)は、異なります。

 

ちなみに、動物によって視野はまったく異なるのはご存知でしょうか。

 

犬種によっては、顔の後ろ側が見える犬もいます。

 

馬のように顔の横に目がついている生き物だと、さらに視野は広がりますね。

 

 

五感がとらえた情報は電気信号に変換されて脳に送られます。

 

つまり、私たちは、現実を切り取ってさらに加工したものしか認識できないのですね。

 

 

ちなみに、見える色も動物によって違います。

 

人間は三原色ですが、一部の鳥は四原色とも言われていたり。

 

犬は人間よりも認識できる色調が少ないと言われています。

 

また人間が見ている色とは違う色調として認識しているとの研究もありますね。

 

 

ちなみに人間の男女でも視覚は違うと言われています。

 

女性の方が色鮮やかに世界を認識できるとか。

 

また女性の方が細かいところに目が行き届く。

 

などの性差もあります。

 

 

人間がキャチできる電磁波を可視光線と言います。

 

人間が認識できる電磁波の波長は、下限が360-400nm(ナノメートル)。

 

いろでいうと紫の領域です。

 

一方上限が、760-830nm。

 

色でいうと赤ですね。

 

それ以外の電磁波は人間には見えません。

 

 

可視光線の外(下限側)にあるのは、紫外線、X線、γ線。

 

上限側にあるのは、赤外線、マイクロ波、ラジオ波などです。

 

人間はごく一部の電磁波しか見えないのです。

 

見えない世界があると言いますが、それは当たり前のこと。

 

人間の感覚器官は限定的だからです。

 

ちなみに、蝶や昆虫、蜘蛛、爬虫類、鳥などは、紫外線が見えると言われています。

 

蝶には蝶にしか見えない道(蝶道)があるとのこと。

 

何だか神秘的ですね。

 

 

こうしてみると生物によって現実が違うことがわかります。

 

人間にしても個人差があります。

 

一人一人が見ている現実は違うということです。

 

人間と他の生き物との世界はさらに違う。

 

それぞれ別の世界に住んでいるのです。

 

 

これを「環世界(かんせかい)」と表現します。

 

まったく同じ世界に住んでいる。

 

そういう前提で他の生物とコミュニケーションするとおかしなことになるのですね。

 

 

下図を見てください。

 

人間が見ている光景が左側。

 

同じ光景をミツバチがみると右側のように見えている。

 

 

上の図は、NTT研究所・触覚コンテンツ専門誌「ふるえ」より引用したものです。

 

原典はユクスキュル「生物から見た世界」ですね。

 

これを見てわかるように、生物ごとに違う世界に住んでいるのです

 

 

昔、あるアニマルコミュニケーションのセミナーに出たことがあります

 

けっこう有名なアニマルコミュニケーターの講座でした。

 

本も何冊も出版されている業界では有名な方です。

 

セミナー中に隣の人とペアになってアニマルコミュニケーションの練習をするコーナーがありました。

 

お互いの愛犬にアニマルコミュニケーションして、ご飯を食べるお皿の色や形を聞き出すというもの。

 

この練習がいかにナンセンスなものか。

 

ここまで読んでこられた方はおわかりだと思います。

 

「この人たちは、人と犬が同じ環世界に住んでいると思っているのだろうか・・・」

 

思い込みによるアニマルコミュニケーションに何の意味があるのだろうか?」

 

そう思ったものです。

 

 

相手の世界のことを知らずにコミュニケーションができるでしょうか?

 

相手の環世界を誤解しておいて対話が成立するでしょうか?

 

もちろん、成立しませんね。

 

この種のコミュニケーションは、思い込みと想像の産物にならざるを得ません。

 

 

適切なコミュニケーションをしようと思ったら、まず相手のことをよく理解しなくてはなりません。

 

それは相手の環世界を知るということです。

 

宇宙人の環世界のことを知らず、宇宙人とコミュニケーションなどできませんね。

 

動物とコミュニケーションするのも同じです。

 

 

環世界は人間同士でも違います。

 

個人差があるのです。

 

仮にまったく同じだとしても、そこから先が違います。

 

電気信号に変換された情報のごく一部しか認識できません。

 

不要だと判断した情報は認識される前にカットされてしまいます。

 

省エネや自己防衛のためにカットしてしまうのです。

 

もちろん無意識にやっていることなので、自分ではわかりません。

 

では、どの程度、五感がとらえた情報がカットされるのでしょうか?

 

以前の記事でも書きましたが、視覚情報で99パーセント以上カットされてしまいます。

 

現実があったとしても、私たちはそれを直接認識することなどできないのです。

 

 

さらに人によってカットする情報の種類が違います。

 

過去に見たものや経験したこと。

 

知識や情報を得ているもの。

 

洗脳されていることや思い込み。

 

そういうものしか私たちは認識しないのです。

 

つまり、自分の言語空間にあるものしか認識できないということですね。

 

言語化されていないものは、人間にとって存在しない。

 

ペリーの黒船が見えなかった人たちがいたという話も最近書きましたね。

 

見えなかった人たちは、その人の言語空間に「黒船」が存在していなかったわけです。

 

 

さらにいきましょう。

 

情報のカット率の問題です。

 

普通の人で99パーセント以上カットされます。

 

しかし、訓練をしていくとカット率を変えられます

 

仮に以前より1パーセント認識率がアップしたとしても、世界は激変します。

 

これまでとまったく違う世界に住むことになるのです。

 

世界は光り輝き、意味に満ち溢れる。

 

いわゆる「大洋体験」です。

 

そんな光り輝く体験はあなたにも可能なのです。

 

(お台場・チームラボ)

 

同じ世界でも人によって見えている景色が違う。

 

つまり、一人一人の世界は違う。

 

だんだんお分かりいただけたでしょうか?

 

 

まだまだいきますよ(笑)。

 

私たちが見えている範囲のことで考えてみましょう。

 

私たちは見えている現実をそのままとらえているのでしょうか?

 

これまでのお話しで違うということがおわかりいただいたでしょう

 

 

でも、目の前にあるコップは確かに存在すると思っていませんか?

 

それも違うのです。

 

私たちは、コップという概念を見ているのです。

 

多くの人にとって、どの方向から見てもコップはコップですね。

 

朝だろうが、昼間だろうが、夜だろうが同じコップです。

 

しかし、現実は違います。

 

見る角度によって、光の具合によって、全部違うものとして認識しているはずなのです。

 

ところが、それらを統合して、コップとして見ている。

 

つまり、コップという概念を見ているのです。

 

 

ここが他の生物と人間の大きな違いになります。

 

人間と動物の環世界はまったく違うもの。

 

世界そのものが違うのです。

 

人間の概念、思考パターン、認知パターンを持って他の生き物を測らないことですね。

 

 

さてここでさらに深い話をします。

 

言語が現実と紐づいてない人には、世界はどう見えるのでしょうか?

 

私たちと同じように見えると思いますか?

 

これに関してもさまざまな研究があります。

 

生まれつき目が見えない人が研究対象。

 

それが目の手術などによって見えるようになった事例です。

 

すると彼(彼女)には何が見えたと思いますか?

 

私たちと同じような景色が見えたと思うかもしれません。

 

それがまったく違ったのです。

 

秩序を持たないランダムな光の渦。

 

さまざまな色をキャンパス上にぐちゃぐちゃに書き殴ったような無秩序な色世界。

 

つまり、見えたものは混沌そのもの。

 

カオスな世界だったのです。

 

 

なぜ、そうなるのでしょうか?

 

現実(脳が知覚する電気信号)が意味づけられていないからです。

 

言葉と紐づいていないからです。

 

 

生まれて初めて目が見えるようになった人はその後どのような運命をたどったのでしょうか?

 

ある人は、発狂寸前になり、こんな無秩序な世界なら見えない方がいい。

 

そう言って再び目を閉じてしまった人もいます。

 

 

比較的若いうちに目が見えるようになった人は、少しずつ適応していきました。

 

あの光の渦は、コップなのだと教えられます。

 

やがて言葉と電気信号が紐づけられ、カオスは形を取り始める。

 

コップはコップに。

 

椅子は椅子に。

 

机は机に。

 

パソコンはパソコンに。

 

彼(彼女)が見た光と色のカオスは、ようやく私たちが馴染んだ世界に収束していったのです。

 

 

これでおわかりでしょう。

 

私たちの見ている世界は、すべて創作物なのです。

 

私たちが見るものは、すべて意味を持って存在しています。

 

言葉と紐づけられた意味空間です。

 

私たちは、現実を見ているのではありません。

 

意味を見ているのです。

 

解釈された現実を見ているのです。

 

言語で意味が紐付けられた意味空間を見ているのです。

 

 

私たちにとって、現実とは何か?

 

それは、カットされ、編集された映像作品のようなもの。

 

ニュースが事実の一部を切り取って報道するようなものです。

 

切り取り方によって印象がまったく変わりますね。

 

政治家や有名人の発言や表情の一部だけ切り取れば、いかようにも印象操作できる。

 

それと同じように、現実は一人一人まったく違うのです。

 

 

さらにここから解釈システムが介入します。

 

同じできごとでも、Aさんは悪いことととらえます。

 

しかし、Bさんは良いことととらえる。

 

ある仕事をAさんは、そんなの不可能だととらえる。

 

一方のBさんは、十分に可能だととらえる。

 

Aさんは、ある事態をピンチだととらえる。

 

Bさんは、それをチャンスだととらえる。

 

解釈次第で結果は真反対に変わります。

 

結局のところ、あなた自身の解釈システムがあなたの現実を作っているのですね。

 

 

事実というものは存在しない。
存在するのは解釈だけである。
(ニーチェ)

 

 

さて、ここらでまとめましょう。

 

現実は存在しない!

 

私たちは、生の現実を直接認識することはできません。

 

五感を通して僅かな一部分を認識しています。

 

フィルターを通して、編集・加工された現実を認識しています。

 

言語によって意味づけられた世界を見ている。

 

さらには、解釈を通して創造した現実を見ている。

 

 

現実は存在しない。

 

現実という言葉は意味を持ちません。

 

なぜなら、生の現実には決して触れることができないからです。

 

ここに至って、現実という言葉を使うことがナンセンスだということにお気づきでしょうか?

 

私たちは、現実を素材にした創作物を見ている(感じている)のです。

 

 

人間の言葉を動物にしゃべらせることがいかにナンセンスなことであるか。

 

動物の言葉を人間の言葉に通訳することが、いかにピント外れのことであるのか。

 

おわかりいただけたでしょうか?

 

方便としてやるならOKです。

 

エンタメとしてやるならOKです。

 

わかってやるのと知らずにやるのとは大違い。

 

どうせやるならわかってやった方がいいですよ。

 

あくまでも人間の創作、妄想、方便なのだと。

 

私自身も方便として翻訳することはよくあります。

 

 

五感の感知システム。

 

脳の認識システム(フィルター)。

 

言語による意味づけシステム。

 

そして、解釈システム。

 

私たちの世界と動物の世界は、まったく違うのです。

 

動物たちに人間の言葉をしゃべらせるのはそろそろやめませんか?

 

それは動物を本当に理解することにならないのです。

 

こうした行為は彼らへの誤解を上塗りするだけだと気づきましょう

 

 

動物を人間目線で理解するのをやめましょう。

 

彼らの環世界に中に入っていくのです。

 

もちろん、実際に入ることはできません。

 

しかし、彼らのことを知れば知るほど、理解が深まれば深まるほど、彼らの環世界に近づいていくことはできるのです。

 

それをしないと単なる妄想コミュニケーションになってしまいますね。

 

 

あなたの世界は、あなた自身が創造しています。

 

あなたは、あなたの環世界の創造主なのです。

 

このことをどこまで深く落とし込めるか。

 

すべて自分が作っていることをどこまで理解できるか。

 

そこがすべての要です。

 

 

五感システム。

 

認知システム。

 

言語空間。

 

解釈システム。

 

それらを総合して、私は「世界の創造システムと名づけています。

 

 

あなたは自分劇場のシナリオライターです。

 

プロデューサーでもあり。

 

監督でもあり。

 

そして、俳優でもある。

 

あなたは自作自演のドラマを演じているだけなのです。

 

 

あなたが今の世界に満足しているならOKです。

 

しかし、何か変えたいと思うなら五感を磨くことです。

 

認識システムを変えることです。

 

言語空間を変えることです。

 

そして、解釈システムを変えることです。

 

そうすればあなたの現実は、まったく変わってきます。

 

 

昨日からスタートしたペットサインの勉強会では、「世界の創造システム」を紐解く試みがスタートしました。

 

世界創造システムをリセットする。

 

世界創造システムをアップデートする。

 

新しい世界創造システムを発動させる。

 

 

こうした試みは、この世の「設定」を上書きすることにつながります。

 

そして、あなた自身の「設定」を創造することにつながります。

 

他人に押し付けられ刷り込まれた「設定」でなくてね。

 

 

それまではあなたは自分自身の人生を生きていません。

 

あなたに真の自由はありません。

 

なぜなら、他人が「設定」した人生を歩んでいることになるからです。

 

「設定」は、実に巧妙です。

 

無意識レベルで刷り込まれています。

 

みんな自分の自由意志で選択したと思っている。

 

しかし、実のところ無意識に選ばされているのです。

 

 

洗脳・支配・コントロールされてしまった人生を歩みたいですか?

 

それとも、他人の「設定」をリセットして、自分の人生を歩みたいですか?

 

妄想ではなく、動物と本当のコミュニケーションをしたいですか?

 

それはあなた次第です。

 

いつかあなたがこうした学びに出会えることを願っています。

 

 

 

本日も9,000字近い記事を最後までお読みいただきありがとうございました。

 

あなたのより良き人生ために何かの参考になれば幸いです。

 

 

ペットサイン入門講座&アニマルメンタリスト養成カレッジ(ペットサインマスターカレッジ)9期説明会


開催:6月22日(水)23日(木)25日(土)

※開催予定日のため実際に開催されない場合がありますが、申し込みをいただいた場合は、基本的に開催します。

※同じ日に次のセミナーを開催する場合があります(新時代の健康学セミナー、ペット食育講座、アニマルレイキセミナー)先にリクエストがあったものを優先開催しますので、お早めにリクエストしてください。

時間:10時〜16時、11時〜17時、12時〜18時(開始時間、終了時間は希望により調整します。時間短縮も可能です)

開催形式:リアル会場(江東区内)、オンライン(zoom)のどちらでも参加可能

講師:ペットサイン協会代表・田村和広他

受講費:5,500円(5月までは再受講無料です)

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9期は、6月(26日)からスタート予定です。