もうじき
小学校を卒業する息子です。
ある知人に
「卒業式泣いちゃうでしょ。
感動するね〜」
と言われました。
世間体的に
「そうですね」
と答えたのですが.....
多分、泣かない....と思う。
なぜなら、
ナニも苦労してこなかったから。
多少の悩みはあったに違いないが
「なんだかんだあったけど、
母として自分はよくやった!!」
という頑張った感、
お疲れさま感がゼロなので
世間体ド無視で言っちゃうと、
ナニも感じていない(おい)
.......
『悩みとは
感動するためにあるもの』
のちの『感動』のために
いま現在の『悩み』がある。
のちの『歓喜』のために
いま現在の『苦悩』がある。
▼▼▼
深い悩み、痛み、苦しみの向こう側には
大きな感動が待っている。
そして、必ず
「あの時があってよかった。」
と思う日がくる。
何故かわからないが、必ずくる。
その時が来れば
無駄なことなどひとつもなかったことを知る。
全て役に立つ日がやってくる。
▼▼▼
地球に生まれたのは、
カラダを持って
なにかを感じたいからで(体験)
感動したくて生まれた。
だから
悩みと喜びはセット
なのかもしれません。
この『地球ゲーム人間世界』は
2元世界なので
幸不幸はセットだし、
損得もセットで表裏一体です。
不幸があるから幸せがあり
損があるから得もある。
「苦痛」は「快楽」の元であり、
「快楽」も「苦痛」の元である。
つまり、
『体験』したくてやってきたのだから
「くるしーつらーい」と感じ切ってやり
その果てにやってくる
「ハァ〜♡幸せ〜」を感じてやる。
一瞬一瞬、やってくる流れに
ただ乗る。
▼▼▼
『人生の幸、不幸は最後まで予測できないよ』
ってこと。
人生というのは、
なにが善いことでなにが悪いことなのか
最後までわからない。
だから、
幸福、不幸を予測することはできない。
よって、
起きたデキゴトに
イチイチ喜んだり悲しんだりする意味ないよ
ってこと。
起きたデキゴト、現象は、
善悪なしに
ニュートラルなのだから。
保育園の卒園式では
号泣したので、
どっぷりと『ドラマ』に入り込んで
(※舞台に上り込む)
【地球人間ゲーム】を
大いに楽しみ
十分に堪能しました。
これからも
舞台に上がっては一喜一憂し
気づいてはまた降り.....また上がる
....を繰り返して行くのかもしれません。
ただ、どうですか?
誰もがみな、
『ハッピーエンド』なドラマになるとしたら。
いま現在のドラマの途中
波乱万丈苦悩つづき....
ドキドキハラハラが止まらないとしても
結果、
ハッピーエンドになると知っていたら
ちょっとは安心して
その『ドラマ』を観ることができるのではないか。
美味しい飲み物でも飲みながら。
いま、カラダに力が入っているのなら
『ドラマ』に入り込んでいる証拠です。
3秒だけでも深呼吸して、
眉間の力を抜いてみる。
深呼吸、リラックス、笑い。
今日は以上です。
ありがとうございました。