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吉田松陰先生の松下村塾ここに復活! どう生きるべきか!を学ぶ場!(東京都)

吉田松陰先生とは、歴代No.1の教育者です。
松陰先生の大和魂に触れ、
いてもたってもいられずブログを始めました。

皆さんは、ディズニーランドに行ったことありますか?


なぜあんなに大人気なのか? 


大体のレジャー施設は、数回行けば人は飽きて行かなくなるのに、



飽きられずにいつまでも続いていますよね。


ディズニーランドを作った人間は、「凄いなー」とずっと思っていました。



ディズニーの生みの親、ウォルト・ディズニーの軌跡をたどってみました。



ついに見つけました。


なぜディズニーランドが愛され続けているか・・・


その原点はこの言葉にあると思う。



ウォルト・ディズニーはこう言っています。



ディズニーランドはいつまでも未完成である。


現状維持では、後退するばかりである。



この言葉を見つけたとき、「さすがだなー」と感動しました。


皆さんは、どう思われますか?


(コメント残して下さいな^^)





僕の教育家を目指す上で良いところは、


先人達の残された言葉をすぐ自分に置き換えて活かしたくなるところです。


このウォルト・ディズニー先生の言葉を借りて、自分にどう活かすかと言いますと、




岡本泰典(本名)はいつまでも未完成である。


現状維持では、後退するばかりである。



さぁ、皆さんも、自分の名を当てはめて、


日々の生活において、現状維持していないか、


自分を省(かえり)みて、常に自分の成長を目指して、


生きていきましょう!!!






話は変わりまして、このような勉強会を開いてみようと思っています。


今回のブログのテーマは「努力」ですが、


7月17日(金)に東京都港区で、

テーマは「自分を知る」です。


詳細は明日書きます。


ご都合のあう方は、ぜひ足を運んで下さい。



名づけて、「松下村塾 港区」


松下村塾を目指して頑張ります!!!















父 : いじめ、いやがらせのような理不尽なことをされたら、キミはどう対応するのだ?



子 : 無視します。



父 : それは逃げてるのじゃないか?



子 : 注意します。



父 : それでやめるといいが。



子 : 反抗する、闘う。 いや、反抗してもやり返されるかぁー。



父 : 他には?



子 : 謝る。



父 : 何で謝るんだよ。やられているのはキミだよ。



子 : 優しさで返す。



父 : お父さんなりの点数をつけてみよう。


    △ 無視。 注意する。優しさで返す。


    × 謝る。


    ○ 反抗する、闘う。


    時と場合、原因によるけどね。

    相手がどうして、そういうことをするのかを見極めなければいけないよ。



子 : しかし、立派な人間になると、このような理不尽な仕打ちに、

    徳をもって報いるのでしょうか?



父 : いや、違うと思うな。


   そういう非道に対しては、


   正しい判断でそれに相当する報いをすべきだ。


   徳を受けた場合には、大いなる徳をもって報いるべきだ。





===============



*参考


直を以って怨みに報い、徳を以って徳に報いん。(論語 憲問)

ちょくをもってうらみにむくい、とくをもってとくにむくいん。


【直】まっすぐな正しさ。






===============






父 : どんな人であれ、相手を思って人と接しなさい。



子 : わかりました。 ありがとうございました。





















弟子 : 僕は、昔の聖賢や偉人と違って、普通の人間です。


     とても同じ人間だとは思えません。




先生 : 





    古人今人 異なるなり。


    是れ 自暴自棄の極なり。






     「昔の立派な人間と今の世の人は違う、と思うこと。


     これは、


     自分を駄目な人間と思い、


     将来を考えない行動の極みである。」


     と、吉田松陰先生は言っておる。




弟子 : 僕にも、偉業を成し遂げれる可能性は


      あると言うことですか?



先生 : そうじゃ。


      また、孔子はこう言われておる。



    性、相近し。   (せい、あいちかし)


    習、相遠し。    (ならい、 あいとおし)   



       「性」というのは、字の通り、


      生まれながらに持つ心の働き、という意味じゃ。


      つまり、人間の性質。


      「相」というのは、互いに、共々に、という意味で、


      「習」というのは、羽がつておろう、


      これは、鳥が羽を動かし飛ぶ練習をする意味からきており、


      習う(ならう)、まなぶ、積み重ねる。という意味じゃ。



      つまり、人間の生まれつきの性質というものは、


      みな、似たりよったりで近いのじゃ。


      生まれた後の、学んだこと、努力してきたことによって、


      その差は遠くなってしまうのだ。 という意味じゃ。




弟子 : 僕の将来は、僕のする努力によって決まるわけですね。


      その二つの教え、今後の僕の励みになります。


      ありがとうございます。













弟子 : 「成功」してビックになる。


     とよく言う人がいますが、


    そもそも人間にとって、「成功」とは何でしょうか?




先生 : 「成」という字は、なる。成し遂げる。


      「功」という字は、てがら。こと。


      のことじゃ。


      つまり成功とは、事を成し遂げることじゃ。




弟子 : 事を成し遂げる!?


      僕のイメージでは、


      お金持ちになって裕福に暮らすようなこと、だと思っていましたが、


      これは先生の言う、「成功」とは意味合いが違うのでしょうか?




先生 : それも間違いではないが、本質ではない。


      大辞林を開いてみようか・・・。 こう記されておる。


      

*成功・・・①仕事・計画などがうまくいくこと。目的を達成すること。

       ②相当な地位や財産を得ること。   (大辞林より)



      キミが言ったのは、②であろう。




弟子 : はい。ビックな方たちは全員お金を持っていますから。




先生 : では、キミはお金があれば、いいのかね?


      今、キミの銀行の口座に一生暮らせるお金を振り込むとしよう。


      そのお金で裕福に暮らせば、


      キミはキミのいうビックな人間の仲間入りかね?

   



弟子 : ・・・・・・。




先生 : お金は重要じゃ。


      わしはこれを否定せん。


      自分の努力なしで得たお金と、


      汗水たらして、苦労して得たお金とでは、


      まったく価値が違うのじゃ。


      「お金」については、また教えてやらねばならぬな。



      今日は「成功」についてじゃったの。


      キミの言うとおり、


      裕福に暮らす。これは最終的な成功じゃ。


      そのために、


      人生においてキミは何を成すか?




弟子 : 何を成すか? ですか。




先生 : そうじゃ。


      キミの持っている夢や目標を成すことじゃ。


      達成することなのじゃ。


      それが、人間各々の成功じゃ。



弟子 : なるほど。お金を得ることを目標にするのではなく、


      自分の夢中になれることを目標にしろ、と言うのですね。




先生 : そうじゃ。


      努力して、努力して、誰にも負けない努力をすれば、


      わしは、人間は何でもできると思っておるのじゃ。


      お金はいずれついてくるじゃろうて。


      万が一、お金がついてこなくても、


      幸せは、必ずついてくる。


      それが、人間にとっての本当の成功というものじゃ。


      岡本太郎先生はわしにこう教えてくれた。


      人間にとって成功とはいったい何だろう。


    結局のところ、


    自分の夢に向かって自分がどれだけ挑んだか、


    努力したかどうか、


    ではないだろうか。


      

      これは、まことに正しい。



      













若者 : 日頃、気をつけないといけないことは何でしょうか?






先生 : 人間にはそれぞれ習性というものが身についておってな、


     これは日頃の習慣によって身についた性質のことで、


     つまり、キミの良い習慣、悪い習慣のことじゃ。


     一日の行動を振り返って考えてみるとよく分かる。


     学校や仕事のような強制的な時間は別として、


     キミが自由に使える時間に、何をしているか、よく思い出されてみよ。







若者 : 朝起きて、ご飯を食べて、テレビを見ながら着替えて、登校。


     学校が終わって、部活に行き、帰宅ですね。






先生 : まぁ、そんなもんじゃろうて、


     しかし、重要なのはここからじゃ、家に帰って、家にいる時間、


     何をしておる?







若者 : えーっと、順序はころころ変わるとして、


     ご飯、お風呂、宿題、テレビ、ゲームやアプリ、インターネット、LINE


     ですかね。 僕も結構、毎日忙しくて・・・。







先生 : それがキミの習性じゃ。


     しかし、これまた、ほとんど悪い習慣しかないではないか。







若者 : はい、暇することなく、充実した一日を過ごしております。


     ところで、先生! 


     「良い習慣」「悪い習慣」とはどのようなご判断でしょうか?






先生 : その判断は色々あってな、


     キミに分かりやすく言うと、


     その「習慣」は将来、キミの何になるか、ということじゃ。






若者 : 何になるか、と申しますと?






先生 : 例えば、「ゲーム」で考えてみると、


     ゲームをして、将来、実生活で役に立つことはあるのか?






若者 : 少しの知識しか身につかないかもしれません。






先生 : では、そのゲームの時間、読書や勉強をすると、どうなる?


     その読書や勉強とは、キミが目指している目標や夢についてするのじゃ。






若者 : なるほど。将来を考えると、「ゲーム」と「学ぶ」ではえらい違いですね。






先生 : そうじゃ。そこまでは誰でも分かるのじゃ。


     重要なことは、キミが頭では理解したが、さて、


     行動できるか、どうかじゃ。


     いいか、心して聞くのじゃ。 






若者 : はい。



     



先生 : 毎日、決まった生活をしていると、だんだん精神が麻痺してくる。


     刺激がなくなり、鈍くなってくる。 これを「人間の機械化」というのじゃ。


     キミという人間に、ゲーム、テレビ等をするプロミングされておるのじゃ。


     キミが、勉強をしようと思ってはいても、


     キミの体が、そう動いてくれないのじゃ。


     今日も、明日も、同じ毎日を繰り返すじゃろう。






若者 : 先生! それは困ります。


     僕は、僕は・・・。


     どうしたら、将来に繋がる、有意義な日々を過ごせるのですか?






先生 : 殻を脱げ!






若者 : 殻を脱げ???


     



先生 : 海老を知っておるか?






若者 : えっ、海老ですか。 はぁ、勿論です。







先生 : 海老と言うのはな、実によく殻を脱ぐやつで、生きておる限り、常に殻を脱ぐ。


     よく殻を脱いで、新鮮な体になる。


     幾つになっても固まらないで、自己の殻を脱ぐことを心がけるのじゃ。


     

     脱皮を繰り返し、海老のように成長し新しく生まれ変わるのじゃ。


     

     だから、


     

     日々、変わらぬ日常を過ごすのでなく、


     自分の成長を常に視野に入れておき、


     自分のその求めるものを学ぶのじゃ。


     その習慣こそが、「良い習慣」というのじゃ。  







若者 : 肝に銘じます。
















*最後まで読んで頂きありがとうございます。
僕のブログも殻を脱ぐつもりで、新しいことに挑戦していきたいと思います。

少しでも分かりやすく説明できるように、

絵でも挿入できないかと考え、下記の物を購入し、挑戦していきます。


ワコム Intuos Comic マンガ・イラスト制作用モデル Mサイズ 【新型番】2015年.../ワコム
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いつもありがとうございます。








弟子 : 先生、僕には優秀な人間にあるような才能が全くないのです。


      僕は何も取り柄のない人間なのでしょうか?




先生 : 大抵の人間は折角与えられておるところの素質や能力を十分に使わない。


     第一、自覚がない。無自覚である。


     自分がどういう人間であるか、


     自分はどんな素質や能力を持っておるかということを自覚しない。


     そして、折角与えられておる素質や能力を十分に生かさない。使わない。



     才能は誰にでもあるのです。




弟子 : では、どうすればその才能を見つけることができるのでしょうか?




先生 : 才能を教えてくれるのは誰だと思いますか?




弟子 : 毎日、顔を合わせる親でしょうか。


     気を使わず話のできる友人でありましょうか。




先生 : そうじゃ、その恩人達は、キミの良いところを褒め、時には悪いところを正してくれる。


     いつも周りにいる人間こそ、キミのことを心から大切に思い、


     キミがどんな才能を持っているか、教えてくれる。


     普段から、そういう有難い声に耳を傾けるのです。




弟子 : なるほど。確かに、日頃の会話にそんなヒントがあったとは。


     もう少し早く気づくべきでした。




先生 : いやいや、今からでも遅くない。気をつけるといいよ。


     もう一人、キミに才能を教えてくれるもっとも重要な人物がいる。




弟子 : なっ、なんと。 しかし、全く思い当たりません。




先生 : それは、キミ自身である。


     キミこそ、唯一、キミの心の声を聞ける。ただ一人の人間。



     
「自分を知る」


     自分の才能を発見するもっとも有効な手段だね。





弟子 : 是非、「自分を知る」方法を教えて下さい。




先生 : では、場所を変えましょうか。


     http://ameblo.jp/peace-y-okamoto/theme-10086984265.html





安岡正篤先生より学ぶ。

大抵の人間は折角与えられておるところの素質や能力を十分に使わない。

第一、自覚がない。無自覚である。

自分がどういう人間であるか、

自分はどんな素質や能力を持っておるかということを自覚しない。

そして、折角与えられておる素質や能力を十分に生かさない。使わない。









十代の者 : まだまだ若輩者、勉強あるのみです。


二十代の者 : 若い頃はよく勉強したものです。今は実践・経験あるのみです。


三十代の者 : 勉強も実践も経験してきた。自分の考えはある程度、定まった。


四十代の者 : なにを言うか! この歳になって今まで見えぬものが見えてきたわ!


五十代の者 : ついに人生を悟ってしまいました。私の歳でこう思うのですが、

先生は、どのように思われるのですか?




先生 :

 


六十にして 五十九の非を知り、


六十にして 六十化す。



人間は歳をとればとるほど、人生の結論に達したと錯覚するようになる。


人生を悟ったなどと思ってしまっては、自分を肯定しようとする意志が働き頑固になる。


こうなってしまえば、人間の成長は完結する。


思えば、私はいくつの歳でも、過ちをし、そのたびに正してきた。


六十になった今、大きな五十九の過ちを知っている。


この六十でも、また過ちを犯すであろう。


しからばまた、正しい人間に変化するとしよう・・・。






*参考


「行年六十にして 六十化す」

「五十九の非なり」

(荘子 雑篇 則陽)


「年五十にして四十九の非を知る」

(劉安 淮南子 原道訓)

          






おおむね、大衆とは時代の背景によって作られると思う。

 

「新人類」と言われた世代をご存知だろうか・・・。

 

1955年(昭和30年)以降に生まれ、

 

1980年代、若者になった時に呼ばれた世代である。

 

 

「新人類」の特徴は、

 

・残業は断るし、週休二日は断固守ろうとする。

・愛されたい気持ちが強く、責任ある行動を避けたがる。

・議論や対立を嫌がる。

・仕事とプライベートを明確に分ける。

・個性を重視する。

・政治的な行動は嫌う。

・ブランドや流行にはとても敏感。

(読売新聞 2015年4月25日朝刊32項 世論調査を参考。)

 

 

この特徴は僕には以外でした。

 

なぜなら、この特徴は現代の若者にもあてはまるからだ。

 

つまり、日本人は変わってなく、成長していない。

 

いつから日本人は、将来を憂えることを忘れてしまったのだろうか・・・。

 

戦後以外にも速く復興し繁栄したからか、

 

バブルに溺れたからなのか、

 

違う!!!

 

根本的な原因は、日本人が「学ぶことを忘れてしまった」のではないかと思う。

 

 

 

一人一人が日本人として何をすべきか考える場、共に学ぶ仲間が集まる場として、

 

松下村塾を作りたいと思います。

 

共に学ぶこと(自分の成長、修養、人生において何をすべきか、どう生きるべきか)が目的です。

 

大衆に左右されず、自分の行き方とはどんな生き方か、よく考えましょう。

 

 

 

御興味があれば、どなたでも御連絡下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


人間と動物は何が違う?


なぜ、人間は動物を喰らい、万物の霊長という不動の地位を確立した!?


子どもに聞いても、大人に聞いても、この問いの答えは個性があり面白い。




この問いの答えはない。



大切な事は、人間を知り、動物を知る。


この世に人間として生を受けたありがたさ、


動物も生き物であり、命がある。


その命を喰らって、我々は生きている。


我々は人間としてどう生きるか?


動物を殺し、ただ何も考えず喰らい、生きる。


動物に失礼ではないか!!!


人間を知り、動物を知るということは、生きる上で大切な事である。




まだまだ学問の未熟な僕ですが、僕が思うのは、

一つ目は、仁。 つまり、真心。他人のために尽くそうという純粋な気持ち。

二つ目は、コミュニケーション(読み・書き・話す)。


三つ目は、知恵と器用さ。


人間にはこの力があるのです。


松陰先生は、人間には五倫がある。と言われています。




【吉田松陰先生に学ぶ】


凡そ生まれて人たらば、

宜しく人の禽獣に異なる所以を知るべし。

蓋し人には五倫あり、

而して君臣父子を最も大なりと為す。

故に人の人たる所以は忠孝を本と為す。



人間に生まれたならば、

人間と動物の違いを知るべきである。

人間には五倫(人間として守るべき五つの道)がある。

君臣と父子を最も大切とする。

よって人間は、君主(現代であれば上司)に真心を尽くすことと、

よく父母に仕えることを基本とする。



*参考

凡そ(およそ)・・・おおよそ。おおむね。

禽獣(きんじゅう)・・・動物。鳥やけだもの。

所以(ゆえん)・・・いわれ。わけ。理由。

蓋し(けだし)・・・おもうに。

五倫(ごりん)・・・父子の親、君臣の義、夫婦の別、長幼の序、朋友の信。

而して(しこうして)・・・しかして。しかし。けれども。しかるに。

故(ゆえ)・・・ゆえ。わけ。理由。













街は静かすぎやしないか?


一日中、窓を開け、外の声を聞いてみても、


子どもの遊ぶ声、

子を叱る親の声、


人の声はほとんど聞こえない。


周りを見渡せば、

こんなに家があるのに・・・。


人は今、何をしている?



僕の家は生きている。


夫婦喧嘩の声が響き、

子どもの笑う声が響き、

学問する声が響き、

子を叱る声が響き、

子が泣く声が響く。



他の家では何が起きている!?