​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所 -62ページ目

​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所

観る映画が、あなたの、わたしの、人生のヒントになる。
ここは、SCREEN(私設)研究所。

潜在数秘術×映画で
「観る」ことと心の関係を
映画を通して読み解いていきます。

ジブリ作品は

私的クライマックスがくると 書きましたが

 

 

 

 

人間が好き。ジブリがいっぱい。おなかがいっぱい

https://ameblo.jp/parallel13/entry-12121180312.html

 

 

 

その私的クライマックスから眺めて観ると

私にとって「風の谷のナウシカ」は

 

怒りの映画、そして赦しがセットです

 

 
 

 

 

 

 

↓過去記事はこちら

許す人と許せない人

https://ameblo.jp/parallel13/entry-10409176081.html

 

 

 

感情に振り回されがちな人からみれば

怒りは 何かと悪者扱いだけど 

 

怒りが全くなければ それは“嘘臭さ”に直結する

 

 

どちらかというと “素晴らしい人”扱いなナウシカですが

彼女の言動に 説得力があるのは

 

父を奪われた時 敵を皆斬って捨てる その怒りの表現があったから

 

 

 

逆上したその顔は まるで悪鬼

次々と敵を倒し 丸腰になっても 咄嗟に剣を掴み 斬り込む

そんな彼女の姿に

私が 目を離せず 涙を止められないのは

 

 

…そこにめちゃくちゃ人間臭さを感じるからですよ(´∀`*)

 

 

 

いつもいい顔して

いいこと言ってるだけの人って

どこか信用しきれないでしょう?

 

 

 

父を殺され ブチ切れて

敵をみーんな殺しちゃう

その怒りが観えるから、飾りものの姫さまじゃないと 分かる

(当人も その場で気を失い

 

己の豹変ぶりに 後からさめざめと泣き崩れるくらいですからね^_^)

 

 

だから 彼女が王蟲を受け入れることも

皆 自分では同じくできなくとも

彼女がやってることには 興味津々で

だから皆 ナウシカから離れない

 

 

クシャナですら 帰りを待ちたいと言いだすほどで

 

 

 

幼い頃から 当人が意識していたかどうかはさておき

王蟲の幼虫を飼い 腐海に分け入り

人間から見たら異物、異界を受け入れて共に生きてきた

 

 

 

瘴気を吸えば 5分で肺が腐ると 分かっていながら 城オジ達の前でマスクを外す彼女は

王蟲と共に生きながら 叶うことと叶わないことがあることを

 

幼い頃から 嫌という程感じてきたはず

 

 

 

そんな 積もり積もった怒りが

族長ジルを殺されたことで 一気に噴出した

父を助けられなかった 悔しさ、無念さ

もうどうにもできない、元には戻れない、戻せない

 

それは ごく真っ当な怒りで 悲しみで憎しみで。

 

怒りも持てるから 赦しもできる

 

 

 

 

感情には 良いも悪いもなくて

ただ 人らしさなんだと

そう教えてくれるのが

 

私にとっての「ナウシカ」です(´∀`*)

 

 

 

怒りという重しがあるから

風に乗っても 降りてこれる

 

赦しという羽根があるから

 

地の底からも 上がれるのよね(´∀`*)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それも、数の仕合わせ。

 

 

★★★☆☆

 

 

SCREEN(私設)研究所

高橋 早苗

 

---

♬プロフィール

「観る」ことは「決める」こと。 わたしのSCREENを選ぶこと。

https://profile.ameba.jp/ameba/parallel13

 

 

 

記事整理も兼ねて

Filmarks 更新中。215本目♪

https://filmarks.com/users/screen222sa

 

ジブリ作品は、時々観たくなるんです

(2008年9月のリライト記事になります)




「崖の上のポニョ」




初めて見た時は “半魚人”姿が 私には

翼のない鳥にしか見えなくて、異様に映ったわ




で「絵本だなぁ。」と感じたの

大きなスクリーンで 絵本を読み聞かせてもらう感覚

「読み聞かせて」くれたのはもちろん宮崎駿氏

深読みOK、ただ楽しむもOK。これを賞賛できるのは、“宮崎駿ファン”なのだろうな~とね(´∀`*)









いまはね、いわゆる「スゴい」と言われる世界から

足を洗った子の話だな。と そう感じてる

↑足を洗って、足を持ったね^_^






つまり。

魔法をつかえる世界

↓

できることを もっと!と要求される世界から




…魔法はもう使えない

ただし好きな人のそばにいられる


彼女の魔法を 好きなのではなく

サカナでも

半魚人でも

ニンゲンでも

ただ彼女を 好きで

ただその存在を 見留めている人の そばにいられる


そんな《わたし》をつくった子の話




しかも、そこには

パパ、ママ、はじめ

周りのチカラを思いっきり使って つまり頼って

他力?でつくった




その あたらしい《わたし》には

右肩上がりの スゴさもいらなきゃ

誰かに合わせる 融通もいらないの




足を洗って 生えた足は

思いきり、好きなだけ

甘えて頼って作った《わたし》なのです(´∀`*)








※ハム入りラーメンは食べません^_^





それも、数の仕合わせ。



★★★☆☆



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《かずの葉の庭》主宰

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ジブリ作品好きです

その中でも、繰り返し観たくなる作品と

ある程度観たら もう観ない作品があります。




繰り返し観るのは

「ラピュタ」「ナウシカ」「紅の豚」「魔女の宅急便」「ポニョ」「もののけ姫」「ハウル」辺り

(トトロは、遠ざかりつつあるなぁ)




で、観るんだけど「ここまで観れば(私的)終了~」

が多いのも実はジブリ作品で^_^





私にとっての「天空の城ラピュタ」は

フラップター大活躍の

「最後のチャンスだ すり抜けながらかっさらえー!」

・・・プラス煙幕で終了~。なのよね




二人が海賊船に乗り込んじゃったらもう どうでもいいというか

ラピュタを見つけちゃうと さらにもう

どうでもよくなっちゃうというか。





「風の谷のナウシカ」は

「あーあ なんてやつだよ みーんな 殺しちまいやがった」がピークで

そうだな、せいぜい“酸の海”のシーン

王蟲の「やさしい子」辺りまでだし





「となりのトトロ」は

庭に植えた木の実の

成長シュミレーションみたいな あの夢





「紅の豚」は

ピッコロ社倉庫から 狂気のテスト(いや本番!)飛行と

アジトの夜 ポルコのお話“雲の平原”だよね




「魔女の宅急便」は

“人質”ジジ 差し出し作戦と 救出作戦と

(言いづらっ!早口言葉かw)

デッキブラシにひとこと指令「飛べ」



「もののけ姫」は

美輪モロ「黙れ小僧!」でしょ やっぱり( ´∀`)




「ハウルの動く城」に至っては

城の戸口にある回転式ドアノブ!

↑もはやシーンでも台詞でもないといふw

(頑張って?うまし糧!朝食シーンまでかな)




…要は 物語のクライマックス前に

私的クライマックスが 来ちゃうんですわ

だから ラストシーンもエンドロールも

・・・とっくに デザート食べ終わりましたが何か? みたいになるのね


“ジブリがいっぱい”ならぬ、おなかがいっぱい

なんでだろ?と考えた


・・・人間がいないのよ。


ラピュタは

木の根と 石と ロボットしかいないじゃない?



王蟲もテイダラボッチも 興味あるけど

あーんまし興味ない。



空の男(人と豚ね)同士の一騎討ちも

始まっちゃうと そんなに心惹かれない



夢のシーンも

ある意味 人がいないと見てとれる。



動く城はキョーミあるけど

ソフィーがハウルから離れないのは もう分かってるから

魔法使いさんたちの すったもんだは やっぱりどーでもよくて。




人がリアルに 感情のままに動く姿や


あーでもない こーでもないと

ケンケンガクガク やってる姿が 一番面白いんだよね。


そこで

何を感じてるんだろう このキャラ、とか


私が そこに反応してるのは なぜだろう?みたいなところを

一番味わってるのね^^


いろんなこと感じてる

人間が好きなんです(わたし自身含め)



だったら、人間オンリーな

「火垂るの墓」や「おもいでぽろぽろ」や「耳をすませば」の方がよくね?となりますが そちらはもっと興味がない(!)





…人間しかいない世界じゃ 満足しないんだなぁ。

自然も含め、異界や異種異物のある世界で 人間がどーたらこーたらしてるのが面白いのよね。





腐海の謎を解きたい ユパや

人間たちの中で修行する キキ

毒に喰われながら 旅をしてくアシタカみたいにね。





世の中はGW

気になる作品を もう一度

じっくり観るのも一興ですね(´∀`*)



それも、数の仕合わせ。


★★★☆☆



【数の仕合わせ 数秘セッション】5月スケジュール

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《かずの葉の庭》主宰

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言い忘れたことがあると 止まったまま

伝えそびれたことがあると

いつまでも 残ったまま




魚の骨が喉につっかえたみたいに

飲み込めるものも 飲み込めない

ごはんも喉を通らない


何がしたいのかも 分からなくなる




《過去》が《いま》に

成り代わり続ける、というお話。




「ライオン/25年目のただいま」





(あらすじ)

オーストラリアで幸せに暮らす青年サルー。しかし、彼には隠された驚愕の過去があった。インドで生まれた彼は5歳の時に迷子になり、以来、家族と生き別れたままオーストラリアへ養子にだされたのだ。成人し、自分が幸せな生活を送れば送るほど募る、インドの家族への想い。人生を取り戻し未来への一歩を踏み出すため、そして母と兄に、あの日言えなかった〝ただいま″を伝えるため、彼は遂に決意する。「家を探し出す―」と。


公式サイトより

http://gaga.ne.jp/lion/





↑このあらすじだけ読んじゃうと

大人のサルーから 話が始まっているように感じますが。




映画は 幼き日のサルーから始まる

回想シーン、というよりも

まるでオンタイムみたいな

5歳の子どもが見る世界が 目の前に拡がってる




夜の仕事をする兄について行き 見失う

降りられない列車に揺られる


言葉も通じない 見知らぬ土地


親切そうな人が笑ってくれる けど逃げる

頼りは 自らの生存本能だけ




幼いサルーに 安住の地を与えたのは

海を越えた遥か異国の地で

産まない決断をし 養子を迎えると決めた夫婦




優しく 受け止めてくれる家族は

安らぎをくれるけれど




そこには懐かしさはない

砂埃の舞う風もなく 懐かしい匂いもない

聞き慣れてた筈の 兄の声も 母の声も

この頭の中で 反響するだけ




…その昔、兄にねだり「いつか買ってやる」と言われた揚げ菓子を見つけ、口にして

彼は気づくのです

・・・今まで名乗っていた 出身地コルカタは 故郷ではないと。




ここは 安住の地ではあるけれど 大切な家族も恋人も いるけれど 

ココロの安住は ここで暮らすだけじゃ

いつまでも得られない




周りからみれば《過去》と呼ばれる時間が

サルーの中ではずっと《いま》の顔して居座ってる



だから 見つけなきゃ いけなかったのですね


兄が 笑って手を振った あの場所を

ひとり走って帰った あの道を

懐かしい 家々の間の小道を




帰るから

安らげる場所に帰るから

また出ていける 進んでいける


「ただいま」の挨拶を 聞いているのは

誰よりも わたし自身なのだから。





・・・GW、ゆっくりと

ご自身の 言い忘れたこと

つっかえてること

見つけてみるのも一興ですね






それも、数の仕合わせ。



★★★☆☆



【数の仕合わせ 数秘セッション】4月スケジュール

https://ssl.form-mailer.jp/fms/48284eee545133




【てるまえ会】次回は5/8(火)開催予定

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【かずの葉Cafe】(準備中)




《かずの葉の庭》主宰

|★|高橋 早苗Facebook


なぜ 映画なのか

なぜ 数秘なのか

なぜ 言葉なのか

なぜ《かずの葉》なのか


・・・を語っていきますシリーズ^_^




なぜ数秘なのか。のふたつめ




映画のスクリーンに 数字を見つけるのと同じく

現実のスクリーンに 自身の数字を見つけていくのも

とても面白い




数秘術=占いと見ると

誰かに占ってもらうもの という感覚が強いと思いますが

自身で見ていくから より楽しめる

(興味を持った時点で 誰かに占ってもらうという選択肢がなかった私w)




潜在数秘術は未来を見ず、過去を見ます。

映画も、スクリーンに映るそばから過去になります。

私たちの「いま」も一瞬一瞬が

過去へと流れてく




過去、映画は

おとなの教科書でした




映画で 他言語を知り 異文化を知る

台詞を真似、ファッションを真似、仕草や振る舞いを真似て

子どもは大人になった




映画のスクリーンに 映る

初めて目にすることを

真似ることで 現実のスクリーンに

映し出していたわけ




ただそこには 自身が持ち合わせる 数字があるから

真似ても そっくりそのまま映画の再現とはならない

あなたの持つ数字が あなたの味と呼べるものになる




何を選んでも

いつを選んでも

誰を選んでも

あなたの持ち合わせる数字は そこに映ってる。




だから映画

だから数秘

だから《かずの葉》なのです(´∀`*)





それも、数の仕合わせ。



私は、何やっても 面白さ楽しさ優先になるわw(´∀`*)




★★★☆☆



【数の仕合わせ 数秘セッション】4月スケジュール

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