ダメな先生なんだな~と反省しております。常に凹んでます。同じパターンなのです。
何故か異常にあせって、ともかくがしゃがしゃ弾こうとする方が何人もいらっしゃいます。
そういう方は、大体向上心が強く、まじめに練習していらっしゃいます。
ぐしゃぐしゃと弾いていらっしゃいますが、努力した事はわかりますので、それをきちんと褒めるようにしてます。
ただとにかく・・・ご自分の音も聴かず、叩くように何度も弾き直し、あせってテンポも走り出し・・・
その結果、ご本人の想像以上にぐしゃぐしゃなのです。
私が何か注意しても、もう聞こうともせずさえぎって強引にとにかく弾こうとする・・・・
やむなく、「話を聞いて下さい!」と少し強い口調でさえぎると、・・・・落ち込んでしまうのです。
「私は向いてないしダメなんですね・・・」
当然拍子もリズムもぐちゃぐちゃで、「長さが足りませんよ~」等とやさしく注意すると
「あ~、私はリズム感がなくて向いてないんですね」・・・(本気で落ち込みます)
やむなく曲の難易度を落とそうとすると、必ずもの凄い抵抗を示します。
私の反対を押し切って選んだ曲を、絶対譲ろうとしないのも共通した特徴です。
なので、お互い一層苦戦してしまうのです。
正直、途方に暮れてしまいます。
練習の仕方は何度も教えてきました。理由ももちろん説明してます。
でもまったく実践してくれず、普段ぐしゃぐしゃに弾いているのがわかります。
このタイプの方は、何人か先生を変えてきてます。そして共通する事は・・・
「前の先生は何も言ってくれない、あしらわれてました」・・・という事を仰います。
おそらく先生方も、途方に暮れて、それでも気落ちさせない様に、黙認されてきたのでしょう。
このタイプの方は50代以上の方に多く、私よりご年輩で対応が難しいのです。
おそらく、練習の仕方を変えるということは、今までの習慣を変える事で、それが私の想像以上に困難なのでしょう。
「先生の仰ることはごもっともです。でも・・・・・」
私もそのうち見捨てられてしまうかもしれません。新しい先生になんて報告されるかな?
「前の先生は・・・・・・・でした」
・・・・・・うるさかった・・・かな?。教え方が下手だった・・・かな?
来てくださる間は、精一杯努力するしかありません。
あるアマチュアの女性の演奏を聴く機会がありました。
グリーグを丁寧に弾いていらして、技術的には不安がありますが、誠実な演奏が素敵でした。
ご本人とお話できましたが、大人になってピアノを再開し、好きで一生懸命日常の合間をぬって練習されているそうです。頭が下がります。
その方が、ご自分の本番の演奏を録音で聴いた時、痛感したそうです。
自分の演奏は人を惹きつける演奏でなく際立っていない、人を惹きつけるには、もっと演技の部分?が必要である。
ステージという観点から考えないといけない。
でないと自分がその曲を演奏する意味がない、そこまでの覚悟が自分にない。
と、仰いました。
向上心のある方です。確かに聴衆にどうきこえるかを考える事は大切です。
思い出したのは、一人10分の合同演奏会で、とても素敵な演奏をされた方がいらっしゃいました。
ベートーヴェン30番ソナタの第一楽章のみでした、優しく美しい音で、曲を味わって丁寧に弾かれ、何よりその曲を心から愛して弾いていらっしゃるのが伝わります。
地味ですが、美しい音色、全てのフレーズが丁寧に歌われている事から、技術、音楽力の高さを感じます。
ご本人いわく、3楽章私ひけないの。難しいもん!(笑)・・・(嘘でしょ!)
又、非常に技術的難易度の高いスクリャービンのエチュードを、かなりのテンポでミス少なく見事に弾かれた方もいらっしゃいました。しかし・・・これが印象に残ってない・・・
そんな演奏を色々聴いたあと、ふと・・・はて際立った演奏って?・・・
私にとっては断然!優しく美しい音で丁寧に弾かれていたベートーヴェン・・・でした。
その演奏会の後、その曲を練習し始めた方が何人かいたそうで、皆さんの心にも響いたのでしょう。
際立った、人を惹きつける演奏とは?・・・おそらく
心底作品を愛し共感し、この曲を弾きたい、聴いて欲しいと心から願う事。
作品を理解しようと努め、自分の音に耳を傾け、自分の求める音、歌を妥協せず求め、弾き込み続ける事・・・
それが覚悟であり、結果として人を惹きつけ、他の誰でもなく自分がその曲を弾く意味がある・・・そう思えます。
あなたのピアノが大好きだ!・・・と言われたら本望ですね。
気づいた事がいくつかありますが、その中の1つ
曲が終わる時、最後の音を出した瞬間、気持ちが抜けて、勝手に曲をご自分で終わらせてしまう方が多い・・・
(現役の音大生にもそういう方がいるのには少々驚きます。)
楽譜の流れは時間の経過と同じ、曲が終わる瞬間は、終止線の瞬間です。
例えば4分の4拍子とすれば、曲の終わりは
・・・1拍→2拍→3拍→4拍→(1)・・・・次の1拍の直前で終わりです。
たとえ最後が休符でも、それまでは休符として、つまり「間」として音楽が続いてます。
曲の終わりは、多少テンポを緩めることが多いので、拍はそのまま緩めつつとることになります。
1曲を演奏する事は大変です。最後の音を弾いた瞬間、気持ちが緩むのも理解できます。
しかし、これは大変聴き苦しくおざなりな印象を与えます。演奏が途中で放棄されるからです。
恐ろしいのは、こういう事が平気でできる感覚になる・・・という事です。
そういう方は曲の大きな切れ目、節目節目でこの様に演奏する事がよくあります。
休符の場合に、その「間」が、よくはしょられてしまいます。(僅かですが聴き苦しいです)
そうなると曲の根幹である大きなリズムがくずれてしまいます。
これは、最初からきちんと指導すればすぐ身に付くことです。最初のうちは実行する事が困難ではないからです。
でも他で何年か習った方が初めていらしたとき、ほとんどの方が出来ていない。
そして、レッスンでその事を注意しても、最初は聞く耳すら持たない・・・
(そんな事より先生、この難しい所、どうやったら弾ける様になるの?・・・と顔に書いてあります)
でもこういう事なのです。
まず曲の終わり、きちんとリズムをとる→身につける
曲の切れ目も、きちんとリズムをとる→身につける
常に正しく細かくリズムをとる→身につける
テンポがゆれても正しくリズムをとる→身につける
どんなにテンポがゆれても正くリズムをとる→身につける
どんどん細かくリズムがとれる→優れたリズム感が身に付く
優れた音楽感とは正しい練習の積み重ねです。練習は正しく行わないと意味がありません。
演奏を聴けば普段の練習がすべてわかります。自分もその事を常に忘れない様にしないと・・・怖いですね。