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月に一度程度、義実家を訪ねて夕食をごちそうになる。
スイーツや鍋スープ等々毎回行くたびに抱えきれないくらいのお土産をもらうのだが、
今回いただいたのは「文藝春秋」‼
帰りぎわ、義父が「○○ちゃん(←私のこと)、文藝春秋は読むかね」と聞いてきた。
時々読んでいて、ちゃんと読みたいけれど置き場所がなくて大体立ち読みなんですよ、などと答えると、
「もう読み終わったからあげるよ、読んだら捨てるなり好きにするといいよ」と、持たせてくれた。
決して薄く軽い本ではないけど車で来ていたのでありがたくいただいた。
なんてありがたいんだ…。読むぞ~、芥川賞!
この訪問のとき私は、義両親に人生相談をした。(以下、超長文失礼)
昨年の3月、父の再婚相手が亡くなった。それから一年もしないうちに父は新たな女性と再再婚することになり、私は気持ちのやり場がないという話をした。
私の母は、今年に入ってから父に復縁を申し出る内容の手紙を書いたらしい(父から聞いた)のだが、父は断った。この話の流れで、私は父から再再婚の話を聞いたのだった。
昨春の再婚相手の死後、寂しさを紛らわすためか頻繁に電話をかけてくる父の話に耳を傾けてきた私は、再再婚話を聞いたときなんとなく感情的になってしまい、前の奥さんがなくなって一年もしないのにけじめがないと怒った。本来、私が腹を立てる理由などないはずだったが、賛成するのもなんとなく違うと思ったから。
けれども再婚相手さんの死後、父が寂しさに耐えかねつつあることと、私にはどうすることもできないこともよくわかっていた。
父の面倒を見てくれる人が現れたことは喜んで良いことだと思うが、復縁を申し出た母の心情を想像すると気持ちのやり場がなかった。
再婚相手さんには身寄りがなく、父との間に子どもはできなかった。葬儀には父の職場の人が来てくれていろいろお手伝いしてくれたが、身寄りの人間は私以外現れることはなく、父と私二人で骨を拾った。
葬儀屋さんは父と一緒にいた私を便宜上、故人のご長女様と呼んだ。私は一度会っただけの人だし、私には他に兄一人姉二人もいるのだが…末っ子なのになぜかこういう役回りになってしまう。
私は再婚相手さんを「娘」として見送った責任感をなんとなくだが感じる。私には父をけじめがないと言うだけの資格はあるだろうと思う。
ということを話させてもらった。話すだけでも気持ちの整理ができたような気がして、耳を傾けてくれた義両親には大変感謝している。
いろいろなことは静観しようという気持ちにいまは落ち着いた。母の気持ちは置いといて、父とは話をしなければならないとは思うが。よく知らない人のご長女様になるのはごめんこうむりたい。
義両親と実の両親をくらべて云々する気はまったくない。私だって至らないところだらけなのだから、人のことをあれこれ言う資格などない。
それにしても、「お父さんは元気にしてる?」と聞かれ、絶句して口ごもってしまった私に、「病気じゃなければもしかすると、再婚とか?」と言い当て、「80近くで再再婚なんて大したバイタリティだよ」と指摘した義母に敬服する。
悩みごとは日々生じるものだけど、それを受け止めてくれそうな人生経験豊富な方には相談して、視点や視野を広くしてみるものだと思った。