「マルクス主義原論」の巻<「おいしい遊び」再録版> | PAnja96 日記

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2014年1月4日配信
メールマガジン「モリモト・パンジャのおいしい遊び」
より
「マルクス主義原論」の巻


INDEX
1.マルクスとの出会い
2.マルクスは兄弟だった
3,コレクター根性
4.グラウチョという名前
5.かんたんレシピ「マッシュルームとキュウリのサラダ」
 

<今週の気分>

気分

気に入るとなんかかんか
関連グッズを集めたくなっちゃうんだよ
そう思ってこの
「ヒゲ眼鏡」
も買ったんだけど
これってすごい昔からあるんだよね。
出典はここだったんだよ。
あとで気がつきました。

な気分(どんなやねん)

 

 1.マルクスとの出会い

前回の「ヒゲ剃り考」でマルクス・ブラザースの長兄グラウチョ・マルクスのことに触れた。じつは30代の一時期、このマルクス・ブラザースの映画を含めた周囲の事に強くはまった時期があって、それで「ヒゲ」というとこのグラウチョの事を思い出してしまうのだが、今回はこれについて書いてみたい。

話はフレッド・アステアのアナログ盤入手のことにまつわる「第8回 虹を掘る」の巻に出てきた、1940年~50年代ハリウッドのミュージカル映画を集中的に見た経験についてのエピソードにさかのぼる。

あのとき、きちんと数えてはいないけれど、おおむね3~40本を見終え、「バンド・ワゴン」(1953)を最後にこのあたりの映画群からはいったん離れるのだが、その次に集中的に見るようになったのがマルクス・ブラザースの一連の作品だった。きっかけは'72年に出版された「マルクス兄弟のおかしな世界」(ポール・D・ジンマーマン著 中原弓彦・永井淳 訳 晶文社)という一冊の本だ。

おかしな世界
中原(小林信彦氏の筆名)・永井両氏によるこの労作が一部のマニアからかなりの支持を得たのはおそらく日本にはそれまで「マルクス兄弟」についてまとめて書かれた本がなく、ましてやこの本の「訳者あとがき」によれば

せめて、パラマウント時代の5本、とくに「我輩はカモである」が、どのような形でも
-ただし、大きな画面でないと困るが-我が国で公開される事を、私は、心から望む


とある通り、日本が封切りからすでに40年以上の時を経てその作品すら見られない状況にあったからで、「映画を文章で体験できる」という意味においてマルクス兄弟に関心を持つ人々にとって、この本はバイブルのような存在だったのである。

僕が初めてマルクス兄弟の名を知ったのは76年に刊行された「植草甚一スクラップ・ブック1」の「いい映画を見に行こう」という本で、ともかくその中に入っている「マルクス・ブラザース-シュルレアルな喜劇の出発」という文章を読んで「いつか映画を見てみたい」と強く思ったものだった。

スクラップブック
僕の手元にある「おかしな世界」は1984年の五刷版で、'72年から'84年と出版されてから手に入れるまでに12年ものブランクがあるのはこの本が1800円という'72年当時にするとちょっとした値段だったからである。

今でこそ絶版という扱いになっているけれど、あの頃にこういう類いの本が書店から消えず、そればかりか10年を越えて版を重ねていたのは、まだ日本にこの手の「きちんとしたコメディ文化」に対する訴求力が残っていた証と考えていいと思う。逆説的に「今はなくなってしまった」といってるわけだけどそれはさておき。

2.マルクスは兄弟だった

さて、ビデオ化もされず、ましてやテレビ放映などもなかったこの頃、マルクス兄弟ファンにとって福音とも言える出来事があった。 1985年、新宿「名画座ミラノ」(現・シネマミラノ)で開かれた「マルクス・ブラザース・フェスティバル」というイベントでの一挙「5作品」の上映である。

新聞キリヌキ
上映されたのは

・マルクス兄弟珍サーカス
・マルクスの二挺拳銃
・マルクス兄弟デパート騒動
・オペラは踊る
・マルクス一番乗り

の5本。三期にわたって一期2本ずつの上映だったので、何度も足を運んだことを覚えている。このあたり少し記憶が曖昧なのだが、前後して「我輩はカモである」がNHKだかフジテレビだかで深夜(あるいは土日の昼下がり)に放映されたような記憶がある。それで「意を強くして」この上映会へ足を運んだのではなかったか。

チケット・パンフ

実を言うと例の「マルクス兄弟のおかしな世界」はアメリカで出版されるこの手の本にありがちなかなり「理詰め」な「解説本」で、それを読んでいたことを考えると笑えるかどうか(「笑い」ってそれだけ微妙なものですからね)いささか不安だった。

加えて30そこそこという無知な年齢だから正直ムリしているところはあったし、「笑えない(ギャグがよくわからない)」ところも多々あったものの、おおむね楽しんだ。以後手軽に映像が手に入るようになってからは、思い出してはことある事に作品に触れることになる、その最初の経験である。

それからというもの、チャンスを見つけてはアメリカの古いコメディ映画を能動的に見た。後年渋谷のユーロスペースで催された、バスター・キートン、アボット&コステロ、ローレル&ハーディ、ハロルド・ロイドらが出演する映画の連続上映に何度となく通ったこともあった。

そしてそれらの作品を見たあとでもやはり印象深く記憶の中でその存在が「立っていた」(いわゆる「キャラ立ち」ですか)のがグラウチョとハーポだった。もちろんチコ・マルクスのピアノ芸も忘れられないわけだけど、それを含めて僕の心の中にある「お気に入りの箱」の中に彼らが納められたというわけなのである。

3.コレクター根性

そんなわけですっかりマルクス・ブラザースのファンとなった僕の生活に副産物として生まれたのが「コレクター根性」の発芽である。ようするに「関連グッズ」を集めるようになったんですね。ことの始めはNYに行ったときに買った3人のフィギュアと本だった。

フィギュア
フィギュアは入った玩具店で偶然に見つけたもの。本の方はトーキーの時代にもかかわらず「しゃべらない」ことがその「存在価値」の一つになっているハーポ・マルクス('64年没)の自伝「Harpo Speaks!」(「ハーポ語る!」)と、5作品を「写真漫画」にしたフィルモグラフィー「Why A Duck?」(「なんで鴨なのヨ?」)の2冊を手に入れたくて探し始めたのがきっかけだった。

まず日本では見つからない。たとえ見つかったとしてもずいぶんな値段だっただろうことは想像に難くない。 90年代に入って何回かNYを訪れては時間をかけて探したが、そう簡単には見つからなかった。それでも丹念に探していると「Why A Duck?」は古本の老舗Strandで、「Harpo Speaks」の方はミッドタウンの小さな古書店で見つけることができた。その後も引き続き少量を続け、諸処で集めた結果がこれである。

本

とはいえこれらの本やフィギュアを見つけることができたのは90年代半ばくらいまでで21世紀に入る頃になるとオモチャも本も見かけることが少なくなった。今のNYで探したらどうなのかはよくわからないけれど、書籍販売の低迷やこういったオモチャがデジタル・トイズにその座を奪われている現状を考えると、もしかしたらあの頃がこれらを手に入れる最後のチャンスだったのかもしれないようにも思えて、少しの安堵とそしてやや深い落胆を覚えるのである。

4.グラウチョという名前

ところでこれらのブツを探していたときに思わぬ経験をしたことを書いておかなければならない。それは「グラウチョ」の読み方である。

それはNYの小さな骨董店でマルクス関連の「何か」を探していたときのことだった。そこでの店主との会話。とりとめもなく棚の商品を眺めている僕に

店 「なんか探してるの?」
P 「う~ん、なんかマルクス関係のものってある?」
店 「マルクス?」
P 「そう。グルーチョ・マルクスとか」
店 「グル……グルーチョ? ないなぁ。どんなもの?」
P 「ほら、あの古いコメディー映画の……」
店 「スペルは?」
P 「G-R-O-U-C-H……」
店 「ああグラウチョ! グラウチョね!」
P 「グラウチョって発音するの!?」
店 「そうそう。グラウチョ! あーオレも好きなんだよねぇ、グラウチョ!」
P 「なんかある?」
店 「あはは、今ないわ。昔ははなんだかんだあったけどねぇ」

探索終了。店を出た(いや、なにかひとつくらい買ったかもしれないが)。さて、こちらの本を見ていただければわかる通り、日本における「Groucho Marx」の表記は「グルーチョ・マルクス」である。

一代記
そして中原弓彦・永井淳 訳の「おかしな世界」でも表記は「グルーチョ」、さらに言えばあれほどアメリカ文化に精通していた植草さんの文章の中でさえ読み方は「グルーチョ」だった(もっとも植草さんの英語はアメリカでは通じなかった、という話も聞くけれど)。

だからアメリカの人とマルクス・ブラザースについて語ったことなど一度もない人間にとって、彼の名前は疑う余地もなく「グルーチョ・マルクス」であって、けして「グラウチョ」ではなかったのである。しかしそれでは通じないのだ。名前なのに。いやむしろ「名前だから」か。

似たような現象は他でも聞く。

曰く「Aretha Franklin」は日本では「アレサ・フランクリン」だが
彼の地では「アリーサ・フランクリン」である。

曰く「習近平」は日本では「シュー・キンペイ」だが
中国では「シー・ジンピン」である。


曰く「Costco」は日本では「コストコ」だが
アメリカでは「コスコ(sの次のtはほとんど発音しない)」である……云々。


イントネーションでもありますね。 McDonaldは「マクドナルド」というよりも「マ・ドーナル(「ド」にアクセント)」じゃないと通じない。僕の職業の一つであるIllustratorもそう。「イ・ラ・ストレーター(「ラ」にアクセント)」じゃないとダメ。平板に「イラストレーター」というと「は?」と言われてしまう。

いつだかリターナーの女子アナウンサーがマイケル・ジャクソンの「Thriller」を発音して「ri」にイントネーションを置いて発音したら某タレントが大笑いしながら「『リ』が強いなんてヘンでしょ。スリラー(「ス」が強い)でしょ」と言ったのを聞いたことがある。女の子はなんだか思わぬ指摘を受けて慌てて言い直していた。実を言えばあれも女子アナの方が正しかったわけで。

これ、もちろん「発音」ということだけで言っているけれど、考えてみればこと「文化」について言うと日本は「輸入したものを加工」はするけれどそれを「再輸出しない」傾向、つまり取り入れたものを加工して変容させ、そして「自家消費」して外に出さない傾向があるようにおもえるけどどうだろう。

工業製品に関しては取り入れたものを加工して変容させてもう一度輸出する、なんてことはあるのに、こと「文化」についてはその数が少ない。

逆に国内でそう評価されなかった「純日本製」のものが外国で評価されて再輸入される現象が見られるのはちょっと不思議な感じがする。「若沖」や「浮世絵」、「春画」なんかがそうですね。あまり材料がないから単なる「印象」の域を出ないし、ましてや詳しく分析することはできないけれど、何か理由があるように思えるのは気のせいだろうか。どこか、頭の隅に置いておきたい命題だ。

5.かんたんレシピ「マッシュルームとキュウリのサラダ」

サラダ

てなわけで正月のヒマな時間についしょうもないことを考えてしまった今回。おせち料理で甘くなってしまった口に活を入れるためにもさっぱりと「マッシュルームとキュウリのサラダ」。

レシピ+
魚や肉、脂っこい料理で疲れている胃にもやさしいひと皿。ぜひどうぞ。

そういえばNYであれらのマルクス・グッズを漁っていた頃、とあるダイナーで朝食を食べていたら近くのテーブルに座っていた日本人会社員3人が「パイン・ジュース」を注文しようとして通じなくて困ってるのを見たことがあったなぁ。

「パイナップル」って言えば通じたのにね。ウエイトレスのお姉ちゃんが「パイン(松)のジュースなんてあるの?!」って驚いてた。申し訳ないけどちょっと笑ってしまった。あれ(パイン・ジュース)も逆輸出したいところだったろうか。

さて、そんなわけで年賀状も「これから」という事態に知らん顔で(笑)改めまして「おめでとうございます」を申し上げて今回はこの辺で。次回は1/18配信の予定。本年も相変わりませずご購読のほど、どうぞよろしくお願いいたします。  

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