パンダノート。 -12ページ目

パンダノート。

41歳の春だからー。


2015年5月21日。


この日は退院後、抜糸をしてもらうために初の形成外科受診でした。



これから再建手術まで、外科的な受診は形成外科で受けることになります。



黒い糸で縫われたキャプテンハーロックのような傷を見るのがもう嫌だったので、この日を楽しみにしていました。



しかし、



術後の傷の回復がイマイチだった私、


抜糸は半分だけになり、傷の回復を促す軟膏をもらって、今回は終了。



ちょっとがっかりしましたが、この日から入浴の許可が出て、あまりのうれしさに、

急いで帰宅したのを覚えています。



2015年5月25日。


退院後初の乳腺受診でした。


術後の経過は良好、話はホルモン療法へ。



「◯◯さんのがんは再発の可能性が低いがんではあるけれどね、


ホルモン療法を5年受けて、再発率をもっともっと低くするべき。」



ですよね…わかっているんですが。


先生すみません、もう少しだけ、待ってください。



「1日でも早く始めたいんだけどね…わかりました。



あとね、骨の転移を調べてきてほしいんだ、骨シンチグラフィーを受けてきてください、予約入れておくよ、いつがいい?」



(…あ、この検査いやだなー、と思っていたやつだ、骨シンチ。)




じゃあ、明日でお願いします。



「わかりましたよ、予約入れました。骨シンチ終わったら、またその足でこちらに来てね。またホルモンの相談もしましょう」



ホルモン療法への不安と、翌日の骨シンチグラフィー検査が憂鬱なのとで、その日は足取り重く帰宅したのでした。


2015年5月19日。



5月8日に手術をしてから、


この日を待ちわびておりました。


予定より入院延びちゃったけど、ついに退院。


最後の朝ごはんもきっちり食べて、
約2週間暮らしたベッド周りの荷物を詰めて、


一緒に頑張った同室の皆様にご挨拶したり。


あとは約2週間ぶりのメイクをしながら、午前中の回診を待つのみとなりました。


しばらくして、主治医が登場。



「傷も順調だし、エキスパンダーの調子もいいね、退院ですね」


わーい、ありがとうございます。



「◯◯さんのがんは女性ホルモンが陽性なので、これからホルモン療法をしていくからね、


じゃ、さっそく卵巣機能を止める注射をしましょう」



え?え?もう?いま?



先生!じ、実は私、まだホルモン療法のこと、迷っているんです…生理を止めるんですよね?
更年期障害が一気にやってくるんですよね?

来週、

…1週間後の診察まで、待ってもらえませんか?


「…わかりました、いいですよ、来週また相談しましょうか」



ありがとうございます!

ほんとにお世話になりました、悪いところ、キレイに取ってくれてありがとうございました。



そして、外へ。



少し雨が降っていたのですが、空気が美味しい。


ただ、胸の脂肪を取ってしまったので、やっぱり少し寒いな、噂通りだなこれは。



迎えに来てくれていた母と、久しぶりの外食をして、



これからの生活に必要なものの買い出しに行って、



久しぶりの我が家へ帰還。


はー、落ち着く、やっぱり我が家はよいな。



ただ、やはり病院生活より不自由なことも結構ありそう。




そんな喜びと少しの不安が混ざった、帰宅初日の夜でした。



2015年5月18日。


午前中の回診で、いよいよドレーンを抜いてもらえることになりました。



管を脇腹に縫いつけていた糸(これが引っ張られるたび痛かった)を抜糸して、



「はい、抜くよー」


ずるり。


…い、痛てててー。



体内から出てきた2本のドレーンの管は思いの外長く、ずるずると抜ける瞬間が大変気持ち悪かったですが、



胸の中はすごーくすっきり。


斜めがけの排液ポットともオサラバして、まー身軽。



シャワーも楽々(下半身のみ)浴びれます。



はー、抜けて良かった。



あとは翌日の退院まで、ベッド周りのお片づけです。



もちろんまだまだ傷は痛かったし、腕を上げるのも大変だったけれど、




ゆっくりでも、ちゃんと日々回復しているんだなぁ、と、脇腹をさすりながらしみじみ思った入院最後の夜でした。



そして私の左脇腹には、鉤裂きみたいな小さな傷が2つ、まるで早送りマーク(▶︎▶︎)のように刻まれたのでした。