徒然時事日記 -11ページ目

【滅びゆく人間】孤独な職場の人間関係

サンケイWEB版に「【溶けゆく日本人】 孤独な職場 成果主義…責任回避する上司」(2007/05/30 08:00)の記事が載っている。組織の管理能力の脆弱さと人間関係の希薄さと成果至上主義の弊害を評論した内容である。


それによれば、『浅薄な人間関係が業務に重大な支障を来した事例がある。日本有数のメーカーで、顧客情報の管理システムの構築を分担作業で行った際の出来事だ。30代の男性社員の作業が極端に滞っていたことが発覚した。判明したのは、システム完成予定日の前日。それまで上司も同僚も誰一人として、作業の大幅遅延に気付かなかったという。「作業日程を延長して、同僚を何人も投入したがそれでも人手が足らず、結局、派遣社員を雇った」と関係者。それほどの遅れに気づかぬほど、社内の“血流”は滞っていた。結局、関連する他部署の業務にも影響し、会社に大きな損失を与える結果に。「仕事が『できない(社員)』と周囲に思われたくなくて、言い出せなかった」と男性社員。大企業とは名ばかり、孤独との戦いだった。』と言うことである。


私は、これをもって単なる人間関係の希薄さから推断するものではないと思う。その根っ子に希薄にさせる「組織の脆弱さ」があるのではと考える。それは、この若者の対人関係の拙さだけからくるのではなく、逆に組織における能力を発見しそれを発揮させると言う機能が低下しているからである。


組織は、フラットな社会では現出しない。ヒエラルヒーがあって初めて「組織」と言うのであって、平坦な社会ではありえないことだからである。「組織」とは、集団あるいは団体に階層構造があり、権力あるいは権限関係が成立しており、その【統制と調整】が成り立っていることが必要十分条件となる。従って組織と言うには、仕事の分業と調整を行うメカニズムが必要となる。更に共通の目標が集団あるいは団体構成員の人々によって共有されているとしても、個々人が個別的に仕事を遂行するならば、それは組織とは言わない。話はやや横道にそれるが、ワンマン社長の会社は典型的な例となる。彼が望むのは「フラットな社会」であり、権限の統制と調整が不必要であるからだ。「組織図」は不要なのだ。だからすべての道がローマに通ずではなく、すべての道が閉ざされているのである。閉塞的状況の極限と言っても過言ではない。社内の血流が滞っている騒ぎではないのだ。


かの大企業の有能な若き戦士は、一見素晴らしいと見える大企業の「組織」に背理的に換言すれば「権限の統制と調整がない組織」の脆弱さによって孤独に沈綸してしまったと言えるのである。見方を変えれば、「社内の血流」とは「責任」である。この「責任のなさ」が漂っていることによって、職場に疲弊感と孤独感が拡散されたのである。


また、電子版は『組織内の上下間の意思疎通、信頼関係が希薄化しているのだ。その結果、近年頻出するようになった上司の常套(じょうとう)句があるという。部下から助言を求められた際の、「その仕事は任せたんだから、やりたいようにやりなさい」という言葉だ。聞こえはいい。だがその多くは、的確な指示やアドバイス、適切な関係構築ができない自分の「無能さ」を悟られないようにするために発するケースが多いという。表面上の上下関係は維持したい、一方で、指示したことによる共同責任は負いたくないという思いが潜む。』と言っている。


「的確な指示やアドバイス、適切な関係構築ができない自分」の多い集団では、当然のことながらそこには「責任がない」のであるから、意思疎通がないし信頼関係も構築されていないのだ。「無能さが溶けている組織」とでも言えよう。経営管理あるいは労務管理、人事管理の集積が効果的に発揮されていない社会では斯様な結果を招来する。


加えて、成果主義が広まれば広まるほど、その負の遺産が頭を擡げてくる。そして、組織は人と共に溶けてゆく。欧米社会の「真似事」に終止符を打たなければ、伝統的価値観をもった人間が滅びてゆくであろう。


欧米から直輸入した成果主義では、組織内において個々人の能力のみが問われる。上司は『連帯責任を負う』と言わずにすむ上司本位の体質を育て、部下は部下で無理をしてでも期待に応えようとする。ヒエラルヒーのトップの一人である上司に「無能力さ」があればあるほど、部下に責任が重くのしかかる。そして、溶けてゆくどころか「滅ぼされてゆく」のである。


COMSNは、Community Money Systems and Networkの略です。

訪問介護最大手の「コムスン」は、自ら招いた悪魔の誘いによって介護「ビジネス」から撤退を余儀なくされた。


厚生労働省は虚偽の申請で事業指定を不正に取得していたとして、コムスンが開設する全国の介護事業所の指定を順次打ち切るとともに、事業指定もしないよう都道府県に通知した。不正行為の発覚によって向後5年間は、系列の事業所でも新規の指定や指定の更新が認められないと言う“連座制”が初めて適用されたのである。


産経新聞の論説では『親会社のグッドウィル・グループ(GWG)はのすべての事業を別の子会社に譲渡して逃げ切る作戦に出た。だれが見ても法の網の目をくぐる行為だろう。不正を招いた経営体質に全く手を付けないまま、看板だけを付け替えてグループ内で事業を引き継ぐわけで、二重の背信行為ではないか』と断じている。「二重の背信行為」とまで言い切っている。更に、「GWGは『サービスを継続し、利用者の間に混乱や不安が広がるのを抑えたい』と主張しているが、コムスンのサービスを受けている約6万5000人の利用者の保護を逆手にとった偽善的理屈にしか聞こえまい」と論断する。メディアの極めて厳しい批判が行為発覚時からこのような表現をとっていることが今回の不正と偽善がいかに「反正義」であり、「反社会」かを物語っていると言える。福祉に従事しようと考える者は、「法」以前の「人間愛」、「道徳」や「社会正義」をしっかりと身に付けているべきことの反証を今回の事件が知らしめてくれたのである。

 
福祉事業ではないが、かの「ホリエモン」や「ムラカミ」はどうだったかを考えるべきである。また、折口何某が経団連の理事を務めていることは、わが国の「ビジネス」が「福祉」をどう見ているかを如実に物語るものである。決して福祉は、「ビジネス」、「利潤」を追求してやまぬ市場経済に馴染まないのだ。介護保険法には、「(国民の努力及び義務)2 国民は、共同連帯の理念に基づき、介護保険事業に要する費用を公平に負担するものとする」とある。国民に公平さを求めた保険料によって成り立つわが国のシステムは、市場経済からうみだされる「利潤」を最終目的にしていないのである。であるから、福祉事業を「ビジネス」と捉えることはできないものである。また、そのような法であり、システムであることを事業者は再認識すべきであろう。


厚労省によると、平成12年4月の介護保険導入から昨年12月までに指定を取り消された事業所は459カ所で、介護報酬返還請求額は55億円を超え、31億円が未返還のままだという。政府の甘い処断もさることながら、コンプライアンス(法令遵守)のない企業は社会から放逐されるべきである。そして、厚労省は法令順守の体制を整えるとともに「健全な介護ビジネスモデルの構築」を促さねばならないのである。


コムスンは1988年、北九州市の社会福祉法人せいうん会理事長であった榎本憲一氏がスタッフ2名で創業した事業所だった。榎本氏の福祉理念は本日の朝日新聞天声人語に述べられているが、一言で言えば「人間愛にもとづいた共生」である。されば、GWGの総帥折口何某は、一体何にもとづいて「共生」したのか。それは「ビジネス」であり、「金」である。拝金主義の典型であろう。

嘉納治五郎先生が泣いている。空より虚。

サンスポの電子版は4月8日に行われた柔道世界選手権の代表選考会を次のように評している。



『なんとも不思議な代表選考だった。柔道世界選手権の代表選考を兼ねた、8日の全日本選抜体重別の女子48キロ級で優勝した福見友子(筑波大)が代表に選ばれず、実績を評価された谷亮子(トヨタ自動車)が選ばれた。決勝では出足払いで有効を奪った福見の完勝だったが、それでも谷が「金メダルに一番近い」と見なされた。
(中略)
しかし、その実績豊かな谷を真っ向勝負で堂々と破り、頂点に立ちながら代表になれなかった福見の心境を思うと、あまりにも切ない。9月の世界選手権は来年の北京五輪につながる。谷はその流れに乗ったが、福見にすれば「一体、何で勝てば代表になれるのか」と思いたくもなろう。「はじめに谷ありき」の感もあり何のための選考会かと首をひねる。目先の金メダルばかり追って、谷が引退した後、このクラスはペンペン草も生えなくなるのでは、とつい心配になってしまう。「今回は負けたので若手に代表を譲りたい。次の大会までに完全な状態に戻し、北京五輪に必ず出る」。谷がそんなせりふでも吐いて辞退したとしたら、「さすが世界の谷」と、一段と女を上げたのでは、と思ったのは筆者だけだろうか。(サンケイスポーツ・今村忠)』と。この事実は、青少年育成を高らかに謳う柔道連盟の崇高な理念に違うものである。講道館柔道の創始者、嘉納治五郎が唱導した「自他共栄」が泣いている。



国際柔道連盟の規約の第1条には「国際柔道連盟は嘉納治五郎によって創設された肉体と精神の教育体系を柔道と認める」とある。谷氏は敗北したのである。が、谷氏が代表に選ばれ、勝った福見友子(筑波大)氏が選ばれなかったことは、「空」と言うより「虚」である。勝負せずとも戦う前に決まっているに等しいものだと言う事からいえば、「虚」そのものである。これが「肉体と精神の教育体系」なのである。



日本の若者よ、見よ!これが世界の柔道なのだ。立派な柔道であるから谷氏が実績を評価されて選ばれたのであることを見よ!戦う前に勝っていることの素晴らしさを加納治五郎先生に報告したいものだ。



私は忘れない。福見友子(筑波大)氏に最高の栄誉を贈ろう。