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Now, on stage.
Eric Crapton 2006 Japan Tour in Osaka-jo Hall!
How Wonderful Tonight!!
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少し前に「100年の景観づくり」というタイトルでブログを書きました。

 

その後、ネットで調べるとちょこちょこそういったコンセプトで活動を行っている地域や団体があることがわかりました。

 

一つの事例をご紹介しましょう。

 

山形県の金山町という人口約7000人ほどの山村です。

イギリスのイザベラ・バードが1878年に「日本奥地紀行」という著作で、この金山町の美しい景観を非常にロマンチックで雰囲気あると記している。その100年前の景観を100年かけてよみがえらせようというものです。

 

↓↓↓金山町 街並み(景観)づくり100年運動

http://www.town.kaneyama.yamagata.jp/kanko/010100/  

 

この運動に触発されていくつかの団体が100年運動ということを提唱したりもしているようです。

 

素晴らしい運動だと思います。

しかし、(あ~、やっぱり僕は天邪鬼・・・)、、、

何故100年?ってことがすごく曖昧です。

 

金山町では具体的な活動として制度化を図り取り組んでいます。

そしてそれくらいのスパンでないと景観形成は出来ないと考えているのだと思います。

勿論、これも大正解です。

しかし、100年という区切りの意味をもっと突き詰めないとその重要な意味が見えてこないのです。

 

以前ブログに書いた文章を少し引用してみましょう。

 

世代を超えた共通の「美」の認識をどのように醸成するか。

「景観」という問題で考えるならば「原風景や心象風景の共有」ということに他ならないのです。

しかし、この日本にもう一度、国民が世代を超えて、ある程度共通認識としての「原風景」「心象風景」を持つことが出来るとすると、どれくらいのスパンになると思いますか。

10年やそこらで共通の「美意識」なんてものが育まれることなんてありえないです。

 

そうですね。10年程度の話ではないことは誰にでもわかります。

じゃあ100年で良いのかということになります。

(以下も前に書いたブログの一部引用です。)

 

しかし厄介なことに、この「原風景」や「心象風景」というものは個人によって千差万別、多種多様なんです。そして個人差は当然ながら、時代差もあります。例えば、、、

60代の人なら、1940~1950年代の風景⇒敗戦直後の日本

50代の人なら、1950~1960年代の風景⇒戦後の復興初期

40代の人なら、1960~1970年代の風景⇒イデオロギー闘争と経済成長

30代の人なら、1970~1980年代の風景⇒高度成長真っ只中

20代の人なら、1980~1990年代の風景⇒バブルとその崩壊

というように現在日本で生活する人は、激しい時代の転換の中で「心象風景」や「原風景」も異なる。

(以上、September 16, 2006 のブログより

 

 

現在、日本の平均寿命は世界でもトップクラスで80年です。

生まれて死ぬまでの間に、上に書いたようにころころ風景が変わるとしたらどうでしょう。

そこには、美しい景観なんて概念は醸成されるでしょうか。

ある年代の人々の共通意識を次世代に伝えるなんてことが出来るでしょうか。

(ここはもっと掘り下げたいですが、ブログなんでこの辺で・・・)

 

そうです。

ハードとしての景観をつくること以上に、多くの世代が共通認識としての「美しい景観」を共有すること、このことが最も重要なことなんです。

ものをつくることと並行して、世代を超えた意識を共有するような施策展開が必要です。

だから100年というスパンが求められるのです。

 

この視点で、100年の景観づくりを提唱しているところはまだありません。

(僕の調べた範囲では・・・)

 

どうやってこの考え方を情報発信すればよいのだろうか?

うーん、なかなか難しいですね。


先週、母校で一大イベントがありました。

 

僕が卒業した高校でのことです。

 

学校の正式な授業の一貫として、全国から卒業生を募り授業を行ったのです。

 

実は昨年も同様のイベント「ようこそ先輩」として実施しました。

 

今年は生徒から名称も公募し「教えてっ!先輩」とリニューアルし、

さらに対象の生徒も昨年の2年生だけから1年+2年と倍増しました。

(500名を超える高校生が対象です。)

 

この高校生を25のグループに分けて2時間の講義を行うのです。

つまり50コマの講義があるわけです。

講師の数は40名、スタッフを含めると60名を超える先輩が近畿は勿論、東京、福岡、愛媛などから続々と集まりました。

 

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僕はこのプロジェクトリーダーとして昨年から関わっています。

 

学校側との調整、講師の依頼、講義内容の確認、スタッフの割り振りといった当日までの下準備を全般的に行いました。勿論、一人で出来るわけもなく、多くの先輩と一緒におおよそ10ヶ月かけて当日を迎えました。

 

当日は地下鉄やJRの事故などが朝から続出しひやひやものでしたが、なんとか講師のキャンセルもなく無事終了しました。

 

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講義を終えて全員で記念撮影です。

 

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講師の職業も幅広く、女優や放送作家、弁護士、行政書士、大学教授、貿易商社、建設会社、レストランオオーナー、中央市場、市会議員、デザイナー、公務員、、、すごいバリエーションです。

 

本当に一握りの高校生でもよいので将来に育つ種として心の中に留めてくれたらと思います。

 

いろんな問題もまだまだありますが、この企画が母校の伝統となるように祈っています。

 


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↑↑↑

今回参加してくれた女優の紅萬子さんです。

ちょっとミーハーになって思わず記念撮影!

毎日新聞の大阪版に掲載されました。(11月4日朝刊です)

うーん、久しぶりのブログです。

 

3週間ぶりですね。

 

いろんなことがありまして、頭も身体もパニックになっています。

 

本当はそんな時こそクールダウンするためにブログに向かうべきなんでしょうね。

 

と言いつつ、本日の1枚です。

 

sasayama 01

 

さて、これはなんでしょうか?

 

料金箱って書いてあるので、なんかの料金を支払う箱だってことはわかりますよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

sasayama 02  

 

そうです。駐車場の料金箱です。

 

土地柄を感じますね・・・ここは、兵庫県の丹波篠山です。

 

JR篠山口駅前の一時預かりの駐車場です。

 

人と人との信頼関係がまだまだ崩壊していないって証しでしょうか。

 

何となくおおらかで優しい気持ちになれました。

 

sasayama 03

↑オ・マ・ケ・・・

先日、恒例の日帰り島根ツアーに行きました。

(仕事だよっ・・・ヽ(`Д´)ノ・・・)

 

行きも帰りもほぼいつものルート、片道6時間ほどの強行軍です。

 

帰りのSAで今まで気が付かなかった風景?が目に飛び込んできました。

 

asa pa 01 asa pa 02

 

これは何ぼなんでも、やり過ぎやで!

 

ようここまでやるなー、そんな感じです。

 

たまたまこのSAを作る時に山から出てきたのなら許せるけど、もし、このためにわざわざ石をどこかから運んできたというのなら、とんでもない愚行といわざるを得ません。

 

ここまでやっても、その異様さ(その存在そのものも・・・僕自身も何回も行き来しているのに今回初めて気が付いた訳ですから・・・)に気が付く人はあんまりいないんだろうなー。

(そういう意味ではちょっと寂しいですね)

まちづくりのキーワードで頻繁に出てくる言葉、

 

それは・・・「コミュニティ」・・・って言葉ではないでしょうか。

 

しかし、これも先日の「美」の概念に似て、非常に曖昧です。

 

 

我々も日常的にコミュニティという言葉を使いますが、

 

なかなか意思疎通が上手くいかないことが良くあります。

 

 

この「コミュニティ」と言う言葉に実はいろんな段階や局面があるってことを皆さんご存知ですか。

 

具体的に言いますと、

 

親と子や家族間のコミュニティ、

 

お隣さん同士の、いわば向三軒両隣的な近所でのコミュニティ、

 

もう少し広げて、町内会のコミュニティ、

 

さらに自治会や、小学校区、、、行政区、、、国家、、、地球

 

というように領域を広げていくことが出来ます。

 

これは先日ある市の住宅マスタープラン・ストック計画の策定に関する打ち合わせで、団地内のコミュニティについての議論になったときに、議論をしながら思ったことです。

(その時は、あまり話を広げると混乱しそうなので、時間があるときに順を追ってゆっくり議論しようと思い、特に、このブログのようなことは言いませんでした。)

 

当然、打ち合わせでは団地内の比較的ミクロな視点でのコミュニティに話題が集中したのですが、このコミュニティを考えるとき、このように断片的な一側面だけで議論することはあまり効果がないと思っていました。

(もちろんレアケースとしての団地の成功例はあります。しかし、これをコミュニティと呼ぶのか、一つのミニマム・ユートピアと考えるのか、はたまた、、、また、これは別の機会に、、、)

 

コミュニティの認識と言うのは非常に社会性の強い意識なので、単に団地内ということだけではなく、上に書いたようないろんな局面でのコミュニティの仕掛けを複合的、総合的に施策展開していく必要があるはずだと思っています。

 

そういう多様な仕掛けの結果、ある程度の年月を経て地域のコミュニティと言う萌芽が育つのではないかと考えています。

 

そのためには、単に公営住宅のセクションだけでなく、教育・福祉・建設・産業・・・と多くのセクションが横断的に意識をもってそのような仕掛けを行っていくことが必要です。

 

まあ、これは地域コミュニティだけに限らず、いろんなことに当てはまるスキームなんですが。

 

どうも日本のシステムはまだまだ縦割りで、この辺の連携がないです。と言うか、なぜ横断的な連携が必要かが理解されていないのだと思います。

 

まちづくりや地域づくりは多様で複雑な事柄を同時並行的に仕掛けたり展開することが求められます。そのことに気がつかない限りは、行政改革で省庁再編や縦割り構造の打破ということは難しいと思います。

(と言うか、ちょっと手厳しいですが・・・、なぜそういうシステム変更が必要かを理解していないので、省庁再編や縦割り構造の変革って言っても意味がない、効果が表れないということですね。)

なぜ、そのようなシステム作りが必要なのかを、根本的なところから、しかも具体的な事例を示して突き付けないとダメなんだなあという場面に本当によく出会います。

 

地方の行政にも、中央官庁にも、そのような多様で複合的・総合的な提案が出来れば面白いのになー、そんな提案を評価できるセクションがあればうれしいーなー、なんて考える今日この頃です。

このところ景観に関する話題に集中しています。

 

「景観と美の問題」が密接に結びついていることに皆さん異論は無いと思います。

 

美しい景観などとよく言いますが、この「美しい」と言うものほど曖昧なものはないです。

 

何が美しくて、何が美しくないのか、、、

 

一体、どのような基準があるのでしょう。

 

この「美」の問題は古くからの哲学的テーマでもありますが、ここで哲学的議論をしても仕方が無いので、もう少し現実の世界とリンクさせながら考えてみようと思います。

 

まずは日本の景観と言うことを考えてみましょう。

 

このところ国の施策でも景観に関するものが急に増えてきました。

 

しかし、この景観に関する切り口が非常に曖昧です。

 

先ほどと同じで「美しい景観」とか「文化的景観」とか誰がどのように決めるのでしょうか。

 

お役所的に言うと「景観委員会」みたいなものを関係者&学識経験者なんかで組織して、そこでこれはそう、あれはちょっと、それはだめ、、、てなことをいろんな資料を交えて決めていくのです。

まあ、これはこれで間違いではないし、一つの方法です。

 

最近、僕が思っているのは、この美しい景観に最も深く作用する概念は「原風景」「心象風景」といったものなんだろうと考えています。

このこと自体はたぶんいろんな人が言っていると思います。

 

しかし厄介なことに、この「原風景」「心象風景」というものは個人によって千差万別、多種多様なんです。

 

そして個人差は当然ながら、時代差もあります。例えば、、、


60代の人なら、1940~1950年代の風景敗戦直後の日本

50代の人なら、1950~1960年代の風景⇒戦後の復興初期

40代の人なら、1960~1970年代の風景⇒イデオロギー闘争と経済成長

30代の人なら、1970~1980年代の風景⇒高度成長真っ只中

20代の人なら、1980~1990年代の風景⇒バブルとその崩壊

 

というように現在日本で生活する人は、激しい時代の転換の中で「心象風景」や「原風景」も異なるような気がします。


戦後の闇市のような空間

木造の町家の低い軒先や格子窓

まちの小さな駄菓子屋

大阪の巨大な地下空間

マクドに代表されるファーストフードとコンビニ

高級ブランドショップが並ぶお洒落な街角

・・・etc

 

 

ここで気がつきませんか?

 

そうです。ここが問題なんです。

日本において景観づくりが大変難しい現実を招いている原因はここなんです。

 

個人差による景観認識の差ではなく、時代差による認識の違い。

 

時代の中で日本の景観は大きく変わってきました。

そのよう状況の中で「美しい景観」を規定しようとすること自体に無理があるんです。

 

よく言われますが、ヨーロッパの景観は美しい、それは何故か。

簡単です。

時代を超えて変わらぬ中世以降の景観がそこに数百年の間あり続けているからです。

それを伝統と呼び、文化と言うのなら、日本の景観づくりは伝統や文化に立脚していないことになります。

京都の街並みに代表される木造の街並みが高く評価されるのも同じ理由です。

 

「変わらない勇気」「守る努力」 をあまりに怠りすぎたのでしょう。

(戦後復興ということで致し方ない部分はあるけどね・・・

   ちょっと前にも言いましたが、だから江戸末期・明治時代からの検証が必要なんです)

 

世代を超えた共通の「美」の認識をどのように醸成するか。

 

「景観」という問題で考えるならば「原風景や心象風景の共有」ということに他ならないのです。

 

もちろん、僕は多様なまちの有り様やそれぞれのまちの「美しさ」を否定するものではないですし、逆に大いにラジカルに挑戦するデザインを好む人間です。

 

しかし、この日本にもう一度、国民が世代を超えて、ある程度共通認識としての「原風景」「心象風景」を持つことが出来るとすると、どれくらいのスパンになると思いますか。

10年やそこらで共通の「美意識」なんてものが育まれることなんてありえないです。

 

このような意味において僕は・・・、

 

「100年の景観づくり」

 

を提唱していきたいと思います。

 

仕事も含めていろんな局面でこの考え方をこれから情報発信しようと思っています。

「道」って何だろう。

もちろん街中の道路もそうだし、ちょとした路地もそう。
山の中の道もあるし、海の道、空の道なんていうのもある。
それだけではなく、茶道、華道、柔道、剣道・・・。道は、結構、奥深い。

にもかかわらず、街中の道は、いつしか「道路」になってしまった。つまり、車優先の機能性重視の道づくりの結果である。

人々は道から締め出され、地下街やショッピングセンターなど、道空間の代替空間に溢れ出す。

子供達は、都会の猫の額のような公園で遊ぶか、テレビの前に座り込んでゲームに熱中する。

お年寄りなどには危険な道だらけで、ゆっくり散歩できそうな道は、まあ、ほとんど残っていない。

 
まちづくりの、隠れた、しかも最も大きなポイントは、実はこの「道」と言えそうです。

固く言うと、都市交通システム(これが「道路」)のあり方と、人間のための道空間のあり方です。

 
今日は「道文化」なんて、ちょっと偉そうなタイトルをつけてみた。

この思いの背景には、道は交通機能のみを反映させる空間ではなく、地域の人々が暮らすパブリックスペースとして、その時代を移す鏡とでも言う空間でもあるということなんです。

つまり、悲しいかな、現代の日本の都市に道路ばかりで道がないということは、実は文化がないとも言えるのです。

もっとも三宮や梅田などの繁華街は、違った意味で界隈性のある空間として、文化的な発進をしているとも言えますが。

 

日常生活の中で、楽しいまちを考えるベースとしての道文化を、実際にある生きた道(今は道路であるが)を具体的に検証しつつ、いろんな人の意見・知恵を伺いながら、新しい道文化として発信しようなんて思っている今日この頃です。

(実は2002年の七夕の日に、ワークシップの旧ホームページで上に書いているよな事柄をコメントしたことがあります。

 神戸の「有馬道」っていう道をフィールドとして私的研究を行っていました。)

 

 

なんて思っていたら、国の方も「日本風景街道」なんて、いかにも!ってタイトルで偉い先生方を筆頭に全国の「道」探しを始めているじゃないですか。

単に歴史・景観面だけでなく、背景にある生活文化まで踏み込んだ施策展開に持ち込めるかをこれから期待するところです。

また、それらのデータをどのように今後の地方施策に反映させるべくして今後ワーキングが進められるかも見ていきたいと思っています。

 

少し前に書きました「景観法」絡みと言い、阿部さんの「美しい国」と言い、どうやらようやく「景観」や「美」の問題に脚光があたってきた感じですね。

(前から言われていましたが、国のインフラ施策としてようやく動き出したってことなんです)

 

10年遅きの感はやはり否めませんが、これからが本当に質を問う時代になってきたと言うことでしょう。

またまた調子にのって連発です。

 

ライフスタイル・デザイン論3:「リ・モード宣言 ~発想と仮説、そして提案~」

 

「モードの逆襲がはじまる。」

モードの時代は終わったのか?

あらゆるモノ・コトがモード化され市場主義経済社会の中で消費された結果、モードは多様化する未来社会に対応しきれないであろうと予測され、脱モード化や個の深層に向かう方法論が必要とも言われ出している。
しかし、モードという概念をどのように捉え、どのように展開していくかで、この考え方は全く裏返しになってしまう。

モードとは時代の先端を走るデザインの結晶。
それは時代のイデオロギーから浮遊した結晶。

現代社会では結晶化されたモードを商品化・パッケージ化することで多くの企業は付加価値を大いにアピールしてきた。モードの側から言うと、これは商品化された段階でモードとしての役割を終えることになる。そして、モードは新たなモードに向かう宿命を背負う。
この構造は近代のイデオロギーが崩れ、新たな社会構造(世界観)を手探りしている現代社会の背負う宿命と酷似している。

イデオロギーを背景とする社会構造が崩壊し、アンチテーゼや先鋭としてのモードが価値を失いつつある今、イデオロギーとモードの逆転現象が起こり始めている。
つまり、行き場を失った大衆がモードを拠り所としたミニマム・コミュニティー(コミュニティーと呼べるかは甚だ疑問ではある)を無数に形成し始めているのである。

浮遊した結晶と個が結びつくが故に、それらは細分化され分裂的である。
この現象はまだ限られたものであるかも知れないが確実に近未来を先取りしている。

この意味において「モードの逆襲がはじまる」のである。
これらの認識にたち「リ・モード宣言」を私は行う。

1、生き生きとしたモードを創造しよう。
2、脈絡無く詰め込まれたモードを繋ぎ合わせ大いなる物語を紡ぎだそう。
3、モードからモードへ自由に飛翔しよう。
4、そして、変化を恐れてはいけない。
5、さらに、モードはリアルであらねばならない。
6、時代をモードの虜にせよ。

過去のモードは、陽炎のようであり、泡沫の夢であった。
宝石を無造作におもちゃ箱の中に押し込んだかのように、近・現代の市場主義社会に隠されたパンドラの箱にあらゆるモードが詰め込まれている。
失われた物語、つかみ切れなかった物語、開け放たれたパンドラの箱。
最後に果たして希望は残っているのであろうか?

その検証も含めてモードは繰り返されるのである。

2005/02/18 M.M.)

 

この文章は割りと好きです。

宣言なんて、チョット気取ったところもありますが、勢いがあります。

 

特に、次の視点は鋭い。

 

現代のモードはイデオロギーとは無縁である。

それ故に、恣意的であり、かつ、分裂的である。

また、イデオロギー無き個は、この浮遊するモードを拠り所とする。

それがミニマム・コミュニティとしてメディアにちやほやされる。

 

極めて表層的で崩れやすいコミュニティの有り様。

日本の現代社会の縮図です。

 

これが良いのか悪いのか、さらに深く突き詰めることが必要ですね。
 

 

 

 

元ネタ:ワークシップのホームページ記事

↓↓↓

http://www1.ocn.ne.jp/~workship/f-lsd.html


http://www1.ocn.ne.jp/~workship/