ほとんどの人が劣等感をもっていると思う
劣等感の対義語は優越感かな
なぜ劣等感を感じるんだろう?
自分もかなりの劣等感に苦しめられた
なんで、こんな感情に苦しめられなければならないのだろう?
やはり、世の中競争でなりたっているからなのだと思う
人と比べられて生きてきたからなのかもしれない
物心つくころに、幼稚園に入れられて、優劣をつけれられ始める
順位というものが明確につけられ、人と比べるのを避けられなくなる
どんどん、年を重ねるごとに、興味の分野も広がっていき、さらに比べる対象が多くなる
自分の得意分野で秀でれば、優越感を感じるだろう
優越感を得るために、自分より下と思える人間をつくり、侮辱するだろう
エンドレスだね
上には上がいるし、下には下がいる
完全に劣等感をなくすためには、世界一の人間にならなければならないだろう
逆に、世界最低の人間にならなければ、優越感をもつことも可能なのだろう
オリンピック銀メダルの人は、金メダルの人に対して劣等感をもってるだろう
逆に、死刑囚と比べて、自分はまだマシだと思っている人もいるかもしれない
極端な表現だが、いくら比べてもきりが無い
なぜ、こんな感情が生まれるようになったんだろう?
こんな感情いらないのではないだろうか?
大昔、まだ人間が移住民族で狩りで生計を立ててた頃は、こんな感情はほとんどなかったと思う
少数部族だったらしく、比べる対象が極めて少なかっただろう
人口も今よりかなり少なかっただろうし、モンゴルの遊牧民をイメージできるかな
当時、劣等感を感じるとしたら、例を挙げれば「同じ部族がとってきた獲物より、自分の獲物が小さかった」ぐらいだと思う
当時は、むしろ、ちょうどいい刺激になっていたのかもしれない
多少、人と比べるくらいがお互いを刺激しあい、成長するには必要な感情だったのかもしれない
しかし、今は、人が多すぎて比べる対象が果てしない
メディアから流される情報にも人間がいる
数万年前から人間の本質は変わってないだろうから、この高度な文明に対応できなくなったんだろうね
人間は、大人数と関わって生きれる仕様ではないのかもしれない
じゃあ、どうすれば劣等感を制することができるのだろう?
個人的には、人と比べるのではなく、過去の自分と比べるのが好ましいと思う
人それぞれ、生まれ育つ環境や、持っている能力が違うため単純な比較はできないと思う
もちろん、比較してもきりが無い
では、過去の自分はどうか?
過去の自分なら、どのくらい前進したか、または、後退したか、自分の成長を楽しむ意味でも、比べるのに適してると思う
自分の生まれ育った環境や、持ってる能力という条件の中で、いかに最善を尽くせるか、いかに成長できるかが問題なのだと思う
相対評価ではなく絶対評価ってやつだ
読んでいただきありがとうございます^^


