何時もこちらを見ているだけの散歩ルートのヤギたち。

昨日はどうしてだか1匹がメーメー鳴きながら私に近寄ってきました。

柵を乗り越えそうな勢いで寄ってきます。

実は怒ってるんじゃないかと警戒しながらも手を挿し出してみます。

弟と甥っ子が観光牧場で臭い唾を掛けられて大惨事になったことがあるので恐る恐るです。

なんだかすごくスリスリしてくるので頬や首筋を撫でてあげます。

表情が判りにくいのですが喜んでいる様な気がします。

猫犬はどこを撫でれば喜ぶのか判るのですがヤギとは関りが一切なかったのでわかりません。

猫みたいに顎の下を撫でても良いのかな?

いきなり逆鱗に触れて頭突きを食らわされるかも…とか。

杞憂でした。この子めっちゃ懐こいです。

しばらく戯れてそろそろ移動しようとしたら柵の端ギリギリの所まで付いてきました。

このルートの楽しみが増えました。

でも次回は忘れられてたりして…

 

いつもの池を越えてしばらく南に進んだ丘に墓地があります。

子供の頃にこのあたりに地下洞窟墓地があったと記憶してるのですがあたりを探しても見つかりません。

40年ぐらい前の話なので高齢者が見つかれば知ってるかも知れませんが今日も人に出会えませんでした。

とりあえず墓地奥から続く道を登っていきます。

博物館へ続く道の上に掛かっていた橋に繋がっていました。

さらに登っていきます。

古墳の看板と標識がありました。

直径20mと結構大きな古墳とらしいですがどこが古墳本体なのか分かりませんでした。

標識は文字が消えかかっていて見えにくいですが「葉室公園」と書いてある様です。

随分と細長い公園です。

脇道も無いし。

 

さらに進むと…

先日来た「蝦夷塚(伝)」にたどり着きました。

なるほど…初めからこの道で来たら楽だったのに

 

(赤が今回のルート、前回は黄色です。)

 

ここから前回登ってきた造園屋さんの中の道を下って帰ります。

前回のルートを辿って帰りたかったのです。

何故かというとどこかでカメラのレンズキャップを落としてしまったのでもしかしたら見つかるかもと淡い希望があったのです。

落として無くさないようにと改造してストラップを取り付けたレンズキャップ。

(でも落とした)

しかし広大な山の中で見つかる訳は無いですね。

もうAmazonで代わりを注文しちゃったし…

……

見つけました。笑い泣き

レンズキャップが4個になりました。(三個セットを買ったので)

 

これが13日の金曜日の話なんですが翌日にまた蝦夷塚を訪れることになります。

長くなったのでそれはまた次回に。

 

 

何か居ます。

 

 

 

 

先週の金曜日にたどり着けなかった蝦夷塚(伝)に月曜日の朝に再挑戦しました。

蘇我蝦夷さんてどんな人か念のため再度ご紹介。

(山岸涼子作「日出ずる国の天子」より)

右の青い服の人。左は聖徳太子。

蘇我入鹿さんのお父さんで大体悪役扱い。

上記作品では良い人です。

今回も博物館経由で向かいます。

気温が低いので雪がまだ残ってます。

前回の博物館前の道を再度南へ進みます。

西の丘を見上げると我が家が見えます。

右の木の後ろあたりの白い家…たぶん。

前回曲がった池への小道を通り過ぎると道の上に橋が通ってます。

地図にも載ってないしどこからどこへ繋がってるのか気になります。

5つ辻になったところで蝦夷塚のある丘の反対側を北へ戻っていきます。

ずっと畑が続きます。

500mほど進んだら右に登れる道がありました。

地図では蝦夷塚に一番近い地点です。

ただこの上は造園業者の私有地のようになってます。

勝手に入るのは不味いかなって思ってたらユンボで作業中のおじさんを見つけました。

蝦夷塚の場所を尋ねるとこの上すぐだと教えてくれたのでそのまま進むことが出来ました。

 

土の急斜面を苦労しながら登りきるとようやくそれらしい祠が見えてきました。

周辺は思ったより開けています。

下部分が崩れかけた古墳でその上に龍神の祠が載っている様です。

真ん中の下部には小さな穴があり大きな石で蓋がされてます。

重みで岩にヒビが入っています。

中には何もありません。

石碑が建ってますが文字が削れて読み取れませんでした。

 

説明文の看板がありました。

実はこの古墳が蘇我蝦夷の墓と呼ばれるようになったのは明治ごろの様です。

蝦夷の墓と言われる所は奈良の他数カ所あるそうです。

坂上田村麻呂が捕虜にした蝦夷と蘇我蝦夷を間違えた説があります。

(NHKアテルイ伝より大沢たかをアテルイ)

つまりこの人のお墓…と言いたいところですがそれも年代が合わないそうです。

 

結局今の所、龍神様(善女龍王)の祠が載ってる埋葬者不明の古墳というのが正確な位置づけの様ですがロマンが無いので私の中では「蘇我蝦夷の墓」ということにしておきます。

ここから北側の二上山が良く見えます。

見晴らしがいいですね。

この塚から南北の稜線に沿って車が通れるほどの広さの道が続いています。

南へ向かうともしかしたら博物館に繋がってるんじゃないかと思いましたが残念ながら途中から進めませんでした。

北へ行くと先ほどの橋に続くような気がするんですがまた変な場所で迷いそうなので後日調べることにします。(本当はもう行きましたが)

今回のルートは紫の線です。

前回は赤。

それにしても回り道ばかり。

寄りすぎ寄りすぎ、

オリンピックフィギュア見てますが驚きました。

あんなに崩れたマリニンは初めて見ました。

鍵山は惜しかったですね。

佐藤は…予想外の大健闘。

おめでとう。

 

 

 

 

 

先週の金曜日、今日はどこへ出かけようかとgoogle地図を見ながらいろいろ思案していたところ…

我が家から直線距離で約400mの所に(伝)蘇我蝦夷墓というのがあるじゃないですか。

蘇我蝦夷…みんな知ってますよね?

知りませんか? 

歴史上の有名人です…よね?

お父さんは蘇我馬子、息子さんは大化の改新(乙巳の変)で殺された蘇我入鹿です。

二人の間で歴史本だと省略されそうな地味な人です。

ちなみにこんな顔の人です。

(山岸涼子著「日出処の天子」より)

超イケメンですね。

 

実際の所は…

(アニメまんが日本史より)

こんなイメージで出てくることが多いです。

「日出処の天子」は名作なので機会があればぜひ読んでください。

私は小学生のころに読んで衝撃を受けました(小学生は読んではいけませんBL注意)

 

目的地が決まったところで道順をネットで調べてみましたがマイナーな場所なので情報がほとんどありません。直線距離だと400mぐらいですがまず谷へ直接下る道がありません。

昔は道があったのですが完全に草木に埋もれて無くなってます。

しかたないので南の古墳公園~博物館を経由するルートか北の隣の街から大回りするルートのどちらかを選びます。今回は博物館ルートのします。

博物館の梅林ですが見頃まではまだまだかかりそう。

博物館の裏口から出て(こちらが本当は表かな)墓方面へ上がれる道を探します。

500mほど進むと右に登れる小道を見つけました。

少し上った先に小さな池がありました。

なんだか見覚えのある池だと思ったら子供の頃よく釣りに来ていた池でした。

博物館へ向かう道が出来てから周りの様相が変わりすぎてて始めは気が付きませんでした。

この上にもう少し大きめの池がもう一つあります。

そういえば双子池とか呼んでいた気がします。

このわき道からさらに上に登ります。

ここから先は未知の場所です。

山の上まで上がったところでみかん畑がありそれ以上は柵で進めなくなっていました。

仕方ないので電気柵にそって横の竹藪の中を降ってみます。

 

残念ながら墓方面の方向は倒木等で進めなくなってました。

もう道じゃないしね。

諦めてさらに降ると…

先ほどの池の反対側にたどり着きました。

残念ながらこのルートで目的地を目指すのは不可能の様です。

 

今回の失敗ルートです。

人が居れば道を聞けるのでしょうが誰一人出会いませんでした。

さすがに疲れたので蝦夷塚は次回にすることにしました。

ここまでで約1万2000歩。

ノルマは大幅達成です。

帰りは反対方向、隣町からの大回りルートで家に戻ることにします。

集落の道端に大きな石がありました。

奈良の亀石みたいなただ住まいです。

五右衛門石と呼ばれているそうです。

石川五右衛門が追ってから逃げてきてここで腰を掛けて煙草を叩きつけて「ちきしよー!」と言ったとか言わなかったとか。

私もここで腰かけてしばらく休憩しました。

そういえば私の住んでいるあたりは昔、石川村と呼ばれていて石川五右衛門の出身地だそうな(諸説あり)

いつもの池の側を通ってようやく街に帰ってきます。

池端の木の上に全然動かないアオサギが居ました。

動かざることハシビロコウのごとくです。

 

目的地にたどり着けなかったのですぐにリベンジしようと思ったのですが日曜日は大雪で月曜日に再チャレンジしました。

その様子はまた後日に…

 

古墳公園の蠟梅です。

そして我が家の蠟梅

これは剪定失敗ですね。

枝を切りすぎて幹の中央にしか花が咲いていません。

ピラカンサを避けるために枝を切り詰め過ぎました。