パンダノート。 -13ページ目

パンダノート。

41歳の春だからー。


2015年5月13日。


同じ日に手術をうけて、仲良くなった2人が、揃って退院していきました。



私はまだまだ排液が減らないので、抜管も退院もまだまだおあずけです。



いいなぁ…シャバに出られてー。



なんてうらやましがりながらも、同じ病気で一緒に頑張ってきた人の卒業はうれしく。



私も無事に退院できて、お互いが落ち着いたら、飲みに行こうと約束して、ひとまずバイバイ。



とにかくいまは、リハビリを頑張って、私も抜管してもらえる日を待とう。




2015年5月15日。



前日の回診で先生から、



「明日か明後日、ドレーン抜けるかもね。ま、明朝の量次第だけど」



とのうれしいお言葉が。



やったー!



もし16日にドレーンが抜ければ…17日は日曜だから…
18日の回診後には退院できる!



早く明日にならないかしらと、そわそわしつつ夜を過ごし、やっと翌朝の回診。


しかし…、


「んー、まだ排液が減ってなくて抜けないなぁ。月曜に抜管して、火曜に退院だねー」



ぎゃふーん。



月曜に退院する気満々だったので、ちょっとがっかり。



だがしかし、やっと退院の日が決まった!



うれしくて、体力を回復させるために病院の階段を何度も昇り降りしたり、腕のリハビリをいつも以上に頑張りまくり、



待望の退院日に向けて準備し始めたのでした。

2015年5月11日。


この日からはひたすら回復を待ち、



腕が元どおりの高さまで上がるように、懸命にリハビリ。


そして、1日の排液が一定量まで減ってくれて、脇腹のドレーンが抜けるのを待つ日々。



ドレーンが抜ければ、その翌日には退院です。


だいたいみんな5日くらいで抜けるみたいだし、早く退院したいな。



しかしまあこのドレーンがとにかく邪魔くさいのです。


白いビニールで出来た斜めがけの袋に排液ポットが入っていて、そこから管が脇腹まで2本延びて刺さっているので、


とにかくどこでも一緒。



ベッド手摺にぶら下げたままだったことを忘れて移動し、脇腹に激痛が走ることもしばしば。


寝るときも、うっかり身体にからまってみたり、胸の中のドレーンチューブが苦しかったり、


いま思い出しても面倒なことばかりでした。



でも、あと4・5日の辛抱だから、我慢我慢…



なーんて思っていた私が甘かった。



何日経っても排液がまあ減らないのです。



ドレーンが抜けないと、退院も出来ない。




毎朝、排液のたっぷり入ったポットを見てはため息の日々が、



なんとこの後7日も続いたのでした。



2015年5月10日。


術後2日目。



やっと入浴がオッケーになりました。



といっても、



腕はまだ痛くてなかなか上がらないし、



もちろん上半身は入れないので、シャンプーと下半身のシャワーのみだし、



脇に刺さったドレーンの管とそれにつながる排液ポットも一緒に入浴なので、なかなか大変なのですが、


うれしくて、すぐ入りにいきました。



そして、



お風呂上がりに脱衣場の鏡で、術後初めて左胸を見ました。



…傷、思っていたより大きいなぁ。



20センチ弱の傷が、左胸の上部から脇にかけて伸びていました。


抜糸前なので、ものすごい存在感、キャプテンハーロックみたい。


ちょっとひるみました。



でも、乳腺の代わりに50ccお水が入ったエキスパンダーを挿入された胸は、
思っていたよりぺたんこではなく、喪失感もあまり大きくありませんでした。


…右胸とそんなに大きさが変わらない。



今まで、よく貧乳を嘆いていたけれど、



このときは、貧乳に産んでくれた母に感謝しました。