さてさて 「fountain pen no.2 no.3」です。

 

 

本日は、所謂、定番中の定番!

 

 

モンブラン マイスターシュテック 146 (ル・グラン)

 

ペリカン スーベレーン M 800

 


(ハハハ、イキナリ出チャッタ・・・)

 

  

どちらがどうということではなく、どちらも素晴らしい。

 

これはそれ以外に言いようがない。

 

 

 

と言うものの、私個人の志向、嗜好で勝手に蘊蓄しちゃいます。

(イロンナ意見ガアルノハ承知ノ上、御容赦クダサイ)

 

 


「モンブラン マイスターシュテック 146」

 

fp_2-1  fp_2-2   

 

威風堂々、「俺が万年筆の王様だ!」

 

まさにそういうプライドというかオーラが出ています。

 

私の146は確か9年前に購入、ニブサイズはBです。

 

しばらく眺めてばかりでしたが、数日後、ようやくインクを充填し、使用開始しました。

 

 

 

でも、思ったよりも書き味がしっくりこない。

 

 

そうなんです、万年筆には、

 

正直 当たり外れがある んです。

 

これは、モンブランが悪いと言うことではなく、

 

その人の筆圧とか書き方の癖に万年筆が馴染むまでに時間がかかるということです。

 

ですから、私の場合、モンブランらしい書き味が感じられるようになってきたのは、本当につい最近です。

(ソレモ、モンブランダケデナク他ノメーカーノペンモ使ッタリシテワカッテキマシタ)

 

つまり、手に馴染むまでに9年くらい掛かったという計算になるのでしょうか。

 

そうやって、手に馴染むようになると愛着もわいてきますし、他のペンでは味わえないものがあるのも事実です。




 

「ペリカン スーベレーン M800」

 

fp_3-1  fp3-2  

 

こちらも決して負けてはいません。
 

モンブランが王様なら、こちらは伯爵か。

 

しなやかな優雅さを感じます。

 

M800は2年前に購入しました。ニブはMです。

 

こちらは、買ったときから素晴らしい書き味でした。

 

たぶん、それまでに手に入れた万年筆の中でも一番だったと思います。

 

ペリカンには多くのコレクターやファンがいますので今更何をという感じですが、

 

スムーズなインクフロー、程好いペンの硬さ、

 

私の書き癖には相性が良いようです。

 

しかし、正直なところ個人的嗜好としてM800のデザインが実はしっくりこないところもあるんです。

 

「何を偉そうに!」というような声も聞こえてきそうですが、

 

中でも、このM800のペン先デザインが気になるところです。

 

ちょっと寸胴で、田舎っぽさがあるように思います。

 

そこがまたいい、と言う人もいるかもしれませんが、

 

ここまでメジャーなペンであるなら、もっと洗練された美しさを目指しても・・・、

 

と思ったりもします。

(ソコガドイツデザインラシイノカ・・・デモ好キナペンナンデスヨ、本当ニ)

 

 

 

 

万年筆に興味のある人なら誰もがどちらかは必ずと言っていいほど持っているペンです。

 

いずれにしてもこの2本、定番中の定番は「なるほど」とうなずける1本であることは間違いないです。

 

値段もそこそこしますが、一生ものと思えば高くはない。

 

 

 

そうなんです。

 

万年筆と言う道具は 「一生モノ」

 

と言う感覚で選べるモノなんです。


さてさて 「fountain pen no.1」 です。

 

 

今日のペンは、今から約22年前に購入したものです。

 

Pilotのペンですが、

 

名称は??・・・忘れました、というか箱も何も残っていません。

(最近デコソ残シテイルケド昔ハポンポンホッテマシタ)

 

ペン先はたぶん鉄製(メッキ処理)のF

全長 キャップ時 12.3cm

ペン尻に差し込んだ時 15.0cm

胴の太さ 直径 1.3cm

 

というのがビジュアル・データです。

 

 

購入のきっかけは・・・

 

 

完全に衝動買いです。

  

 
 

大学院で京都に住み始めた頃、

  

寺町界隈をぶらぶらしていたら、

 

古びた文房具屋がありました。

(今ハモウアリマセン)

 

 

何を買うということでもなかったのですが、

 

何故か店の中に吸い込まれるように入ってしまいました。

 

 
雑然とした店の中を見渡しながら歩いていると、

きれいに磨かれて黒く光った木製枠のショーケースに目が行きました。

 

店内の至るところにいろんなものが所狭しと並んでいるのに、

 

そこだけはキラキラと光る何かがあるように見えました。

(ガラスニモ曇リ一ツナカッタヨウニ思イマス)

 

 

近づいて中を覗き込むと、
 

なんとなく古そうな万年筆やボールペンが並んでいました。

(今考エルト、絶対ニイロンナ掘リ出シ物ガアッタヨウニ思イマス)

 

「きっと誰も買う人がいないんだろうな」

 

と考えながらボーっと眺めていました。

 

 

 

しばらく見ていると、

 



突然・・・

   

「買ってくれ」 「買って頂戴よ」

 

 

と言われているように感じました。

 

さらに、じーっと見ていると、もうこれは買わずにはいられない、

 

そんな気持ちになってきます。
 

 

そこで、値札をみると¥1500とあります。

 

 

 
「えっ、安いやん!」
 

 

 
確かに万年筆にしては安い、でも当時、苦学生だった私には結構な出費。

 

 

しばらく悩んだ末、

 

 

清水の舞台から飛び降りた
(京都時代ノ話デスカラネ)
 
 

つもりで買っちゃいました。

(チョット大袈裟・・・デモ本当ニ苦学生ダッタンダヨ!)
 
 

買った後、すごくいい買い物をした気になってすごくうれしかったことを覚えています。

 

もちろん、しばらくいつもポケットの中に入っていました。

 

 

 

今でも時々机の引き出しから取り出して眺めることがあります。

 

あの古びた文房具屋さんが懐かしく思い出されます。

 

そして大学院時代のいろんなことも同時に記憶の中から蘇ってくるようです。



fp_1-1

 

※今ではすっかりキャップの金色のリングもクリップの金メッキも剥げています。

 
fp_1-2

 

※でも、まだまだペン先は何ともなくバリバリの現役です。

 


7月29日のblog 「本当の目標1」 で自己の内面を深く掘り下げると宣言しました。

 

実際、今もやっているんですが、これがなかなかしんどいですね。

 

 

 

 

掘り下げたのはいいですが、なかなか上がってこれません。

(結構マジデ悪戦苦闘中!・・・イヤホント・・・)

 

 

 

ちょっと頭がクリアになるまでこの続きは書けないかも・・・。

(隠レブログデ「本当ノ目標2」ヲ何度モ書イテイルンデスヨ・・・コレモホント・・・)

 

 

 

適当にお茶を濁す程度のことならいつでもできますが、書くことが義務になってくるとblogの意味がないのでちょっとコノ問題は置いときます。

(マア、デモソンナニハ長クカカラナイト思イマス・・・

アト23日クライデスカネ・・・?!)
 

 

その代わりと言っちゃなんですが、かなりたまってきた

 

treasure hunt のシリーズでがんばります。

(後ハ画像ダケナンデスヨ・・・隠レブログハ随分溜マッテイマス)

 


 

Stairway to Success/第6回目:本当の目標1」です。

 

 

前回まで「自己との対峙」「生きる目標」「小さな破壊」「存在の意味」と続いてきましたが、今日はいわば前半のハイライト!

 

「本当の目標!?」

 

 

ちょっと前に目標を考える上で、

 


人と深く関わり

 

社会と向き合う

 


ということを書きました。

 

ココ → http://ameblo.jp/pbs/entry-10002833646.html

 

もちろんそのこと自体がなかなかできない人もたくさんいます。

 

そのような人はまずそこが目標になるのでしょう。

 

いわゆる

 

「自分の殻を破る」 「自分の壁を超える」

 

というようなことです。

 

あるいは、これも書きましたが

 

「自分の中で小さな破壊活動を絶えず起こす」

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

このことばかり考えていても話が進まない、というかここで説教じみたどこぞのセミナーみたいなことをつらつら書いても何の意味もない。

 

で・・・、ここからは私の独断と偏見、自分のこととして考えていきます。

 

 

 

私の今の目標は、

 

「ワクワク、ドキドキする場や時間を創り出す」

 

「みんなの記憶に残る場や時間を創り出す」

 

そういう仕事を行うこと。

 

 

何のために?

 

「自分がワクワク、ドキドキする瞬間を共有したい」

 

と言う思いがあるのと、

 

「自分の生きた足跡を世の中に残したい」

 

というのが本音?のように思っています。

 

 

 

 

こういう思いを持っている人はたくさんいると思います。

 

でも、それはなかなか実現できない。

 

ナゼ?

 

簡単です。

 

一緒に行動できる仲間がいないからです。

 

 

 

ここからが大事なところです。

 

 

 

自分がワクワク・ドキドキするのはどういう場?

 

自分がワクワク・ドキドキするのはどういう瞬間?

 

 

 

その具体的な ビジュアルイメージ を伝えることが不足している。

 

 

 

そのイメージが鮮明であればあるほど、

 

強烈であればあるほど、

 

周りの人々に与えるインパクトは大きいはずですし、

 

同じ思いを共有できる仲間も生まれやすい。

 

 

このところを突き詰めていく 行動と覚悟 が弱かったんです。

 

 

覚悟と書いたのは 「わかる人にはわかる!」 はずです。

(何ノ説明ニモナッテナイ・・・デモ言葉デ書イテモネ・・・)

 

創造と破壊

(マタデタ、ヨッポドコノ言葉ガ好キナンデスネ)

 

いろんな意味で、捨てることを覚悟しないといけないようです。

(何ヲ捨テテ、何ヲ生ミ出スノ?) 

 

 

 
 

ちょっと中途半端ですが今はここまで、続きは夜に書きます。

(打合セニ行ッテキマス・・・シゴト、シゴト・・・)


 

自分の内面をぐっと掘り下げることをやってみます。

(ドコマデ書ケルカハワカリマセンガ・・・)




LLPって皆さん聞いたことありますか?

 

何かの薬とか、ミュージシャンのグループ名とかでもないです。

 

 

 

新しい事業組織の名前 です。

 

ちょっと前にNPO法が成立し、どこもかしこもNPO・・・と言うようなこともありましたが、さらにその延長線上の動きだと考えてよいでしょう。

 

で、LLPとは


Limited Liability Partnership:有限責任事業組合」

 

の略称です。

 

 

大きな特徴は次の3つです。

 

1.有限責任制:出資者は出資額までの責任しか負わない。

 

2.内部自治原則:利益や権限の配分が出資比率に拘束されない。(取締役会や監査役の設置が強要されない。)

 

3.構成員課税LLPには課税されずに出資者に直接課税される。(つまり、LLPには法人税は課税されない。)

 

 

自由に利益配分が出来る!

 

LLPには課税されない!

LLPニハ法人格ハアリマセン)

 

なんて素敵な制度だろう。

 

 

この制度を活用して、様々な企業、大学、個人などが連携して起業することができるように思います。

 

 

で、御多分に漏れず・・・、

 

この制度はやはり欧米が先んじて導入しています。

(イツモ新シイ制度ハ欧米カラ・・・チョット悲シイケドネ・・・(T_T)

 

アメリカでは既に80万社(LLC)、イギリスで1万社(LLP)を超える事業体が誕生しています。

アメリカノLLCハ「Limited Liability Company:有限責任合同会社」トイイマス。)


 

この夏 81日が施行期日 と閣議決定がありました。

 

 

この制度には、NPO以上の可能性を私は感じています。

 

日本でもNPOの力は徐々に増していますが、ビジネスということではなかなか広がりにくいのが実状です。

(モチロンNPOは社会的ミッションガ大前提ニアリマスカラ)

 

ただ、これからの企業体はNPOに匹敵する社会的使命を認識して行動することが求められていることは少し前のブログでも書きました。

 

ココ → 「存在の意味1」 

http://ameblo.jp/pbs/entry-10002927425.html

そうすると、どんどん営利活動と非営利活動の境界はファジィーにならざる得ないのです。

 

ケースバイケースで組織の形態を変えながら社会にアメーバのように浸透していくのが今的なビジネス手法なのでしょう。

(ガンバレ!アメーバブログ!!)

 

 

 

ということで、

 

今年はLLPを立ち上げ、新しいビジネスチャンスを自ら創造していこう!


と考えています。

 

 

 

経済産業省 → 「LLP関連」 

http://www.meti.go.jp/policy/economic_industrial/gather/ei0000002/index.html

 

 

 
 

ローマ市内の公園を紹介します。

 

 

 

teien2 teien1

 

 

 

エントランスを入った瞬間、

 

圧倒的な緑量、

 

軸線の通ったカナル

 

・・・いかにも・・・です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウソです・・・

 

 

 

スイマセン。


 

 

 

これは大阪の 鶴見緑地公園!です・・・m(_ _)m

  

でも、決して世界の公園にも負けていないと思います。

 

日本にも素晴らしい公園がたくさんあります。

 

 

 

アメリカやヨーロッパとどこが違うの?

 

 

一番は利用する市民の意識ではないでしょうか。

 

自分たち市民の財産であるという意識がやはり少ないように思います。

 

 

基本は、

 

他の利用者に迷惑をかけない、

 

自分たちの次の世代にも美しい公園を継承する


そんな風な思いを持っているかどうかなんだと思います。

 
 


 

さて、7月19日のブログでは 「存在の意味」 と言いながら、実はチョット脇道にそれてしまいました。

私の悪い癖です。 m(_ _)m ・・・で、続編です。

 

 

 

正直このテーマはかなり重いです。

 

自己の存在とか、社会的存在とか言うと・・・

 

なんだか哲学的な雰囲気になって

(哲学ダヨッ!)

 

重苦しくなっちゃいます。

 

哲学を軽く語るって出来ないですかね。

(チョットヤッテミヨウ!) 

 

 

最初は自己と他者ということで、現在形での広がりをイメージしていましたが、昨日書いた25年ぶり、38年ぶりの人との繋がりという体験をして、自己と他者には今という社会の広がり(空間軸)以外に過去から現在という時間軸の考え方も重要だ、と気付きました。

 

 

よく過去のことは忘れて、

 

昔のことは全部水に流して、

 

 

なんて言いますが、私は

 

 それは間違っている! 

 

と常々思っています。

 

 

自分の過去は決して逃げることの出来ない現実です。

 

誰も知らなくても、自分だけは知っているリアルなものです。

 

そして、この時間軸の中に他者との関係性が詰め込まれているんです。

 

 

「今が楽しけりゃいいんだよ!」

 

「好きな音楽聴いて、踊っている時が一番楽しい!」

 

 

そりゃ、そうでしょう。楽しいほうがいいに決まってる。  

 

 

でも、

 

 

どうしてその音楽が好きなの?

 

何故ダンスが好きなの?

 

いつから好きになったの?

 

 

「そんなのわかんねえよ」

 

「意味わかんなーい」

 

 

 

そりゃ、そうでしょう。 私もわかりません。

 

ズボンをずらしてはく学生/平気で電車の床に座る学生/パンツの見えるローライズのジーンズ/電車の中で化粧する女性(ドライヤーヲスル女モ見タコトアル…ショック!)/耳クソ穿って電車のシートに擦り付けるおっさん/満員電車で新聞を読むサラリーマン/絶対二日酔いするくせにまた酒を飲む私・・・

 

世の中わからんことはたくさんあります。

 

 

ところで・・・

 

赤ちゃんのときのこと覚えていますか?

小学校のときの夢は何ですか?

中学校のとき、クラブは何をしていましたか?

高校のとき好きな人はいましたか?

大学のとき何を悩みましたか?

今、一番興味を持っていることは何ですか?

 

 

素直な気持ちで問いかけてみてはどうでしょう。

 

思い出の中の自分の周りには誰がいたでしょうか。

 

今の自分を考える中でどういう影響があったんでしょう。

 

 

 

実は、このことは自分だけでなく、他の人も同じです。

 

 

「他人の思い出の中にも

あなたは存在しているはずです。」
(コノ発想ノ転換ガ大事! 自分ダケヲ中心ニ物事ヲ見テハダメ!)
 

 

そして良い悪いは別にして何らかの影響を与えているでしょう。

 

そのこと自体、その蓄積が自己と他者という関係性をつくっている。

 

 

「あなたの存在の意味は

  あなたの中だけで完結していない。」

 

 

 

全てのものに存在の意味があると言いますが、

            きっとそういうことなんだろうと思います。


       (ウマクマトマッタカナ?・・・マダマダ、ワカンナイネ)


先ほどの「同窓会話」の続きです。

 

 

38年ぶりと言うと、私の小学校12年の頃の話です。

 

その思い出の中身についてはここでは秘密にしておきます。

(ソンナノ照レクサクッテ、書ケナイヨ!)

 

でも・・・ 懐かしくって、温かいもの です。

 

 

それよりも、どうしてその38年ぶりの思い出(Jさんとします)と出会えたかが大事なんです。

 

 

25年ぶりの高校の同窓会で、いろんな同級生と知り合いました。

 

高校のときは話したことのなかったKさんともこの同窓会を通じて、昔からの古い友人のように話をすることが出来ました。

(同窓生ッテイウ繋ガリハ本当ニ不思議デス)

 

その25年ぶりに初めて知り合った高校の友人(Kさん)と38年前の思い出(Jさん)が実は中学校の同窓生だったわけです。

(チョット訳ノワカラン書キ方ニナッテシマッタ・・・m(_ _)m

 

Jさんは確か小学校2年のときに他の小学校に転校してしまいましたので、本当に38年ぶりということなんです。

 

Kさんには1年ほど前に「もしかしたらJさんと言う人が同じ中学にいない?」と話したことがありました。

そのことを覚えていてくれて、中学校の同窓会でJさんをつかまえて、私のことを尋ねてくれたのです。

 

 

2つの同窓会・・・

(一ツハ私トハホトンド関係ナイ人ガ集マル同窓会・・・

デモ、ドコカデ繋ガッテイタ) 

 

25ぶり38ぶり・・・

 

とんでもない時間の隔たりのように思いますが、

 

本当に 一瞬で時が交錯します。

 

一体 この時間の揺れは何だろう?


 

 

44年と8ヶ月ほど生きているわけですが、

 

それが一瞬の出来事のように感じられます。

 

 

同時に、

 

 

人との繋がりはなんて不思議なんだろう。

 

自分の周りにいる人はみんな大事な人ばかりなんだと感じました。

 

 

 

 

私との話を忘れずにいてくれたKさん

 

私のことを思い出してくれたJさん

 

 

ありがとうございます!

 

 

 

 (Kサン、Jサン、無断デ書イチャイマシタ・・・オ許シヲ・・・)

    

※タイトル「真夏の昼の夢」はKさんの受け売りです・・・m(_ _)m

今日の話題は同窓会です。

(デモ、今日ノハビジネスニハ関係ナイヨ)

 

昨年2月、25年ぶりに高校の同窓会を開催したんですが、ひょんなことで代表幹事になってしまいました。

 

 

200310

31組の有志3人が集まり、クラス同窓会を20042月に開催決定!

ところが、一緒にやろうって言う人が結構出てきて、結局、学年全体の同窓会に。

(高校ノ同窓会ホームページガアリ、

ソコデ情報ヲ共有シテイタノデ他ノクラスノ人モ見レルンデスネ)

設定した開催日まで僅か3ヶ月、

これって 「かるくヤバイ!」

まともに300名以上の人の住所を探し、

往復はがきで出席を確認し、

会場を押さえるなんてとても出来ません。

 

200311

わが母校・大阪府立港高校には同窓会館がある。

ある程度の卒業生の消息はそこでわかります。

これを最大限にいかそう!

ということで、会館のお世話をされているOBに頼んで卒業名簿を見せてもらって名簿整理をしたり、同窓会当日の会館利用を頼んだりしました。

 

200312

同窓会開催の案内はがきを出しっぱなし(約300名に出した)、

出席確認を取らずにやろう!

と、かなり無謀な方法を採択。

(チョット信ジラレナイ?)

一番問題となる当日の参加人数が正確に把握できない!?

これって 「かなりヤバイ!!」

 

20041

さすがに開催日が近づくと不安になる。

知っている人だけにはメールなどで確認を取る。

(コノ企画スタート時ニメーリングリストヲ立チ上ゲマシタ・・・

今モ続イテイマス)

20042

30名ほどは確実に出席を確認。

マア何とか格好はつくよなと一安心。

当日の飲み物、食事などは全部自前(近所のスーパー・酒屋で調達)で用意すると決定。

(多クノ人ニ参加シテホシカッタノデ参加費ヲ最小限ニ抑エタカッタ)

予算は、30名×参加費3000円=9万円の出来る範囲でスタートすることにしました。

増えれば増えたで、その時にピザやら出前で取り繕えばいいか、と言う軽いのり。

 

2004222日当日

12時スタートで午後5時まで会館を借り切り。

「好きな時間に来てください!」 
という普通の同窓会ではあり得ない設定。

最初の1時間くらいはなかなか出足が鈍い。

30名来てくれるかなあ?」

幹事同士でも不安は隠せません。

(カナリ・・・ドキドキ・・・デス)

 

午後1時を過ぎたころから、続々と25年ぶりの懐かしい顔が集まりだします。

会館の廊下から階段、グラウンドまで列が続いています。

気がつくと会場は満杯! 

2月というのに熱気に包まれて、

部屋の中はもやがかかったようになっています。

 

みんな、笑顔、笑顔、笑顔!
 

なんと100名を超える同級生が集まりました。

 

12時から5時間の設定をしていましたが、あっという間に時間が過ぎます。

2次会もたぶん60名以上が参加したんじゃないかと思います。

 

やってよかった! 本当にそう思いました。

 

 

 dousoukai 2004  

 

でも、何故今頃こんな話をするのん?

 

そうです。そこでなんです。

 

その後、これを契機にいろんな人との交流がどんどん膨らみました。

 

そのおかげで高校の25年ぶりをはるかに超えた

 

38年ぶり

 

という思い出と昨日出会ったのです。

 

本当に人の縁というのは不思議です。

 

その話をしたくってここまで引っ張りました。

 

(ゴメンナサイ、チョット長文ニナッタノデ、続クデス・・・

                          ・・・スグUPシマス。)

※タイトル「真夏の昼の夢」はKさんの受け売りです・・・m(_ _)m。

Kさんとは?・・・続きをご覧になればわかります。

昨日の続きです。

 

大学の先生の話の中に企業の存在についての内容がありました。

 

「企業の存在」と言うとチョット難しいですが、

 

「企業経営」

 

というとわかりやすいですね。

 

 

企業経営とは一般的に次のように言われます。

 

「企業に利益を生み出し、成長させること」

 

もちろん今もそうですが、しかしその考え方の土台が変わってきていると言うのです。

 

つまり、

 

 

「企業の成長のベースとして、

社会の発展にいかに寄与するか」

 

「企業の社会的存在意義を高める」

 

 

このことが、今、企業にとって最もホットな命題。

 

先生の話は、企業でこれなんだから行政はいわんや・・・と続きます。

 

これももっともなことです。

 

 

 

そこで私は企業や行政とかの組織ではなく、

 

 

「私と言う個人ならどうなの?」

 

 

と問いかけました・・・

 

 

 

人間と言う存在は社会的存在であるといわれます。

 

誰でも知っているとおり一人では生きていくことはできないのです。

 

自分と言う人間を社会の中でどのように位置づけられるのか?

 

難しいことですね。

 

そのことで悩んでいる人は数知れません。

 

 

 

「自分株式会社」 とか 「わたくし株式会社」

 

と言うようなことを時々耳にします。

 

つまり、企業の組織のように自分を客観的に見直して、自分自身をコーディネートしようと言う方法論です。

 

 

そこまで割り切っていいのか、

 

と言う感じも正直するのですが、

 

自分と言う人間を分析すると言うことでは面白い方法です。

 

 

スパッと割り切って、

 

 

自分の弱いところは誰かに助けてもらおう!

 

自分自身にもっと投資しよう!

 

今日はこんな風に自分を演出しよう!

 

 

というように自分を比較的コントロールしやすくなることは事実だと思います。

 

でも、私のような天邪鬼は正直チョット辛いところもあって、そういう行動をウソっぽく感じてしまい、自己嫌悪に陥ることもあります。

 

このあたりを割り切る強さがきっといるんだろうなと最近思っています。

(悩ミナガラ、グダグダ生キルノモ実ハ結構好キダッタリシテ)

 

 

 

 

 

 

 
 

 

いや、割り切るんじゃ、やっぱりダメだ。

 

自分の中で収支決算をきちっとしておかないと、

 

きっと後でしっぺ返しをくらってしまう。

 

 

ここのところの粘り強さがきっと一歩前に出る勇気に繋がるんです。

 

勇気 とは、がむしゃらに突っ込むことじゃなくって

 

自分の中の迷いを整理しきったときに生まれる強さ

 

なんだと思います。

 

 

 

 

と言いつつ、自分の日常を反省する私です。

(・・・トホホ・・・)

続く・・・