前回の記事はIEEE1394カードの話で終わっていたが、肝心のオーディオインタフェースの話をしなければならない。


IEEE1394にこだわったもう一つの理由は、IEEE1394用で欲しいインタフェースがあったから。

YAMAHA GO44

小さくて、価格も比較的安価のわりには、音質が良いらしい。しかも、筐体のつくりもしっかりしていて安っぽくない。姉妹品でGO46 というものもあって悩んだが、当面は、生楽器の演奏やボーカルを録音する予定もないし、もし、生楽器やボーカルとセッションするようなことになる頃には、もっと良いインタフェースも出ているだろうということで、気持ちは“ほぼ”決まっていた。


ところが、GO46の方が発売後2年も経たずに生産完了品としてカタログ落ちしていて、GO44も時間の問題では・・・という不安が。(と、この記事を書き始めて気がついたが、GO44もとうとう生産完了品となっている)


やはり定評あって安心のRoland(EDIROL)製か・・・と思いつつも、GO44と同等の価格帯にはUSB用しかなく、しかも、同梱されるソフトが、(Rolandなので当然だが)SONAR LEである。ユーザーも多く、定評もあるSONARだが、大学院でSONARをちょっと使ってみたが、どこか馴染めなくて・・・。それに、かつてATARIで音楽を作っていた自分としては、やっぱりCubase系だろうと(笑)(LogicはMac専用になってしまったし)。


さらにこのGO44を“買う覚悟”が決まったのは、富山のある楽器店で、アウトレット商品として17800円と、かなり安く売っていたから。多少安いだけならば、今後のサポートの不安を覚悟してまで買うことはないのだが、うんと安いなら話は別。今後サポートが切れたとしても、現状で動くのであれば、将来買い換えるまでに十分に元は取れるだろうという考え(^^;。


気持ちの整理もついたところで、買う気まんまんで、その楽器店に行くと・・・

「・・・・・・・ない」


えー、ずーーっと売れずに残ってたくせに、なんでこのタイミングで無くなるわけぇ~(>_<)。


GO46は、25000円で売れ残っていたが・・・・。これも本来の価格から言えばかなり安いのは確かだが、もともと割り切って買おうとしたGO44の価格に比べるとかなり高い。ここは冷静になって考えよう。きっとこれは「買うな」という神の啓示かもしれないし(笑)。



それからネットやDiGiRECO の記事で、改めてオーディオインタフェースの候補を探してみる。

IEEE1394用にこだわりたいけど、安価なものは少ないのでUSB用も考慮に入れて・・・。


オーディオインタフェースの同梱ソフトで、Cubase LE(できればLE4)が、あるものをYAMAHA以外で探してみると、


tc electronic desktop konnekt 6
Firewire(IEEE1394)
29800円(限定で19800円あり)

NATIVE INSTRUMENTS AUDIO KONTROL 1
USB2.0
29800円

Presonus AudioBox USB
USB1.1
24800円

あたりのよう。

desktop konnekt 6 は、秋葉原で現物を見て、筐体の質感やデザインが、他の同等機種に比べるとすごく良くて気になっていた。結構新しい製品のようで性能も良さそう。ただ、唯一の問題点は、MIDI端子が無いところ。USBのMIDIインタフェースを別途買うことを考えても(限定価格なら)トータルでも安いのだが、そもそもそのような同時使用で支障はないのか心配・・・。

しかし、やっぱりこの製品が19800円とは、かなり気持ちが揺らぐ~(~o~)~。


AUDIO KONTROL 1 は、コントロールに使えるボタンがあったりして、機能も豊富だし、評判も悪くはない。USB2.0対応なのでいいのだが、こっちは現物を見たら、ちょっと安っぽい印象が・・・(^^;
取説がダウンロードだけで、しかも日本語版が無いのが微妙に減点か。


AudioBox USB は、最も新しい製品ということと、音質重視の割に価格が多少安いのがいいかも。ただ、USB1.1用。まあ2chなので、実質的な速度の問題は考えなくてもいいのだろうとは思うが・・・。

筐体は、無骨な金属の削りだしな感じだが、そういうのもキライではない。


機能と価格とデザインと・・・海外製なので、今後のサポートの事も考慮に入れつつ・・・と考えるとなかなか決定打がない。そもそもオーディオインタフェースというものを買うのが初めてなので、不安も多い。エントリーレベルとはいえ、失敗しても「まあいいや」で済む価格でもない。

悩む~(-_-)。

今後しばらく、富山で生活する覚悟ができ、これからの生活基盤?が定まったことで、やっと・・・・・・音楽制作をする気持ちが出てきた。


ライブ演奏をするかしないかはともかく、まずはじっくりと曲作りをできる環境(環境とは機材やソフトなどを一通り揃えること)が必要だ。


大昔は、DTMと言えば、MIDI接続でシンセサイザーやサンプラーを自動演奏させ、ミキサーやエフェクターなどの機材で仕上げて、テープなどに録音する・・・というのがメインであった。しかし今は、オーディオインタフェースとDAWアプリケーションを使って、ほぼPCだけで完成するのが普通になっている。


オーディオインタフェースは、IEEE1394(FireWire)か、USBのどちらかで接続するのがほとんどである。多チャンネルの同時録音をしないのなら、どちらでも大差ない・・・というのが、おそらく正しい。ただ、USB(1.x)よりもIEEE1394のほうが、通信が高速であることや、設計上、CPUの負担が少ないことを考えて、IEEE1394接続のオーディオインタフェースのほうがいいかなと思っている。

ところがネットでいろいろと情報を見ていると、IEEE1394カードのチップ(ホストコントローラ)がTI製(Texas Instruments)でない場合はトラブルが多いらしい。自分のPCにもIEEE1394は標準装備だが、中を開けて調べてみるとAgere製FW323-06であった。


まあIEEE1394のカードなんて、イマドキ安いモノだし買ってもいいか・・・・とネットで調べてみると、いま売られているものは、チップがTI製でないものが多いのに驚く。ネットでの情報だが、昔はTIくらいしか作っていなかったが、その後、他社が安価なチップをつくるようになって、結果的にTI製を使う製品が減ったようだ。


オーディオインタフェースについてもいろいろ調べてみると、メーカーや機種によって、(TIでなくても)VIA VT6306でも対応しているとか、AgereでもOKなものもある。(なぜかNEC製だとダメなものが多い(笑))

だがとにかく、TIであればどのオーディオインタフェースでも安心のようだ。


TIでお薦めのチップは

TSB43AB23

TSB43AB22A

TSB43AB21A

あたりらしいので、これ狙いでカードを探す。どうしても見つからなければ、次に対応が多い

VIA製 VT6306

のものを探すことにする。


友人にも探してもらうと・・・ありました。値段も安く、しかもTSB43AB22A搭載。

Century CIF-FW4P3


Amazonで直接販売していたので、送料もかからずにお買い得(笑)。早速注文する。


ところが、CIF-FW4P3の写真をよーく見てみると、PCIコネクタの端子部分にスリット(切れ目)が2つある。普通、PCIはスリットはひとつだ。


さらに対応機種の説明を読むと、PCI Express x16スロット搭載の・・・とある。

(ただし、仕様の記述はPCI Locak Bus)


「んん?これって、もしかしてPCI Express専用?」


慌てて注文をキャンセルしようとしたが、在庫があったため、もうすでに発送手続き中に・・・(x_x)。

まあ、安かったので、将来、新しいPCを買ったときのために保管しておくしかないかなーと。


改めて他のものを探してみると、ツクモ電機のオンラインショップでTI搭載と書いてあったカードを発見。

AREA SD-FWTI3-W1

この端子の形状は、間違いなく、普通のPCIバス。TIコントローラ搭載と書いてあるがチップ番号は記述なし。でもTIでダメなものは無いので、たぶん大丈夫だろうと注文。

送料込みの価格が微妙なところだが、この際、致し方ない(^^;。


その注文が終わった頃、AmazonからCenturyのカードが届く。一応、中を開けて見てみれば・・・

「ん?なんか思ったより(サイズが)小さい。」


他のPCIカードと比べてみると・・・・同じ。

「えええ、切れ目は2つだけど普通のPCI??」


PCに差して起動してみると・・・正常に認識されている(^^;。

デバイスマネージャのIEEE1394の表示も

Texas Instruments OHCI Compliant IEEE 1394 Host Contoroller

と問題なし。


あわてて、ツクモにキャンセルメールを書く(汗)。

受付メールが来るまでドキドキだったが・・・・・ギリギリで間に合った(^^;。

最近、急にキース・エマーソンに目覚めた(?)私。


プログレに興味を持ち始めた頃、EL&PもたぶんFMかなにかで聞いたが、そのキースの荒っぽい演奏と、唐突に出てくるグレッグの澄んだ声質のボーカルに違和感を感じてあまり好きになれなかった。しかし、EL&Pが再結成したとき(1992年か?)に、偶然にも、来日ライブを見る機会があったのだが、そのとき、本物のキースのすさまじい演奏を見て、涙が出るほど感動したのだ。その時、このバンドはライブでこそ本当のよさが判るのだと再認識した。


その再結成時のアルバム『BLACK MOON』は、ヘビィ路線のサウンドが往年のファンには不評であったようだが、HR/HMに興味があったその頃の自分には、かえってそのハードロックっぽさがカッコ良く、私的には、新しいEL&Pのほうが好きだった。試しに、全盛期のアルバムで有名な『展覧会の絵』のCDを買って聞いてみたが、ライブ演奏のための音質の悪さと、古臭い音色が気になって、やはりあまり好きになれなかった。


買った時期を覚えていないのだが、ドラムがコージー・パウエルになった、『EMARSON, LAKE & POWELL』のCDは、1曲目の「The Score」がめちゃめちゃカッコ良く、ホルストの惑星の火星「Mars, the Bringer of War」とともに、その2曲だけ聴いていた(笑)。このアルバム、この2曲のために買ってもいい(^^;。


昔の角川映画の『幻魔大戦』の音楽の一部をキース・エマーソンが作っていたが、その音楽にはいわゆる“キース節”といわれる独特なフレーズが思いっきり出ていて、とても印象的だったのを覚えている。すごく好きというほどでもなかったが、でもやっぱり気になって、たしかレコードを買ったような記憶がある(^^;。


このように、EL&Pというか(関連も含め)キースの曲は、ものによって好き嫌いが分かれる、評価のし難いものが多い。


そんなキース・エマーソンの新しいアルバムが久しぶりに出た。

『KEITH EMARSON BAND featuring Marc Bonilla』

よくわからないタイトル(というかバンド名?)。Amazonのレビューを読むと、やはり(?)いろいろと意見があるものの、★★★★☆で、“おおむね良好”な感じ。初回限定のDVD付が面白そうなので買ってみた。


1曲目の最初、「来るぞ来るぞ・・・」の感じが、「ああ、プログレだよ~」とちょっと懐かしいけどワクワクした。現代音楽的な(調性の判らない)断片的な速いパッセージのピアノ、そして続く2曲目のパイプオルガン・・・、なんかとってもキースらしくて、カッコいい(^^)v。


その後にマーク・ボニーラのギターとボーカルが出てくるが、グレッグよりもロックらしい声質が、むしろ馴染みやすい気がした。その後、キースのオルガンとギター、そして他のメンバーのベースやドラムが、複雑絡み合っていく。サウンド的には現代らしさを感じるが、それでも普通の(今どきのポップな)ロックとは明らかに違うのも確か。


マーク・ボニーラのおかげで、アルバム全体に新しい色が吹き込まれ、音色が多彩で煌びやかになったように感じる。編成もEL&P時代より多いわけだが、エレキギターに全く負けていないキーボードは、さすがキースといったところか。



・・・と、レビューはこれくらいにして(←これだけ?)、

「なぜ、今、(私の興味)、キースなのか?」

というところを書く。


実はそれは、このブログの最初の記事にもなった、Perfumeから関係していたりする←これもか(笑)。


Perfumeで久しぶりに聴いたシンセらしい機械的な音。

「ああ、シンセってこういう音でいいんだよな」

と、既存の楽器のシミュレーション化していたシンセサイザーという楽器の本来のあるべき姿を再認識した。その影響で、私は卒業作品でも、音色作りにこだわった。


Perfumeはその後、有名になり、CDもやたらと出るようになった。しかし、もともとPerfume的音楽は、表現がどうしても“狭くなる”のに、それを乱造されれば、飽きも早い。まぁPerfumeに限らず、売れるとすぐ乱造してしまう、日本のレコード業界の悪い癖も問題なのだが・・・。

私もはっきり言って・・・飽きた(笑)。


自分が表現しようと“探している音楽”は、Perfumeのようなテクノポップではないことは判っている。

では、シンセサイザーらしい音色を使いながらも、PerfumeやYMOとは違う音楽はどういうものがあっただろうか?


そこで、私が過去に聴いた音楽から浮かんできたのは、私が尊敬するアーティスト、Vangelis(ヴァンゲリス)の『反射率0.39』、『螺旋』、『Direct』あたり。

『螺旋』では、時代的にまだコンピュータによる演奏は使われておらず、シンセサイザーの機能にあったアルペジエーターをうまく使っていた。『Direct』になると、コンピューターの“ニオイ”がしてくるが、それでも、ヴァンゲリスらしい、クラシカルな要素との融合が、今、改めて聴いてみても、面白さを感じる。しかし同時に、コンピュータ化すればするほど、なにか、悪い意味で面白みが薄れていった気もしていた。


ところで、最近のDTM。PCの発展とともにソフトウェアも高機能化し、誰でもプロ並みの音質で音楽が作れるようになっている。秋葉原でDTMコーナーに行けば、そういうデモ演奏がいつでも聴ける。DTMブームの頃に比べれば、音楽としてのクオリティも多少上がっているとは思う。ただ、その音楽になぜか“感動”がない。


それはもちろんデモの音楽的なクオリティの問題もあるだろう。音楽の“深み”を出すには、ただ、いろんな音色を重ねるだけでなく、音の一つ一つにもっと、細かい変化を与えていかないといけない。しかし、コンピュータの打ち込みによって、そのような音楽的な表現をつけるのは、本質的に面倒で難しい。しかも、表現をつける努力すればするほど、結局それは、人間の上手な演奏に近づいていき、それは、コンピュータが演奏する意味が“単なる演奏者の代理でしかない”というジレンマに陥っていく。


ここで改めて、EL&P(関連)の音楽を思い起こしてみると、キースは基本的にコンピュータやシーケンサーに頼らず自ら弾いている。シンセサイザーを電子楽器と考えず、音色の作れるキーボード(≒オルガン)の感覚でいる。当時は、自ら弾いているということを、あまり気にしなかったが、今思えば・・・しかも今でも“弾く”ことに基本を置いて音楽を作っているキース・エマーソンは、むしろ

“(シンセサイザーの使い方として)本質的であり、(今となっては)新しい使い方”

とも言えるのではないか。


最近、そんなことを思うようになったのだ。

だからこそ、今、キース・エマーソンなのである。

久しぶりに東京に来ているので、どこかで面白そうな美術展とかないかなーと思って新聞を見ていたら、『フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち』というのが目に入った。フェルメールは、光の使い方がうまいということで、なんとなく名前は知っていた。数年前、自分がポートレート写真の撮影に夢中になっていた頃、最初はただ“女性をキレイに撮る”ということが目標だったが、写真がわかるにつれ、だんだんと光と影をはっきりと表現したものが撮りたくなっていった。ただ明るくてキレイというのではなく、あえて影の部分を作ることで“深み”が出来、その写真に(表面的に)写ってるモノの奥に、ストーリーやメッセージのようなものが見えてくると感じたからだ。よく、「どんな写真が撮りたいのですか?」と聞かれたときに「絵画のような深みのある写真」と答えていたが、普通の撮影会で“普通に”女のコのポートレートを撮っていた人には、なかなか理解されなかったようだ。


今回、このフェルメール展に行こうと思ったのは、このように、自分が表現したい写真との共通点を感じたから・・・というのもある。でも、今後また写真を撮るようになるかはわからない。それよりも、“光と影の表現”は間違いなく好きなのだから、きっと、このような絵を鑑賞することで、何らかの感動があるのでは?という期待のほうが強かった。もしかしたら、それが、今後の音楽活動への何らかのヒントとなるかもしれない。


東京都美術館に着いたのは、ほぼ午後4時で、チケット売り場では「5時で閉館ですがよろしいですか?」と確認された。時間ぎりぎりのほうが空いているだろうし、私は見るのは早いほうなので、1時間もあれば充分だと展示エリアへ向かった。


さて、ここからは、反論される覚悟でちょっと書いてみる(^^;


入り口では、必ずある「ごあいさつ」と「歴史」のパネル。それを熱心に読む人たちがいるが、美術展のあいさつなんて、真剣に読むほどのものだろうか?歴史についても、もしその絵が非常に気になり、深く理解したいと思った後にはじめて、それを調べればいいのではないだろうか。絵を見る前に歴史を見ても頭に入ってこないと思うのだが・・・。


空いている・・・と期待したが、さすが東京(笑)、結構人は多い。とはいっても、おそらく“まだマシ”なほうだろう。順路に沿って人が並ぶように鑑賞している。私はその列にはいらず、作品から離れたところからささっと見ていく。気になった作品は、ちょっと近寄って見るが、そうでない場合は、ひと目だけ見て次へ。


「みんな、なんであんなにゆっくりと見たいんだろう?」


とても疑問だ。絵や写真という2次元なものは、ひと目みれば、全体の画像を見ることが出来るのだから、その瞬間に心にぐっと来るか来ないかわかるはず。なにかを感じた作品は、じっくり見ることでさらに深いものを感じていくことはあるが、最初になにも感じなかった作品をじっくり見たところで、じわじわと何かが感じ出てくるということはない。

「何言ってんだ」と絵画ファン?に突っ込まれそうだが、自分が以前、絵画(シルクスクリーンやリトグラフ)を収集していたとき、「これイイ!」と思ったものは、ひと目でそう感じたし、そうでないものは後で何度か見直しても、いまひとつピンと来なかった。もちろん、その作品が悪いとは思っていない。作品のクオリティーや歴史的価値などの問題ではなく、個人の鑑賞においては、“個人的に好きか嫌いかの世界”なので、それでいいと思っている。


それに対して、音楽というものは時間の経過による表現なので、ある程度の時間は聞いてみないと好きか嫌いかさえもわからない。音楽は、5分の曲なら5分、30分なら30分と、その人の多くの時間を束縛しなければならない。そこまでして、初めて曲の全貌がわかり、そこで、やっと好きか嫌いかの(正しい判断が)できるのである。CDの試聴であれば、曲の頭だけをささっと聞いて判断していくことも出来るが、聞きやめたその後に好きな展開が待っていたかもしれない。また音という形のないものを脳が理解するのは時間がかかり、数回聞いてやっと良さがわかってくるということも多い。このような“わかりにくさ”が、音楽の最大の欠点だと思う。


さて、話を戻してフェルメールだが・・・。結局フェルメールの作品は数点だけであり、同じ系統?の画家の作品でまとめられている。これらに共通するのは、光の表現のほか、描かれたものが日常の風景であるということ。写真で言えばまさに“スナップ”である。その絵に描かれているものは、まさにそれそのままであって、その奥に作者が意図した何かがあるとは、ほとんど感じられない。いや、あえて、作者の意思を表に出さないことを意識していると思う。


これは個人的好みの問題なのだが、(絵画や音楽に限らず)私はやっぱり作者の意志が強く出ているものが好きなので、今回の作品は、全体的にいまひとつピンとこなかった。順路に沿ってどんどん先に行く自分に対して、じっくり見ているたくさんの人々を見て、「みんな本当に“わかって”みているのだろうか?」などと、勘繰ってしまった。それと同時に、「いや、もしかしたら、自分は(本当は)それほど絵が好きじゃないのか?」とも考えてしまった。


順路の最後になると必ずある、物販ブース。大抵、ここが一番混雑している場所だ(笑)。まぁ、来た記念にブックレットを買うくらいはわからないでもないが、いろんがグッズを“絵画を見るより真剣に”選んでいる人々をみると、「やっぱり、ほとんどの人って、お土産買うことで絵をわかった気でいるだけじゃないの?」などと思ってしまったり(^^:。


入場料1600円もしたのに、美術館に居たのは実質15分程度。1分100円って高いな(苦笑)。


特に得るものはなかったな・・・と上野公園を歩いていたら、「日本美術の対決」とかいうものが東京国立博物館でやっているという旗を見かけた。伊藤若冲、見たかったかも。どうせならこっちのほうがよかったな(^^;

そこで、突然気がついた。


「ああ、今の自分は西洋美術より日本美術のほうが興味あるんだ」


と。そういえば、自分の音楽も、ここのところずっと、“日本”にこだわっているんだった。なんで今まで気がつかなかったんだろう。

これがわかっただけでも収穫か。


(この記事は当初、「レビュー」として書き始めたが、内容がほとんどレビューになってないので「ブログ」にした)



東京都美術館  『フェルメール展』は、12/14まで

東京国立博物館  『対決-巨匠たちの日本美術』は、8/17まで



卒業演奏会の記録として、ホールの設営マイクで録音したものが手元に届いた。既に公開している客席からデジカメで撮ったムービーよりも当然ながら音質は良い。
こちらはノーカット版であるので、追加で公開することにした。

総演奏時間が、約9分半だったということを今回初めて知った。作曲し始めた頃は、「詩の長さから言って、7分以内だろう」などと思っていたのだが、各ブロックをつなぐ部分などがだんだんと増え、この時間となった。

改めて全曲聴くと、演奏ミスや歌とシンセサイザーの音量バランスの悪い部分が気になる(苦笑)。

#0046 『少女』(2008) へのリンク
http://pattayan.org/music/