私の子どもたちの小学校、中学校の各クラスのPTA役員決め、毎年たいへんでした。
毎年、学年が変わる4月の最初の保護者会でPTAの役員を決めなくてはならないのですが、
みんなやりたくないので、なかなか決まりません。
そうなると、最後はくじ引きになります。
このくじ引きは、家庭の事情なんて全く考慮しないものでした。
小さい子がいても、フルタイムで働いていても、介護していても、免除になりません。
免除されるのは、過去に役員をすでにやった人だけ・・・。
くじにあたったら、クラスのPTA役員を必ず引き受けなければなりません。
当日欠席した人は、変わりに誰かがくじをひきます。
欠席した人が得になるようなことはありませんでした。
だいたいの保護者は自分の子どもの学校在学中1回くらいは何かの役員をしなければなりませんでした。
子どもが複数いる人は、複数回役員をしなければなりませんでした。
ほとんどの保護者は、上の子で1回、下の子で1回役員があたりました。
くじ運がよくて、1回もやらずに済む人もたまにはいましたが、 皆、だいたい1回は何かの役員をしていました。
さすがに、今がん闘病中と話せば役員をしなくてすんだかもしれませんが、私は絶対話したくありませんでした。 実際、誰にも話していませんでした。
そんな私が、がん闘病2年目にくじにあたってしまったのです。
くじ運の悪さをうらみました。
でも、話して同情されるのは絶対嫌だったので、思い切って役員を引き受けることにしました。
私も若かったのでしょう、当時の私は人から同情されるのが何よりも嫌でした。
再発・転移が発見されたら、役員は続けられないなと思ったのですが、その時はその時、そうなってから
本当のことを話せばいいと思って、思い切って引き受けました。
引き受けた時は、一年できるかどうか、無事に役員を務められるか本当に不安でした。
がん闘病2年目でしたので、自分自身のがんがどうなるか全く分からず、普通に生活するのも不安がいっぱいでした。 そんな中でのPTA役員は、結構負担になりました。
クラスの役員は、学級代表とか、広報とか、全部で、8人くらいいたでしょうか、 役員が集まる機会も多く、何度か顔を合わせているうちに役員同士親しくなり、たまにお茶をしたりするようになりました。
ある日、何度目かの役員の集まりの時、なぜかがんの話になりました、
他の役員のお母さんたちが、「がんて怖いよね~」 とか、 「がんにだけはなりたくないよね~」と大きな声で言っていました。 あのがんはこうだとか、このがんはこうだとか、がんの検診の仕方はこうだとか、
ホント無責任に色々言っていました。
皆、まさかすぐ隣に、今まさにがんと闘っている人間がいると思わずに気楽にしゃべっていただけだと思いますが、私はものすごく嫌な気持ちになりました。
私は会話には加わらず黙って聞いていました。
顔がこわばるのがわかりました。
だって私は、みんなが怖いとか言っているがんになって、今まさに治療のまっ最中なのだから・・・と心の中で思っていました。。
ただただ、黙って聞いていました。
話を聞きながら、みんなのがんに対する印象ってこんな感じなんだなと思いました。
みんな好き勝手なことを言っていました。
みんなだって、いつがんになるかわからないのに・・・。 と、そんな風に思っていました。
PTA役員は、仕事内容も、人間関係も、めんどくさく、いろいろたいへんなこともありましたが、なんとか一年の任期を無事務めることができました。
その後もくじ運悪く何度か役員に当たってしまいましたが、どれもがんのために、役員を降りることなく任期を無事に役員を務めることができました。 毎回役員が終わるたび、アー一年無事に終わったとほっとしたことを覚えています。
毎年4月に行われる小学校、中学校のPTAの役員決めは本当にたいへんです。 保護者は自分はあたらないよう必死です。 時々自分から進んで役員をやってくれるお母さんもいて、そういうお母さんがクラスにたくさんいてくれる時は本当に役員決めが楽で助かります。
あのくじ引きの緊張感といったら・・・。
くじ引きで役員に当たってしまった人が、急に引っ越してしまったといううそのような本当の話もあります。
私の場合、子どもたちが高校に入ったら、そういうめんどくさい役員決めは一切なくなりましたが。
余談ですが、 昔、役員を一緒にやったお母さんの一人が、2~3年前に亡くなっていたことを最近知りました。
私と一緒に役員をやっていた時は、スポーツが好きで、日焼けした健康そうなお母さんでした。
彼女は自分から進んで役員になった数少ない人でした。
彼女は、役員に立候補するだけあって、パワーがあって、自分に自信があって(私にはそう見えた)、テキパキしていて、私はいつも圧倒されていました。 がんと闘っていた私にとって、彼女はとてもまぶしく、とてもうらやましい存在でした。
病気とは一番関係なさそうなお母さんでした。
彼女は、昔役員の集まりの時に私の前でがんの話をしていたお母さんたちの一人でした。
なぜ亡くなったのか詳しいことはわかりませんが、病気らしいとの話でした。
なんかとてもショックでした。
私が生き残って、彼女が先に死ぬなんて・・・。
人の運命って本当にわかりません・・・・・。