ガレノスの著作の謎
著作はどこへガレノスは著作をローマからベルガマとカンパーニアの別荘に送っていたのだそう。ペルガモンの公共図書館へ送っていたという。いま判るペルガモンの図書館は、アクロポリスの頂上にあるアレキサンドリアにアントニウスが本を送ってしまった図書館の跡。もう一つは、アスクレピオンにある図書館。こちらは図書はなかったという話。ただ、ローマ時代は平和だったので、街は下の平地に移っていたはずなので、アクロポリス頂上の図書館をローマ時代にまだ使っていたのだろうか。下の街にあったのではないか、、、と。もう一度ドイツの文献を読まなくては。図書館はどこに新しい説では2017年に亡くなったというけれど、亡くなった場所もわかってはいない。でもベルガマのルム(ローマ人の末裔)に残っていた言い伝えでは最後はベルガマに戻って来ていたという。ガレノスは自分の本を戻って来た時の為にベルガマの家に置いてローマに赴いている。ガレノスの家が13世紀まであったというから、そこに大量の本はあったのかもしれない。これらの本はどこに行ってしまったのだろう。5世紀にペルガモン出身のオリバシウスがガレノスの著作を編集している。その内容はどこの本に由来しているのだろう。ウルジャーミになったアヤソフィアか、綿倉庫になっていた教会か、それともソマ街道にあったという修道院だろうか。それとも言い伝えにあるガレノスの家だったところにあったのだろうか。ガレノスプロジェクトを広める為、小さな支援をお願いします。どうかどうか一押しください。にほんブログ村にほんブログ村ガレノス・プロジェクト日本とトルコ・ベルガマを学術的、医学的薬学的、文化的に結び付けるガレノスプロジェクト。どうかどうか応援してください。沢山の個人の皆さま 団体の皆さま 企業の皆さま 皆様のお力で、「小さな街の小さな博物館が世界を変える」プロジェクトガレノスプロジェクトをご支援くださいませ。特定非営利活動法人日本ガレノス協会