気ままな日常を綴っています。 -13ページ目

気ままな日常を綴っています。

いつか静かに消える時まで。。
一人静かに思いのままに生きたい。。

(物語)

ボグチャーロヴォは、アンドレイ公爵が移って来るまではずっと地主不在の領地で、その為ボグチャーロヴォの百姓達は禿山の百姓達とはまるで気風が異なっていました。

彼らは曠野の民と呼ばれていました。

彼らが刈り入れぼ手伝いや、池や溝を掘りに禿山へ来た時など、老公爵はその仕事に対する粘り強さを褒めてはいましたが、その野性ゆえに彼らを嫌っていました。

 

先頃、アンドレイ公爵がボグチャーロヴォに滞在して、病院や学校などの新しい施設を作ったり、年貢を軽減したりしましたが、それは彼らの気風を和らげなかったばかりか、却って老公爵が野性と称した彼らの気質の粗暴さを強めただけでした。

彼らの間には常に何か暗い噂が流れていました。

全員がコサックに所蔵替えされるとか、新しい宗教に改宗させられるとか。。皇帝の事とか。。

そして、戦争とボナパルトとその侵入の噂が、彼らにとっては、反キリストと世の終わりと完全な自由のこうした漠然とした観念と溶け合っていたのでした。(※つまり、封建貴族制度を倒したフランスの英雄がロシアに侵入した事で、彼らに自由がもたらされるのでは無いかと言う期待、それがキリストの精神に基づいたこの世の終わりを意味するとしても。と解釈した。)

 

ボグチャーロヴォの周辺辺りには、住んでいる地主は極めて少なく、従って屋敷勤めの召使いも、読み書きの出来る者はごく稀で、この地方の農民達の生活には、現代の人々には理解し難い点が多く有りました、即ち、ロシアの民衆の生活の神秘的な流れが他の地方よりも強く顕著でした。

このような現象の一つが、この地方の農民達の間に20年程前に起こった、どこやらの温暖な河の流域へ移住しようと言う動きでした。

ボグチャーロヴォの村民も含めて何百人と言う農民達が、突然その家畜達を叩き売って、家族を連れて東南の方へ移動し始めたのでした。

渡り鳥の群れが海の向こうのどこかへ飛んで行くように、これらの農民達は女房や子供達を連れて、誰も行った事の無い東南の方角のその土地を目指して流れて行ったのでした。

 

多くの者が罰を受けてシベリアへ流され、多くの者が飢えと寒さで途中で倒れ、多くの者が諦めて引き返して来ました。

こうして、この移動騒ぎは、その起こりもはっきりした理由が無く自然発生的に持ち上がり、いつとは無くひとりでに終息したのでした。

しかし、この民衆の中の底の流れは、収まった訳では無く、同じように不可解に、突然に、単純に、そして強力に噴出しうるものでした。

そして今、この1812年に、民衆の民衆の生活を身近に見ていた人間には、この底の流れが大きく膨れ上がって、堰を切る日が間近い事が感知されていたはずでした。

 

老公爵の死の少し前に、ボグチャーロヴォに着いたアルバートゥイチは、民衆の間に動揺が生じている事に気が付きました。

曠野地帯のボグチャーロヴォの農民達は、フランス兵達と接触を持ち、ビラのような物を貰って、それを回したりしていました。

アルバートゥイチ は、腹心の召使い達の口から、村の寄り合いに大きな発言力を持っているカルプという百姓が、数日前に役所の荷馬車隊に着いて出かけて行って、住民が立ち退いた村をコサックどもは荒らすが、フランス軍は手を付けない、という知らせを持ち帰った事を知りました。

また、別の百姓が、しかもフランス軍占領下のヴィスロウーホヴォ村から、フランス将軍の布告を持ち帰りましたが、それには村民に対して、村に留まるなら、村民には何の害も与えないし、徴発した物に対して全て支払われると記されていた事も、彼は知りました。

その証拠として100ルーブリ紙幣を貰って来たと言うのでした(彼は、それがニセ札である事を知らなかったのでした)。

 

最後に、何より重大な事を、アルバートゥイチ は知らされました。

彼が、公爵令嬢の荷物をボグチャーロヴォから輸送する事を村長に命じたその日の朝、村で寄り合いが開かれて、荷物の運搬を拒否して待機する事が決議されたというのでした。

しかし、一刻の猶予も有りませんでした。

貴族会長は、老公爵が亡くなった8月15日に、危険が迫ったから今日のうちに出発するように、マリヤに主張しました。

16日以降は何の責任も負えない、と彼は言いました。

翌日(16日)の葬式には、彼自身が、フランス軍が突如移動を開始したという知らせを受けたので、出る事が出来ませんでした。

彼は、自分の領地から家族と貴重品を避難させるのが精一杯だったのでした。

 

この30年の間、ボグチャーロヴォを管理していたのは、老公爵がドローンスカと呼んでいたドローンという村長でした。

ドローンは、肉体的にも精神的にも頑強な百姓で、60の老人になっても30の男盛りと同じように元気で逞しい、と言った類の男でした。

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(解説)

アンドレイ公爵が、父のボルコンスキー老公爵から譲り受けた領地のボグチャーロヴォは、結構『クセもの』だった様ですね。

そこに住んでいる百姓達は、仕事に粘り強さを持っていたのですが、それは当然彼らの気質に強いものを内在している事を示しています。

だから、老公爵でさえ、『ちょっと扱いにくい農民達』だったのですね。

しかも、彼らは20年程前に、この土地を捨てて温暖な東南の地方を目指して大移動したという、いわば、領主に対する裏切り行為の歴史も有しています。

その時受けた報復を、彼らは決して忘れてはいないのですね。

 

それに、アンドレイの代になって学校や病院さらには年貢の軽減が行われても、それを感謝するどころか、『何か裏があるのではないか❓それともお育ちの良いおぼっちゃまのご機嫌取りかい❓』みたいな、『お前みたいな若造に丸々支配されてたまるかい❗️』という強い感情があるのですね。

 

そんな折にフランス軍のロシア領土内への侵攻があり、彼らは、『新しい社会』を有するフランスという国に、多少の期待をしているのですね。

当時の、ロシアの農奴の非常に厳しい生活が、彼らを『ロシアの反貴族体制』に傾けて行ったとしても何ら不思議では有りません。

そこを利用したのが、フランス軍ですね。

学が無いボグチャーロヴォの農民達を、上手いこと言いくるめて、農業を継続させ、食料補給源を確保する為に、フランス軍はニセ札まで掴ませて、農民達にこの地に留まって仕事を続ける様に『ビラ』を撒かせます。

 

もう、フランス軍はボグチャーロヴォに入って来ている、との情報を得たアルバートゥイチ は、マリヤの荷物とモスクワへの移動の荷馬車を手配しますが、村のみんなは会合でそれを拒否します。

すでに農民達は徒党を組んでいるのですね。

その農民達を代表する村長は、ドローンという60歳を過ぎてはいたものの、まだまだ筋骨たくましい男だったのです。

 

(追記)

まあ、ここでもちょっと、ボルコンスキー家の男達に腹が立ちますね。

老公爵は、老体にも関わらず、禿山で私設軍隊を組んで抵抗しようとしたのも本当に迷惑ですし、一体禿山の人たちはどうなってしまったのか。。と心配される所です。

あの時、一刻も早く避難していれば、ボグチャーロヴォでの事態も避けられたはずです。

 

しかも、アンドレイ公爵も、中途半端に自分の領地を放って、やっぱり戦争に行っているのですからね。

理由は、屑のアナトーリ とナターシャ(ごときに)裏切られた、自分のプライドが傷ついた。。こんな自分を晒し者にされたくないってね。

それに。。アンドレイ公爵って、結構飽きっぽいのかな。。と疑いたくなりますね。

彼の人生、公的にも私的にも全部中途半端なんですよね。

こんな気性の荒い土地柄であれば、アンドレイ公爵は絶対にこの土地に目を光らせておかねばならなかったのですよね。

この人は肝心な所で『いつも不在』なんですよ。

 

マリヤは、この危険な状態に彼らから敢えて置かれてしまったと言っても過言では有りません。

せめてアルバートゥイチが誠実な家来であった事が救われるのですけれどね。

 

 

お早うございます♪  今朝は、令和8年1月21日の日記です♪

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こんばんはー♪ 現在、18時14分です。

室温12.8度。湿度26%(❣️)です。

今日は、とても良いお天気でいたが風が強かったです💦

風が有る無しで随分と体感温度が変わりますね。。

 

はい。昨夜も、19時にはあの世にちょっと出掛けていたと思います。

帰宅❓したのは、朝の3時半でしたね。

それからお布団の中でブログフォローチェックをしたりしていました。

寒いだろうな。。と思っていましたが、12度はあったみたいですね。

結局ガバッと起き上がったのは5時23分でした。

 

まず、かぼちゃのお粥を仕込んで、コーヒーを入れ、その間にオーブントースターで昨日の「タラのフライ」を温めました。

タラのフライ(パン粉までつけた状態の)は、もう買わないだろうな。。と思います。

しっかし、この位食べると満足感はありました、温まったし♪♪

ストーブ付けて、今から出勤っていう心配も無くて快適な朝ですワン✨

 

ようやく朝が明けています。。英語やっつけ中。。。

 

まだまだ。。。(^。^)(^。^)

 

お昼ご飯はシャケの塩焼きとかぼちゃの煮付け、きんぴらごぼう、レタスの炒め物、白いおにぎり。

美味しかったです💞

 

13時からはちょっと舞鶴公園の梅苑の梅がどの位かな〜と思って見に行きました。

今日は、晴れてはいるのですけれどね。

北風が強くて、寒いですね。

 

まだ、一部咲きくらいですね。。

ウグイスちゃんやメジロさんは、まだまだです。

というか、今日みたいに寒い日は、小鳥達は何処かで縮こまってるのかな。。姿が見えません。

 

これは真紅の紅梅ですね。。

源氏物語を思い出しますね。。

匂宮は、按察使の大納言の娘よりも宮家の血を引く真木柱の連れ子(宮の御方)に興味あったんですよね。。

「紅梅」の帖は、結局「宇治十帖」への橋渡し(匂宮が好色(紅色と掛けてんのかな〜❓)で、宇治の八の宮の姫君に通っているという噂があるとの最後の記述)的な印象でしたけれど、やっぱり優雅な趣向を用いて物語が展開されていましたよね。。

 

ピンクはやっぱり定番ですね(^。^)

 

はい。今日は赤坂門のヴェローチェ。

 

今日は、捕らえられてガレー船に送られる途中で、喉がカラカラに乾いているベン・ハーに少年のイエスが水を差し出すシーンでしたね。

ローマ人に捕らえられた少年ベン・ハーに、ナザレの民は気の毒に思っても水を差し出す事が出来ません。

これは、現代社会でも良くあるシーンです。

イエスは、お父さんのヨセフに伴って大工道具を担いで歩く少年として登場です。

この少年は普通の少年として登場し、セリフはありません。

ただ、穏やかに水を汲んで差し出して、ベン・ハーの頭にそっと手を乗せただけです。

 

はい。今日は、読書も通読も優しい所だったので、15時半には帰宅していました。

晩御飯はこんな感じになりました。

 

今日も良い日だったと思います。

 

それでは、皆様も今日も良い一日をお過ごし下さいね💞

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(余談)

In his New Year's message on Thursday, Japanese Emperor Naruhito reflected anew on the preciousness of Japan's peace today.

天皇陛下は木曜日の新年のメッセージで、今日の日本の平和がどれほど尊いものであるかを改めてお心に留められました。

  reflect:〔+前置詞+(代)名詞〕〔…を〕よく考える,思案する,熟考する 〔on,upon〕(この場合自動詞用法)

   ➡︎他動詞用法あり

  anew:改めて、新たに(副詞)

  preciousness:貴重さ、尊さ

  

 After recalling the tragedies of World War II last year, which marked the 80th anniversary of the war's end, the Emperor said, "I took to heart the importance of continuing to pass down the country's history."

昨年、第二次世界大戦終結から80年の節目を迎え、その悲劇を振り返り、天皇陛下は「国の歴史を語り継ぐことの重要性を心に刻みました」と述べられました。

   recall:(…を)(意識的に)思い出す(この場合他動詞用法)➡︎名詞(回想、想起)あり

  tragedies:名詞「tragedy」の複数形、悲劇、惨劇、惨事

      take to heart:心に留める、真剣に受け止める、気にする、くよくよする

  pass down〜:〜を語り継ぐ、〜を(次の世代に)伝える

 

In the written message released through the Imperial Household Agency, he said it is "deeply painful" to see so many lives lost in wars and conflicts around the world.

天皇陛下が宮内庁を通じて公開されたお言葉には、世界各地で起きている戦争や紛争で多くの命が失われていることに対し、深い悲しみがにじみ出ていました。陛下は、その状況を「深く心を痛める」と表現され、平和への強い願いを示されています。

  the Imperial Household Agency:宮内庁

  conflict:(武力による、比較的長期にわたる)戦い、争い、闘争、戦闘、(主義・主張上の)争い、争議(不可算又は加算)

 

 "I believe it is important for people to seek mutual understanding through repeated dialogue and continue cooperation to build a peaceful world," the Emperor said.

天皇陛下は、「私は、人々にとって繰り返し対話をする事によってお互いに理解を深め、平和な世界を築くために協力し続ける事が重要と考えます」と述べられた。

  mutual :相互の、共通の(形容詞)  

  dialogue:対話、会話(不可算又は加算)

(物語)

それから老公爵は目を開いて、何か言いました。

その意味が、しばらくは誰も理解出来ませんでした。

そしてついに、チホンだけがその意味を悟って、それをマリヤに伝えました。

「あの白い服(=喪服を意味する❓)を着なさい。わしはあれが好きだから。。」こう老公爵は言ったのでした。

 

この意味がわかると、公爵令嬢マリヤは一層激しくわっと泣き出しました。

医師は彼女の手を取って、部屋からテラスへ連れ出し、気を鎮めて出発の準備をするように説きました。

マリヤが出て行くと、老公爵は、息子の事や、戦争の事や、皇帝の事を喋り出しましたが、2度目の、そして最後の発作が彼を襲いました。

 

マリヤはテラスに足を止めました。

空は晴れ渡って陽光が眩しく、暑い日でした。

彼女は、父に対する激しい愛の他は、何も理解する事も、考える事も、感じる事も出来ませんでした。

「それなのに。。私はお父様の死を望んでいたなんて❗️そうだわ、早くお終いになる様に私は望んでいたんだわ。。心の安らぎを得ようとして。。でも、私はどうなるのかしら❓お父様が居なくなったら、私の安らぎなんて何の為に❗️」

マリヤは小走りに庭の中を歩き回り、間欠的に慟哭を吹き上げてくる胸を両手で押さえつけながら、声に出して呟きました。

 

マリヤがまた家の方へ戻って来ると、こちらにやって来るマドモアゼル・ブリエンヌ(彼女はボグチャーロヴォに留まって、ここを去ろうとしないのでした)と見知らぬ男の姿を見ました。

それは郡の貴族会長で、マリヤに早急の避難の必要を説く為に、自ら出向いて来たのでした。

マリヤは彼の話を聞きましたが、意味がよく飲み込めないで、家の中へ案内し、お茶を勧めて、自分もその相手を務めました。

 

それから貴族会長に失礼を詫びて、彼女は老公爵の病室のドアの側へ行ってみました。

医師がただならぬ顔をして出て来ると、入っては行けないと言いました。

「行けません、お嬢様。あちらへいらして下さい❗️」

マリヤはまた庭へ出て、池のほとりの誰にもみられない場所へ降りて行って、草の上に腰を下ろしました。

どの位の時間そうしていたか、彼女は覚えがありませんでした。

小径を走って来る誰か女の足音に、彼女はハッと我に帰りました。

 

それは、彼女を捜しに走って来たらしい小間使いのドゥニャーシャでした。

「どうぞ。。お嬢様。。旦那様が。。」と、ドゥニャーシャは切れ切れに言いました。

「えっ、そう、すぐ行くわ。」と、マリヤは急いで言うと、ドゥニャーシャが言いかけた事をお終いまで言わせずに、ドゥニャーシャの顔を見ないようにして、家の方へ駆け出しました。

「お嬢様。。神の御意が成就されようとしております。お心をしっかり持たねばなりませんよ。」と、彼女を扉口で抑えながら、貴族会長が言いました。

 

「私を止めないで、そんなの嘘です❗️」と、彼女はとげとげしく貴族会長に叫びました。

医師が彼女を引き留めようとしました。

彼女は医師を突きのけて、扉の前に駆け寄りました。

『でも、あの人達は怯えた顔をして、どうして私を引き留めるのかしら❓私は誰にも用が無いわ❗️でも、あの人達はここで何をしているのかしら❓』

彼女はドアを開けました。

室内には女達や乳母達が集まっていました、彼女達は寝台の側から退いて、彼女に道を開けました。

老公爵は、さっきのままの姿勢で寝台の上に横たわっていました。

その穏やかな顔に現れている厳粛なものが、マリヤの足を部屋の扉口にすくませました。

 

『いいえ、お父様は死にはしない、そんなはずは無い❗️』と自分に言い聞かせて、マリヤは父の側に寄り、胸を凝らせた恐怖を押さえつけながら、父の頬に唇を押し当てました。

その途端に、彼女が自分の内に感じていた父に対する優しい情の全てが一瞬にして消え失せ、目の前にあるものに対する恐怖感がその後を襲いました。

『違う、お父様はもう居ないのだ❗️この同じ場所に居るのは、何か知らない気味悪いもの、何か恐ろしい、近づくのを拒むような秘密なのだ❗️』

そして両手で頬を覆うと、マリヤは後ろから支えていた医師の腕の中に倒れました。

 

チホンと医師の立ち会いで、女達はかつて公爵であった者を湯で洗い清め、口が開いたまま硬化しないようにハンカチで頭を縦にしっかり縛り、別なハンカチで開いた足を結び合せました。

それから勲章の付いた軍服を着せて、小さく干からびた死体をテーブルの上に安置しました。

深夜近くには、柩の周りには蝋燭が灯り、柩の上には覆いが掛けられ、干からびた小さな頭の下には聖書があてられ、片隅に補祭が端座して詩篇を唱えていました。

客間の柩の周りには、貴族会長、村長、女どもなどが集まって、次々と十字を切り、深く頭を垂れて、老公爵の冷たい手に接吻しました。

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解説)

特に何もありません。

あれほど威厳のあったボルコンスキー老公爵の、寂しい最後の描写ですね。

生前は、権力主義の象徴みたいな人でしたが、亡くなってみるとなんか呆気ないと言うか、虚しい感じがしますね。

戦時中の死であり、葬儀も近所の者で簡単に済まされたようです。

埋葬もおそらく正式な墓地には入れることが出来なかったようですね、次のチャプターを読む限りですが。

 

トルストイ先生は、彼の持っていた権力も富も名声も、死んでしまってからは忘れ去られる虚しいものなのだ。。とでも言っているような気もします。

ナポレオンもこの人も、大なり小なり、権力を背景に人の気持ちや命や人生を何とも思わずに蹂躙するのが許された時代です。

でも、時の権力なんて『そんなもの』なのだ、だったらもっと人間らしく生きる世の中にしようじゃ無いか、とでも言っているようです。

深読みし過ぎかもしれませんけれどね。