onion paradise  フィリピンの風 -1546ページ目

フィリピンのトイレ事情



フィリピン社会に溶け込めるかどうかは、「フィリピン流トイレ」の作法になじめるかどうかにかかっている。
マニラにある ホテルなどは水洗の設備はととのつているが
フィリピンの一般家庭のトイレは便座のない洋式トイレで主流ある、バタンガスにある 私の奥さんの実家もそうであるが
日本のように コック一つで水が流れる様なものではなく、
便器近くにバケツが置いてあり、その中に手桶が入っており
小用の後はバケツに溜まっている水(雨水)を、手桶でちょぼちょぼ流すだけ。
大の時は、便座のない便器に腰かけるか、靴ばきのまま便器のふちに足をかけてしゃがみこむ、さて一仕事終わったあとは、片手に桶を持ってお尻に水を流しながら、もう片方の手(左手)で汚れを洗い流す。
フィリピン風ウォシュレットである。
わたしも最初は、極力トイレに行かないようにしていましたが、1ヶ月も
田舎で暮らしているとそういうもいがず、日本に帰る頃には
自然となじんでいました。

フィリピンの食事


フィリピンと日本の食生活の一番の違いは 他の国々と同様生魚を食べない事だろう。
島国であるフィリピンでは 魚介類も豊富で新鮮な 魚や海老も多く取れるが
決して生で食べることわない。(一部の地域では 例外的にサラダとして生を食べるところもある)
私の奥さんも(結婚して13年になる) 寿司 刺身は 何度か挑戦してみたが いまだに生ものは 受け付けない。
特にワサビが苦手で からしも余り好まない。
フィリピン料理の特徴は スパイスをあまり使わないことだ
香辛料を求めてフィリピンを植民地化した スペインをカッカリさせたぐらい 香辛料になじみの薄い国なのである。
辛い料理は少数派で 酢と柑橘(カラマンシー)を使った日本人の舌になじみやすいものが多い。
フィリピンの代表的な料理は?と問うと、返ってくる答えは、レチョン、シニガン、アドボなどが一般的ではないでしょうか。
しかし、レチョンは中国料理の子豚の丸焼きとほぼ同じ。シニガンは東南アジアでよく見られる酸味のあるスープ。アドボはメキシコ料理のアドバドが語源と
いわれるように、酢漬けした豚肉のシチュー。
というように、フィリピン・オリジナルとは言いがたいような気がする。
フィリピン文化は、「ハロハロ(まぜこぜ)文化」とよく言われるが、料理を見ても、その特徴が実感できる。
フィリピンの家庭やレストランで、料理に欠かせないのが、「バゴオン」「パティス」「スカ」の3種の調味料である。
「バゴオン」は、新鮮な小エビや小魚の塩辛。
「パティス」は、小魚に塩をして発酵させ、エキスを絞った魚醤。
「スカ」は、酢のことで、日本のような黄色の酢と、ココナッツやサトウキビから
作られた「白酢」があり、白酢のほうがマイルドです。
そのほか、ココナッツミルクやエビジュースなどもよく使われる。

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フィリピン Ho.1のヒット・メーカーは


東京生まれの テッド・イトー 
本名 伊藤 哲司 。


彼は 徳永英明の「最後の言い訳」の
フィリピン語タガログ版「イカウ・パ・リン(IKAW PA・RIN)」で
90年」11月にフィリピンデビユーした。


当時フィリピンのテレビ普及率は低く、
新曲のPRはFM局が主体であつた、
ビコール地方のFM局で最初曲が流され、
10日目でリクエスト1位、2ヶ月たらずで売り上げ第一位のヒット曲となった。



フィリピンでは2万枚でゴールデン・レコード、
4万枚でプラチナ・レコードが与えられる。


彼のこの曲は、15~16万売れたといわれる。



続いて出した曲は 
「マグヒンタイ・カ・ラーマン」(ディープ・スカイ) 
この曲をリリースした2週間後に、
あのピナッボ火山が大噴火という大惨事が起こった。



「人生には悩み、悲しみ、苦しみといろいろあるけれど、
かならず雲間から太陽が射してくるから、希望を失わず頑張って生きよう。」


タガログ版のこの曲は、
フィリピン国営テレビのピナッボ被災民救済キャンペーンのテーマ曲になった。



さらにこの曲は、フィリピン産のビール 
サンミゲル・ビールのCMに使われ、
映画ののテーマ曲などに持つかわれ、
35万以上売れているといわれている。



こうして「デイープ・スカイ」はフィリピン最大、
空前のヒット曲となり、テツド・イトー は一躍国民的歌手となったのです。



この曲は日比両国で上映された映画「緊急呼出し」の挿入歌にもなっている。








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淡路島に来て お弁当といえば・・・


危険な国ですか ?

拳銃密輸 犯罪者の逃亡先 
マニラ空港の賄賂の横行
(私も2度ほど そういう場面に遭遇したが 辛うじて難をのがれる) 
タクシーの傍若無人さ・・・・・・・

フィリピーナの明るさとは対照的に
とかくダーティーなイメージが強い
しかし 海外旅行では どこの国にいつたとしても 
日本人はカモにされやすいのです。

しかし フィリピンの友人たちも 
「マニラの町を 日本人だけで歩くのは止めたほうがいい」
と注意する 
フィリピン人でさえ ホールドアップさせられて 
金品を奪われることもめずらしくないというから 
金持ちというイメージの強い日本人は 実に狙われやすいといえる.

とにかくフィリピンでの行動は 可能な限り現地の家族に同行してもう
ことを、お勧めします。          

私の場合も四方を友人に囲まれながらの行動であったが 
いつしょにいてもらうだけで 安全に行動することが出来る。




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初めてのフィリピン



1992年8月  フィリピン マニラ

生まれて初めての 飛行機(タイ航空)に乗り 
フィリピンのニノイアキノ国際空港に着く
(当時は デスカウントチケットの知識もなく 
正規の航空運賃15万を支払ったが 現在は デスカウントで
往復1ヶ月 5,6万で行くことが出来る)

機外に出ると身体を圧迫するような熱気が襲ってくる
空港ロビーを歩いていても 周り人々の刺すような鋭い視線を感じる

空港の外に出ても 金網フェンスの向こうから 並んだ人々の鋭い視線に
身を震わせながら 一人で来たことに少し後悔し始めた時
現地の友人の 顔を見つけて 一安心

まずは 予約の入れてあったホテルへと向かうが
ホテルに着いてみると何かのトラブルで日本からの予約が入っておらず 
そのホテルも満室だというので 急遽ほかのホテル探し やつと落ち着けた。

エルミタ地区にある マニラ・ミッドタウン・ホテル である


友人いわく マニラでは 決して一人では行動するな
路地には入るなという事であつた

友人自身も田舎から 出てきているので 
同じフィリピン人でも 一人で歩くのは 怖いということであった

この2泊3日の旅行中 ホテル以外の場所では 
友人らに 四方を囲まれる格好で市内観光をしていた


到着から帰国するまで ズーツと雨だつたので
当初予定していた エアーベースでの 射撃もできず 
結局 市内観光だけでしたが 色々な面で 驚きの連続でした

広大なスペースのショッピングモール 
入口に立つガードマンの持つ本物のマシンガン 
自分の靴の片方を預けてやつたボーリング

手で直接食べるフィリピンの伝統的食事法(カマヤン) 
子豚の丸焼き料理

映画などは アメリカと同時公開なので 
日本の公開よりも半年も前に上映されていた。


日本で公開される頃には もうビデオが発売されている

当時 年配者の中にはまだまだ反日感情を
強く持ついる人が多く居た様ですが

なんとか 大きな事故も無く 無事帰ることができました