トランポリン競技の上山選手と伊藤選手がオリンピック出場枠2枠を獲得してくれました。
明日の決勝でメダル権に入れば無条件で日本代表が確定する。それにしても、中国は本当に強くなったなぁ。

上山選手、お祈りしておりますよ! 


【バーミンガム(英国)時事】ロンドン五輪の出場枠が懸かるトランポリンの世界選手権は17日、当地で男女の個人予選が行われ、日本男子が五輪出場枠2を獲得した。決勝に進んだ各国2選手に枠が与えられる。日本女子の出場決定は持ち越しとなった。
 男子予選では、世界ランキング1位の伊藤正樹(金沢学院大ク)が108.669点で5位、5大会連続のメダルを目指す上山容弘(大体大大学院)が107.359点で6位となった。4位までを占めた中国勢は上位2選手が予選通過となり、伊藤は3位、上山は4位で19日の決勝へ。日本トランポリン協会は、決勝のメダル獲得者を代表選手に選ぶ。上位3選手の合計点では、日本は2位で18日の団体決勝に進んだ。
 男子8位の外村哲也(JPT)と17位の坂本鷹志(日体大教)は敗退。女子の日本勢は岸彩乃(金沢学院大ク)の19位が最高で、25位の山田紗菜(早大)、32位の寺田望七(日体大)、37位の土井畑知里(阪南大ク)らはいずれも予選落ちした。岸と山田は来年1月のプレ五輪最終選考会に出場できる。 (2011/11/18-10:23)

出所:時事ドットコム
本日、朝起床と同時にヤマトクルー事務局の通信班から嬉しい知らせが届いていた。
かなり興奮している。どれぐらい興奮しているかと言えば、疲れていた顔が凛々しくなり、体中にエネルギーが満ちあふれ、今にもイスカンダルに行けそうなぐらい興奮している。

初代宇宙戦艦ヤマトの完全リメイクのお知らせである。以下、抜粋

『宇宙戦艦ヤマト2199』は、TVアニメシリーズ第1作をベースに、
新たなスタッフで制作する完全新作TVアニメーション用シリーズ作品です。
その第一話・第二話が、TV放送に先駆けて2012年4月7日より
全国10館でイベント上映されることが決定しました。



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昨年の宇宙戦艦ヤマト復活編、キムタク主演の実写版の宇宙戦艦ヤマトとここ近年一種のヤマトブームが起こっていた矢先に、西崎義展監督が亡くなられた。もう二度と、本流の宇宙戦艦ヤマトの復活はないだろうと残念がっていたので、心の底から嬉しいし驚きである。

近年、チャラチャラとしたアニメが氾濫し、絶望すら覚えていたので、この気骨あるアニメを超えたロマンが地上波テレビで復活することにはとても意義が在ると感じている。
正直、ヤマトという作品はただの宇宙戦争モノではない。人間ドラマであり愛の物語であり、努力と友情と困難なことに立ち向かう勇気をくれる一大作品なのである。現代のヤングはこれを見るべきなんじゃないか。

小生はヤマトファンの最年少クラスの年齢で、コアなファン層である40代~50代とコミュニケーションにおいて少々難があるように感じられたので、若いファンが沢山増えることを願ってやまない。

《リメイクされたキャラクター達》

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出所:ヤマトクルー


まだ情報が少ないが、現代のヤングに見せたときのヤマト2199の評判が気になるところだ。小生の印象だと、かなり忠実にリメイクされている印象を受けるので、尚更、どのような評判になるのかが気になる。コアなファン層の評判も現在のところ悪くなさそうだ。

現在、某企業にキャリア教育のプログラムを提案する得難い機会に恵まれ、毎日「キャリア」という言葉と向き合っている。

皆様が「キャリア」という言葉を聞いたとき想像するものは何であろうか?
キャリア官僚などのエリートを想像する方、また日本語に置き換えた経歴、職業といった言葉が頭に浮かぶ方など様々な捉え方があると思う。

実は、キャリアという言葉はアメリカで生まれた概念で、1953年にアメリカの心理学者superのキャリア発達理論など一連の研究によって「キャリアとは生涯において個人が果たす一連の役割、およびその役割の組み合わせである」と定義されている。
上記を少し古代の解釈で捉えると、キャリアとは職業生活に限定したものではなく、人間の生涯に視点を置いた生き方や社会的役割との関連で捉えており、経験の累積のことである、となる。

つまり、キャリアとは「人生における生き様」のことであり、それを教育という側面から支援するのがキャリア教育といえよう。今の時代、いや、どのような時代でも「生き抜くことができる力」を支援するということである。

以上、キャリアの概観を述べてきたが、皆様はきっと「では、なぜキャリア教育などが必要か」と思われるであろう。機会があれば纏めても良いが、一般論であればググったら良いので気になった方は文科省と経産省で「キャリア教育」と調べてみてほしい。両省庁の視点を見てみれば、様々な側面からキャリア教育が求められていることがはっきりと見える。

上述したような一連のことを聞くと、「なんだ、自己啓発の類いか」などの感想を持たれるかもしれない。しかし、自己啓発類の多くは成功者の主観的な「オレの教育論」によって展開をされているものではないか。もちろん、多くの自己啓発の類いを否定するつもりはないし、成功者の暗黙知を表出化することは大変意義のあることであると思う。しかし、「オレの教育論」は汎用性がないのも事実であり、何ら科学的根拠がある訳ではなく、一般化しにくいことは事実であろう。ここで必要なのが、できるだけ一般化された、先人達が科学的に生み出した理論をベースとしたキャリア教育の開発である。古代が提案を試みたいのがそれである。

最近、目を真っ赤にさせながら知識を集め、提案する先に誰がいるのか、誰の役に立てるのかを想いながら思考を巡らせている。付け焼き刃ではろくなものはできないであろう。ただ、誰かを想い、誰かの役に立てるかもしれないモノに自らの情熱を注げるチャンスをいただけている。これだけで、何か、何か、嬉しく幸せなのであります。






際限のない欲望の連鎖を断ち切るにはどうしたら良いであろうか。

手に入れても、奪い取っても、満足できずにどんどんと欲しくなる状態。高級車の次は豪邸、資産1億円の次は2億円、職位の次は名誉といった外的基準に基づいたモノを求めていれば、際限のない欲望の連鎖を生むことになりはしないか。
このようなスパイラルに陥ったとき、人は恐らく社会的に序列化されたモノの基準で自らをはかっているのだろう。社会的に序列化されたモノのみで自らを序列化しては、自分を見失ってしまうことになりかねない。「一体、自分は何を求めて、いつ満足できるのだろうか」と。

そこで、社会的に序列化された価値基準ではなく、自ら設定した価値に基づく、自分自身の価値基準をベースとする内的なキャリアが重要になるのではないか。

「自らの価値基準は人から認められることだ!それはすなわち社会からの評価だ!」とおっしゃる方もおられるだろう。古代はその方のおっしゃるコトもよくわかる。評価は可視化されるべきであって、目に見えないものは評価に値しないと。しかし、可視化されない自らの価値基準による満足があっても良いのではないか。
外的基準に基づく可視化されるキャリアアップを志す方々の数パーセントが満たされ、その他の多くの方々が満たされない世の中、社会になっている以上、自らの基準による自己評価が極めて重要になってくる気がしている。要は、外的基準の可視化されているモノを手にいれる人は一部であり、そのモノは特に日本社会で顕著に少なくなってきているのである。


際限のない欲望の連鎖を断ち切るには、自身の内的な価値基準を設定すること、が第一歩である気がしている。
昨年、筋トレでデブ脱却ということでトレーニングに励む覚悟を書き記していたが、あれから早1年2ヶ月、一向に肉体改造は進んでいない。

昨日、久々にジムとやらに足を運び、せっせとトレーニングをしたのだが、案外とパワーは落ちていない。未だにそこそこ力持ちではある。しかし、問題は体力と体脂肪だ。ランニングマシーンとやらで少しでも快足を飛ばすと「ゼイゼイ」と息切れ。その後、汗まみれになったので、体脂肪殿はでしゃばるまいと思い測定器に乗ると前年比115%に進化した体脂肪殿が。お腹のお肉も、"貫禄が出てきた”などと浮かれている時期もあったが、今やただのデブ。

なんとかせねば。


筋肉殿の育成を通じて新陳代謝を高め、体脂肪殿を抹殺したくおもいまする。が、どうしても醤油がしみ込んだお煎餅をつまみにビールをやってしまいますし、大好きなラーメンのおつゆは一滴残らず飲み干してしまうのでございます。涙


どうしましょ。