onion paradise  フィリピンの風 -1545ページ目

フィリピン人との結婚


フィリピンには、日本の戸籍謄本にあたるものがないので、これから結婚しようとしている2人が、それぞれ、「未婚」か「既婚」かを確認する手段がない。

そこで、結婚する際には多少面倒な手続きが必要となる。

まずは資格証明を取得する

結婚するにあたっては、まず「婚姻資格証明」を市町村役場に申請する。

申請した後10日間、役場の掲示板に両名の氏名が掲示され、その間に どこからも

苦情が出ないことを確認したうえで、ようやく婚姻資格証明が発行される。

めでたく結婚の資格を取得したら、今度は役場か教会で、土曜日に「結婚生活セミナー」を受け、翌週の土曜日に「産児制限セミナー」を受けなければならない。

こうして、ようやく結婚に必要な条件が全て満たされたところで、ようやく結婚式が挙げられる。

結婚式はほとんどの場合教会で行うが、役所にとどけるだけでかんたんに済ませることも出来る。

ちなに、私たちは、役場で簡単にすませたのですが、それでも、親戚縁者が遠路7~8時間かけてジプニーでかけつけてくれ、お祝いの贈り物が山のように積まれ

記念のビデオを作るのだという スタッフがつきっきりで、2人の行動を追いかけ

妻の実家では、人で埋め尽くされるくらいの人が集まりパーティがおこなわれた。


ところで、フィリピン人女性と結婚した日本人男性がまず驚かされるのは、彼女たちの嫉妬深さではないだろうか。

日本であれば、会社が終わったあと友人との付き合いや取引先との接待などで、帰宅時間が遅くなることもあるだろう、日本人の女性は、内心はどうあれ、「しかたのないこと」としてある程度の理解を示してくれるだろうが、フィリピンの女性にこれは通用しない、友人と酒を飲み交わしながら世間話でもしたければ、自分の家に友人を

招くほうがいい。

フィリピン女性は、夫がいつも自分の身近にいなければ夫の愛を疑い、極端な場合

夫の会社での地位や収入などより、家庭生活を重視することをもとめる。

ましてや、浮気などしようものなら、命がけの事態を覚悟しなければならない、私の知り合いに、浮気がバレたために、包丁で刺された人もいる、その人は命に別状はなかったのですが、また知り合いのフィリピーナが旦那さんの浮気に、怒ってみずから、

ショットガンを口にあて自殺してしまつたこともある。

ちなみに、うちの奥さんも、こちらのでかたひとつで、いつ豚足を調理している小ナタが飛んでくるかわからない。


さて、フィリピン男性ですが、一般的に女性や子供には大変優しく、最近、フィリピンの男性と結婚する日本人女性が少しずつ増えているようだが、彼らの優しさや家庭第一主義を考えると納得できる。


庶民の足 ジープニィ

フィリピンを 代表する交通手段が ジプニィである。(ジープスタイルの乗合いバス)

エンジンには トヨタ、日産、三菱などの 日本の中古が多くつかわれ それにありあわせのミッションを取り付け お古のシャーシーを 廃車寸前のジープを 再度解体して 
鉄パイプや木で ボデイの原型を作り 鉄板やアルミやステンレスを貼り付け 組み立てていく 仕上げは ボデイに派手なペイントをし カラフルな装飾品を取り付け
サイドミラーを林立させ フロントにはフォグランプ 屋根にもランプと 派手なデコレーション
のジプニーが 誕生する。

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フィリピン フィリピーナに ”はまつた” 男たちの物語。
マニラの“愉悦”に淫し続ける男の生き様
マニラにはいつも生ぬるい風が吹いている。身体の芯がとろけそうになる生ぬるい風だ。暖かいというのとも違って、女のあそこみたいに生ぬるい(本文より)。
フィリピーナにはまり、日本を棄てた元ホストは、こう語った。快楽に淫し続ける男たちの生き様を、ありのままに活写した白熱のノンフィクション。

フィリピン一口メモ


フィリピンでは、愛の告白は男性の方からするという傾向がつよく、女性は意中の人でも2回はいろよい返事をせずに、男性をためすといわれる。

そして、好きな人の家の窓の下で男性がギターを弾きラブソングを歌い、

結婚前に男性が彼女の家で仕事や掃除などを手伝うという、古い習慣は

今でも残っている。

フィリイン・パブ

カモシカのような脚 キュッと上がったお尻 浅黒い肌にキラリと光るつぶらな瞳 笑顔の絶えない 底抜けに明るい性格 そんな魅力いつぱいのフィリピーナとの 出合いの場。

日本に タレントとして出稼ぎに 来ようと思えば 若い女性なら誰でもすぐ 簡単に来られるかというと 実はそうでないのである。

フィリピンにいる時には プロモーションに所属し 厳しいレッスンを繰り返し 日本への切符を手に入れるには 歌と踊りのオーディションに 合格しなければならず
いざ 合格しても コーディネィターの招聘がないと 来れないのである。

オーディションの歌の部門は ポップスなど アップテンポの曲と バラードなどスローテンポの曲で行われる、もちろん 両方ともそこそこ以上に歌いこなせなければ合格は難しい。
踊りの部門は ダンス バラエティ ハワイアン の三つで行われる これもバランスの取れた才能が必要とされる。


ここ数年 外国人タレントの入国は厳しい規制のため 極端に制限され 憩いの場であったフィリピン・パブも 最近ではめっきり少なくなってしまった。

さみしい かぎりである。


熱帯のキリスト教国


十六世紀、ヨーロッパから伝えられたキリスト教は、スペインが植民地支配したときに広められ、フィリピンはアジア一のキリスト教国になりました。

その信仰は人々の暮らしの中に、今もいきつづけています。


真っ青な熱帯の空に掲げられた十字架、街角にたつ聖マリアの像。

フィリピンでは、どこへ行っても教会や、小さな礼拝堂が目にはいります。

三世紀以上にわたるスペイン支配は、各町に教会を、村には小礼拝堂を作り、

キリスト教を布教しながら進められたのです。

スペイン国王の命を受けた修道会が、これらの施設のほかに病院を建てたり、農業技術などをつたえました。

スペインが伝えたキリスト教はカトリックでした。そのため、人々のほとんどが     カトリックの信者です。

生まれてまもなく受ける誕生の儀式、信者になるための洗礼の儀式、結婚式

そして死んだときの儀式など、一生を通して信者たちはキリスト教とともにいきています。

ところでフィリピンは、プロテスタントの多いアメリカの支配も受けましたが、その信者はあまり多くありません。

支配の期間が短かっただけでなく、アメリカがスペインのような教会を中心とした支配をしなかったことにも関係があります。

プロテスタントやその他の宗派のキリスト教信者も合わせると、フィリピン人の九割以上がキリスト教徒です。

フィリピンほどクリスマスが長く、そして光り輝いている国はほかにないのではないでしょうか。

正式なクリスマス・シーズンは、12月16日から1月6日までですが、バーのつく   月つまりセプテンバー 9月になるとテレビでもクリスマス・ソングが歌われ始める。

ウインズのフィリピノ・チャンネルでも、クリスマス・ソングがバンバン歌われていおり

わが家の玄関脇にも、小さなツリーの電飾が光っております。

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