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PAnja96 日記

Panjaの車と趣味のブログ
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一昨日は誕生日。

妻から塗り箸とブローチ。
とても親しくおつきあいしてくれる
年下の友達からは一升瓶。

アリガタイアリガタイ(ー人ー)

SNSでもたくさんの友達から
祝福のメッセージをいただきました。

感謝。

これでまた一年、がんばんべ。

プレゼント

ありがとう♪

できあがったカードとチラシを持って
この春「真打ち昇進・襲名」をした
柳家さん助さん

が仕事場へやってきた。

さん弥

これは二つ目に昇進した頃の写真。若い。

「真打ち昇進後はどう?」と聞くと
披露宴のお礼状を書くのがたいへんだった、と。
いつも低姿勢でちょっととぼけたところのある
さん助師匠
やっぱり苦労が多いのかな。
ちょっと額の皺が深くなったね(笑)

今日から上野鈴本演芸場中席・夜の部で
10日間主任を勤めます。

さん助主任


お時間ありましたらぜひ。

主任日程

僕も今日、伺います。
この写真は披露興行の初日「蒟蒻問答」の時のダナ(w


庭先で栽培している葡萄の摘果を兼ねた収穫が始まりました。
ゴミや虫を取り除くため、いったん水につけます。
ピクルスにするとおいしいんだよ、これ

若い葡萄

どう表現したらいいのかよくわからないけれど。

このところ長くつきあってくれていた人が
まるで「後ろ足で砂をかける」ようにして去って行くことが続いている。

見方によっては「金の切れ目が縁の切れ目」というふうに
見えないこともないけれど、なるべくそうは考えないようにしないとな、と思う。

潮目が変わる、と言ったらいいのかな。
60歳になるのを機になにかが変わろうとしているのかもしれない。

去って行く人を追うことが多かったこれまで。
今回は「そこに空いた穴になにか新しいものがはいる」と
考えるようにしよう。

なんてね。 たまには愚痴を書いてみた。

ラフロイグ
モリモト・パンジャのおいしい遊び
/ 2015年4月04日発行 / Vol.061

第61回「古典を新たに」の巻
INDEX

1.昇進披露の縁
2.初トリの心意気
3,定番の解釈
4.かんたんレシピ「豚豆腐」

 

<今週の気分>

気分

なかなか並ばない豪華な顔ぶれと
師匠を含めた大看板が何人も居並ぶ口上
口上の最後にはかならず三本締めがあって
そしてなにより人生初めて寄席のトリを取る高座

みんなから祝福された
いかにも「おめでたい」披露興行
何度見てもいいもんだねぇ

という気分

 

1.昇進披露の縁
この春10人が昇進した真打ち昇進襲名披露興行を見物しようと上野鈴本演芸場・下席夜の部へ3回ほど足を運んだ。

行ったのは「柳家喬之進」改め「柳家小傳次」、「柳家さん弥」改め「柳家さん助」、「柳家右太楼」改め「柳家燕弥」の計3日。この下席夜の部が「昇進襲名披露興行シリーズ」の最初の興業なので、いずれも真打ちとして人生初の「寄席のトリ」をとる高座ということになる。

前座・二つ目時代に自主的に運営した会やご贔屓筋が企画してくれた二人会や独演会ならトリをとったこともあるだろうけれど、こと「寄席」での「トリ」となると話は別である。おそらく10人が10人ともなにか特別な感慨を胸に抱いての高座だっただろうこと、想像に難くない。

10人いる中でこの3人の披露に行ったのは、個人的におつきあいがあって思い入れがあるからだが、中でも小傳次さんとさん助さんは師匠の柳家さん喬師の元へ弟子入りした頃から見守っている噺家さんで、客席に座っていてもことのほか心に響くものがある。「がんばれ」と心から応援したい気持ちを新たにした。

燕弥さんとの縁は彼が2005年から10年にわたってさん助さんと開いていた二人会「さん弥・右太楼 五六の會」のチラシなどのデザインを引き受けていたからできたもので、彼は柳家権太楼師匠のお弟子さんだから、その入門当時の様子こそ目撃していないけれど、やはり「真打ち昇進」と聞くと何か胸に迫るものがある。

最初、西武池袋線・江古田にある銭湯の2階で始めた小さな会が、後に区民会館の会議室、最後にはお江戸日本橋亭や池袋演芸場で開くようになるまでを傍らから見守っていたこともあって、そう言う意味でも感慨がひとしおなのだった。

五六の會

2.初トリの心意気
ところでこの「披露興行」で3人が高座にかけた噺は次のとおり。

柳家小傳次「文七元結」
柳家さん助「蒟蒻問答」
柳家燕弥「崇徳院」

それぞれ思い入れがある演目なのだろう。僕の目には3人それぞれがこれから真打ちとしてどんな噺家になろうと思っているか、という「決意表明」のように聞こえて仕方がなかった。

小傳次さんは声優出身、登場人物の語りわけを勉強するつもりで学び始めた落語だったが、その方が面白くなってしまって入門を決意したという。だからいわゆる「世話物」というか、ストーリー性のある「物語としての落語」を身上に高座へ上がろうとする決意。

そしてさん喬師匠の「中村仲蔵」に惚れ込んで入門したというさん助さんは、柳家という一門が得意とする「滑稽噺」を受け継いでいこうとする決意、燕弥さんはごくごくオーソドックスな「古典落語」を主な武器として高座に上がろうとする決意、そんな心意気を感じたのだ。

こんなことを本人達に話したらもしかすると三人とも口を揃えて「そんなたいしたものじゃ……」と答えるかもしれないけれど、それぞれを見守ってきた者としての感想はそんなことだった。

「文七元結」の角海老の女将を含めた登場人物達は誰も若々しく勢いがあったし、「蒟蒻問答」は蒟蒻屋のオヤジ六兵衛もにわか坊主の八五郎もどこか破天荒でネジが1本抜けていた。「崇徳院」の弱っちい若旦那はその弱っちさが際だって、まだ若く瑞々しい燕弥さんのまさにニンに合っている若旦那だった。

こんな風に客席に座って3人の噺を聴いていると、どれももう何度も聞いた噺なのにどこかしらいつも聞いている時とはまた違って、まるで別の話のように聞こえてくるから不思議である。

それは襲名披露の「初トリ」を聴いている、というこちらの意識があってのでとくに強く感じたことかもしれないが、じつはいつも落語会へ行くたびに感じる思いと重なる感覚でもあった。

というのも今回聞いた三つの演目を含めて、「子ほめ」、「短命」、「厩火事」、「真田小僧」、「紙入れ」、「 寿限無」などといった二つ目時代から誰もが高座にかける「定番」の演目は、すでに数え切れないほどの回数聞いて、しかもオチまで知っているのに、なぜか聞く度に新しい発見があったり笑えたりすることにいつも驚くからだ。そう驚くたびに、これこそが「古典落語の力」、というべきものではないかと感心してしまう。

小学生時代に聴き始めて以来、足しげく落語会に通う時期や、音源を聴くだけに留めた時期がありながらも、つかず離れず聴き続けてこられたのはそんな「力」なのかもしれない、と思うのだ。

もちろんそこに創意工夫がなく、ただ漫然と話しているだけという、いわば「凡庸」に聞こえる高座もある。いや自主的に開く会や独演会などはさておき、毎日開かれている定席の浅い時間には、むしろそういう高座は多いかもしれない。

だからこそ、勢いのある噺家さんやいつも勉強熱心な人達の達者な高座を聴いたときにはいっそう「いつも聴いている噺なのに!」と不思議に感動するにちがいない。

3.定番の解釈
ところでそんな時にはふと「これって音楽と同じじゃないか」と思うことがある。「定番の落語」と「定番の楽曲」、遠いようであんがい近いのではないかと感じることが往々にしてあるのだ。

個人的に言うなら、たとえばビートルズの「ハロー・グッバイ」やエリック・クラプトン(というかデレク&ドミノス)の「レイラ」などは、歌詞や間奏のギターのフレーズを含めて、それこそ隅々まで覚えているにもかかわらず、何度聞いても飽きないし、いつ聞いてもいい曲だと思う。もっと言うなら「何度聞いても飽きないアルバム」もある。いわゆる「個人的な定番」と言ってもいい。

さらにそういった誰もが知っている「定番楽曲」のアレンジを変え、解釈を加えて「カバー」される音楽は、まるで「定番落語」の解釈を変えて演じることにも通じてはいないだろうか、と思うのだ。

そんな風に感じるミュージシャンといったらたとえばカサンドラ・ウイルソンやトム・ウエイツといった人達が例として挙げられるだろう。

カサンドラ・ウイルソンは主にカバーを手がけるシンガーだが、定番の楽曲を「原形を留めない」までに編曲して飽きさせない。最初にあのザ・モンキーズのLast Train To Clarksvilleを聴いたときには心底驚いた。しかもそれがいいのだ。

トム・ウエイツは自分ではあまりカバー曲を録音しないような気がするけれど、初期の「Ol'55」はイーグルスにカバーされた録音を聴いて好きになった曲で、後に彼のオリジナルを聴いてますます好きになり、後々自分で開いた個展のタイトルにしたほどだった。

そのトム・ウエイツが珍しくカバーをしたのが「Hi-Ho」(ディズニーの「白雪姫」に出てくる曲)で、まさに原曲を換骨奪胎、映像を見ながら聴いていると「7人の小人」が性悪に見えて仕方ない。

こういう定番の新解釈というのは本当に面白い。そしてそんな新味のある高座や曲に出会ったときには、逆にどんな料理のされ方をしても「芯」の崩れない、楽曲や落語演目が持っている本当の強さというものをあらためて知らされることにもなるのだった。

噺家さんで言うなら、このところ人気の春風亭一之輔さんや柳家喬太郎さんという噺家さん達がこれに当たるのではないかと思う。というのも彼らの高座を聴く度に今まで幾度となく聴いてきた「古典」に「こんな解釈があったのか!」と驚くことが多いからで、漫然と凡庸に勤めている高座を見たことがない。

主に古典を新しい解釈で演じるカサンドラ・ウイルソンと、新作派のトム・ウエイツが手がけた古典の新解釈。落語界のカサンドラ・ウイルソンが春風亭一之輔なら音楽界の柳家喬太郎はトム・ウエイツ。いささか無理があるかもしれないけれど、そんな風に考えながら落語や音楽を聴くのもまた一興ではないか、てなことを思う花吹雪の4月の午後でした。

4.かんたんレシピ「豚豆腐」

豚豆腐

というわけで落語会とそのあとの居酒屋で少し疲れ気味のお腹にはやさしくおいしい「豚豆腐」。手軽にできてしかも安旨。ぜひどうぞ。


ところで例の3人の新真打ち。そんなご縁もあって披露宴で配る手拭いのデザインをさせてもらいました。その画像がこちら。こんな仕事をさせてもらえるのもまた光栄の至りで。

小傳次さん助
燕弥
これと扇子、目録が「真打ち披露」の三種の神器。なかなかおめでたい感じがしていいものであります。

三種の神器
今回はこんなところ。けっきょくお花見しなかったなぁ。ジタバタしているうちに散りそうだけど、どこかフラフラ歩いてみようかな、と書いて次回配信は4月17日の予定です。

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2014年1月4日配信
メールマガジン「モリモト・パンジャのおいしい遊び」
より
「マルクス主義原論」の巻


INDEX
1.マルクスとの出会い
2.マルクスは兄弟だった
3,コレクター根性
4.グラウチョという名前
5.かんたんレシピ「マッシュルームとキュウリのサラダ」
 

<今週の気分>

気分

気に入るとなんかかんか
関連グッズを集めたくなっちゃうんだよ
そう思ってこの
「ヒゲ眼鏡」
も買ったんだけど
これってすごい昔からあるんだよね。
出典はここだったんだよ。
あとで気がつきました。

な気分(どんなやねん)

 

 1.マルクスとの出会い

前回の「ヒゲ剃り考」でマルクス・ブラザースの長兄グラウチョ・マルクスのことに触れた。じつは30代の一時期、このマルクス・ブラザースの映画を含めた周囲の事に強くはまった時期があって、それで「ヒゲ」というとこのグラウチョの事を思い出してしまうのだが、今回はこれについて書いてみたい。

話はフレッド・アステアのアナログ盤入手のことにまつわる「第8回 虹を掘る」の巻に出てきた、1940年~50年代ハリウッドのミュージカル映画を集中的に見た経験についてのエピソードにさかのぼる。

あのとき、きちんと数えてはいないけれど、おおむね3~40本を見終え、「バンド・ワゴン」(1953)を最後にこのあたりの映画群からはいったん離れるのだが、その次に集中的に見るようになったのがマルクス・ブラザースの一連の作品だった。きっかけは'72年に出版された「マルクス兄弟のおかしな世界」(ポール・D・ジンマーマン著 中原弓彦・永井淳 訳 晶文社)という一冊の本だ。

おかしな世界
中原(小林信彦氏の筆名)・永井両氏によるこの労作が一部のマニアからかなりの支持を得たのはおそらく日本にはそれまで「マルクス兄弟」についてまとめて書かれた本がなく、ましてやこの本の「訳者あとがき」によれば

せめて、パラマウント時代の5本、とくに「我輩はカモである」が、どのような形でも
-ただし、大きな画面でないと困るが-我が国で公開される事を、私は、心から望む


とある通り、日本が封切りからすでに40年以上の時を経てその作品すら見られない状況にあったからで、「映画を文章で体験できる」という意味においてマルクス兄弟に関心を持つ人々にとって、この本はバイブルのような存在だったのである。

僕が初めてマルクス兄弟の名を知ったのは76年に刊行された「植草甚一スクラップ・ブック1」の「いい映画を見に行こう」という本で、ともかくその中に入っている「マルクス・ブラザース-シュルレアルな喜劇の出発」という文章を読んで「いつか映画を見てみたい」と強く思ったものだった。

スクラップブック
僕の手元にある「おかしな世界」は1984年の五刷版で、'72年から'84年と出版されてから手に入れるまでに12年ものブランクがあるのはこの本が1800円という'72年当時にするとちょっとした値段だったからである。

今でこそ絶版という扱いになっているけれど、あの頃にこういう類いの本が書店から消えず、そればかりか10年を越えて版を重ねていたのは、まだ日本にこの手の「きちんとしたコメディ文化」に対する訴求力が残っていた証と考えていいと思う。逆説的に「今はなくなってしまった」といってるわけだけどそれはさておき。

2.マルクスは兄弟だった

さて、ビデオ化もされず、ましてやテレビ放映などもなかったこの頃、マルクス兄弟ファンにとって福音とも言える出来事があった。 1985年、新宿「名画座ミラノ」(現・シネマミラノ)で開かれた「マルクス・ブラザース・フェスティバル」というイベントでの一挙「5作品」の上映である。

新聞キリヌキ
上映されたのは

・マルクス兄弟珍サーカス
・マルクスの二挺拳銃
・マルクス兄弟デパート騒動
・オペラは踊る
・マルクス一番乗り

の5本。三期にわたって一期2本ずつの上映だったので、何度も足を運んだことを覚えている。このあたり少し記憶が曖昧なのだが、前後して「我輩はカモである」がNHKだかフジテレビだかで深夜(あるいは土日の昼下がり)に放映されたような記憶がある。それで「意を強くして」この上映会へ足を運んだのではなかったか。

チケット・パンフ

実を言うと例の「マルクス兄弟のおかしな世界」はアメリカで出版されるこの手の本にありがちなかなり「理詰め」な「解説本」で、それを読んでいたことを考えると笑えるかどうか(「笑い」ってそれだけ微妙なものですからね)いささか不安だった。

加えて30そこそこという無知な年齢だから正直ムリしているところはあったし、「笑えない(ギャグがよくわからない)」ところも多々あったものの、おおむね楽しんだ。以後手軽に映像が手に入るようになってからは、思い出してはことある事に作品に触れることになる、その最初の経験である。

それからというもの、チャンスを見つけてはアメリカの古いコメディ映画を能動的に見た。後年渋谷のユーロスペースで催された、バスター・キートン、アボット&コステロ、ローレル&ハーディ、ハロルド・ロイドらが出演する映画の連続上映に何度となく通ったこともあった。

そしてそれらの作品を見たあとでもやはり印象深く記憶の中でその存在が「立っていた」(いわゆる「キャラ立ち」ですか)のがグラウチョとハーポだった。もちろんチコ・マルクスのピアノ芸も忘れられないわけだけど、それを含めて僕の心の中にある「お気に入りの箱」の中に彼らが納められたというわけなのである。

3.コレクター根性

そんなわけですっかりマルクス・ブラザースのファンとなった僕の生活に副産物として生まれたのが「コレクター根性」の発芽である。ようするに「関連グッズ」を集めるようになったんですね。ことの始めはNYに行ったときに買った3人のフィギュアと本だった。

フィギュア
フィギュアは入った玩具店で偶然に見つけたもの。本の方はトーキーの時代にもかかわらず「しゃべらない」ことがその「存在価値」の一つになっているハーポ・マルクス('64年没)の自伝「Harpo Speaks!」(「ハーポ語る!」)と、5作品を「写真漫画」にしたフィルモグラフィー「Why A Duck?」(「なんで鴨なのヨ?」)の2冊を手に入れたくて探し始めたのがきっかけだった。

まず日本では見つからない。たとえ見つかったとしてもずいぶんな値段だっただろうことは想像に難くない。 90年代に入って何回かNYを訪れては時間をかけて探したが、そう簡単には見つからなかった。それでも丹念に探していると「Why A Duck?」は古本の老舗Strandで、「Harpo Speaks」の方はミッドタウンの小さな古書店で見つけることができた。その後も引き続き少量を続け、諸処で集めた結果がこれである。

本

とはいえこれらの本やフィギュアを見つけることができたのは90年代半ばくらいまでで21世紀に入る頃になるとオモチャも本も見かけることが少なくなった。今のNYで探したらどうなのかはよくわからないけれど、書籍販売の低迷やこういったオモチャがデジタル・トイズにその座を奪われている現状を考えると、もしかしたらあの頃がこれらを手に入れる最後のチャンスだったのかもしれないようにも思えて、少しの安堵とそしてやや深い落胆を覚えるのである。

4.グラウチョという名前

ところでこれらのブツを探していたときに思わぬ経験をしたことを書いておかなければならない。それは「グラウチョ」の読み方である。

それはNYの小さな骨董店でマルクス関連の「何か」を探していたときのことだった。そこでの店主との会話。とりとめもなく棚の商品を眺めている僕に

店 「なんか探してるの?」
P 「う~ん、なんかマルクス関係のものってある?」
店 「マルクス?」
P 「そう。グルーチョ・マルクスとか」
店 「グル……グルーチョ? ないなぁ。どんなもの?」
P 「ほら、あの古いコメディー映画の……」
店 「スペルは?」
P 「G-R-O-U-C-H……」
店 「ああグラウチョ! グラウチョね!」
P 「グラウチョって発音するの!?」
店 「そうそう。グラウチョ! あーオレも好きなんだよねぇ、グラウチョ!」
P 「なんかある?」
店 「あはは、今ないわ。昔ははなんだかんだあったけどねぇ」

探索終了。店を出た(いや、なにかひとつくらい買ったかもしれないが)。さて、こちらの本を見ていただければわかる通り、日本における「Groucho Marx」の表記は「グルーチョ・マルクス」である。

一代記
そして中原弓彦・永井淳 訳の「おかしな世界」でも表記は「グルーチョ」、さらに言えばあれほどアメリカ文化に精通していた植草さんの文章の中でさえ読み方は「グルーチョ」だった(もっとも植草さんの英語はアメリカでは通じなかった、という話も聞くけれど)。

だからアメリカの人とマルクス・ブラザースについて語ったことなど一度もない人間にとって、彼の名前は疑う余地もなく「グルーチョ・マルクス」であって、けして「グラウチョ」ではなかったのである。しかしそれでは通じないのだ。名前なのに。いやむしろ「名前だから」か。

似たような現象は他でも聞く。

曰く「Aretha Franklin」は日本では「アレサ・フランクリン」だが
彼の地では「アリーサ・フランクリン」である。

曰く「習近平」は日本では「シュー・キンペイ」だが
中国では「シー・ジンピン」である。


曰く「Costco」は日本では「コストコ」だが
アメリカでは「コスコ(sの次のtはほとんど発音しない)」である……云々。


イントネーションでもありますね。 McDonaldは「マクドナルド」というよりも「マ・ドーナル(「ド」にアクセント)」じゃないと通じない。僕の職業の一つであるIllustratorもそう。「イ・ラ・ストレーター(「ラ」にアクセント)」じゃないとダメ。平板に「イラストレーター」というと「は?」と言われてしまう。

いつだかリターナーの女子アナウンサーがマイケル・ジャクソンの「Thriller」を発音して「ri」にイントネーションを置いて発音したら某タレントが大笑いしながら「『リ』が強いなんてヘンでしょ。スリラー(「ス」が強い)でしょ」と言ったのを聞いたことがある。女の子はなんだか思わぬ指摘を受けて慌てて言い直していた。実を言えばあれも女子アナの方が正しかったわけで。

これ、もちろん「発音」ということだけで言っているけれど、考えてみればこと「文化」について言うと日本は「輸入したものを加工」はするけれどそれを「再輸出しない」傾向、つまり取り入れたものを加工して変容させ、そして「自家消費」して外に出さない傾向があるようにおもえるけどどうだろう。

工業製品に関しては取り入れたものを加工して変容させてもう一度輸出する、なんてことはあるのに、こと「文化」についてはその数が少ない。

逆に国内でそう評価されなかった「純日本製」のものが外国で評価されて再輸入される現象が見られるのはちょっと不思議な感じがする。「若沖」や「浮世絵」、「春画」なんかがそうですね。あまり材料がないから単なる「印象」の域を出ないし、ましてや詳しく分析することはできないけれど、何か理由があるように思えるのは気のせいだろうか。どこか、頭の隅に置いておきたい命題だ。

5.かんたんレシピ「マッシュルームとキュウリのサラダ」

サラダ

てなわけで正月のヒマな時間についしょうもないことを考えてしまった今回。おせち料理で甘くなってしまった口に活を入れるためにもさっぱりと「マッシュルームとキュウリのサラダ」。

レシピ+
魚や肉、脂っこい料理で疲れている胃にもやさしいひと皿。ぜひどうぞ。

そういえばNYであれらのマルクス・グッズを漁っていた頃、とあるダイナーで朝食を食べていたら近くのテーブルに座っていた日本人会社員3人が「パイン・ジュース」を注文しようとして通じなくて困ってるのを見たことがあったなぁ。

「パイナップル」って言えば通じたのにね。ウエイトレスのお姉ちゃんが「パイン(松)のジュースなんてあるの?!」って驚いてた。申し訳ないけどちょっと笑ってしまった。あれ(パイン・ジュース)も逆輸出したいところだったろうか。

さて、そんなわけで年賀状も「これから」という事態に知らん顔で(笑)改めまして「おめでとうございます」を申し上げて今回はこの辺で。次回は1/18配信の予定。本年も相変わりませずご購読のほど、どうぞよろしくお願いいたします。  

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