戦争と平和 第3巻・第2部(8−4)ホルコンスキー老公爵、逝去する。 | 気ままな日常を綴っています。

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いつか静かに消える時まで。。
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(物語)

それから老公爵は目を開いて、何か言いました。

その意味が、しばらくは誰も理解出来ませんでした。

そしてついに、チホンだけがその意味を悟って、それをマリヤに伝えました。

「あの白い服(=喪服を意味する❓)を着なさい。わしはあれが好きだから。。」こう老公爵は言ったのでした。

 

この意味がわかると、公爵令嬢マリヤは一層激しくわっと泣き出しました。

医師は彼女の手を取って、部屋からテラスへ連れ出し、気を鎮めて出発の準備をするように説きました。

マリヤが出て行くと、老公爵は、息子の事や、戦争の事や、皇帝の事を喋り出しましたが、2度目の、そして最後の発作が彼を襲いました。

 

マリヤはテラスに足を止めました。

空は晴れ渡って陽光が眩しく、暑い日でした。

彼女は、父に対する激しい愛の他は、何も理解する事も、考える事も、感じる事も出来ませんでした。

「それなのに。。私はお父様の死を望んでいたなんて❗️そうだわ、早くお終いになる様に私は望んでいたんだわ。。心の安らぎを得ようとして。。でも、私はどうなるのかしら❓お父様が居なくなったら、私の安らぎなんて何の為に❗️」

マリヤは小走りに庭の中を歩き回り、間欠的に慟哭を吹き上げてくる胸を両手で押さえつけながら、声に出して呟きました。

 

マリヤがまた家の方へ戻って来ると、こちらにやって来るマドモアゼル・ブリエンヌ(彼女はボグチャーロヴォに留まって、ここを去ろうとしないのでした)と見知らぬ男の姿を見ました。

それは郡の貴族会長で、マリヤに早急の避難の必要を説く為に、自ら出向いて来たのでした。

マリヤは彼の話を聞きましたが、意味がよく飲み込めないで、家の中へ案内し、お茶を勧めて、自分もその相手を務めました。

 

それから貴族会長に失礼を詫びて、彼女は老公爵の病室のドアの側へ行ってみました。

医師がただならぬ顔をして出て来ると、入っては行けないと言いました。

「行けません、お嬢様。あちらへいらして下さい❗️」

マリヤはまた庭へ出て、池のほとりの誰にもみられない場所へ降りて行って、草の上に腰を下ろしました。

どの位の時間そうしていたか、彼女は覚えがありませんでした。

小径を走って来る誰か女の足音に、彼女はハッと我に帰りました。

 

それは、彼女を捜しに走って来たらしい小間使いのドゥニャーシャでした。

「どうぞ。。お嬢様。。旦那様が。。」と、ドゥニャーシャは切れ切れに言いました。

「えっ、そう、すぐ行くわ。」と、マリヤは急いで言うと、ドゥニャーシャが言いかけた事をお終いまで言わせずに、ドゥニャーシャの顔を見ないようにして、家の方へ駆け出しました。

「お嬢様。。神の御意が成就されようとしております。お心をしっかり持たねばなりませんよ。」と、彼女を扉口で抑えながら、貴族会長が言いました。

 

「私を止めないで、そんなの嘘です❗️」と、彼女はとげとげしく貴族会長に叫びました。

医師が彼女を引き留めようとしました。

彼女は医師を突きのけて、扉の前に駆け寄りました。

『でも、あの人達は怯えた顔をして、どうして私を引き留めるのかしら❓私は誰にも用が無いわ❗️でも、あの人達はここで何をしているのかしら❓』

彼女はドアを開けました。

室内には女達や乳母達が集まっていました、彼女達は寝台の側から退いて、彼女に道を開けました。

老公爵は、さっきのままの姿勢で寝台の上に横たわっていました。

その穏やかな顔に現れている厳粛なものが、マリヤの足を部屋の扉口にすくませました。

 

『いいえ、お父様は死にはしない、そんなはずは無い❗️』と自分に言い聞かせて、マリヤは父の側に寄り、胸を凝らせた恐怖を押さえつけながら、父の頬に唇を押し当てました。

その途端に、彼女が自分の内に感じていた父に対する優しい情の全てが一瞬にして消え失せ、目の前にあるものに対する恐怖感がその後を襲いました。

『違う、お父様はもう居ないのだ❗️この同じ場所に居るのは、何か知らない気味悪いもの、何か恐ろしい、近づくのを拒むような秘密なのだ❗️』

そして両手で頬を覆うと、マリヤは後ろから支えていた医師の腕の中に倒れました。

 

チホンと医師の立ち会いで、女達はかつて公爵であった者を湯で洗い清め、口が開いたまま硬化しないようにハンカチで頭を縦にしっかり縛り、別なハンカチで開いた足を結び合せました。

それから勲章の付いた軍服を着せて、小さく干からびた死体をテーブルの上に安置しました。

深夜近くには、柩の周りには蝋燭が灯り、柩の上には覆いが掛けられ、干からびた小さな頭の下には聖書があてられ、片隅に補祭が端座して詩篇を唱えていました。

客間の柩の周りには、貴族会長、村長、女どもなどが集まって、次々と十字を切り、深く頭を垂れて、老公爵の冷たい手に接吻しました。

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解説)

特に何もありません。

あれほど威厳のあったボルコンスキー老公爵の、寂しい最後の描写ですね。

生前は、権力主義の象徴みたいな人でしたが、亡くなってみるとなんか呆気ないと言うか、虚しい感じがしますね。

戦時中の死であり、葬儀も近所の者で簡単に済まされたようです。

埋葬もおそらく正式な墓地には入れることが出来なかったようですね、次のチャプターを読む限りですが。

 

トルストイ先生は、彼の持っていた権力も富も名声も、死んでしまってからは忘れ去られる虚しいものなのだ。。とでも言っているような気もします。

ナポレオンもこの人も、大なり小なり、権力を背景に人の気持ちや命や人生を何とも思わずに蹂躙するのが許された時代です。

でも、時の権力なんて『そんなもの』なのだ、だったらもっと人間らしく生きる世の中にしようじゃ無いか、とでも言っているようです。

深読みし過ぎかもしれませんけれどね。