モラルハザード | 株式会社 丸信 社長のブログ

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株式会社丸信 代表取締役 平木洋二のブログ
包装資材販売、シール・ラベルの印刷、紙器印刷加工業を営む株式会社丸信の社長のブログです。

最近、辞書のような分厚い経営理論の本と格闘している。

 

 

実に820P。このような分厚いビジネス書が14万部も売れているというから驚きだ。まだ1/4程度しか読めていないが、同時にオーディオブックでもダウンロードして、ランニングやウォーキング時にも聴いている。

 きっかけは先月、著者である入山章栄氏の講演を拝聴したこと。テレビでも引っ張りダコの気鋭の経営学者。早稲田大学ビジネススクールの教授でもある。少し前に読んで、最も影響を受けたビジネス書の一つとなった「両利きの経営」の監訳者でもある。これについてはブログにまとめた。

 

 

 

セミナーはコンサルティング会社さんの研究会の中でクローズドな環境で少人数の経営者向けに行われた。こんな機会は滅多にない。もちろん万難を排して参加。

軽快かつデータや理論に裏付けされた多くの事例や提言が心に刺さった。もっとこの人から学んでみたい、そう思わせる講演だ。

 講演の中で

「統計上、同族企業の方が業績が良い」

との話があった。加えて言うなら

「娘婿を迎えた同族企業はさらに良い」

と。

 

「これ、すべて経営理論で説明できます」

 

本屋で見かけたことはあったが、さすがに分厚すぎて、読破できないだろうとスルーしていた本。とうとう好奇心に負けてしまった。

 

 大企業の場合、所有(株主)と経営は分離しており、経営者は一般的に株主よりはリスク回避的である。株主は複数の投資先を持ちポートフォリオを形成しているので、仮に失敗しても損失は限定的である。一方で経営者はリスクの高い戦略をとって失敗すれば失職につながる。日本の大企業のようにプロパー社長が内部昇進して2期4年とか3期6年という比較的短期間の経営を担う場合は尚更、無難に任期を務めたいというリスク回避性が強くなる。

 多少のリスクをとってでも大胆な戦略で企業価値を高めて欲しいとの株主との間に「目的の不一致」を引き起こす。

また、経営者の報酬と企業業績はそもそもトレードオフの関係であり、経営者は自身の評判や地位を守りたい為に企業業績を粉飾するインセンティブが働き易い。これが「目的の不一致」や「情報の非対称性」が発生する原因となる。

 これらを防ぐのがモニタリング(監視)とインセンティブ(報酬制度や動機付け)であると。

 モニタリングの代表例が監査役や社外取締役。大株主ならば取締役を送り込むこともあるだろう。しかし、監査役や社外取締役によってもガバナンスが効かなかった事例は枚挙に暇がない。

 インセンティブによって「目的の不一致」の解消を目指すのだが、経営者向けの代表例がストックオプション。現在は東証一部上場企業の約3割、東証マザーズ上場企業の約8割が同制度を取り入れているらしい。しかし、これは経営者が粉飾をするインセンティブを強める副作用もある。

 

要は簡単ではないのだ。

 

同族企業の場合、株主=経営者となるから「目的の不一致」が一般的にはない。大胆な戦略をとって仮に失敗したとしても解任リスクは少ない。(私もそうだ)長期的な視点で企業価値向上に取り組み易い。

株主と経営の利害が一致しているのだから過度なモニタリングも必要ないだろう。

 ただし、創業家から選ばれる経営者の能力が高いとは限らないというリスクは小さくない。特に創業家の長男が自動的に継承する場合など(私もそうだ)。少ない選択肢から、止むを得ず、相応しくない、能力の低い経営者が選ばれ、企業価値を棄損する、最悪は倒産させることはあるだろう。

 しかし娘婿の場合は異なる。選ぶことができる。企業の内部や外部から優秀な人を選べる可能性があるのだ。実際には娘の説得や相手が娘を選んでくれるか問題がある。

しかし、昔から長く続く大阪や京都の商家ではあえて婿養子を迎えてきた歴史があるにはこの有用性の証左だろう。

 

 自身の後継者の経験から言わせてもらうと実の息子の場合は本人の能力問題の他にモニタリングが甘くなることもあると思う。先代が早逝した場合などそうだ。婿養子の場合は適度な距離感と緊張感が程よいモニタリングとなるし、親子間の衝突も和らぐ。間に娘が入るからである。実の親子だとノーガードの打ち合いのような経営方針の相違で、喧嘩がエスカレートし、抜き差しならない所まで行ってしまうことが多々あるが、娘婿の場合はお互い遠慮があって、ここまでの争いにはなりにくい。

 

 複数の息子や娘婿、あるいはプロパー社員という複数の選択肢があって、その中から優秀な経営者を選択できる同族企業がベストかも知れない。

 

 これら一連の理論をエージェンシー理論というらしいが、これは何も株主と経営者の関係だけを表すものではない。経営者と社員の間にも「目的の不一致」や「情報の非対称」は常に発生する。

 

卑近な例で恐縮だが、弊社では「営業や配送の自動車事故が多すぎる問題」が長年の懸念事項であった。保険料は毎年上がるばかり。社有車を大事に乗って欲しい、安全運転で加害事故だけは起こさないで欲しいと何度訴えても改善の兆しは見えなかった。そもそも「会社の車を大切に扱って欲しい」会社と「どうせ会社の車や保険だから」という社員さんの間には「目的の不一致」があったし、スマホ見てて追突したと思われる事案でも社員は必ず「絶対違う」と主張する「情報の非対称性」が発生していた。

 

ここにとある保険会社が提案に来た。

 

「インナーカメラをつけましょう、必ず事故が減ります」

まさにモニタリングだ。もしスマホをいじったり、居眠りしたり、急加速、急減速したら即座に

動画に収められ、営業や配送が最も恐れる取締役のKさんに転送される仕組みにした。

さすがにこれには反対意見が多かったが、押し通した。ここままでは死亡事故の加害者に社員をしてしまうのは時間の問題と思えたからだ。

 これに一定の無事故期間+ゴールド免許でインナーカメラを外す権利と報奨金まで与えるというインセンティブを用意した。

 

効果テキメン。

 

事故は急減した。フリートの保険料も半分近くまで減らせた。

まさにエイジェンシー理論の成功事例と言えよう。全くの偶然だが。

 

経営理論は学生時代に学んだ物理とは比べ物にならないくらい歴史の浅い理論だが、世の中の現象の多くを説明できるのが楽しい。

 

しばらくはこの本からの気づきを発信していく。