「物語を物語る」案内サイト アメーバ版                           -14ページ目

「週刊新説 戦乱の日本史・第3号 関ヶ原」と「岡野友彦」

第3号は「関ヶ原 徳川家康



「徳川対豊臣の戦いだったのか?  徳川家康を中心とする東軍と石田三成を中心とする西軍が激突した天下分け目の関ヶ原。その裏には意外な真相が隠されていた。」

ということですが、関が原の戦いは語りつくされている感があるので、40ページほどのビジュアル本では、それほど新鮮味のある話は載っていませんでした。「新説」を期待するとガックリきます。ただ地図や写真が豊富なので見ていて飽きません。このシリーズでは第23号「関ヶ原に散る 石田三成」、第24号「奥羽の関ヶ原 直江兼続」、第25号「九州の関ヶ原 黒田如水」とだいぶ関ヶ原の戦いに力を入れているので、「関ヶ原ファン」()4冊買うといいかもしれない。

さて、今号での注目は「歴史夜話」の松平定知の記事。

皇學館大学教授・岡野友彦氏の研究を基にした「徳川家康の官位」のことを書いています。

岡野氏に松平アナの組み合わせ、それにこの記事の内容、どこかで見たような、と閃いた。

以前放送されたNHKの「その時歴史が動いた」と同じではないかということを思い出したのだ。

早速、家中のビデオテープ(まだDVDがなかったとき)を引っ掻き回してやっと見つけた。

平成167月放送の「関白対源氏長者~家康・秀吉 姓をめぐる知られざる攻防」というタイトルだった。

松平アナが幾分若い。そして岡野氏はこのときはまだ助教授だった。

官位から見た「家康と秀吉の争い」が番組で説明されていた。私的には、家康が新田源氏を名乗る経緯がしっかりと紹介していたことを再確認して、新田家の系図及び義貞の肖像画が出てきたところでニンマリした。(おーテレビに新田義貞が出ているなんて感激)

そして「その時歴史が動いた」のホームページへ行ってみると、このときの番組内容が載っていた。そこで、参考までにどんな内容なのかを転載してみました。http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2004_07.html

名門貴族の養子となって「関白」の座を射止めた秀吉によって、家康は窮地に立たされた。国替え、出兵命令など秀吉の無理難題に忍従の日々を送る家康。彼が見つけた秀吉への対抗策は、「源氏」への改姓、そして官位を上げるという作戦だった。やがて家康は、「関白」に対抗する権威「源氏長者」へと近づいていく。「源氏長者」こそ、「征夷大将軍」と併せ持つことによって日本の国王としての地位を保証する伝統の権威だったのだ。家康はやがて、関白職を失った豊臣氏を滅ぼし、名実ともに武家としての天下を手中にする。一方で家康は「源氏長者」の権威によって、天皇家、朝廷を押さえ、江戸幕府の基盤を盤石なものにしてゆく。番組は、「源氏長者」という新しい視点から家康の天下取りを捉え直し、武力支配に代わる支配の正当性を「姓」に求めた家康の知られざる挑戦を描く。

「源氏長者」とは何か?
・ 源氏長者とは有力貴族である源氏一門の中で朝廷から受ける官位が最も高い人物が天皇の任命によって就いた一門の長の役職。平安時代から続く。源氏の代表者として一門の官位昇進のカギを握った他、朝廷内で強い発言権を持った。
・ 元来「源氏長者」の地位には公家の源氏が就任したが、室町時代に将軍・足利義満が武家から初めて就任。家康は足利幕府以来、武家としてこの職に就き、それ以後徳川幕府崩壊まで徳川将軍が代々「源氏長者」の地位も兼務した。

「源氏長者」は本当に家康を支えた権威と言えるのか?
・ 今回の番組は、ゲストとしてもお呼びした皇學館大学助教授、岡野友彦氏の解釈に基づいて、武家の棟梁「征夷大将軍」と公家の権威「源氏長者」を同一人物が握ることによって、将軍職だけでは不完全な支配権を完全なものにしたという視点から構成しています。

家康への「征夷大将軍宣旨」が「戦乱の日本史」にも載っていたが、ここに「源朝臣」と明記されています。たしかこの書状は、東京博物館「大徳川展」にも出展されていていたはず。そのときも少し書きましたね。参考までに

番組内でも『織田信長は「平信長」であり、豊臣秀吉は「藤原秀吉」であり、徳川家康は「源家康」であった。これまで「姓」の問題は軽視されすぎていて、現段階では研究が始まったばかりだ』という話だ。しかし日本史界の中において「源氏長者」を調べている方はそれほどいないという。

その中にあって「岡野友彦教授」は貴重な存在となるだろう。しかも「家康がなぜ新田源氏を名乗ったのか」を問題視した人もそれほどいないだろう。そういった意味からも、私は「岡野友彦氏」を尊敬しております。

私も岡野友彦著「家康はなぜ江戸を選んだか」(教育出版・江戸東京ライブラリー)を持っています。



この本の中でも「家康がなぜ新田源氏を名乗ったのか」が書いてあります。そして私が東毛奇談 を書いたときにだいぶ参考にさせて頂きました。

興味のある方は一読して見てください。江戸の話も載っていて楽しめます。

週刊「歴史のミステリー」第4号

「歴史のミステリー」第4号発売



目次

歴史検証ファイル   大化の改新は本当に行われたのか?

           ジャンヌ・ダルクは本当に実在したのか?

疑惑の真相      源義経は平泉で死んでいなかった!?

語り継がれる伝説   バベルの塔

芸術の裏側      「最後の晩餐」レオナルド・ダ・ヴィンチ

他、アンコール・ワット遺跡、白州次郎

今号の要約。

「大化の改新は本当に行われたか?」

大化の改新…645年夏、中大兄皇子を中心に中臣鎌足ら革新的な豪族が蘇我大臣家を滅ぼして開始した古代政治上の大改革。

①山背大兄王襲撃は入鹿の単独犯行だったのか?   天皇に代わって政権を握ろうとした入鹿による単独犯行というのが通説である。大化の改新のきっかけとされる事件は、入鹿が単独で計画し実行したものなのかを検証しています。

②乙巳の変の首謀者は中大兄皇子だったのか?    通説では、主に中大兄皇子が行い、中臣鎌足が協力者とされている。その根拠とされるものは「日本書紀」の記述のみで、根拠も希薄となっている。そこで様々な異説を出てくるという。ここでは石川麻呂による「蘇我氏の内紛」説(篠川賢氏の説)を取り上げている。

③中大兄皇子はなぜ即位しなかったのか?   皇極天皇は、蘇我氏討伐でもっとも活躍した中大兄皇子に皇位を譲ろうとした。しかし、中大兄皇子は皇位を軽皇子に譲ってしまったのであるが、それはなぜか。そこに謎を解くカギがあるというわけだ。

④改新の詔はつくられたのか?   大化の改新の基本方針を示したものだと伝わっているが、これが後世になって粉飾されたものではないか、という疑いがある。つまり、詔は実際に施行されたのか、あるいは本当に出されたのかさえ疑わしいという。ここではいくつか事例を出して説明しています。

⑤蘇我氏は天皇家の脅威だったのか?   悪者とされた蘇我蝦夷、入鹿だが、「日本書紀」以外では、そのような記述がないという。

この本では結論として、蘇我氏を滅ぼした黒幕は「軽皇子」であり、中大兄皇子や中臣鎌足は計画を実行したに過ぎないということです。

つまり「軽皇子首謀者説」を取っていることになります。

他にもこの「乙巳の変」に関しては「半島諸国モデル説」、「反動クーデター説」などがあるようです。唐や朝鮮半島の情勢が影響していると見ると、また違った説が出てくることになります。

ジャンヌ・ダルクは本当に存在したか?

ジャンヌ・ダルク   141231 百年戦争末期にフランスを救った少女。  北フランスのロレーヌ地方ドムレミ村の農民の娘。フランス軍の敗報あいつぐ中で「フランスを救え」とのお告げを受け、シャルル7世に謁見。軍隊を授けられ、オルレアンの囲みを破り、イギリス軍を各所で撃破。1492年シャルル7世を戴冠させた。のち戦場で捕えられ、イギリス軍占領下の宗教裁判で異端として火刑に処された。1456年名誉回復の再審が行われ、1920年に聖女に加えられた。(世界史辞典)

このジャンヌ・ダルクが実在したのかを検証しています。

謎は、ジャンヌを描いたといわれる絵が1枚しかないということ。その生い立ちが不明であること。処刑されたはずのジャンヌが、5年後突如として現れたことなど。そして、ジャンヌを救国の少女として祭り上げたのが「ナポレオン」だという。フランスをまとめるために政治的に利用したのだということだ。実際に19世紀までジャンヌはあまり知られた存在ではなかったという。果たしてその真相は?ということでしょうか。

源義経は平泉で死んでいなかった!?

これは、「チンギス・ハーン=義経説」と「義経北行説」のこと。ページ数にして2ページ。まあ、義経伝説を手軽くまとめたものです。

ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」の謎

これはもうダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチコード」の要約です。また、研究家フリオ・ナポリターニの説でイエスとヨハネの間に14番目の人物のアウトラインが確認され、これがイエスの子供を暗示しているのではないか、ということが書かれています。

神に破壊された巨大建造物「バベルの塔」

バベルの塔……旧約聖書の創世記第11章に現れる巨塔。人々は天にも届く塔を建てようとしたので、その高慢に怒った神は、言語を混乱させ、人々を各地に散らして完成を妨げたという。この話のもとになったのは、バビロン(バベル)にあったジッグラト(方形の塔)と推定され、遺跡がコルデワイによって発掘された。ジッグライの基礎は一辺が90mを超え、7層になっていたと考えられている。後世の絵画ではペーテル・ブリューゲル()のそれがもっとも有名。(マイペディア百科事典)

この本ではブリューゲルの絵も小さく載ってます。ほかに「スターリンのバベルの塔」も紹介しています。スターリンが作ろうとしたソビエト宮殿は「現代のバベルの塔」と称されたが、計画のみで造られることがなかったという。計画されたイラストが載っていますが、なるほど、これが完成されていたら、高慢な建造物でしょうね。

と、いうわけで、次号からも週刊「歴史のミステリー」の要約を続けます。

「文藝春秋3月号」読みました。

普段は、文芸誌など買いませんが、「芥川賞発表受賞作全文掲載」の文字に誘われ、思わず買ってしまいました。



第138回芥川賞受賞作は川上未映子の「乳と卵」。

本篇を読む前に、選考委員の選評を先に読む。

石原慎太郎の選評キツイですね。受賞作を全く評価していません。「一人勝手な調子に乗ってのお喋りは私には不快でただ聞き苦しい」と、かなり辛辣。また「そうした舞台ならそこいらの週刊誌の方がふさわしかろう」と他の作品もメッタ斬りしている。でも、このくらい辛口だと、かえってこちら側も気持ち良くなってしまうから不思議。受賞した人はいいですけど、候補に上がって滅多滅多に言われた人は、どういう気持ちなんでしょうか。やはり恨んだりするものなんですかね~。

他の候補作の中では、楊逸の「ワンちゃん」が、初の中国人受賞者になるかで、かなり話題になっていました。そのためか、選考委員の論評も、受賞作以上にかなりの行数を割いて書いている。池澤夏樹、宮本輝、石原慎太郎らが日本語の拙さを突いて、推していない。小川洋子、村上龍、黒井千次、髙木のぶ子、山田詠美は、日本語のたどたどしさより、話の主題や物語世界の新鮮さを評価して推していた。特に川上弘美は「ワンちゃん」の評では、「乳と卵」の主人公と照らし合わせていて2作の違いを示していて、これは分りやすい。選者たちとしては、楊逸の次回作に期待といったところで、どうやら結着したようだ。

私は、この「ワンちゃん」は未読ですが、これだけ、選考会を沸かせた作品ですから是非読んでみたいと思います。

というわけで、受賞作の「乳と卵」ですが、……。

うーん。まあ、川上未映子のインタビュー記事の方が楽しめたかな、って感じ。

まあ感想としてはそんなところです。

さて、ほかの記事ですが、今号で一番良かったのが、「リングから見た日本人の品格」でした。

書いたのはプロレスラーのアブドラー・ザ・ブッチャー。

67歳になった今も現役で、リングに立っているという。日本への来日は130回を超え、日本人にも馴染みが深い悪役レスラーです。

そのブッチャーが、最近の日本を見て、かなり嘆いております。かつてあった日本人の良さが消えて悲しんでおります。日本を愛するアメリカ人が、アメリカナイズされすぎている日本人を見て、「日本人の品格」を問うています。

と書くと、さも立派なことが書いてあるかといえば、それが、まあ普通の記事です。しかし、あのブッチャーが書いたもの(ライターが構成しているものでしょうが)だと、なんとなく重みが出ているから不思議です。こういった内容の記事を日本人や有名人が書いたら、きっと説教臭い、あざといものになっていたはずです。それに、この記事を、ブッチャーを知らない人が読んだら、何のことはない平凡なものに感じるでしょう。しかし、あの流血悪役レスラーでありながら、愛嬌のある憎めないキャクターを知っている人には、この記事はとても意味が出てくる。まさに、ある年代の男子には、グッと来るものとなっています。

あとは、「ローマ法王と昭和天皇の出会い」カトリック教会大司教ヨゼフ・ピタウの記事も良かった。3年前に亡くなった法王ヨハネ・パウロⅡ世の外交官としての活躍が書かれています。大変参考になります。

また、「人声天語」坪内祐三では、お堅い文藝春秋で「エビちゃん」の記事が載っていて、実に珍しい。エビちゃんの「レコード大賞」の司会ぶりを見て、週刊文春は「KY」と呼んだが、同じ場面を見た坪内氏が、違った視点でこれを観察して、「エビちゃん」を擁護しています。

あとは、ベストセラーとなっている「求めない」の著者、加島祥造の記事は実に怪しい。大体、この人自体が怪しそう。

それに、麻木久仁子の「伊坂幸太郎・ゴールデンスランバー」の書評は、ネタ割りすぎ。ラストがどうなっているかまで書くな。エンタメ系の小説ではラストのことを書くのは厳禁ですよね~。

おっ「ドキュメント・自壊するNHK」は、大阪府知事が読んだら喜びそうなネタですな。

と感想を羅列。他の記事はおいおい読んで行きます。

で、最後は



「リヤドロ」というところで販売している五月人形らしい。かわいいので載せてみました。ただし値段は23万円らしい。買えないので、ブログに載せて楽しむことにした。

「ひょっとこ」は魔除け?「リンゴ」は心臓?   映画「デスノート」

『デスノート L change the WorLd』が公開され、テレビで「デスノート」が放送されたせいで、「デスノート」で検索して、来られる方が多くなっています。
また「デスデート・ひょっとこ」で検索して来る人も増えております。



どうやら、その方たちはLがひょっとこを被っているCM画像が見たくて検索して来ているのに、訳の分からない私的解釈が載っていてガッカリしているかもしれませんね。

「デスノート」私的解釈は「ひょっとこ魔除け説」「リンゴは心臓、魂説」など書いたので興味のある方はどうぞ。話のネタのひとつにくらいにはなるでしょうか。記事は3本。


http://pcscd431.blog103.fc2.com/blog-entry-135.html

http://pcscd431.blog103.fc2.com/blog-entry-136.html

http://pcscd431.blog103.fc2.com/blog-entry-137.html

このとき書いた、イングマルベルイマン監督「第七の封印」と「デスノート」の関係は有名な話ということでした。

あと、この記事を書いていたころは、ブログに画像を付けるということもしてませんでした。今、書いたなら、画像を付けるとか、リンクを貼ったりとかして、もっと分かりやすくしていたでしょうね。




倖田來未と石田純一、どちらが罪深いのか?

『歌手の倖田來未さん(25)が130日未明に放送した「オールナイトニッポン」で「35歳を過ぎると羊水が腐る」と発言して批判が相次いだ問題で、ニッポン放送は8日午前1時からの同番組内で瀬尾伊知郎プロデューサーがおわびと訂正をし、ホームページにも同様の趣旨の文書を掲載した。』(時事通信)

またこれに対してこんなこともあった。

『「ネットでバッシング煽るバカ」勝谷誠彦 

倖田騒動を勝谷が猛烈批判 ラジオ番組での「暴言」で、CM中止やテレビ番組での涙ながらの謝罪にまで追い込まれた歌手の倖田來未さん。ネット上では、マスコミに先んじて騒動になっており、これがスポンサー企業の「自粛」につながったといった見方も出ている。そんな中、コラムニストの勝谷誠彦さんが「ネットでバッシング煽るバカがいる」という発言をテレビで繰り返し、またネット上で新たな騒ぎになっている。』


月曜日にこの件を書いてから、いろんなことになっていたんですね。

早速、問題になっている「2ちゃんねる」を見てみた。http://news24.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1202390950/

まさに賛否両論。

「2ちゃんねる」なので、この件とは関係のないような勝谷氏個人への誹謗中傷もあるが、中には鋭い意見もあった。

問題なのは、この「倖田來未の発言に対する彼女への批判」と「ブログ炎上のようなバッシング」が同じことなのかということ。勝谷氏は、それを「イジメ」と結びつけたが、それは果たして妥当な意見なのか、ということ。

まあ、意見として多いのは、「勝谷氏が、かつては沢尻エリカや亀田一家を批判しておいて、今度の倖田來未のときは批判した人のことをバカ扱いにしているのはどういうこと」っていうこと。まあそうですけどね。


ただ勝谷氏は「嗅覚のいい猛犬」なので、問題が起こりそうな所に、とにかく噛み付いていくだけのこと。とにかく「怒ってナンボ」の人だから。(私的にはそこが面白いところなんですけど) メディア的には「怒っている人」というキャラなので、ADからのカンペで「ここで怒って下さい」という指示でも出ていたかもしれない。(勿論冗談です。カンニング・竹山はよく「ここでキレてください」という指示が出るらしいが、テレビではみんなキャラを演じているだけ)

勝谷氏本人としては、こうして取り上げられること自体が「彼の勝ち」なのです。

問題発言をする。それが取り上げられる。注目される。名前が売れ、メディアが取り上げる。取材が来て、原稿依頼が来て、自身のブログのアクセス数が増える。これによって収入が増えるということ。

別にこれ自体悪いことではない。フリーのプロジャーナリストである以上、それは必要なことなのでしょう。

まあ、自分を含め、「勝谷氏がこんなことを言った」というのを取り上げた時点で、もう「彼の勝ち」なのです。

さて、前にも書いたことなので省略しますが、倖田來未発言で問題なのは、「羊水」という言葉を使ったこと。この用語を使うことが奇異なのです。

どこからこんな言葉を引いてきたのか。「羊水」なんて言葉普段使わないし…。

そこでこんな記事が、

0824日放送のテレビ朝日系番組「スーパーモーニング」のなかでコラムニストの唐沢俊一氏は、

「倖田さんは、非常に色々な精神関係、オカルトなどトンデモに興味のある方なんですよね。裏にはミュージシャンに広がっている『ピュア信仰』というのか、自分がキレイなままで、若く美しい、けがれのないままで、みたいな信仰がすごくあって、キレイな体とかいった(倖田さんの)発言につながったのかな」といったという。

唐沢氏の発言を鵜呑みにはできませんよ。嘘と事実をごちゃまぜにする人なので(私的にはそこが面白いんですけどね)、まあトンデモ話の1つくらいに受け止めておいた方が無難でしょう。

また日刊ゲンダイの記事のように騒いでいるのは一部の人々でバカバカしい、と吐き捨てるような記事まで出てくる。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080208-00000001-gen-ent


こうなってくると、倖田來未の問題発言そのものよりも、それによって波紋が広がっていく様が非常に興味深いですね。

人によってそれぞれの意見があって、いろいろ考えさせられる騒動となりました。

あとは、あまり言われてませんが「35歳以上」という表現がリアルだということ。

この年齢の境目が気になるという意見がありました。「羊水腐る」と「35歳」という組み合わせが、絶妙()だという。

彼女の中では、35歳というのが「女」であるか「おばさん」であるか、という境界線ではなかということ。このリアルな年齢が、同性からより反感を買うらしい。

まあ、そうなると、「医学的無知」、「関西人特有のどぎつい表現」だけでは済まない。どこから「羊水」「35歳」という単語が出てきているのか、どこで仕入れた話なのかを、倖田來未にじっくりと聞いてみたいものです。(私がそんな事できるわけありませんが、吉田豪あたりがインタビューすれば聞き出せるかもしれません)

私はその点がとても気になります。


で、そんな訳で、今日はテレビとネット漬けでした。

倖田來未とか冷凍ギョウザとか時津風元親方逮捕の話題とかを見てました。

そんな、いろいろ考えさせられる話題がある中で、今日一番「アホ」で、どうでもいいような人が話題になっていました。

それは「石田純一」

バレンタインのイベントかなにかに出ていて、また例の恋人の話。

ほんと、彼のどうでもいいようなインタビューをテレビでダラダラ流していて、どうにかしてくれ~って感じ。もっと倖田來未とか、相撲協会の会見とか見たいのに、一体全体、石田純一の情報なんて誰が欲しているんだ。全くいい歳して、結婚するだの、しないだの、もう勝手にしてくれ。芸能界一のプレーボーイと紹介されて「は~い、私がプレーボーイで~す」って出てくるんだからこの人こそ、○○が腐ってるんじゃないのか。

別れた女に未練がましくしているしている愛情があるなら、その愛を不肖の息子に向けろよ。その思いを、他人に面倒を見てもらっている孫に向けてやれよ。

私は、自分の恋愛話でデレデレしている石田純一を見て思った。

軽はずみな失言をしてしまって涙を流す倖田來未よりも、自分の血のつながった者たちを省みないで、自分の幸福ばかりを追っている石田純一の方がよっぽど罪深いんじゃなか、ということを……。