戦争と平和 第3巻・第2部(9−1)ボグチャーロヴォの民達、フランス軍にたぶらかされる。 | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

ボグチャーロヴォは、アンドレイ公爵が移って来るまではずっと地主不在の領地で、その為ボグチャーロヴォの百姓達は禿山の百姓達とはまるで気風が異なっていました。

彼らは曠野の民と呼ばれていました。

彼らが刈り入れぼ手伝いや、池や溝を掘りに禿山へ来た時など、老公爵はその仕事に対する粘り強さを褒めてはいましたが、その野性ゆえに彼らを嫌っていました。

 

先頃、アンドレイ公爵がボグチャーロヴォに滞在して、病院や学校などの新しい施設を作ったり、年貢を軽減したりしましたが、それは彼らの気風を和らげなかったばかりか、却って老公爵が野性と称した彼らの気質の粗暴さを強めただけでした。

彼らの間には常に何か暗い噂が流れていました。

全員がコサックに所蔵替えされるとか、新しい宗教に改宗させられるとか。。皇帝の事とか。。

そして、戦争とボナパルトとその侵入の噂が、彼らにとっては、反キリストと世の終わりと完全な自由のこうした漠然とした観念と溶け合っていたのでした。(※つまり、封建貴族制度を倒したフランスの英雄がロシアに侵入した事で、彼らに自由がもたらされるのでは無いかと言う期待、それがキリストの精神に基づいたこの世の終わりを意味するとしても。と解釈した。)

 

ボグチャーロヴォの周辺辺りには、住んでいる地主は極めて少なく、従って屋敷勤めの召使いも、読み書きの出来る者はごく稀で、この地方の農民達の生活には、現代の人々には理解し難い点が多く有りました、即ち、ロシアの民衆の生活の神秘的な流れが他の地方よりも強く顕著でした。

このような現象の一つが、この地方の農民達の間に20年程前に起こった、どこやらの温暖な河の流域へ移住しようと言う動きでした。

ボグチャーロヴォの村民も含めて何百人と言う農民達が、突然その家畜達を叩き売って、家族を連れて東南の方へ移動し始めたのでした。

渡り鳥の群れが海の向こうのどこかへ飛んで行くように、これらの農民達は女房や子供達を連れて、誰も行った事の無い東南の方角のその土地を目指して流れて行ったのでした。

 

多くの者が罰を受けてシベリアへ流され、多くの者が飢えと寒さで途中で倒れ、多くの者が諦めて引き返して来ました。

こうして、この移動騒ぎは、その起こりもはっきりした理由が無く自然発生的に持ち上がり、いつとは無くひとりでに終息したのでした。

しかし、この民衆の中の底の流れは、収まった訳では無く、同じように不可解に、突然に、単純に、そして強力に噴出しうるものでした。

そして今、この1812年に、民衆の民衆の生活を身近に見ていた人間には、この底の流れが大きく膨れ上がって、堰を切る日が間近い事が感知されていたはずでした。

 

老公爵の死の少し前に、ボグチャーロヴォに着いたアルバートゥイチは、民衆の間に動揺が生じている事に気が付きました。

曠野地帯のボグチャーロヴォの農民達は、フランス兵達と接触を持ち、ビラのような物を貰って、それを回したりしていました。

アルバートゥイチ は、腹心の召使い達の口から、村の寄り合いに大きな発言力を持っているカルプという百姓が、数日前に役所の荷馬車隊に着いて出かけて行って、住民が立ち退いた村をコサックどもは荒らすが、フランス軍は手を付けない、という知らせを持ち帰った事を知りました。

また、別の百姓が、しかもフランス軍占領下のヴィスロウーホヴォ村から、フランス将軍の布告を持ち帰りましたが、それには村民に対して、村に留まるなら、村民には何の害も与えないし、徴発した物に対して全て支払われると記されていた事も、彼は知りました。

その証拠として100ルーブリ紙幣を貰って来たと言うのでした(彼は、それがニセ札である事を知らなかったのでした)。

 

最後に、何より重大な事を、アルバートゥイチ は知らされました。

彼が、公爵令嬢の荷物をボグチャーロヴォから輸送する事を村長に命じたその日の朝、村で寄り合いが開かれて、荷物の運搬を拒否して待機する事が決議されたというのでした。

しかし、一刻の猶予も有りませんでした。

貴族会長は、老公爵が亡くなった8月15日に、危険が迫ったから今日のうちに出発するように、マリヤに主張しました。

16日以降は何の責任も負えない、と彼は言いました。

翌日(16日)の葬式には、彼自身が、フランス軍が突如移動を開始したという知らせを受けたので、出る事が出来ませんでした。

彼は、自分の領地から家族と貴重品を避難させるのが精一杯だったのでした。

 

この30年の間、ボグチャーロヴォを管理していたのは、老公爵がドローンスカと呼んでいたドローンという村長でした。

ドローンは、肉体的にも精神的にも頑強な百姓で、60の老人になっても30の男盛りと同じように元気で逞しい、と言った類の男でした。

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(解説)

アンドレイ公爵が、父のボルコンスキー老公爵から譲り受けた領地のボグチャーロヴォは、結構『クセもの』だった様ですね。

そこに住んでいる百姓達は、仕事に粘り強さを持っていたのですが、それは当然彼らの気質に強いものを内在している事を示しています。

だから、老公爵でさえ、『ちょっと扱いにくい農民達』だったのですね。

しかも、彼らは20年程前に、この土地を捨てて温暖な東南の地方を目指して大移動したという、いわば、領主に対する裏切り行為の歴史も有しています。

その時受けた報復を、彼らは決して忘れてはいないのですね。

 

それに、アンドレイの代になって学校や病院さらには年貢の軽減が行われても、それを感謝するどころか、『何か裏があるのではないか❓それともお育ちの良いおぼっちゃまのご機嫌取りかい❓』みたいな、『お前みたいな若造に丸々支配されてたまるかい❗️』という強い感情があるのですね。

 

そんな折にフランス軍のロシア領土内への侵攻があり、彼らは、『新しい社会』を有するフランスという国に、多少の期待をしているのですね。

当時の、ロシアの農奴の非常に厳しい生活が、彼らを『ロシアの反貴族体制』に傾けて行ったとしても何ら不思議では有りません。

そこを利用したのが、フランス軍ですね。

学が無いボグチャーロヴォの農民達を、上手いこと言いくるめて、農業を継続させ、食料補給源を確保する為に、フランス軍はニセ札まで掴ませて、農民達にこの地に留まって仕事を続ける様に『ビラ』を撒かせます。

 

もう、フランス軍はボグチャーロヴォに入って来ている、との情報を得たアルバートゥイチ は、マリヤの荷物とモスクワへの移動の荷馬車を手配しますが、村のみんなは会合でそれを拒否します。

すでに農民達は徒党を組んでいるのですね。

その農民達を代表する村長は、ドローンという60歳を過ぎてはいたものの、まだまだ筋骨たくましい男だったのです。

 

(追記)

まあ、ここでもちょっと、ボルコンスキー家の男達に腹が立ちますね。

老公爵は、老体にも関わらず、禿山で私設軍隊を組んで抵抗しようとしたのも本当に迷惑ですし、一体禿山の人たちはどうなってしまったのか。。と心配される所です。

あの時、一刻も早く避難していれば、ボグチャーロヴォでの事態も避けられたはずです。

 

しかも、アンドレイ公爵も、中途半端に自分の領地を放って、やっぱり戦争に行っているのですからね。

理由は、屑のアナトーリ とナターシャ(ごときに)裏切られた、自分のプライドが傷ついた。。こんな自分を晒し者にされたくないってね。

それに。。アンドレイ公爵って、結構飽きっぽいのかな。。と疑いたくなりますね。

彼の人生、公的にも私的にも全部中途半端なんですよね。

こんな気性の荒い土地柄であれば、アンドレイ公爵は絶対にこの土地に目を光らせておかねばならなかったのですよね。

この人は肝心な所で『いつも不在』なんですよ。

 

マリヤは、この危険な状態に彼らから敢えて置かれてしまったと言っても過言では有りません。

せめてアルバートゥイチが誠実な家来であった事が救われるのですけれどね。