鉄撮り屋

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本日8月9日「89号機の日」って事で。

EF58 89が牽く「北斗星」方転が常磐線を行く!です。

 

上野駅での電源車騒音問題から向きを変えるべく運転された方向転換!

EF58 89が先頭に立ち、「北斗星」HM付EF81が後ろについたままとなりました!

1991.3.15 南柏ー北千住

承知しました。写真なし版で、鉄道サイト記事風に整えます。


EF58 89号機の歴史と魅力

大宮工場での塗装変更、復元、そして鉄道博物館展示まで

昭和の鉄道ファンを魅了した名機、EF58形電気機関車。
その中でもEF58 89号機は、数奇な運命をたどった車両として今なお多くのファンに愛されています。

廃車の危機から復活し、塗装も大きく変わりながら、最後は鉄道博物館で保存されることになった89号機。その歩みを振り返ってみます。

誕生から国鉄時代の活躍

EF58 89号機は1956年(昭和31年)に製造されました。

EF58形は、戦後の国鉄を代表する旅客用電気機関車で、特急・急行列車などの先頭に立ち、日本の鉄道輸送を支えた名機です。

89号機は東北方面などで活躍し、長編成の客車列車を力強く牽引しました。

特徴のひとつが、屋根上に装備された「つらら切り」です。

この装備が、後に89号機の運命を大きく変えることになります。

「見た目はちょっと変わったひさし付きやけど、この個性が未来を救うとは……機関車人生も分からんもんです(笑)」

大宮工場で奇跡の復活

1984年、EF58 89号機は老朽化により廃車候補となりました。

しかし、大宮工場で検討された結果、保存価値が認められ、まさかの復活を果たします。

この時、大きな変化がありました。

それまでの青系塗装から、往年のEF58を象徴する「ぶどう色2号(茶色)」へ変更されたのです。

茶色いEF58が客車を引く姿は、昭和の鉄道風景そのもの。

ファンからは大きな注目を集め、イベント列車などで活躍しました。

「引退寸前からスター復帰って、まるで鉄道界の大逆転劇ですな(笑)」

JR時代も人気を集める

JR発足後も89号機は保存機・イベント用車両として活躍しました。

EF58 61号機と並び、現存する貴重なEF58として多くの鉄道ファンから注目されました。

昔ながらの丸みを帯びた車体、特徴的な前面形状、そして大きな動輪。

走る姿には、現代の電気機関車にはない風格がありました。

廃車後、大宮工場で再び姿を変える

しかし、長年の活躍による老朽化には勝てず、1999年に廃車となります。

その後、大宮工場で保存されることになりました。

ここで再び大きな変化が起こります。

なんと、茶色だった89号機は国鉄時代の標準的な電気機関車カラーである「青15号+クリーム色1号」の姿へ変更されました。

「えっ、茶色のパックが青くなったん!?」

と驚いたファンも少なくありませんでした。

機関車も保存される時代になると、時には“衣替え”するんですね(笑)。

鉄道博物館展示へ、そして再び茶色へ

2007年、さいたま市に鉄道博物館が開館。

EF58 89号機は展示車両として収蔵されることになりました。

展示にあたり、ファンに馴染み深い姿へ復元されます。

それが――

ぶどう色2号の茶色いEF58 89号機

でした。

つまり89号機は、

・国鉄時代の青系塗装
・大宮工場で茶色へ変更
・保存時に青+クリーム色へ変更
・鉄道博物館で再び茶色へ復元

という、非常に珍しい塗装遍歴を持つ車両になりました。

EF58 89号機の魅力

EF58 89号機の魅力は、単なる保存車ではありません。

廃車の危機を乗り越え、何度も姿を変えながら時代を生き抜いた「歴史そのもの」の存在です。

現役時代には客車列車を力強く牽引し、引退後は多くの人に昭和の鉄道文化を伝える役割を担っています。

鉄道博物館で静かにたたずむ姿を見ると、

「昔は日本中を走り回ってたんやで」

と語りかけてくるような迫力があります。

EF58 89号機――
それは、一度は消えかけた名機が奇跡的に未来へ残った、まさに“鉄道界の不死鳥”と呼べる存在なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おはようございます、ぺぺです。

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8月6日は「ハチロクの日」って事で198年8月の九州旅行の際に撮影したSL58654+有明DE10+14系により珍編成試運転を!

撮り鉄は私と友人くらい。一般の乗客の方はむしろ本運転が走って注目するような時代でしたねぇ。

1988.8  熊本

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おはようございます、ぺぺです。

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懐かしいのを…。

2001年、EF66故障により実現したEF65 1113牽引の「あさかぜ」です。

PFが牽引していた国鉄時代と違い編成の中にはパンタグラフを上げたスハ25が連結されています。

岩国ー南岩国

光駅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おはようございます、ぺぺです。

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第108回全国高等学校野球選手権大会が本日8月5日(水)から22日(土)までの18日間(休養日=3回戦2日目、準々決勝、準決勝の各翌日=を含む、雨天順延)、阪神甲子園球場で開催!

って事で。

1988年8月、熊本駅で撮影した高校野球応援団体臨時列車、いわゆる「甲子園臨」です。

この年は熊本工業高校が出場でした。

今年は有明高校が初出場!がんばって!!!!!!!!!!

熊本駅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おはようございます、ぺぺです。

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本日8月4日と明日は津島神社夏季例大祭にあわせ津島ノ宮駅営業日!って事で。

津島ノ宮駅と周辺で撮影した写真を…。

 

予讃線の海岸寺駅〜詫間駅の間に臨時駅「津島ノ宮駅」(香川県三豊市三野町)

2026年も8月4日(火)と5日(水)に開設。普通列車が臨時停車するほか、臨時列車も1往復運行します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おはようございます、ぺぺです。

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飯田線を走った「トロッコファミリー号」~風を感じた懐かしの列車~

鉄道ファンなら一度は聞いたことがあるであろう名列車、それが飯田線の「トロッコファミリー号」です。

何度も話題にしてますが((^^;))

今ではもう見ることができない列車ですが、昭和から平成にかけて、飯田線の山深い風景の中をゆっくり走った姿は、多くの人の記憶に残っています。

トロッコファミリー号は1987年(昭和62年)に運転を開始しました。もともとは越美南線で使用されていたトロッコ車両を飯田線へ転用したもので、豊橋~中部天竜間を中心に春から秋の行楽シーズンに運転されました。

登場当初はディーゼル機関車DE10が牽引していましたが、その後、なんとあの名機EF58が登場します。

ここからが鉄ちゃん大興奮の時代です(笑)。

EF58 157号機、EF58 122号機、さらに佐久間レールパークで保存されていたED18 2号機まで牽引に加わり、飯田線沿線はまさに「撮影会状態」になりました。

飯田線の風景との相性が抜群でした

トロッコファミリー号の魅力は、何と言っても飯田線の素晴らしい景色です。

天竜川沿いの険しい山々、鉄橋、トンネル、そしてゆっくり流れる時間。

窓ガラスのある普通の列車では味わえない、風を直接感じる旅。

「速く目的地へ行く」のではなく、「その時間を楽しむ」。

まさに昔ながらの鉄道旅行の楽しさが詰まった列車でした。

ぺぺの撮影の思い出

ぺぺもトロッコファミリー号は撮影に行きました。

当時は撮影ポイント探しも今ほど簡単ではありません。

インターネットで「ここが有名撮影地ですよ!」なんて情報は少なく、自分の足で歩いて、列車の音を聞いて、「ここや!」という場所を探す時代でした。

あとは現地で知り合った方からの情報を聞いたり同行させていただいたり…。

飯田線沿線の山道を歩きながら、汗だくになって待つ。

「ワクワクしますねーーー!」

と言いながら待っていると、遠くから聞こえる機関車のモーター音。

そして山間に現れるEF58牽引のトロッコファミリー号!

あの瞬間の感動は、今でも忘れられません。

しかもEF58ですよ!

今ならスマホで「パシャ!」ですが、当時はフィルム。

シャッターを切る瞬間は一発勝負。

失敗したら終わりです(笑)

「ちゃんと撮れてるやろか……」

現像するまで分からないドキドキ感も、昔の鉄道写真の楽しみでした。

消えてしまったからこそ輝く列車

トロッコファミリー号は2006年5月7日を最後に運転を終了しました。EF58やED18など牽引機の老朽化も大きな理由でした。

現在では見ることのできない列車ですが、あの頃の飯田線には確かに特別な時間が流れていました。

最新型車両の快適さももちろん素晴らしいです。

でも、窓から入る風、機関車の音、ゆっくり進む列車……。

そんな「旅をしている」と感じられる鉄道も、やっぱりええもんです。

ぺぺ的には、トロッコファミリー号は単なる観光列車ではなく、「鉄道の楽しさを教えてくれた先生みたいな列車」でした。

ちなみに撮影に夢中になって、帰りの時間を忘れそうになったこともありました(笑)

鉄ちゃんあるあるですな(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おはようございます、ぺぺです。

いつもご覧いただきありがとうございます。

8月2日は「キハ82の日」って事でキハ82で活躍していた特急「まつかぜ」 

写真は晩年キハ181時代。福知山線旧線が終焉を迎える直前です。

キハ181に置き換えが済んだ時代です。1986.6   福知山線旧線 生瀬ー武田尾

 

 

特急「まつかぜ」がキハ82系からキハ181系に変更された時期

段階的に導入されており、完全に入れ替わったのは1985年3月14日のダイヤ改正です。

旧線最後の日は1986年7月31日なのでここでの撮影は1986年6月か7月です。

既にキハ82は走ってなかったですね、確かに。

DD51牽引旧型客車のラストイベント列車は大阪駅で撮影していました、こちらは調べると1986年7月31日と記されているのでまぁやはり直前のその時期ですねぇ。

 

 

車両変更の歴史

  • 1回目:1982年(昭和57年)7月1日ダイヤ改正
    • 対象:鳥取発着だった「まつかぜ3号・2号」
    • 内容:伯備線の電化開業により余剰となったキハ181系を1往復に先行投入し、同時に運行区間を大阪〜米子間に延長しました。 
  • 2回目:1985年(昭和60年)3月14日ダイヤ改正
    • 対象:博多発着だった「まつかぜ1号・4号」
    • 内容:残っていた最後の1往復もキハ181系に変更されました。このとき博多への乗り入れが廃止され、運行区間が米子で系統分割(米子以西は特急「いそかぜ」へ分離)されました。この改正で「まつかぜ」からキハ82系が完全に撤退しました。