八王子高尾 ピアノ教師 の日記 -52ページ目

八王子高尾 ピアノ教師 の日記

桐朋学園大学ピアノ科卒業後個人でピアノを指導しつつ演奏活動を続けております。八王子市高尾駅より徒歩5分です。
皆様と音楽やピアノについて、交流ができれば幸いです。ピアノについてのご質問等も是非お寄せ下さい。
oyuki42koba☆yahoo.co.jp ☆を@にかえて下さい。

ショパンの舟歌について、エゴな記事を書いてしまい少し反省しております。
この曲が私にとって特別なのは、ある方のお話を伺ったからです。


ジョイントコンサートでこの曲を演奏した事がありました。
ご年輩のご婦人が終了後お声をかけて下さいました。
ご近所の方で、プログラムにこの曲があって、ふらりと入られたそうです。

50代後半の頃にガンを患い、余命宣告こそなかったものの、治療が大変苦しく死を覚悟されたそうです。
抗ガン剤で嘔吐が止まらず衰弱が進み、気力がなくなってしまうそうです。


「もうすぐ死ぬのかなと思うと、周りがぼや~っと明るくキラキラ輝いてね」
「自分だけ取り残される様で、まだまだ生きられる人がいいな~って」

お見舞いのCDにあったショパンの舟歌に涙が出たそうです。
以来この曲が特別な曲になったそうです。

「時々高らかに弾く方がいると、違う~っ!て苦笑いしちゃいます」


今では再発に怯えつつも15年以上経過し、お元気でいらっしゃるそうです。


このお話を伺って以来、私にとっても舟歌は特別な曲になりました。
長い年月を経て多くの人々に愛されてきた作品は、多くの人の物語を背負っているのでしょう。

 

佐村河内守事件については何とも言えません。


現代のベートーヴェン、震災の少女という物語がなければ、これだけ多くの人々に受け入れられる事はなかったかもしれません。
物語に嘘があったなら、人々を騙すのは問題です。


でも、人々は作品に物語を重ねて感動する権利があると思います。
作者の意図と違って幻想でも良いのです。



誰が作曲したにしろ、例え物語が嘘だったとしても、素晴らしい作品かどうか。



150年経った時、舟歌の様に

人々が物語を重ね、大事に思う作品であるか否か。

答えは歴史が証明してくれる事で、私は知る事ができません。

スケール(音階)での親指について質問がありました。

質問が多い事ですので、ここに書かせて頂きます。
実際に拝見している訳でないので、不十分な事をご了承下さい。

親指、楽譜の上で1と書かれている指。
手の構造上、この指だけ特殊です。

しかし、当然ですが親指の度に、ドッスンバッタンはいけません。

・・何か大変そうね~~・・というのは聴き苦しいですね(笑)



ハ長調の音階、ドレミファソラシド、を例にします


意識として、親指は、「弾く」というより「上からちょっと触る、通過する」
という感覚に切り替えると良いです。

質問者様は、しっかり一音一音弾く事に意識が向いている様に思います。
今はその意識を一時的に捨てて下さい。


手首を柔軟にして、進行方向に手首で導いてあげます。
手首でふわ~と導いて、優しくそっと弾きます。



右手を例にします(数字は指使いです)


ド1.レ2.ミ3←この時!

ふわりと手首から力を右斜め上に抜きます。(3指は最初は離れても良いです)

ファ(1)←この時
力を抜いたまま軽く触りそっと通過する感覚。
せっかく右斜め上に抜いたのです。
ここで、ドッスン、べっちょ、はいけません。

親指をべちょっとつかないで、触るだけです。

親指を弾く(触る)時、他の指先は下を向くはずです。
前に向くなら力が抜けてません。

机の上でもいいです。親指を楽に置いてみると、他の指先は下を向くはずです


親指を中心に回す、という感覚ではうまくいきません。
置き換える感覚です。


右手
ド1、レ2、ミ3←の時、
ふわりと進行方向右斜め上に抜きつつ、すっと置き換えてそっとファ1、ソ2・・、


ド、レ、ミ(ふわ)、ファ(すっ)・・・

という感覚で、まず練習なさってみてください。
ショパン、舟歌 作品60

ショパンの唯一の舟歌です。
1845年から翌年にかけての作曲です。

愛人サンドとの関係も破綻に向かい、持病の肺結核も悪化しつつあった時期。
絶望的な時期に書かれました。

この曲は余りに美しく繊細で、命の期限を感じる者が抱く悲しみや、将来があり光り輝くものへの憧れ、孤独が襞の中に感じられます。

息の長い美しいメロディ、漂う様な響き、光り輝く憧れの世界・・・

多くの人々にとって、この曲は特別な曲です。
初めて弾いたのは学生の時でしたが、当時先生は仰いました。

「二十歳そこそこの、恵まれた人に理解できる曲ではないです」



高度な技術と音楽性を必要とする難曲でもあります。

あるアマチュアの方が、この曲を弾きたいと言った時、先生に「これはプロの領域だ」と言われたそうです。
私もピアノ歴約10年のアマチュアの方、又は生徒さんに「舟歌弾きたい」と相談された事、何度かありました。


無理だとは言うのは抵抗がありますが、やはり無理です。


技術的に、例えばまず、片手で2声を美しくバラバラに歌えないと弾けません
2つの声が、時に寄り添い、時に離れ、歌い続ける。
これを片手で演奏するのは至難の業で、長期に渡る修練と勉強がなくてはできません。

何年もかけて、バッハのシンフォニア、数々の練習曲を経てショパンのエチュードを学ぶ等の、プロを目指すレベルの修練が必要です。

ピアノを始めて、10年程度では到底無理で、弾くには下地が必要なのです。

本来はアマチュアの方にでも初心者にでも、弾きたい曲に近づいてもらいたいと願います。
しかしやはり、エゴと言われても、この曲は軽々しく弾いて欲しくないのです。

Wikipediaに掲載されていた晩年のショパンの写真、舟歌はこの写真の撮影の少し前に書かれました。

ショパン写真

30代には見えず老いすら感じます。病の苦しさでしょうか。胸が痛みます。

そんな中で、ペンをとって書かれた一つ一つの音、記号・・・

無論アマチュアの方でも良いのです。

ショパンの声に耳を傾け、向き合う覚悟で、謙虚な気持ちで弾いて欲しいのです。

多くの人々にとって、私にとってもショパンの舟歌は特別な宝物なのです。

プロ、アマ、という問題ではなく、弾くからには覚悟して向き合い、大事にしてほしい、
そう願います。
私自身、この曲を弾ける事が本当に幸せであり、ピアノを続けて良かったと思います。
そして一生向き合って大事に弾いていきたいと思います。

やはり若くして亡くなったリパッティの演奏です。

https://www.youtube.com/watch?v=QG5nREXB3ag