ブログネタ:はずかし~い話聞かせて! 参加中


本屋に行って、立ち読みなんかしてる時、雑誌の端の所で、指を切ったりする事がありますよね。
学生の頃、昼休みに抜け出して、本屋に行って、よく立ち読みしてたんですが、授業時間に間に合うよう、焦って、ページを捲ったりするもんだから、案の定、指を切る事は頻繁にあって、、、、学校に戻ると、保健室に寄る時間が無かったり、また、寄り辛かったり(負い目があるから)、そのまま、教室へ赴いて、女の子から絆創膏を譲って貰っていました。よく転ぶ為か、如何か、知らないけど、女の子って、絆創膏を常備したりしてましたよね。そういう状況での会話です。


「どうしたの、指、、、、血、出てるよ」
「ちょっとね・・・」
「痛い? 痛いの?」
「まあね。絆創膏とか持ってる?」
「持ってるけど、、、、そうだ、あたしが代わりにしてあげようか?」
「・・・じゃあ、お願いしようかな」

優しい娘だなって、、、、かなり好印象でした。
でも、彼女は、絆創膏を取り出す事は無く、僕の手を片手で摑み、もう一方の手で、患部を撫で始めました。

「痛いの痛いの、飛んでけー」


僕の代わりに、絆創膏を貼ってくれるのでは無く、絆創膏の代わりに、痛みを和らげてくれる(或いは、傷を治してくれる)つもりだった
らしい・・・。
出身地にて、母親が子供を絞殺する事件が起きました。容疑者である母親の動機は、“将来への不安”だそうです。

この事件について、正当に言及しうるだけの素養はないので、具体的な分析は避けますが、、、、報道では、殺された小学生の、母親を深く慕う内容の作文が紹介されていました。

子供への虐待は、親に対する依存の大きさを受け止めきれず、突き放してしまう反応が常態化したものだ、と聞いた事があります。
これ自体は、数多くある事象の一因に過ぎないと思いますが、子育てへのプレッシャーから、その対象に対する憎悪が植え付けられ、酷い処遇に移行してしまう可能性は否定できないようです。

養育の環境に因っては、子供が母親を慕えば慕う程、重圧が増して、精神バランスの安定を揺らがせるのでしょう。良く言われる、<完璧さを自らに求める>タイプ、、、、誰にも相談せず、状況を悪化させ、軽率な判断に陥り易い。

母親は子供への愛情を注いで当然、、、、世間一般の、この見方も、心を鎖し、頑なになるのを促します。

どんな人が母親に向いていて、どんな人が母親に向いていないのか、それを、一概には言えません。
でも、子供が母親を慕い、依存するのは、母親の側が優れている為では無く、それが子供の才覚であり、生まれついての能力だからです。

敢えて良いお母さんになろうとする必要は、無いのかも知れません。
<暗闇> 無防備に陥るが為、恐怖を増大させ、忌み嫌われる領域。
しかし、一方で、人を引き寄せる力が働いていて、一旦、入り込めば、離れがたい。言わずもがな、隠れ蓑になるからだ。

とはいえ、人の考える事に、大きな違いが生ずる筈も無く、そこには、多くのの敗者が寄り集まっているものだ。闇の中、手を伸ばせば、他の誰かの手に触れる程に・・・。観念を決め込んだ同士は、自暴自棄の頂点に達してしまっているが故に、身動きを取らないのだ。

彼らは触れ合いながらも、互いを理解し、干渉を避ける。そこに、他には無い優しさを知る。
傷付き、弱まった人間の美徳であり、特権なのだろう。