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PAnja96 日記

Panjaの車と趣味のブログ
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2013年9月7日配信
メールマガジン

「モリモト・パンジャのおいしい遊び」
より
~第23回「防衛本能はゆれる」の巻~

1.発酵と腐敗の関係
2.ナマグサイ朝
3,音は知らせる
4.「無音」の恐怖
5.見ざる聞かざる嗅がざる
6.かんたんレシピ「タコと海老のアヒージョ風」

23気分


<今回の気分>
ねー、この部屋なんかクサくない?
え? 何もない?
あ、この国自体がキナクサイのか?

な、気分
     **************************************

1.発酵と腐敗の関係

以前、別の媒体で「発酵と腐敗」について書いたことがある。

内容はどちらも「糖分や蛋白質などの有機物が微生物によって分解される現象」で、微生物側からの行為としては同じこと。しかし分解の結果生成されたものが人間にとって「善」か「悪」かで呼称が変わってしまう、ということだった。

いささか乱暴な言い方ではあるけれど、たとえば「米に含まれる糖分が麹菌・酵母などによって分解されてアルコールを生成したもの」はご存じの通り「日本酒」だし、「大豆を麹や酵母で発酵」させれば「醤油」になる。

一方、魚や肉が微生物によって分解されてできた生成物やその際に増殖する大腸菌、黄色ブドウ球菌などの細菌が体内に入って悪さをすると食中毒で、こちらの分解過程を「腐敗」と呼んで人間にはよろしくない。よろしくない、というより場合によっては生命にも関わる問題で、猛暑の盛りは越したと言ってもまだ湿度や気温の高い日のあるこの季節、まだまだ油断してはいけないのである。

ところでこの「腐敗」を察知するための「人類への警告」とも言える要素が「匂い」。いわゆる「腐敗臭」というヤツで、人間はあらかじめ自分の体に悪影響を及ぼすものを察知する能力が優れているのだなぁ、と「悪くなった食べ物を捨てる」度にいつも感心する。

満腹でお皿に残ってしまった「肉野菜炒め」。あるいは食べた「アクア・パッツァ」の鍋に残った「おいしいスープ」。「明日食べよう」、「別の料理に使えるかも」と容器に移して冷蔵庫へ収納する。数日後。「これ、いつのだっけ?」 「おととい?」 「いやその前かも……」 くんくん……これで「ダメだ。捨てましょう」となるか「まだイケル」となるのか、判断の決め手が匂いなんですね。発酵食品によっては「けっこうな匂い」がしても大丈夫、というよりむしろ「珍味」として珍重されるものはあるものの、僕たちが日常口にするものに関してはこれをひとつの規準としていいと思う。

前日に残って一日冷蔵庫で冷やされた肉野菜炒めはあんがい熟成(?)して「旨くなってる」ことがあるんだよね。カンタンには捨てられないけれど、2日以上経ったものを食べても未だにおなかを壊したことがないのはこの能力のおかげ。今回は「危険察知能力」のお話です。

2.ナマグサイ朝

先日の朝。起きて寝室を出て、リビングのドアを開けると部屋中が「何だかナマ臭い」。後から部屋に入ってきた妻も入るなり「ナマ臭~い」という。

「まさか床の下でネズミや野良猫なんかがお亡くなりになっているんではないだろうね」

などと夫婦でおののきながら探すもののどこをどう探しても「生臭さ」の原因がわからない。どうも床下や天井裏など局所的でない、なにか部屋全体にほのかに漂っているというぐあいで、首をかしげながらコーヒーを入れ、ヨーグルトを出そうと冷蔵庫を開けてわかりました。

どうやら数日前に作った「アヒージョ」(魚介類などのニンニクオイル煮)が犯人で、残ったニンニクオイルをボウルに入れ、ラップして冷蔵庫の棚に置いたもの、これがどうやら何かの拍子にこぼれて棚の上に広がっていたらしい。

このオイルにはたっぷりと「アンチョビ」が入っていて(コイツだ)、同じ棚に置いてあったジャムやヨーグルトの瓶の底にこのオイルが付いて、それを出して常温の部屋に置いた結果、アンチョビの生臭さが広がったというわけです。

気づくのに小一時間かかったものの、オイルを別容器に密封して棚板は出して洗い、オイルが付着したと思しい箇所を布で拭いた結果、匂いは消えました。

「臭い匂いは元から断たなきゃダメ」

ってヤツですか。朝から大汗かきましたが。

この「匂い」。食べ物が危険な状態になっていることを知らせるだけじゃなくて「事件」や「事故」を察知するためにも役立ちます。「ガス漏れ」、「石油漏れ」、あるいは「ビニールが焼けるような匂い」なんかがしたらどこかで漏電や電気機器がショートしている可能性がある。日常生活は元より車の運転中なら「ゴムの焦げる匂い」がしたらどこかで異常な発熱が起こっている証拠だし、街なかを歩いているときなら火事が起きていることだってあるかもしれない。

ひょっとしたらたとえば「戦争状態」にある国に住む人達なら「硝薬の匂い」なんかに身の危険を覚えることもあるだろうから、匂いの種類によってはある意味「獲得形質」という側面もあるのだろうと推測するけれど、いずれにせよ「匂い」に敏感なことは「自らの生命を守る」という意味において、「動物」としての人間に備わった防衛能力のひとつといっていいと思う。

僕も個人的にはわりと匂いには敏感な方で、空気中に「雨の匂い」を感じて「雨が降るかも」というとかなりの確率であたります。妻からは「犬みたい」とか言われますが、たいていそういう時って外にいると十中八九傘を持っていないから、ぜんぜん役に立たないんだよね。そうして我が家に500円(最近は300円)の傘が増えるわけだ。

3.音は知らせる

いっぽう「匂い」と共に重要な防衛手段のひとつとなるのが「音」で、これも妻からは「犬みたい」といわれる理由なんだけど、睡眠中に地震が来るとその数秒前に目が覚めるという「特技」(?)がある。

いつもの朝にゆっくりと目が覚めていくような感じではなくて、ふいの「覚醒」、それこそ「バチッ」という気分。よく映画で悪い科学者が悪い実験をしていてよくわからない不気味な機械についている高電圧のスイッチを「ガチャン!」と入れるシーンがありますよね。あんな感じ。そして「なんだなんだ」と目を覚ましてボーッとする刹那、遠くの方から「地鳴り」が聞こえたかと思うと、ひと呼吸置いて「グラッ」とくる。じっさい何度も経験してるけど地震発生までの時間が短すぎて何もできません。役にたたねー!

強いて言えば地震発生の「瞬間」に目を覚ますよりは「若干は正確な対応ができる可能性」が高い分くらいは「得」と言えるかもしれない。でもやっぱりあまり役に立ちませんね。もうすこし早く目が覚めれば逃げたり何かできると思うけど、数秒じゃせいぜい頭を覆うくらいが関の山だ。無駄な「能力」といえば無駄である。あるけれど特に役には立っていない、いわば盲腸みたいなもんですかね。「盲腸力」とでも言うべきか。

ところで問題はその地鳴りの音が、近隣の線路上を走る電車の音にとても似ていることで、数分身構えて、何もないとわかると「それは電車である」と判断してホッと安心して寝てしまうものの、あれには毎度慣れなくてちょっと身構えてしまうのだ。

軌道からの距離は最短の直線でおよそ200m(Google Map調べ)。ほかに音のない深夜の時間帯でなければ気がつかないのだが、寝ているとわかる。終電の時間は夜半過ぎの1時前でちょうど蒲団に入る頃なので、寝入りばなに感じるその微少な振動と音が地震による地鳴りを思わせてとまどってしまう。

そういえば夏場に窓を開けて寝ていたら、朝となりのアパートから聞こえてくるアラームの音で目が覚めたこともあったっけ。こいつがまたぜんぜん起きなくて延々鳴り続け、暑いから窓を閉めるわけにもいかず、しかたなくこちらが起きてしまった。

よく映画やドラマ、あるいはコントで「水道の蛇口から出る水滴の音で眠れない」なんていう描写があるけれど、あんなのは眠れなくなること必至で絶対アウト。それほど音に敏感な質(たち)の僕があまりの無音に驚くものがある。

4.「無音」の恐怖

それは主に商店街や住宅街の「歩行専用路」のない場所で出会うもの。商店街ならほかに音が氾濫しているからまだしも比較的静かな住宅街でも気づかない。いわゆるハイ・ブリッド・カーやEVとの接近だ。

鳥の声を聴きながら、あるいは木々の葉を、空を見ながら歩いているとふいに後方から体の側面を追い抜いていく車。あの突然の出現に驚くのだ。「そ~っ」と近寄ってきて「スーッ」と追い抜いていくあの感じ、いつも激しく驚いて「うわっ!」とか過剰な反応をしてしまって恥ずかしい。

それ(無音)が原因で事故が起こったかどうかは不勉強でわからないけれど、今はわざと音を出すようにする機能もあるそうで、やっぱりそれに対する違和感はあったのだろう。

しかし、考えてみれば「走行音がうるさい」という意見が大半だった時代に対応して、「じゃあ静音化しましょう」と開発された技術に「静かすぎて怖い」というのもどうかと思う。そういえば技術開発で「無音」でシャッターを切れるようになってしまったカメラにわざわざ「シャッター音」を出す機能が追加されたこともあった。あれもずいぶんな感じがしたけれどそう感じたのは僕だけだろうか。この場合は「盗撮」や「無遠慮な撮影」を抑止する、という目的もあったのだろうが、せっかく静かになった自動車に「音を出させる」というのも妙な話だ。

こういう話をすると「目の不自由な人のことを考えていない」という人がいそうだが、そういわれたらこう言いたい。耳にイヤホンをつけて歩行している人はどうなのか、と。

そこで今回の本題に入る。「危険察知能力の放棄」についてである。

5.見ざる聞かざる嗅がざる

ただでさえ驚く「静かなものの接近」だ。そこへイヤホンで耳を塞ぎ、あまつさえ携帯電話の画面に目を奪われている状態は、ある意味「危険察知能力を放棄している」といってもいいのではないか。

事実、電車のホームを歩きながらスマートホンの画面に集中した結果、線路へ転落、運よく助けられた人もいるとは聞くけれど、何人かはケガをしたりあるいは命を失ってしまったケースだってあった、あるいはこれから同様の事故が起きる頻度が増すのではないかと推測する。

これだけ人口密度の過多な都市にあって嗅覚、聴覚、視覚、触覚、これらすべての機能を「オン」にした状態でこそ回避できる危機の接近が、いま知らず知らずのうちに放棄されている状態は、僕にはとても危険に見える。なぜこれだけのことにそれほどの危機を覚えるかというと、話は飛ぶかもしれないけれど「本当に危ないもの」は「その存在を認識できない隙」をついて近寄ってくると僕は思っているからだ。

たとえば「放射性物質」やあるいはそれが飛散する状況を生むに至った経緯。たとえばなにかきな臭い「戦争へ繋がる道の予感」とそこへ進もうとする小さな変化。そして「隣国への憎悪」とそれを意図的にコントロールしようとする情報。もしくは「経済倫理の犠牲者になる可能性」やそこから大きな利益を生もうとする動き。

どれもこれらを察知するには「動物的感覚」だけでは不十分で、世界に溢れる過剰な情報からの取捨選択を含めたブラウジング能力と、収集能力が付加機能として不可欠だろう。その情報収集する上での目を、耳を、鼻を塞いでしまってはいけない、と僕は自分に言い聞かせる。

そしてそれは自分を護るためだけではない。そうすることで近くにいる人達を護ることに繋がればいい、だから考え続けなければなぁ、と。それが「危機回避能力をオンにする」と言うことなんだろうなぁ、とも。なかなか難しいけれど。

6.かんたんレシピ「タコと海老のアヒージョ風」

23料理photo


というわけで、今回はお話にも出てきた「アヒージョ」を。「風」としたのは正しいレシピからは少し外れているような気がするからです。ま。細かいことは気にせず(笑)

「アヒージョ」。アホ(ajjo)はスペイン語でニンニクのこと。これのみじん切りを大量に投入したオリーブオイルを低温で熱して具を投入するだけの料理です。味付けは塩と鷹の爪。僕は辛いのが苦手なので鷹の爪は入れず、塩の代わりにアンチョビを使う。コイツが悪さをしたんだな。そうなんだな。具を食べたあとに残ったオイルに浸したパンを食べるのも激旨の喜びです。今回はタコと海老を投入。マッシュルームを入れてもおいしい。
オイルがあまったら保存して一週間くらいは再利用できます。くれぐれも冷蔵庫の中にこぼさないように。

23レシピ


ところで冒頭に戻って匂いの話なんですけどね。猫は「足の匂い」が好き、という事実。

たとえば一日歩いてだいぶん「アレ」になってる靴下の先を「嗅ぐ?」って差し出すと必ず嗅ぎますよね。嗅ぐばかりか体をすり寄せる。ある時などかじられそうになったことだってある。好きなんだなぁ。「足の匂い」が。

しかしよく考えてみればそういう状態の靴下ってさすがに「大腸菌」はいないでしょうけど、「納豆菌」やら「黄色ブドウ球菌」やらなんやらはどうしたって付着しているはずで、こういうのは「動物」である猫さんたちにとって「防御本能発動」のスイッチにはならないんですね。ていうか、むしろ逆? 犬も仲間が道ばたに残したものを嗅ぐのが好きなくらいだから、やっぱり臭いの好きなんだろうしなぁ。人間と犬・猫じゃその「動物度の深さ」(?)がちがうってことなんでしょうか。

そういや日本ほど潔癖的に衛生管理がされていない国ではアレルギーも少ないって聞きますしね。やっぱりなんでも「行き過ぎ」はよくないんだろうなぁ、なんてことを耳掃除をしながら考えつつ今回もこの辺で。


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第50回「誰もいない街で洗濯物をたたむ話」の巻

1.懸案事項としての珈琲フィルター
2.誰もいない街
3,サングラスをかけて洗濯物をたたむ男
4.かんたんレシピ「チーズキュウリ」

<今週の気分>

気分

日中、人けのない住宅街を歩いてると
ただ歩いているだけで
変な目で見られるような気がするのは
気のせいじゃないよね
ていうか、髪の長いオヤジだし
住所不定・無職みたいな?

ちげーよ! と大きな声で言えないところに
問題があるのではないかと気がついたような
そんな気分(´д`)

************************************

.1.懸案事項としての珈琲フィルター
 毎朝飲むコーヒーを淹れるためのドリップ用フィルター。一般に多く出回っているタイプのものとはちょっと違うので、どこでも買えるわけではないのが悩みの種。

フィルター

 ちょっと前までは仕事場近くの電気量販店で売っていたので、いくつもある「暮らしの懸案事項」の項目からは外れていたのだが、そこが店内の改装を機に扱わなくなって、懸案のひとつに復活してしまった。

 コーヒーとのつきあいは高校時代にさかのぼる。何をきっかけに自分で淹れ始めたのかはさだかでないが、級友の部屋へ遊びに行ったとき、初めて「サイフォン式」で淹れているのを見たのがきっかけではなかったかと思う。

 後に大学受験に失敗して予備校生になっていた頃は、暇に飽かせてお茶の水の専門店をしらみつぶしに回って珈琲を飲んだ。また珈琲について書かれた本を読みあさって銀座に「カフェ・パウリスタ」なる名店があると読んでは足を運び、「コーヒーロードしみず」という店で「水出し珈琲」なるものが出されていると聞けば行ってみたりした。

 残念ながら「水出し珈琲」はとても高価で、予備校生の財布には荷が重く飲めなかったけれど、普通のブレンドを注文して、生意気に「珈琲専門店・評価ノート」めいたものを作ってコメントを書いたりしていた記憶がある。

 その頃(1970年代の中頃)、街中にあった珈琲専門店でもこのサイフォン式を採用している店が多く、カウンターと調理場をガラスの衝立で仕切った内側に、アルコールランプとガラスのボウルが並んでいる光景を見ることはけして少なくなかった。

 ドリップ式を選んだのは大学に入ってから。布や不織布でできたフィルターを経て、現在愛用する紙製のフィルターにたどり着いて以来、紙製フィルターの質と形を変えながら現在の一穴式ドリッパー用に作られた三角形の製品を使うようになったのは10年ほど前。

 それまでの経験や他製品との比較・吟味を踏まえた上でこのタイプに決めた当初は比較的どこでも売っていたのに、扱う店舗が次々と減って現在のこの始末。どうしてこう何でもかんでも結果的に、とはいえ「普通でない」、「一般的でない」ものを選ぶことになってしまうのか、じつに不思議である。

 まぁそんなわけで、なくなったので仕方なく、と仕事場から少し離れたところにあるホームセンターまで自転車で買いに行くことにした。ずいぶん前に「おお、ここで売っているのか」と発見した知識を頭の片隅においていたからで、自転車と共にエレベーターに乗り込んだのは、よく晴れた日の午後2時頃のことだった。

 午後2時というと普段なら仕事場で机かPCに向かっている時間である。あまりそんな時間に住宅街を自転車で走り回ることなどないので、意外な発見が多かった、と言うのが今回のお話。

 仕事場へ向かう朝や、すっかり暗くなってから歩く街並みとは、またすこし異なる顔が見えたのは、ちょっと興味深い発見でした。

2.誰もいない街
 世田谷区のはずれにある住宅街が駅までの通勤路。朝、僕が家を出る午前9時過ぎは、ちょうど隣接する小学校で2時限目の始まっているころで、もちろん生徒達はすでに校舎の中に収まった後。勤めに向かう人達が通勤電車に乗る時間もとうに過ぎているから、路上には学童のはしゃぐ声も駅へ急ぐ靴音もない。

 とはいえ、道筋や街になんの音もしないかというとそんなことはない。校舎の中からは合唱の声や縦笛の合奏の音、あるいは校庭や体育館に響くホイッスルや号令が耳に届くし、路上にも乳児が乗ったバギーを押す母親の足音と車輪が回る音、朝の遅い怠惰な大学生が携帯に向かって話す眠そうな声くらいは聞こえてくる。もう少し時間が遅くなれば、給食の準備にかかった調理室からシチューや煮物の匂いも漂ってくるに違いない。

 そんな時間帯、そんな時刻に耳や鼻に届く音や匂い、これらは僕たちがある意味「平和な日常にいること」を確認するための重要な情報の断片、と言うこともできるだろう。

 また帰宅する夕刻には、前回書いたような営巣する雑木林へ向かう鳥の声が響いて、手を引かれた子供が母親と語り合う声がする。6~7時頃なら窓辺から魚を焼く匂いが漂い、場所によっては包丁がまな板にあたる小刻みなリズムが聞こえてくることもあるかもしれない。しかし、この日僕が自転車を駆って走りすぎた午後2時の街にはこれらの音や匂いが全くないのである。

 もちろんまだ授業中であろう小学校の校舎からは生徒の声は聞こえてくる。しかし路上には誰もいない。いるのは荷物の積み卸しをする宅配業者の輸送車か、あるいは遅いシフトのゴミ収集車くらいのもので、ふっと鼻に届くのは輸送車のディーゼルエンジンの排ガスか、生ゴミのすえたような香りばかりで、街中はエアポケットに入ったように静まりかえっている。

 なにか事件が起こったらリポーターがマイクを手に「日中は人通りもほとんどない、静かな住宅街です」とでも言いそうな、いささか不穏な雰囲気すら漂って「空き巣に注意しましょう」という注意書きが回覧板に入って一度ならず回ってくるのも理解できようというものだった。

 気がついたのは道を行く人がほとんどいないせいか、遠くから聞こえてくる工事や、荷下ろしをする作業の音はするものの「人の声」がないことで、ふと通り過ぎた民家の窓から放たれる大音量のテレビ音声が異様である。

 おそらくは家から出る必要も無い、もしくは外に出ることもままならぬ高齢の人々がリモコンを持ってその前に座っているに違いない、と容易に想像ができるのは僕たちがすでに「高齢社会」に足を踏み入れている証左だろう。

 それでも「社会は動き続けている」と感じたのは古い家屋を壊している場所を通り過ぎたときのことで、ブルドーザーがワシワシと倒してゆく古い民家の土壁から舞い上がる「しめった漆喰」の匂いが、僕がまだ子供の頃、街並みを壊しては作り、作っては壊していた日本がまだ元気だった頃の思い出を呼び起こしたのだった。

 一見「平和な何も変わらぬ日常」のように見えていても、持ち主の不在になった家は取り壊されて土地は他の者の手に渡り、そして新たに建てられた家にはまた新たな人が送り込まれる。そんな経済活動が活発に行われていた時代。でも耳元で誰かが言う。「あの時代と今ではまったく背景の色が違うよ」と。

 そして昔の記憶の裏に何があったかを知っている今、街に流れる音や匂いは「平和な何もない日常」を感じさせてくれると同時に、こうしている間にも「この国で、そして世界でもしかしたら起こっている本当のこと」から目や耳や鼻をそらせる「諸刃の剣」であるかもしれないことも思いださせてくれたのだった。

3.サングラスをかけて洗濯物をたたむ男
 ところでフィルターを買いに出たついでに「方向が同じだから」と自宅へ回り、洗濯物を取り込んだのは、その日妻が終日外出することになっていたからで、「自分も仕事が終わらなかったら二人とも帰宅が遅くなるので『夜干し』になってしまう」のを防ごうと足を向けたのである。

 ホームセンターを出ると7~8分ほど走って自転車を玄関の前に停めた。ドアの鍵を開けて二人とも留守なので雨戸が閉めてある暗い部屋を横切り、カバンをたすき掛けにしたまま階段を上がって二階ベランダの窓を開いて洗濯物に対峙する。その視線に気がついたのは妻の洗濯物に手を伸ばした時のことだった。ベビーバギーを押して歩く30代半ばから40代頃の女性が、少し驚いたような目をこちらに向けている。

 悪しくも妻のインナーウエア(上の方)をたたもうとした瞬間で、さらに目に入る強い日差しを防ごうと、真っ黒なサングラスをかけていたことも良くなかったのかもしれない。それは明らかに「なんであんな年頃の、しかも真っ黒なサングラスをかけた男(オヤジ)がこんな時間に洗濯物を取り込んでいるんであるか?」という視線だった。

 怪訝な顔をしつつも目線を歩く方角に戻してベビーバギーと共に去って行ったのだが、きっと彼女の頭の中には「10月〇日午後2時20分頃 雨戸の閉まった民家のベランダで女性ものの下着に手をかけた、怪しいサングラスの男目撃」とインプットされたに違いないのである。

 たしかに「カバンをたすき掛け」にしたままだったのは、まずかったかもしれないけどさ、と思いつつも、胸に湧いたのは「60にもなんなんとする男がサングラスをかけて(だって眩しいんだもん)洗濯物を取り込んで何が悪い、男が「主夫」しちゃ悪いかよ」、という心持ちだ。

 もう永いこと「女性差別反対」を大きく喧伝するのがトレンドであることは承知である。しかしいつも思う。これは同時に「男性差別」をも産んでいるんではないか、と。

 先日「先頭車両は乗り換えに便利だから」と妻と二人でその(空いている)車両に乗車したとたん、女性車掌に妻もろともつまみ出されて「妻と一緒なのになぜ!?」と憤慨したばかりだから、ことさらにそう思うのかもしれない。

 あるいは昨今、どこかの国のプライム・ミニスターが外国へ乗り込んでは「女性が暮らしやすい、働きやすい社会を」と声高に言う度に不思議と「本音はそこに無いんじゃないのぉ!? 男はどうすんだよ!」と心ささくれることたびたび、だからかもしれない。

 でも、と「男性差別反対」を後ろ向きに暗い声でつぶやきたい気持ちを抑えられないのは正直なところなのだ。

 もっとも「留守の民家に不法進入して悪さをするオヤジがいる可能性がゼロでないこと」や「電車の中でいかがわしい動きをするヤツが後を絶たない」からこそ、ああいう「女性専用車両」とかいうシステムができたり、ベランダサングラス男にそう言う視線が向けられることになるわけで、そう言われると男としてもそう正面切って反論できないんだよね。

 もうホントにみんな、クダラナイことはやめれ。そう原稿を書きながらそっとつぶやくばかりなのであった。まぁでもやっぱ「たすき掛け」がね。うん。以後気をつけます。

4.かんたんレシピ「チーズキュウリ」

チーズキュウリ

 ともあれ、フィルターを買いに自転車で出かけたおかげで「珈琲専門店を回って脳天気な暇つぶしをしていた受験生の時代」からはずいぶん遠くまで来てしまったなぁ、という心持ちになった今回のかんたんレシピは「チーズキュウリ」。

 まぁなんというかチーズとキュウリをざく切りにして塩コショウ味で食べるってだけなんですけど、これが意外と! プロセスチーズとキュウリさえあれば5分でできます。実にかんたんで「もう一品」というとき、ぜひどうぞ。

レシピ

 そういやあの頃は「女性専用車両」なんてのもなかったっけ。同級生の深沢君が満員電車で二の腕に女の人の胸が押しつけられたことを顔を赤らめながら興奮気味に、心の底から嬉しそうな表情で語っていたのを思い出した。

 純朴な男子高校生がまだいた時代のお話でした。

<以上 10月の「おいしい遊び」より でした>
二軒長屋の我が家。

隣のMさん(うちもMさんだけど)ちの玄関前にあるプランターで
元気な茄子の苗が成育中。
まだ花は咲かないけど、そういう季節になったわけですね。

今回は配信中の

メールマガジン「モリモト・パンジャのおいしい遊び」

 第24回「英語バカの壁」の巻
 (2013年9月配信分)


から「そぼろ茄子」のレシピを。

そぼろ茄子

本文の冒頭をほんのちょっと。
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1.難物小説
とある翻訳物に手こずっている。
や、翻訳するのに苦労しているのではなくて読めないのだ。
ともかく読みにくい。モノは1990年に出版された
「ありえざる都市」(デイヴィッド・シンデル 関口幸夫・訳 早川SFノヴェル)。


あり得ざる都市


たとえばこんな部分で難渋する。

ぼくは、この都市のことを<虚無>と呼ぶ。
一度、時間守護者から聞いたことだが、
位相空間を貫通している道筋が紐の堅いこぶのようにもつれ、
閉道となっているところにある近隣の空間を発見した
われわれの<社会>の創設者たちは、
近くの<氷瀑>という名の惑星にわれわれの都市を
建設することに決めたのだ。
(「ありえざる都市(上)」1.旅人は死す P7 から引用)
                               
冒頭でいきなりこれ。んーわからない。取っつきにくいことおびただしい。
このように量子力学、位相幾何学といった分野の専門用語も
ふんだんにちりばめられていて、おそらくは元の英語も
かなり難解なものだったにことは想像にかたくないのだが、
それにしても頭に入ってこない。

しかたなく「斜め読み」、「速読」の類に切り替えようとしたものの、
困ったことに時折おもしろい箇所があって、気がつくと目が留まっている。

宇宙の辺境、時空の隙間にできた超空間に生まれた若者が
自らが属する世界の起源を探るために外宇宙の大海へ船をこぎ出す、
という青年の成長物語が話の骨子。

宇宙空間へ船(というか「概念」の船)をこぎ出し、
まったく環境の違う宇宙で異界人と接触して謎を探るために
乗員の体をすべて異星人の姿にメタモルフォーゼする、
という下りなど、微に入り細を穿った描写でついつい引き込まれてしまう。

でも読みにくい。2週間ほどかかってやっと上・下巻ある大作の
1/4ほどを読み終えるのがせいいっぱいだった。
ときどきありますね、こういう翻訳物。何だか取っつきにくい。
たとえばこんな感じ。いきなり冒頭で

 歪んで反り返った彼女は堅牢な木製テーブルの上で
 ゴドフリーを眺めてはつま先にワインの滴を落として暴走した。

みたいな文章。いや、これは全くの創作ですよ。
「さぁこれから読もう」とする物語の冒頭にこういう文章が来たら
面食らうだろうな、という僕の想像です……

<以下本文に続く>

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てなわけでレシピを。

レシピ+

今は四季を通じて茄子、安くてうまいっすね。


本日は、まぐまぐメールマガジン

「モリモト・パンジャのおいしい遊び」

第7回「身中の虫について考える」から

「カマルグ風サラダ」
カマルグは南フランス、モンペリエ近くの海岸地域の名前。
海産物と塩が名産でフラミンゴの生息地でもあります。
初めて(といっても一回しか行ったことないけど)
飛行機で着陸するときに見たら海岸線がピンク色で
すげービックリしました(Φ△Φ) 
あの辺りで定食屋に入ってメニューを見ると
Ensalada de arroz camarguaise (カマルグ風ライス入りサラダ)
とか言うのがかならずあるのです。

カマルグphoto


ご飯とツナを使うことが特徴です。
ドレッシングは日本で言うところのオーソドックスなフレンチ・ドレッシング。

【レシピ】
1.オリーブオイル・ライスを作る
温かいご飯にエキストラ・バージンのオリーブオイルをかけ回し、
塩と粗挽き黒胡椒、バジル、オレガノなどのハーブを加えてよく和えます。
温かいご飯を使うのはオイルがなじみやすく、塩もよくとけるから。
冷めたご飯をレンジで温めたもので充分。

2.ドレッシングを作る
小さめの空き瓶にオリーブオイル、白ワインビネガー、
塩・白胡椒・ハーブを合わせて蓋を閉め、シェイクすれば完成。
その時点で味を見て足りないようなら不足分を加えます。

3.盛りつけ
大きめのサラの真ん中にオリーブライスを型抜きしておき、
周りに好みのサラダ野菜を盛りつけます。
ブラックオリーブとトマトは必須、他にヤングコーン、
半分に切った生のマッシュルームなどを乗せるとさらに豪華になります。
ご飯の周りに缶詰のツナフレークを置いていきます。

4.野菜を盛りつけたらオリーブライスにはかからないように
野菜だけに2のドレッシングをかけ回して完成です。
もちろん食べるときは混ぜちゃうんだけどね。
ライスがビシャビシャになるとあまりおいしそうじゃないので。


カマルグレシピ




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なんかまた使い方が変わりました>アメブロ
メンドクサイねえ(-公-)

ま、がまんしてもう少しやってみっか。
と言うわけで今回のレシピは
「酒盗チーズ」

「ハイこちら酔っぱライ部」第14回「酒泥棒」の巻

から。

酒盗チーズ


早い安い旨い。
ぜひどうぞ♪

酒盗チーズレシピ

あ、この新エディタは使いやすい(・∀・)

いんじゃね?(笑)