卒業演奏会の会場でのリハーサル(ゲネプロと言う)の時、『少女』を初めて“通し”(=全曲)を聴いた先生の感想にはちょっと驚いた。


「あんたの(この)曲、初めてちゃんと聴いたけど、ギリシャの音楽にそっくりだよ」


ギ、ギリシャあ?
そんなの今までの人生で一度も聴いたことないですけど、はい(^^;
それに、(この曲で)やってることは、むしろ日本の箏曲に近いはずだし、なんでギリシャ???


で、後日、ギリシャ古典音楽のCDを聴かせてもらった。


「ぴゅい~~~ん(←謎の音)、じゃらがしゃがしゃ~ん(←金属音+ガラスの割れるような音?)」

なんだ?このシンセサイザーみたいな音は!?


「じゃらら~ん(←弦楽器?)、た~らら~らら~(←笛?)」

あはは、なるほど~、なんだか知らないけど、確かに似てる気がするぅ~(笑)。


ギリシャの古典音楽って、金属的な打楽器が多いみたいで、シタールみたいな音の弦楽器がメインのよう。そうすると南国系の民族音楽かと思いきや、日本の笛に似た音色の管楽器が、それこそ日本の笛のように音程が不安定に動くような(よく幽霊が出るときに鳴るあの笛のイメージ)フレーズを演奏する。


使っている音階は、明らかに違うのだが、弦楽器が「じゃら~ん」と弾いたあとに、歌ったりするテンポや間合いが『少女』のそれにそっくり(^^;。
しかも、突然、太鼓がダダンと鳴って、リズムを刻み出したりする曲なんかは、『少女』のBlock:4を彷彿させる(笑)。

女性が、1つの弦楽器と共に歌う曲は、まさにヘテロフォニーだし。


私の魂は、何代か昔はギリシャ人だったのかも(^^)。

今回の『少女』という曲。自分にとって、本当の意味で(注:このBlogの『校歌を作る』にあるとおり、そういうものは書いたが、あれは、独自の作品性はあまり無いからね)久しぶりに作曲したものだったので、言いたいことが山ほどある(笑)。


「音楽は聴いてナンボだろっ」


という声が聞こえてきそうだが、私もそれは全く賛同している。最終的にはどんなジャンルであろうとも確かにそうだと思う。ただ、こういう音楽は、おそらく、イイとか悪いとか好きとかキライとか、普通に判断出来にくいモノだろう。作った本人だって、これがイイとか好きとか、実は良く判らない(笑)。


プロではないので、売れる曲を書く必要もないし、結局、
自分の中にある『何か』を具象化して、自分で納得したい
という欲求を満たそうとしているだけだ。


まぁそもそもBlogなんてものも似たようなモノで、基本的には、自分が満足するために書いているはずだ。メーカーの公式サイトではなく、Blogなんだからそれでイイのだ。


さて、曲を聴かせるまでに、せっかくあれだけ長い文章をうだうだと書いたので(笑)、今度は、曲を聴いた後という前提で、ブロックごとに解説を入れてみる。



作曲者本人による、解釈の違いが起こらない、間違いのない解説

【Block:1】
イントロでは、AX-1のピッチベンダーを使って、しゃくり上げるような音で、“掴み”を狙う。「なんだなんだ?」と驚かせて、聴衆の意識をこちらへ向けさせるという意図である。新作の発表では、曲の善し悪しよりも、記憶に残すことが最も重要である。よって、こういった演出(?)は実は大切。
もう一つ、真面目な意味として、「なぜシンセサイザーなのか?」という答えのひとつ。ピアノで代わりができるような音では、使う意味がないのである。


詩の最初の部分なので、状況説明的に考え、歌いあげるようなメロディーでなく、八分音符を基本に、つらつらと喋るような感じの旋律にしている。ラの音に、♭が付いたり取れたりしているところがポイント。シンセサイザーは、伴奏的ではなく、かといって、ハーモニーを作るわけでもなく、ユニゾンでもない。旋律をなぞるようで同じでもない、いわゆる“ヘテロフォニー”である。


それまでと印象の違う「みん~なほしいわ」という“跳躍+伸ばし”の部分と、(ムービーでは撮れていないが)最後に、跳躍と最高音で、「水~」と歌う部分が、このBlock:1のハイライトであり、この“音型”は、Block:5の最後でも出てくる。



【Block:2】
一転して、16分音符で「タカタカ・・・」とオクターブで動く音の上で、ソプラノが叫ぶように歌うことで緊迫感を出す。この動きは、アルペジエーターという機能を使っているが、鍵盤の押し方で、タイミングや強さが反映されるようになっており、音楽的なノリを出すことが可能になっている。実は、試しにシーケンサーで“正確に”演奏させてみたが、あまりに無機的でつまらなかったので、鍵盤にシンクロさせる方法に決めた。
後半は、自由なテンポで歌う(語る)合間に楽器が鳴るという、琵琶の演奏のようなイメージ。



【Block:3】
全体の中で唯一、「歌」っぽい部分。クラシックの歌曲でいえば、アリアに当たるところか。シンセサイザーも伴奏に徹している。逆に言えば、非常に普通で、面白さはない。



【Block:4】
自由なテンポによるシンセサイザーのソロに続き、突然の打楽器音。和太鼓のような音と、大鼓・小鼓のような音で日本的なイメージを持たせながら、それを裏切る形で「カー」とか「コー」という乾いたノイズを含めて非現実性をイメージさせる。なお、これらの打楽器音は、「音を作る」というシンセサイザーの本来の機能によって、全て私自身で作ったもの。
それらの打楽器音をRADIASの持つステップシーケンサーによってプログラミングし、リズムを刻ませている。音の出だしを演奏者(=私)主導で行うようにするため、フットスイッチを踏んだ状態で、鍵盤の最低音を押すことでスタートするように仕組んである。


一方、「チャララララ、チャラララ・・・」と下降する音は、音色は今まで使っていた琴のような音と全く同じ。下降音階をステップシーケンサーでプログラミングしておき、押した鍵盤の位置(=音の高さ)に合わせて、音型が平行移動するように仕組んである。最初の音=弾いた音だけは、弾いた強さで鳴るようにすることで、ダイナミクス(=音量変化)を出せるようにしている。


「手まりうた」のような詩のため、旋律も「手まりうた」風にしている。



【Block:5】
音楽の流れとしては、Block:4と繋がっていて、語り口調の感じ。ムービーでは聴き取り難い上に切れてしまっているが、「月へ帰るように」と歌って終わる。この「月~」の音型と、Block:1のハイライトの「みん~な」や「水~」をの音型を関連させることで、曲全体に“まとまり”を持たせている。


ところで、数ヶ月に1回程度しか記事の無いようなこのBlogに、こんなにも一生懸命(?)に書き込みをしているのは、卒業演奏会での発表(演奏)の様子をデジカメのムービーで撮ったものが意外に面白かったから。自分の作品は、ぼぼ全部、録音したものがあるが、動画は珍しい。いや、Titaniaのバンドの時は、ビデオカメラで撮ってもらった映像はあったな。あれも確かに見ていて面白かった。でも、Titaniaは、自分の曲ではなかったからねぇ(^^)。


コンパクトデジカメのムービー機能で撮ったものなので、メモリーの都合により(笑)、曲の全部は撮れていない。しかも、客席からの撮影。それでも、演奏の様子や作品のイメージは、良く判る。それに、音の方は結構キレイに録音されていた。


でも、むしろ完全版でないからこそ、時間短く、データサイズも小さいので、ネットで公開してもイイかなと思った次第(^^;。
それに、私の友人・知人の多くは首都圏在住で、実際、誰も演奏会に来られなかったので、お披露目には、ちょうど良いかと。


なお、ネットで公開するにあたっては、AppleのQuickTimeを使っている。理由は、撮影に使ったデジカメのムービーフォーマットがQuickTimeだったからというだけ。オリジナルでは、高画質・高音質で撮影されていたが、ネットで公開するために、ダウンサイジングした。その編集の為に、QuickTime Proを購入したのは、余計な出費だったが(笑)。


パソコンに詳しくない人の為に、念のため書いておくと、Windowsで視聴するなら、Apple社のサイトから、QuickTimeの無償プレイヤーをダウンロード&インストールすればOK。無償=タダです(笑)。
Macなら何も要らないはず。



さて、そろそろ前置きはいい加減にして(笑)、曲の説明を始めよう。


演奏会のプログラムに載せた解説は以下の通り。


【演奏曲目解説】
光崎検校、吉沢検校らによる江戸時代後期の箏曲は、まだ西洋音楽の影響を受けておらず、それまでの日本の伝統的な音階や響きを持った箏曲の集大成とも言える高い完成度を持つ。園田恵子の現代詩「少女」は、純粋である故の無邪気な残酷さと、芽生え始めた大人の女性らしさを併せ持った少女の、幻惑的で妖しい魅力や美しさを表現している。箏の伝統的な調弦である古今調子や雲井調子の音階によって作られた音楽を、シンセサイザーという現代的な電子楽器によって機械的な音色で演奏するということ、そして、ソプラノという西洋音楽の発声で歌うということ。これらによって、少女が持つ中間的な雰囲気と、現実と非現実の“ はざま”の世界を展開する。


プログラム掲載にあたり、文字制限もあったこともあるが、わざと難しそうに書いている(笑)。 ←こういう文章は得意(^^)v


作曲している間、参考として最も聴いていたのは、吉沢検校(よしざわけんぎょう)の「千鳥の曲」。とにかく、普段は聴くことがない、箏曲というジャンルをアタマの中に定着させるために、一体、何十回聴いたことか(^^;。
本来は、日本人なのだから、もっとこういう音楽が身近であっていいと思うのだが、日本という国は、特に文化においては未だに外国に対して劣等意識が強いからねぇ。明治以降の教育における大きな失敗なのだが。


しかし、「千鳥の曲」ばかり聴いていたとは言っても、箏曲を作ろうとしていたわけではないので、そこからどういった“要素”を使うかという所を常に意識して聴いていた。現在の我々のように、西洋的な音楽に洗脳されたアタマ(笑)では、とかく、厚みのある方向へ行きがちなのだが、箏曲のように、


音数(おとかず)は少なくても、奥が深い


と感じられるようにするにはどうすればいいのか苦労した。演奏では、ショルダー型のキーボードを使うので、演奏は右手だけで出来る範囲になる。逆に言えば、だからこそ、箏曲的なもの・・・というアイデアにも繋がったのだが。


基本的に音階は、箏の調弦を使っている。解説に書いたものに補足すると、雲井調子【壱越】(くもいぢょうし・いちこつ)や古今調子【壱越】(こきんぢょうし・いちこつ)の他、最もスタンダードな平調子【壱越】(ひらぢょうし・いちこつ)を使っている。箏は13本の絃の楽器のため、音が13しかない・・・と思われがちだが、実は、左手で絃を押して音高を変化させるので、実際にはもっと多い。しかも、演奏では、歌が箏の調弦とは別の音を(一時的に)歌う場合もあるので、和音のような音の響きを考えれば、かなり複雑にもなる。この複雑な響きは、(西洋で言う)調性の崩壊した現代音楽に通じるものがある。ただ、日本人であれば、なんらかの日本的な響きの“記憶”があって、一般の人にも違和感は少ないのではないかと思った。


そういえば、前回、書き忘れたことがある。
シンセサイザーを使うとはいえ、ライブでは、PCなどでの自動演奏をしないというポリシーだ。


シンセサイザーなどの電子楽器は、コンピュータを使えば、何人も演奏者が居るがごとく、複雑で厚みのある演奏ができる。実際に、自分が演奏する楽器以外を全て自動演奏で鳴らしたライブステージを見たことがあるが、完全にコンピュータの自動演奏に、人間が合わせている形であり、


「それなら誰も演奏しなくても、全部自動演奏でもいいんじゃない?」


というオチになる。それこそ、既に録音したCDを配布すればいいので、ライブ演奏の意味すら無くなる(笑)。

そのようなことにならぬよう、今回は、RADIASが本来持っている、アルペジエーターやステップシーケンサーなどの機能は、あくまで“演奏者の支援”であり、人間(演奏者)が“主”で、機械(RADIAS)は“従”であるという関係になることには、こだわった。


#0046 『少女』(2008) へのリンク
http://pattayan.org/music/



Apple Inc. 日本語サイト>> http://www.apple.com/jp/

この3月末で、大学院を卒業となる(見込み)。

音楽科の場合は、卒業試験(演奏および論文の発表)とは別に、『卒業演奏会』というものがあって、卒業試験(非公開)で演奏したものを、一般の方々に発表するのが恒例となっている。まぁ実質的には、大学で学んだことを、親族や、知人・友人に、“お披露目”するための発表会だ。


大学院卒業にあたって、作曲専攻である私は、作品(作曲)と論文を提出するつもりだった。しかし、時間的に厳しかったので(笑)、作品については、卒業演奏会で発表することにして、卒業試験としては、論文一本に絞った。

この論文の内容については、卒業試験での発表の後に、このBlogで紹介しようと思っていたのだが・・・、卒業演奏会が1ヶ月後に迫っていたので、そんな余裕もなかった(^^;。


さて、論文についての詳細は、いずれ書くということにして(←本当か?)、卒業演奏会で発表した作品について書くことにする。


曲名: 『少女』 (詩:園田恵子)
編成: ソプラノ+シンセサイザー


以前、このBlogの『校歌を作る』で“良いメロディーを作るのが根本的に苦手”と書いたにもかかわらず、歌なんかを作ることにしたのは、同じ科で一緒に卒業する学生が、声楽専攻(ソプラノ)だったから・・・という単純な理由(^^;。

とは言え、普通にソプラノとピアノ伴奏というありふれたスタイルにだけは、(自分の性格から言っても)絶対にしたくなかったので、例えば、管楽器をプラスしてトリオにするとか、いくつか案を考えていた。しかし、イメージに合った楽器を演奏できる人が見つからないとか、練習できる時間の問題とか、そもそも卒業演奏会に外部の演奏者を使うことが出来ないという制約もあって、二人で演奏ができるスタイルで、通常では無いもの・・・ということで、私がシンセサイザーで演奏することにした。


シンセサイザーを使うという発想に至った要因は、2つある。


1つは、このBlogの最初の記事として(偶然?)取り上げたPerfumeの影響。
Perfumeは、あの後に、NHKの環境・リサイクルキャンペーンソングとなった、『ポリリズム』で、大ブレイクしたようだが(*1)、今、流行っているからどうかには関係なく、私が最初にPefumeを聴いた時の“新しいテクノポップ”の好印象からである。おかげで、機械的な音色を使うことに抵抗がなくなった・・・というより、あえて使いたくなったというわけだ。

このこともあり、1月の最初に、KORGのアナログモデリング・シンセサイザー『RADIAS-R』(*2)を買った。Pefumeの影響というと言い過ぎだが、発売当初から興味があった、このRADIASを本気で買おうという“後押し”となったことは確かだ。


2つめの要因・・・というよりは、経験と言ったほうが良いのかもしれないが、かつて、バンド活動していたTitania
キーボードという「見た目が地味」な演奏スタイルをどう“見せるか”ということで、導入した、ショルダー・キーボードのRoland AX-1を持っていたということ。AX-1は、キーボード・コントローラーなので、これだけでは音が出ないが、これを、RADIAS-Rにつなげて演奏したら、ステージで、しかも、クラシック演奏が主となる卒業演奏会では、インパクトがあるのは間違いない(笑)。


さて、演奏形態は決まったところで、肝心なのは曲だ(^^;

今回、歌詞として選んだ『少女』という詩は、いわゆる現代詩で、かなり昔に、歌をつくるネタとなるかもしれないと買った詩集の1冊の中にあったもの。実際に歌を作るかどうかはともかくとして、自分が好きな現代詩は、表面的な表現は綺麗だが、深く読むと、女性らしい(?)情念のようなものを感じる作品。「その奥には真実が潜んでいる」というものに魅力を感じる。また、面白いことに、“血”とか“刃物”のような強烈な言葉は、意外にも男性より女性の詩人のほうがよく使う。その言葉の持つ、鋭さや怖さと、前衛的な現代音楽の尖った響きに、ある種の共通性があると感じている。


一方、現代音楽といわれるクラシック音楽のジャンルは、玉石混淆であり、難解で、聴衆不在とも言われている。クラシック音楽を好む人でも、ほとんどが近代より以前のものを聴いているし、一般に多くの人々は、ポップスやロック、ジャズを聴いている。


また、ここで私の性格が出てしまうのだが(笑)、だからと言って、流行りのJ-POP的な音楽なんか作る気はない。そういう音楽なら、他にいくらでもあるし、(自分でなくても)そういう音楽を作るセンスの長けた人が、良いものを作ればいいと思っているから。(かといって、そういう音楽が簡単に作れるとは思っていないし、キライなわけではない)


では、“自分らしい音楽”とは何か?


実際、それが判れば苦労はない(笑)。だが、かつて自分が作った作品の中で、自分が納得いっている音楽に、その答えの一部があると思っている。その作品について説明し始めると、また長くなってしまいそうなので(^^;、ここでは、結論だけ言うと、


“日本の伝統音楽(純邦楽とも言われる)と現在の音楽の融合”


である。日本の伝統音楽とは、言うまでもなく箏曲や能楽など、日本古来の音楽のことであり、“現在の音楽”とは、ポップス、ロック、ジャズなど、現在のあらゆる音楽ジャンルを含めた、まさに、今、普通に耳にする音楽のことである。


「○○と□□の融合」・・・などというのは、語り尽くされた感があるが、実際に融合といっても色々な段階や解釈があると思う。私が考える“融合”とは、ただ混ぜたということではなく、


“異なるモノが解け合って全く新しいモノとして昇華した”


という高度な意味で考えている(^^;
とは言え、実際にそんなモノがそう簡単にできるわけもなく、あくまで“目標”としての位置づけであるのだが・・・。


ここまで、大きな事を言ってしまって、「実際にそういう音楽が出来たのか?」と突っ込まれると、言い訳のしようもない(大汗)。ただ、発表から数週間経った今、振り返ってみれば、“目標”への何らかのヒントが少しだけ見つかった気もする。


(前置きだけで、あまりに長くなってしまったので、ここでいったん終了)




(*1)

『ポリリズム』の初回限定版がプレミアとなっている。店で見たときに「シングル盤だから、まだ買わなくていいや」と思って買わなかったことが、今となっては悔やまれる。ちなみに、Blogで紹介した『Complete Best』は、私が買ったのは、しっかり初回限定版だった(笑)。誤解の無いように言っておくが、プレミアになるようなものを持っていたら嬉しいというだけで、持っているものを売る気は無いし、プレミアとなったものを高額で買う気もない。


(*2)

KORG 『RADIAS-R』 製品のサイト>> http://www.korg.co.jp/Product/Synthesizer/RADIAS/
シンセサイザーの音づくりが複雑になる一方で、デザインやコストの関係から、ボタンやツマミ類が少ない製品が多い中、このRADIASは、昔のアナログシンセサイザーを彷彿させるような操作パネルで、音づくりのし易さに長けている。私が、買ったRADIAS-Rは、鍵盤を除いた音源モジュールだけのものである。鍵盤は、AX-1を使う前提だったことと、家に置く場所や、鍵盤の無い分安価であることも考えて、RADIAS-Rにした。

1/20(日) 16:00~

高岡イオンにて。


「これは何かの啓示か?運命か?(^^;」とも言える偶然だった。


この日は、たまたま週末に富山に居たMorita氏を誘って、私のいつもの山道ドライブコースを案内しながら、高岡イオンに行った。用事があるというほどでもなく、まぁ5%OFFの日だし(笑)、食料でも買うかという程度の理由。着くと、イベントスペースの様子がいつもと違っていた。何かやるらしい。

「何やるんだろう?」と思いながら、エスカレーターを登って、2Fから見てみると(注:吹き抜けになっている)、貼ってあるポスターがどうもMizrockである。ま、まさか、こんなところ(=富山)に?!

でも、どうやら本当らしい、目をこらして、遠くのポスターを見てみると、ちょうど、あと10分ちょっとで始まるところ。


「おお!ラッキー。これは見なくては!!!」


一気に気持ちが盛り上がった私は(^^)、Morita氏に彼女のことを簡単に説明して、始まる時間まで、さらっと楽器屋と本屋を見てから1Fへ降りる。

ステージに登場した彼女は髪の毛が真っ白でちょっとびっくり(^^;


ライブは、MizからMizrockに改名した後のミニアルバム『Good bye, yesterday』を中心とした30分ほどのミニライブであった。最後には2月に発売予定のニューシングルの曲も披露した。

久しぶりに、しかも、予想もしなかった、この場所での、彼女のライブを聴くことが出来た私は、その日は、ずっといい気分で居られた(*^^*)。


私が、Mizrockはを知ったのは、秋葉原の石丸電機に、新譜コーナーに置いてあった、2ndアルバム『Mizrock』を、たまたま見つけた時。この頃は名前はMizであった。Mizなんてまったく知らなかったものの、ジャケットのデザインがちょっと良かったので、試聴してみると、1曲目のロック風のカッコいいイントロ部分を聴いた瞬間に、「おお!良いかも!」とグっと来た(笑)。他の曲もさらっと一通り聴いてみたら、流行りのJ-POPとはかなり違った、ロック風な印象が良く、即、「買い!」と決定。

かなりの好印象のため、良く知らないアーティストにもかかわらず、DVD付きで値段が若干高い、初回限定版を購入した(^^)。


それから、iPodで結構何度も聴いていたほど、かなり気に入っていた。今、公式サイトを見てみたら、このアルバムの発売は、2006/2/22だったらしい。もう2年も前なのか・・・。


このアルバムの発売記念イベントがあって、その時に、Mizのライブを聴いてサインももらっている(*^^*)。今、そのCDを見てみると、2006.3.12と書いてある。To Pattayanと名前入り(笑)。そうだ、たしかに私が富山に引っ越す直前だったなぁ・・・。


ときどき公式サイトを覗いていたけれど、次のCDリリースの情報がずっとなかったので、そのうちサイトを見ることもほとんどなくなってしまった。


去年の夏に、たまたま何かで、Mizrockと改名しミニアルバム『Good bye, yesterday』を出したことを知った。Amazonでの批評をみると、名前にrockとつけたのに、音楽はかえってPOPになっていたと、あまり良い評価はされていなかった。ネットで試聴してみると、たしかにそうであったが、久しぶりのCDだし、聴いているうちにだんだん良くなるかもと思い購入した。買ったのは、やっぱり初回限定版だったが。←やっぱり限定版好き(^^;


2ndアルバムからこのミニアルバムのリリースまで、1年半かかっている。本人のコメントを読んだ覚えがあるのだが、なにか方向性を見失って、しばらく時間を必要としていたようなことを言っていたはず。今、改めてCDのジャケットを見てみると、Mizの時は黒髪だったけど、Mizrockになってから、髪が白いんだな。


私もまさに今、そういう(方向性を見失った)感じなわけだけど、だからこそ、彼女のその1年半のブランクや、名前と髪の色の変化について、何となくわかるような思いがある。


今思えば、2年前のDVDの内容や、イベントでの彼女の話し方や態度は、なにかカッコつけて突っ張っていたような感じがする。それはそれで、キャラとして良かったけれど・・・。

その頃に比べると、今回のライブイベントでの話し方や表情、そして、イベント後のサイン会で、私が

「実は、以前、秋葉原のイベントで会っているんですよ」

と言ったときに驚いて喜んでくれた反応や、

「(CDに)名前いれましょうか?」

と言ってくれるような気さくさは、今の“彼女”だからだろう。いや、本来の“彼女”の姿なのかもしれない。


To Pattayanとサインの入ったCDを手渡しでもらって、

「じゃぁ、今度は東京で・・・」

と言いながら、握手してくれた彼女の笑顔は、とってもステキだった。


Mizrock公式サイト>> www.mizrock.com