ビリから2番で大学を目指すとなると結構な負担があるわけで、評定平均(調査書や内申書の成績)も2.9という下(げ)のゲ。
予備校にも簡単に行ける現代と違い東進ゼミナールや四谷学院ではなく「代ゼミ」や「駿台予備校」の全盛。
そんなもの地方にはない。
そんなものいらぬ。
と一人で受験勉強に専念。
偏差値40でどこが受かるんだ。
で、2年かけて早稲田大学に入るわけです。
「ぶらぶらしてるお前に、半端な大学の学費なんて出せませんよ」と言われていたので、しかたないですね。
偏差値も20くらいは上げたのでしょうね。
通算20校受けて3個合格。
そして、高田馬場に住むわけです。
しかし、またそこから8年かけて早稲田大学を卒業するわけですよ。
晴れて出身大学は「早稲田大学」に。
特別なんの愛校心もないですが、中退と卒業じゃ意味が違う。
始めたものは終わりにせにゃいかんのですよ。
後から上京した妹が先に卒業。
おめでとー。となって、在学中にカイロプラクティックの学校へ行くことにするのです。
天秤にかけていたのは美容学校。
ああ、そっちを選んでいたら時代的には「カリスマ美容師」。






