​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所 -116ページ目

​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所

観る映画が、あなたの、わたしの、人生のヒントになる。
ここは、SCREEN(私設)研究所。

潜在数秘術×映画で
「観る」ことと心の関係を
映画を通して読み解いていきます。

デビッド・ボウイの大回顧展
「DAVID BOWIE is」へ行ってきましたよ。



大寒の朝、会場付近は雪がチラホラ…
東北育ちでもさすがに
寒い!
と感じる朝でした^_^




会場入口前




私が買ったチケットは10:00〜12:00の枠。
入口入ると早速案内が。展示ブース内にはトイレがないそうな^_^
…周りを見回すと、当日券を買い求める人もまだ少ない。



もっと混み混みな状況を思い浮かべていたので
軽く気が抜けるものの、これはこれで期待値上がるわ^_^
トイレも済ませて準備万端
いざ5F展示ブースへ!





稲妻メイクBOWIEのお出迎えを受けると
すぐに、ヘッドフォンを渡される。

美術展では、よく音声ガイドとして
ワンコインで貸し出されるが
こちらはNo Pay。



ドキドキしながら角を曲がると
まず一番手は寛斎デザインの衣装だ。
展示に近づくと音楽や音声が自動再生。
いちいち自分で操作いらない。わぉ素敵♪



…しかし、この衣装、こんな細い中に
ボウイ、入ってたん?
と言いたくなる、ウエストの細さだわ(´∀`*)



そこから先は、沢山のたくさんのタクサンノ、
ボウイの写真
直筆メモ
スケッチやドローイング
彼の世界を共に創った
スタッフやコラボレーター達の
顔、声、言葉…



コンパクトにまとめられているのは
わかるのだけど
それでも大変な量だし
見れば見るほど、彼の世界がどんどん拡がって見えて



展示物の、どれもこれもが

《デビット・ボウイ》を名乗った男の皮膚の皮

…みたいだな。と感じる。



皮、といっても
いらないもの、ということではなくて
熱を持った、その身体に「纏ったもの」という感じ。



肉体はもうなくなった分だけ、
纏ってきた《皮膚》が
いま目の前にあって、それを観てる感覚。



それだけ、いろんな存在を
名乗り体現して表現してきたヒトなのよね。




複雑だった家庭環境から
心を病んだ家族のことに触れた彼の声
「精神病院には行かなかった
家族は行ったよ そして状況は悪化した

だから僕は 問題を言葉にして書いた」
・・・この言葉にひどく頷いた。



問題(と思われるもの)を
まず書き出すことで
自分の外へ置いたのね。

シンプル。
だけど強力な手立てだわ^_^



この回顧展に、一切関与しなかったといわれているボウイは唯一
100冊の愛読書リストを送ってきたそうだけど



沢山の言葉を読み、詠い、諳んじて
書き、綴り
歌ってきた彼には
コトバすら
身に纏うもののひとつだったのではないかしらん。





公式グッズのこのノート!罫線が円。
…この円に沿って、ジブンの言葉を書き連ねていったら
まるで曼荼羅ではないの!(´∀`*)
マイ曼荼羅ノートと呼ぶわよ♪



展覧会って、いつもそうなんだけど
順路に沿って歩いても
いつの間にかはみ出す

興味の赴くままに歩き回って
気になって突然後ろを向いたりして^_^
その間もヘッドフォンからはボウイの声が響き続ける
これって…



街の中で
イヤホン🎧耳につけて
歩いているのと同じだわ



群れの中の、ひとり
ただ違うのは
彼の声でつながっている、ということ
彼の声で刺激されるということ


皆、彼を通して
観たいものだけを切り取っている
普段、イヤホンから響く音を選曲しているようにね

それぞれが自由に
デビッド・ボウイの宇宙を泳いでいる
元来、内気で
だから変装しよう、
なんてことを考えた男の創った宇宙をね。



彼の言葉
『どこの誰でも
「意思」を持てば何者かになれる』



何者かになり続け、変わり続けてきた
デビッド・ボウイ
ここで、ヘッドフォンをつけた人の数だけ
それぞれに響いてる、彼の宇宙がある。





3時間歩き回った後
カフェでのお昼ごはん
コリアンダーキーマカレー^_^




カフェの壁にもボウイ(´∀`*)



そして、今回
グッズの中で欲しかったのはこちら!

ボウイを取り巻く人々を表した元素周期表
ポール・ロバートソン作
『THE PERIODIC TABLE OF BOWIE』♪




これ、ドキュメンタリー映画「DAVID BOWIE is」を観たときに
すごく気になった逸品でした
是非とも会場で観たい!と思っていたの

…ヘッドフォン外した後に現れてくれて
さすがV&A!と感激しながらマジマジと見入ったわ!
そして部屋にも飾るといふ(´∀`*)





さあ〜て、この後
私はドキュメンタリー映画「DAVID BOWIE is」を
もう一度観ますよ〜^_^
復習〜♪

そして、もう一度ここに来るわ!と決めて
会場を後にしたのでした。





周期表については
また書きますね(´∀`*)




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「ヒッチコック/トリュフォー」を観てから
「定本 映画術」を読んでいます。



定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー/アルフレッド ヒッチコック

¥4,320
Amazon.co.jp





この本、ヒッチコックファンなら
知らない人はいない、映画制作の教科書としても
広く使われているような本なのですが
私は今回初めて読みました。

…映画作る人でもないし、という思い込みからかw
今まで手に取らなかったのよね^_^



ヒッチコックという映画監督に強く惹かれた
トリュフォーという人が
彼にインタビューして、作り上げた本。
ヒッチコック作品ひとつひとつについて
制作秘話や、監督の思い、意図などが語られています。



トリュフォーという人は、
映画の批評家から、自身も監督となった人。



そんな人が、敬愛するヒッチコックにインタビューを申し込み
通訳を挟んで何十時間にも渡って録音された音源を
まとめ上げたのが「定本 映画術」なわけね。



これを読み始めてから、ヒッチコック映画を
ミュートで、音声を消して観てみました。


セリフなしで
映像だけで
盛り上げるBGMもなしで



なのに、話がわかる。
スクリーンの中の人物が今、何を思っているかが伝わる。
こちらもつい、同じ気持ちになっていく。

作り手が、何を現しているか
何を伝えようとしているかが
伝わる画(え)。だから、
観ているこちらも入り込めるのですね。



なぜわかるのか。
なぜ伝わるのか。



ヒッチコックは
セリフには頼らない。



言葉で種明かしをするほど
馬鹿馬鹿しいことはない、というスタンスなんだな。
ということが、本を読んでいて一番よくわかりました。



だから、画(え)で想像させるのね。



観客は、この後
スクリーンの中で何が起きるか

登場人物が全然喋ってなくても
容易にわかる。



だから手に汗握る。ハラハラする。
思いっきり映画に参加しちゃってる。




いままで、ヒッチコック映画は
ここにほとんど書いてないんだけど
今までとは少し違う視点で
お話しできそうです。



何度観ても
新しく楽しめるって、嬉しいね(´∀`*)




「ヒッチコック/トリュフォー」公式サイト




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これ、気になったのでリブログさせていただきます^_^
あるよなぁ、世の中(と思い込んでる世界)で

人気だから
話題だから
ヒットしてるから

と繰り返し目にしてるうちに
ハマっていくパターン。



バンドでも映画でも何でもあるよね
周りが認めてると
自分もそれを知っていなきゃいけないような気になってしまう。



自分自身の「どう感じてる?」が
どこかに置いてきぼりなのよね。



繰り返し見たり触れたりするものって
重要なものと捉えちゃうしね。



もちろん、それを入り口にして
どんどん好きになって
どんどん深く知っていったりするのは
全然アリだけど




それが
あまり話題に上らなくなった時には
もう次の誰かが目の前に現れる。
その、操られてる感を感じたから
テレビ見るのやめたのよね。



テレビの何もかもが悪いとかいうことではありません。
ただ、情報をある程度シャットアウトしてみると
少しは自分で選ぶようになっていくんだよね。何でも。




あ、私
星野源さんは殆ど知らないので
ファンの方で気を悪くされた方がいたら
ごめんなさいm(_ _)m



私がテレビ見るのやめたのはこれよコレ。
と腑に落ちたので
リブログしてみました(´∀`)







◯◯が欲しい。



と思った時
アタマにそれが浮かんで、離れなくなる時



◯◯がないと
それを手に入れている私でないと
ダメだと

そう思っていないかな?
と問いかけてみる



少しだけ
アタマを低くして
身をかがめて
立ち止まって
じっとしてみる

そうして、立ち昇ってくる想いを聴いてみる



大抵の「欲しい」は
ダメな私に◯をつけるための「欲しい」
だったりする
それを手に入れれば、私は大丈夫。と思っているわけ
もしくは、
それを手に入れてない私はダメ。とバツをつけてる。



一体、誰が大丈夫だなんて言ったの?
一体、誰がダメだなんて言ったの?




ぜーんぶ、自分だ。(´∀`)



少しの間、立ち止まって
アタマのうるさいお喋りを既読スルーしてみると
その後ろに隠れてた感情が
やっと顔を出す

ただ黙って、聴いてみる
何にも言わずに、浮かび上がってくる声を
感情の声を
受け取ってみる



意外と、欲しいと思っていたはずの◯◯とは
全く関係のないことだったりする



そんな時の「欲しい」は
私の場合、殆どが見栄というヤツで。
どんだけよ!という話だけどw



それがわかったら
まず何にも手に入れてない私に
◎をつける。
◯じやないよ、◎よ。^_^
(はなまるでもいいね♪)



そして、聴いてみる
◎の私でも、それ欲しい?



Noなら話は終わり
Yesなら迷わずゲットだLet's go!だね(´∀`)





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東京へ引っ越して来て、1ヶ月経ちました。

短くて長く、
長くて短い1ヶ月。



住む場所を変える、というチャレンジは
取り掛かってみればあっという間に進んだし
とても無理なんじゃないか、と思い込んでいたのは、一番最初の



石(意思)を投げるまで
意思を手に、目の前の川に飛び込むまで



で、投げてしまえば、
飛び込んでしまえば、

後はゴロゴロ転がっていっただけ
流されていっただけ、でした。




そして、ひと段落ついてしまうと

とても無理なんじゃないか
できないんじゃないか

と思い煩っていたのは
その、ゴロゴロ転がる間の
流されてく間の



転がってるとこ見られたら恥ずかしい、とか
ずぶ濡れで流されまくってるのってどうよ?とか
どこかにぶつかって怪我するんじゃないか、とか



そんな、途中の些細なことだけ。




この「些細なこと」が
思考というヤツで
頭の中で
大ごとに膨らんで

石を投げることも
川へ飛び込むことも

思いとどまらせてしまってるだけなんだな。




・・・と、ひと段落ついてみて
わかったよ(´∀`)




意思を投げるのも
川へ飛び込むのも



怖いよねー
うん、怖い。



その怖さに打ち勝つのは
私の場合「好奇心」だわ。



もう、最悪どうなってもいーよ、いいからその先が観たいの!
・・・というね(´∀`)



そして実は、
心の奥底で一番味わいたがっているのは、その

意思(石)を投げた後に
川へ飛び込んだ後に

リアルに感じる色んな気持ち、なんだよ。





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