ところで、数ヶ月に1回程度しか記事の無いようなこのBlogに、こんなにも一生懸命(?)に書き込みをしているのは、卒業演奏会での発表(演奏)の様子をデジカメのムービーで撮ったものが意外に面白かったから。自分の作品は、ぼぼ全部、録音したものがあるが、動画は珍しい。いや、Titaniaのバンドの時は、ビデオカメラで撮ってもらった映像はあったな。あれも確かに見ていて面白かった。でも、Titaniaは、自分の曲ではなかったからねぇ(^^)。


コンパクトデジカメのムービー機能で撮ったものなので、メモリーの都合により(笑)、曲の全部は撮れていない。しかも、客席からの撮影。それでも、演奏の様子や作品のイメージは、良く判る。それに、音の方は結構キレイに録音されていた。


でも、むしろ完全版でないからこそ、時間短く、データサイズも小さいので、ネットで公開してもイイかなと思った次第(^^;。
それに、私の友人・知人の多くは首都圏在住で、実際、誰も演奏会に来られなかったので、お披露目には、ちょうど良いかと。


なお、ネットで公開するにあたっては、AppleのQuickTimeを使っている。理由は、撮影に使ったデジカメのムービーフォーマットがQuickTimeだったからというだけ。オリジナルでは、高画質・高音質で撮影されていたが、ネットで公開するために、ダウンサイジングした。その編集の為に、QuickTime Proを購入したのは、余計な出費だったが(笑)。


パソコンに詳しくない人の為に、念のため書いておくと、Windowsで視聴するなら、Apple社のサイトから、QuickTimeの無償プレイヤーをダウンロード&インストールすればOK。無償=タダです(笑)。
Macなら何も要らないはず。



さて、そろそろ前置きはいい加減にして(笑)、曲の説明を始めよう。


演奏会のプログラムに載せた解説は以下の通り。


【演奏曲目解説】
光崎検校、吉沢検校らによる江戸時代後期の箏曲は、まだ西洋音楽の影響を受けておらず、それまでの日本の伝統的な音階や響きを持った箏曲の集大成とも言える高い完成度を持つ。園田恵子の現代詩「少女」は、純粋である故の無邪気な残酷さと、芽生え始めた大人の女性らしさを併せ持った少女の、幻惑的で妖しい魅力や美しさを表現している。箏の伝統的な調弦である古今調子や雲井調子の音階によって作られた音楽を、シンセサイザーという現代的な電子楽器によって機械的な音色で演奏するということ、そして、ソプラノという西洋音楽の発声で歌うということ。これらによって、少女が持つ中間的な雰囲気と、現実と非現実の“ はざま”の世界を展開する。


プログラム掲載にあたり、文字制限もあったこともあるが、わざと難しそうに書いている(笑)。 ←こういう文章は得意(^^)v


作曲している間、参考として最も聴いていたのは、吉沢検校(よしざわけんぎょう)の「千鳥の曲」。とにかく、普段は聴くことがない、箏曲というジャンルをアタマの中に定着させるために、一体、何十回聴いたことか(^^;。
本来は、日本人なのだから、もっとこういう音楽が身近であっていいと思うのだが、日本という国は、特に文化においては未だに外国に対して劣等意識が強いからねぇ。明治以降の教育における大きな失敗なのだが。


しかし、「千鳥の曲」ばかり聴いていたとは言っても、箏曲を作ろうとしていたわけではないので、そこからどういった“要素”を使うかという所を常に意識して聴いていた。現在の我々のように、西洋的な音楽に洗脳されたアタマ(笑)では、とかく、厚みのある方向へ行きがちなのだが、箏曲のように、


音数(おとかず)は少なくても、奥が深い


と感じられるようにするにはどうすればいいのか苦労した。演奏では、ショルダー型のキーボードを使うので、演奏は右手だけで出来る範囲になる。逆に言えば、だからこそ、箏曲的なもの・・・というアイデアにも繋がったのだが。


基本的に音階は、箏の調弦を使っている。解説に書いたものに補足すると、雲井調子【壱越】(くもいぢょうし・いちこつ)や古今調子【壱越】(こきんぢょうし・いちこつ)の他、最もスタンダードな平調子【壱越】(ひらぢょうし・いちこつ)を使っている。箏は13本の絃の楽器のため、音が13しかない・・・と思われがちだが、実は、左手で絃を押して音高を変化させるので、実際にはもっと多い。しかも、演奏では、歌が箏の調弦とは別の音を(一時的に)歌う場合もあるので、和音のような音の響きを考えれば、かなり複雑にもなる。この複雑な響きは、(西洋で言う)調性の崩壊した現代音楽に通じるものがある。ただ、日本人であれば、なんらかの日本的な響きの“記憶”があって、一般の人にも違和感は少ないのではないかと思った。


そういえば、前回、書き忘れたことがある。
シンセサイザーを使うとはいえ、ライブでは、PCなどでの自動演奏をしないというポリシーだ。


シンセサイザーなどの電子楽器は、コンピュータを使えば、何人も演奏者が居るがごとく、複雑で厚みのある演奏ができる。実際に、自分が演奏する楽器以外を全て自動演奏で鳴らしたライブステージを見たことがあるが、完全にコンピュータの自動演奏に、人間が合わせている形であり、


「それなら誰も演奏しなくても、全部自動演奏でもいいんじゃない?」


というオチになる。それこそ、既に録音したCDを配布すればいいので、ライブ演奏の意味すら無くなる(笑)。

そのようなことにならぬよう、今回は、RADIASが本来持っている、アルペジエーターやステップシーケンサーなどの機能は、あくまで“演奏者の支援”であり、人間(演奏者)が“主”で、機械(RADIAS)は“従”であるという関係になることには、こだわった。


#0046 『少女』(2008) へのリンク
http://pattayan.org/music/



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