本書は、2021年本屋大賞翻訳部門1位。納得の1位です。

 

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1969年チェイス・アンドルーズの死体が発見されます。

 

時は遡り、1952年にカイアの母が兄達が湿地を出ていき、カイアはひとり残されてしまいます。この湿地の住人は、何らかの事情を抱えています。父と母に、どんな事情があったのか、とにかく子供だったカイアを残して、母は出て行ってしまったのです。

 

母が戻ってくると信じて待っているカイアは、やがて就学年齢になり迎えの教師が来て登校したのは一日だけ、その後は湿地の森に逃げ込み学校教育を受けることなく過ごします。時々しか帰らない父が、酔って暴力をふるうことを知っているカイアは、父を怒らせないように湿地の中を逃げたり隠れたりしながら日々を過ごします。ある日父のボートを見つけたカイアは、湿地の森から湖へと生活圏を広げ、思いがけず訪れた父との穏やかな生活も、母からの手紙で一転します。文盲のカイアには、手紙の内容を知る由もなく、やがて父も出て行きカイアは本当の一人になります。

 

カイアは子供です。お金がありません。村に出て買い物することもできなくなり、食べる物が底をつきます。それでも、カイアが生きる為に食べる為に手を差し伸べてくれる人がいたことに、救われます。村の人には「湿地の少女」あるいは「貧乏白人(ホワイトトラッシュ)」という蔑称で呼ばれていたカイア。カイアの孤独な心を慰めるのは、湿地の生物や湖の魚や鳥類たち、そしてなによりも湖上で出会ったテイトがカイアを慰め、孤独を癒してくれます。テイトがカイアに与えた文字によってカイアの新しい人生が花開くことになりますが、テイトがカイアに与えたのはそれだけではありません。

 

さて、チェイス・アンドルーズですが、カイアが登校した一日だけのクラスメートだったことが明かされます。チェイス・アンドルーズは、経営者の息子でたった一人の後継者として何不自由なく育った白人です。

 

チェイス・アンドルーズとカイアの縁を紡ぐことが、彼の死を解き明かすカギとして警部は躍起になりますが、それにはカイアの生い立ちが切り離せない情報となって物語は進んでいきます。チェイス・アンドルーズは何故死んだのか?湿地の自然に抱かれて、その植物と生物の生態系を手本に一人で生きるカイアの孤独で純粋な生に焦点が当てられたなら、村の人達の推理はあまりに陳腐で、そして湿地の貧乏人としてカイアを人間扱いをしなかった心のやましさが、真実をおおい隠してしまったのかもしれません。ネタバレはしたくありませんので、ここまでに。この著者の筆力に、そして湿地の風景の中に導いてくれる訳者の実力に感嘆します。

 

でも、もうちょっとだけ・・・

特筆すべきことの一つに、この時代は有色人種と白人の居住区がわけられていたこと、そして有色人種を差別する白人がまた貧乏人を差別しています。カイアの論理でいけば、この差別も生物が持つ無慈悲な遺伝子ということになるのでしょうか。そうザリガニのいるような深い奥地で生き残る動物たちに起こる出来事を、人間が生き残る為にしてきたことを、カイアは生物学的に理解します。そして人間の本能はその記憶を思い出すのだと・・・・。なかなか興味をかき立てられませんか?そして鳥たちの求愛と人間の求愛を比較して、相手を喜ばせない求愛は、哺乳類の発情なのだと理解するカイア。そして自分の発情の後に自分を苛む感情は人間だけのもの、湿地の生態系はそれを教えてはくれません。人間を自然の中の生物として扱ったらカイアができ上がったというアプローチが新鮮で面白かったです。

 

明日にもう一冊アップの予定です。