哲学的・心理学的に思考・追求し、意味・理由・本質を探る -12ページ目


人生を哲学的・心理学的に思考・追求し、意味・理由・本質を探る

よく「人から信頼されたい」、「人に頼りにされたい」、とか言う言葉を聞くが、本気で言ってるのかと問いたくなる


人に信頼されること、頼りにされることは、とても大変なことだと思う


もちろん、自分にとって大事な人にはそうされたいが、自分の存在価値を確かめる、または、かっこつける、という意味で安易に言う人の気が知れない


人に信頼されること、頼りにされるということは、ずっと味方でいなければならない


もし、味方でいることを放棄すれば、それは裏切り行為となる


人を裏切ればそこに悲しみが生まれる


それがトラウマになり、人間不信に陥る可能性もある


よく人に裏切られたとか聞くが、まさにこれが原因だと思う


調子のいいことを言って人に近づき、たよっていいんだぞ的なことを言って、都合が悪くなれば逃げる


そんなことが、日々日常で行われている




なぜ、そんなことが起こるのか?


やはり、ドラマなどの影響が大きいと思う


かっこいいセリフなどにあこがれ、意味を考えずに使う


それを真に受けるほうも問題あるだろうが、信頼の言葉の悪用が悲劇を生む


そういう意味で、きれいごとは、あまり好きになれない


政治家とかそんな傾向にあると思う


きれいごと、出来もしないことを大げさに主張して、失敗して政権交代w


政権のたらい回しが始まる


もちろん、それぐらいのことを言わなければ勝てないのかもしれないけどね


仕事だから仕方ないのかもしれない




でも、プライベートでそんなことが行われるのは悲劇だと思う


何が目的で人を信頼させ、裏切るのか


やはり、自分の存在価値を確かめたいからだと思う


人に必要とされてる充実感が欲しいのかもしれない


人望が厚い人間になりたいからなのかもしれない


それは、もはや人の役に立ちたいからじゃなく、自分のエゴにすぎないと思う


自分のエゴのために、人を傷つけることだね


八方美人という言葉がある


四方八方からみても美しいと解釈しよう


でも、中身はカラッポだ


やはり無理がある


聖徳太子じゃあるまいしwww




浅い関係と深い関係を適切に使い分けるのが普通だろうね


だが、中には浅い関係で渡り歩く人もいる


そんな人が信頼の言葉を悪用するのかもね


中身がカラッポな人間は、他者からの評価でしか自分を賞賛できない


他者の目に依存して生きていると表現できる


人からどう見られているかが全て


よく見られたいがために、温かい言葉を投げかけて、そして、都合が悪くなると逃げる


自分の評価を上げるために、調子のいいことをいって信頼を得ようとする


結局、自分が良ければ、人のことはどうでもいいんだろうね




何が重要か?


それは、最後まで味方でい続ける覚悟だろうね


覚悟があるなら、逆に、すばらしいことだと思う


覚悟がないなら、悲劇を生む可能性が高くなるだろう



読んでいただいてありがとうございます^^

人生を哲学的・心理学的に思考・追求し、意味・理由・本質を探る

生きる意味について

やはり人間として、高度な知能を持って生まれてきた以上、目標や夢など達成したい願望が生まれるのだろう


しかし、情報が発達していなかった時代、または、身分制度があった時代は、生きる意味など考える必要がなかったと思う


情報がなければ、その他の職業について知ることができない


また身分制度があれば、そのままの定められた生き方しか選択肢がない


しかし今は情報だらけで、選択肢が数え切れないほどある


そして、迷うという苦痛を強いられるようになる


また、いろいろな人間がいることを知り、自分と比較して劣等感を抱くという苦痛も強いられるようになる


しかし、希望があるから迷うのも事実だと思う


希望があるから他の人間と比べて、自分も頑張ろうと思うものまた事実だと思う


とても刺激的な時代になったんだろうね


その刺激が良くも悪くも作用している




生きる意味=生きがい


だと思う


衣食住が保障されてる世の中で何が重要になってくるか?


それは、生きがいだと思う


やっぱ平凡じゃつまらないと思う


同じことの繰り返しが平凡を生む


人間は飽きる生き物なので苦痛になるかもしれない


じゃあ、平凡の中に非凡を見出せばいいと思う


そうなると趣味が重要になってくるだろうね


趣味は自由気ままに楽しめるから価値がある


趣味を仕事にする例もあるが、やらなければいけないことになると、楽しめなくなるかも


趣味を仕事にする場合、明確な目的、使命感などが必要になってくると思う


楽しいから仕事にしたいってだけだと、楽しくなくなったらやる意味なくなるんで


老人になってからは、趣味がないときついと思う


やることがなくなるだろうから




仕事で生きる意味を見つけるというのもあるが、やはり、そんなに簡単なものではない


仮に、就きたい職業につけたとしても、実際やってみて、やりたいことじゃなかったということもある


そうなると失望というかガッカリする


仕事はやってみてから、やりがいが生まれて、それが生きがいにつながり、生きる意味につながると思う


職業も選択するほどない世の中じゃあ、やってみてやりがいを見つけるしかないと思う


俺みたいなニートが語る内容ではないけどねwww


生きがいをいかにみつけるか


まさに今の自分の課題だな~~



読んでいただいてありがとうございます^^


生きる意味について


人生を哲学的・心理学的に思考・追求し、意味・理由・本質を探る

人間いろんな人がいる


もちろん、いろんな個々の性質がある


そのなかには、好ましい個性、好ましくない個性がある


例えば、癖だったりとかw


人にはいろんな癖がある


そのなかには、好ましい癖、好ましくない癖もある


癖もまた個性の一つだと思う


男としての癖、女性としての癖は男女の特性が影響してくる


個性はそれぞれ顔が違うように、人それぞれ個々のものだ


それを否定するのは、生きているのを否定するようなもの


自分独自のものだからね




否定する人っていうのは、自分以外の生き方、考え方を認めたくないだろう


自分と考えが違う人は間違っていると思うことで、自分の正当性をむりやりでも主張したいんだろうね


もしくは、自分の問題や欠点から目を背けるため、又は、ごまかすために、人を否定する人もいる


本来、否定されなくてもいいところも否定の対象になるわけだwその人の気分でw


否定する前にさりげなく指摘する、または、気づかせてあげるという方法がある


ある程度のやさしさを持った人ならそうするだろうねw


でも、自分に余裕のない人や、頑固な人はそれに気づかないことがある


それもまた個性といえるのかもしれないけどねw


それはその人の個性として認めてあげるほかないw


どちらかが認めようとしないと、争いになるw


民族間の戦争がいい例だね


でも、お互い譲れない部分があったりとかで、とても難しい問題




そこで必要なのがやさしさだと思う


または、相手の立場でものを考える努力


やはり相手を理解するにはかなりの想像力がいると思う


大変な作業だ


でも、それを一生懸命理解しようとするのが本当のやさしさだと思う


まだまだ自分も未熟者で人を傷つけているのに気付かないことも多々ある


そのときは教えてほしいです


悪気はない


アホなだけなんですw


または目をつむってほしい


どうにもならないことはw


人間同士関わって生きるのはとても大変なことですね^^;



読んでいただいてありがとうございました^^